東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1196号 判決 1960年2月25日
第一審原告(第一一〇九号被控訴人・第一一九六号控訴人) 破産者新光貿易株式会社破産管財人 田村福司
第一審被告(第一一〇九号控訴人・第一一九六号被控訴人) 株式会社東京銀行
主文
原判決を次のとおり変更する。
第一審被告は第一審原告に対し金五百三十九万二千九百二十四円及びこれに対する昭和二十九年六月二十二日以降完済まで年六分の割合による金員を支払うべし。
第一審原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、第二審を通じこれを八分しその一を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。この判決は第一審原告勝訴の部分に限り同原告において金五十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
第一審原告(昭和三十三年(ネ)第一一〇九号事件被控訴人、同年(ネ)第一一九六号事件控訴人、以下単に原告という)訴訟代理人は、「原判決中原告敗訴の部分を取消す、第一審被告(昭和三十三年(ネ)第一一〇九号事件控訴人、同年(ネ)第一一九六号事件被控訴人以下単に被告という)は原告に対し金五百三十九万二千九百二十四円につきその内(一)金五十万円に対する昭和二十五年十二月十六日以降(二)金三十万円に対する同月二十一日以降(三)金五十万円に対する同月三十日以降いずれも昭和二十六年一月三日まで年四分七厘の割合による金員合計金二千八十八円及び右(一)(二)(三)の合計金百三十万円に対する同月四日以降(四)金六十五万円に対する同月三十日以降(五)金三十万円に対する同年二月三日以降(六)金二十一万円に対する同月八日以降(七)金五十五万円に対する同月十四日以降(八)金三十万円に対する同月二十二日以降(九)金二十万円に対する同年三月十七日以降(十)金七十万円に対する同年四月六日以降(十一)金二十万円に対する同月七日以降(十二)金二十万円に対する同月十三日以降(十三)金十万円に対する同年五月一日以降(十四)金二十九万円に対する同年六月三日以降(十五)金三十九万二千九百二十四円に対する同年八月二十三日以降いずれも同年八月三十一日まで年五分の割合による金員合計金十三万四百九十三円並に金五百三十九万二千九百二十四円に対する同年九月一日以降完済まで年六分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、第二審共被告の負担とする」との判決及び「被告の本件控訴を棄却する」との判決を求め、被告訴訟代理人は「原判決中被告敗訴の部分を取消す、原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審共原告の負担とする」との判決及び「原告の本件控訴を棄却する」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、原告訴訟代理人において、原判決の事実摘示中、(一)、原判決三枚目裏始から三、四行目に「当時仙宝工芸の代表取締役をしていた原田慶次郎」とあるを「もと仙宝工芸の代表取締役であり本件債務につき被告に対し連帯保証をしていた原田慶次郎」と、(二)、原判決三枚目裏始から七行目に「同年十一月中に」とあるを「同年十一月中から同年十二月上旬にかけて」と、(三)、原判決六枚目表終から一、二行目に「引つゞき少くとも商法に定められた年六分の割合による利息相当額の利益を得てこれを現存しているものとみるべきであるから」とあるを「引きつゞき少くとも年六分以上の利益を得てこれを現存しているのであるからその収得、現存利益の範囲内において」と訂正する。しかして被告は本件債務の弁済として破産会社から取得した金五百三十九万二千九百二十四円につき初から法律上の原因を欠く利得であることを知つていたものであるが、仮に被告が右利得につき初は悪意でなかつたとしても、被告は本訴提起のときから悪意の受益者となつたものである。尤も訴状に請求原因として右利得が商法第百六十八条第一項第六号に違反する旨を掲げなかつたとしても原告は昭和二十九年六月二十一日の原審における口頭弁論期日に原告の同年三月十五日附第三準備書面にもとずき被告の利得が商法第百六十八条第一項第六号に違背し無効である旨を追加陳述したのであるから遅くとも同日以後被告は悪意の受益者となつたものである。なお臨時金利調整法にもとずき大蔵省告示を以て実施された一ケ年契約の定期預金については年利率が初四分二厘であつたが、その後(1) 昭和二十四年八月一日以後四分七厘に、(2) 昭和二十六年一月四日以後五分に、(3) 同年五月二十一日以後五分四厘に、(4) 同年九月一日以後六分にそれぞれ改定されたから原告は右利率による(但昭和二十六年五月二十一日から同年八月三十一日までは計算の便宜上四厘を切り下げた年五分の利率による、)利息相当の金額を被告の得た利益の返還金として請求するものであると述べ、被告訴訟代理人において、原告が右に主張する利率に関する事実は認めるが悪意の点は否認すると述べ、新な証拠として、原告訴訟代理人は、甲第十五、第十六号証の各一、二、同第十七号証を提出し、被告訴訟代理人は、当審証人石井禄次郎の証言を援用し、甲第十五、第十六号証の各一、二、同第十七号証の成立を認めた外は原判決の事実に摘示されたとおりであるからこれを引用する。
理由
