東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1354号 判決 1959年6月23日
控訴人 藤原龍治
被控訴人 海老沢文雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
一、控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めると申し立て、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
二、当事者双方の事実上の陳述は、次に掲げる事項の外、原判決の記載と同一であるから、これを引用する。
(一)、被控訴代理人は、次のように付け加えて述べた。
東京都告示第九九八号は、宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等の代理又は媒介に関して受けることができる報酬の額の最高限を定めているが、通常取引にあたつては、右最高額によることが慣習的になつておる。被控訴人は、三福不動産の商号によつて登録をしている宅地建物取引業者であり、その届出済の使用人蓬田愛子を通じ、昭和三十年八月下旬控訴人の代理人藤原龍吉から、およそ三百万円位の家屋を買い度いから売買の媒介を頼むとの明示の意思表示と、告示所定の報酬は支払うべき慣習も特に排斥しない旨の黙示の意思表示のもとに媒介の委任を受けたので、これを承諾し、委任契約が成立し、この状態は同年十二月小北忠夫所有の本件建物の媒介をする当時まで続いていたものである。そして被控訴人は、その間四ケ月にわたり、五、六ケ所も手頃な物件を見せて歩いたものである。
なお次項に記載する控訴代理人の主張を否認すると述べた。
(二)、控訴代理人は、次のように付け加えて述べた。
訴外蓬田愛子は、控訴人と訴外小北忠夫との売買契約を媒介したのに止まり、控訴人は、同売買の締結について、同人の介入を排除したというような事実はない。爾後の交渉が、控訴人と小北忠夫との当事者間で行われたのは、控訴人は被控訴人に右周旋を依頼しなかつたし、被控訴人を知らなかつたからである。その交渉は昭和三十年十二月末頃には、遂に中絶した。翌年一月中旬頃、訴外石黒靖八が、小北忠夫の依頼を受けて、両者の斡旋に努力し、同人の努力によつて、遂に昭和三十一年一月二十五日頃不動産売買契約が成立したものである。しかるに被控訴人は、初めから終りまで、一回も両者の斡旋に努力した形跡はない。それどころか面接すら一回もしていない。すなわち被控訴人は控訴人を蓬田愛子をして小北忠夫に面接させ案内したのみで、あとの事務処理については、放置して何も顧みなかつた。小北忠夫と控訴人との交渉が中絶したのはそのためであつて、小北忠夫が石黒靖八を必要とするに至つたのもこれに原因する。このことはまさに被控訴人の責に帰すべき事由によつて、その委任が中途において終了したものに外ならない。
してみれば被控訴人は民法第六四八条第三項の反対解釈から、控訴人に対し報酬を請求することができないことは明らかであるから、被控訴人の本訴請求は失当である。
なお前項に記載した被控訴代理人の主張を否認すると述べた。
三、当事者双方が提出、援用した証拠及びこれに対する陳述も、次の事項の外、原判決の記載と同一であるから、これを引用する。
(一)、被控訴代理人は、甲第八号から第十一号証までを提出し、当審証人山口豁、小北美恵子の各証言を援用し、控訴代理人が当審で提出した乙号各証の成立を認めると述べた。
(二)、控訴代理人は、乙第八号証の一、二、第九号から第十二号証までを提出し、当審証人藤原龍吉の証言を援用し、前記甲号各証の成立を認めると述べた。
理由
当裁判所は、次の事項を付け加え訂正する外、原判決の記載と同一の理由により、被控訴人の本訴請求は、その理由があるものと認めるから、右の記載を引用して、これを認容すべきものとする。
一、控訴代理人は、控訴人は被控訴人に対し、訴外小北忠夫所有の土地建物の売買について周旋を依頼せず、かつ、訴外蓬田愛子の媒介にかゝる小北忠夫との取引は、蓬田愛子において、控訴人を同人方に案内して面接せしめたのみで、あと事務処理を放置して顧みなかつたため中絶し、その後新たに訴外石黒靖八の斡旋努力により成立したものであると主張するが、その成立に争のない甲第六号証、甲第九、十号証、原審における証人蓬田愛子、加藤木修一、小北忠夫、藤原龍吉の各証言、被控訴人本人の供述及び当審における証人小北美恵子の証言を、総合すれば、次の事実を認めることができる。
すなわち控訴人の父訴外藤原龍吉は、かねて出入りの魚屋訴外加藤木修一に対し、控訴人のため適当な売家を見付けてくれるように頼んでいたが、昭和三十年八月頃その紹介にかゝる訴外蓬田愛子が、宅地建物取引業者である被控訴人の使用人であることを知りながら、その頃から同人の案内により数次にわたり東京都大田区田園調布、馬込、洗足池附近等四、五ケ所の土地家屋を見て歩き、最後に同年十二月末頃、かねて同業者を通じ売家に出していた本件小北忠夫方に案内され、同家を見分し、その後昭和三十一年一月二十五日控訴人と小北忠夫との間に右土地建物の売買契約が締結されたこと。もつとも右土地建物の売買契約自体の締結には、被控訴人はもとより、蓬田愛子も関与していないが、それは被控訴人又は蓬田愛子において、控訴代理人主張のように、藤原龍吉を小北忠夫方へ案内し面接せしめただけでその後の事務を放置して顧みなかつたためではなく、藤原龍吉は、前述のように蓬田愛子の案内により小北忠夫方家屋を見分後、蓬田愛子を先に帰えらしめ、妻と共に同家に残り小北忠夫家族の者と知り合い、その後間もなく同人との間に(小北忠夫は、時に知人石黒靖八を代理人として関与せしめた。)、直接右土地建物について売買の交渉を開始し、その間これを全然被控訴人に対し知らせなかつたばかりでなく、該売買は被控訴人の媒介とは関係なく、第三者の斡旋によつて成立した形にしようとしたものであることが認められ、右認定に反する原審及び当審における証人藤原龍吉の証言並びに原審における控訴人本人の供述は、当裁判所これを採用しない。
以上認定の事実によれば、控訴人は藤原龍吉を代理人として宅地建物取引業者である被控訴人に対し、宅地建物の売買の媒介を依頼したものと解するを相当とし、控訴人は被控訴人の使用人蓬田愛子の尽力により、数ケ所にわたり目的物件を物色した末、最後に小北忠夫との間に前記宅地建物の売買の成立を見るに至つたものであるから