破産会社が、昭和二十五年十二月十三日、仙宝貿易株式会社と称して(一)養殖真珠の加工輸出、(二)美術工芸品及び日用雑貨類の輸出、輸入、(三)右各号に附帯する業務を目的として資本金三百万円で設立され、昭和二十六年四月十日商号を新光貿易株式会社と変更したこと、その後昭和二十七年八月中支払停止の状態となり同年十二月二十二日東京地方裁判所において破産宣告を受け原告が破産管財人に選任されたこと、及び破産会社が原告主張のとおり昭和二十五年十二月十五日から昭和二十六年八月二十二日までの間に被告に対し債務の弁済として合計金五百三十九万二千九百二十四円を支払つたことは当事者間に争がない。しかして破産会社が被告に対し右金員を弁済した経緯についての当裁判所の判断も原審と同様であるから原判決理由中この部分(原判決十枚目裏始から二行目以下同十三枚目裏始から三行目まで)に関する説明を引用する。すなわち、原審挙示の証拠並に当審証人石井禄次郎(一部)によれば、訴外仙宝工芸株式会社は漆製品、美術工芸品の製作、加工、販売を営む外真珠の加工販売を営むこと(パール部)をも目的としており、かねて真珠の集荷資金に供するため被告から金融を受け本件債務(手形金五百万円の元利金債務)を負担していたが、昭和二十五年十月頃右パール部の独立経営を図り、右パール部の主任であつた訴外吉井正三等を発起人として破産会社の設立を企てたこと、しかるに設立後の破産会社経営には被告の協力援助を要すると共に、これを得るには被告に債権回収の便宜を与えることを要したので破産会社設立の発起人となつた右吉井正三、訴外会社(代表者原田慶次郎)及び被告の三者間に破産会社はその設立と同時に訴外会社のパール部に属している営業上の権利、債権、有価証券並に商品その他の資産及び本件債務その他の債務を一括して受継ぐこと、被告はこれを承認すると共に取引極度額を金一千万円として銀行取引をすることを協定したこと、これにより右吉井正三等は同年十二月中破産会社設立の手続を完了したので破産会社は訴外会社パール部の営業、資産を受継ぎ、同時に本件債務その他の債務を引受け、その結果前示のとおり被告に対し本件債務の弁済として金五百三十九万二千九百二十四円を支払つたことを認めることができる。なお当審証人石井禄次郎の供述中右認定に牴触する部分は原審証人吉井正三の供述(第二回)と対比し措信しない。しかして上述のように発起人が会社設立を条件として会社のため特定の資産債務を一括して取得する契約は必しも常に無条件に許されるものではないのであつて、商法が会社の目的達成を困難ならしめるような不正不当の行為を防止するためその第百六十八条第一項第六号に会社成立後に会社に帰属することを約した財産につき定款に一定の事項を記載することを命じその記載を欠くときは効力を生じない旨を規定した趣旨に徴すれば債務の引受も同規定にいう財産引受に含まれ、従つて定款にその記載がなければ右債務引受は無効のものと解すべきところ、成立に争のない甲第七号証によれば破産会社の定款には本件債務引受に関する記載のないことが明であるから破産会社の前示債務引受は無効なものといわねばならぬ。従つて破産会社は被告に対し本件債務を負担していないにも拘らずこれが弁済として前示金員を支払つたことに帰するから被告は法律上の原因なくして右金額に相当する利益を受け、破産会社に同額の損失を及ぼしたものであつて反証のない限り右利益は現存しておるものというべきである。
次に、被告が悪意の受益者に当るか否かについて案ずるに、被告が受益の当初から本件債務引受につき破産会社の定款にその記載がなく右引受が無効であることを知つていたことを認めるに足る証拠はない、尤も成立に争のない甲第四号証の一、二によれば被告が昭和二十八年二月二十八日原告から右引受が破産会社の目的外の行為であることまたは特別決議を経ていないから無効である旨の通知を受けたことが認められるけれども同号証によつては被告において右引受が商法第百六十八条第一項第六号に違背したことその他の理由により無効であることを知つたことを認め難い。
また本件訴状の記載(右規定違反の主張は表示されてない)によるも、被告が右訴状の送達により直に本訴提起当時右理由により右引受が無効であることを知つていたものと認めることはできない。しかしながら本件記録に徴すれば、原告が昭和二十九年六月二十一日の原審における口頭弁論期日において右引受が破産会社の定款に記載せられていないため無効である旨を記載した準備書面のとおり陳述したことが認められるから爾後被告を悪意の受益者とみなすのが相当である。(民法第百八十九条第二項参照)
しかして原告は被告が前示金員を受領したときから銀行業者としてこれを利用して相当の利益を得ており右利益は現存しておる旨を主張するけれども、被告が右弁済金受領について善意である間は被告においてその運用による利益を取得しうるものと解するのが相当であり、被告が悪意となつてからは被告は右運用によつて得た利益をも返還することを要するものというべく、(民法第百八十九条第一項参照、)被告が銀行業者であることは上記認定のとおりであるから右弁済金を利用して少くとも商事法定利率による利息相当の運用利益(臨時金利調整法所定の制限内の利益)を得ておることは容易に窺い得られ、民法第四百十九条が不可抗力の抗弁を許さない精神を顧みれば、やはりそのように見るのが相当であると考える、これに反する当審証人石井禄次郎の証言は措信しない。而して他に反証の認められない本件においては右利益は現存しておるものと解すべきである。しからば原告の本訴請求は被告に対し右不当利得金五百三十九万二千九百二十四円、及びこれに対する昭和二十九年六月二十二日(前示口頭弁論期日の翌日)以降右完済まで上記利率年六分の割合による利息相当の利益金の支払を求める限度(原告は利益または利息のいずれか一方を請求しているものであつて、これ等を重複して請求するものではない)において正当であつてこれを認容すべきであるがその余は失当として排斥を免れない。従つて原告の本件控訴は右の限度(但原審で認容された部分を除く)において理由があるけれどもその余の部分は理由がなく、被告の本件控訴は理由がないこと前説示により明白である。結局原判決とは原告の請求を認容する限度を異にするから原判決を変更すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第三百八十六条第八十九条第九十二条第九十六条第百九十六条第一項を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 堀田繁勝)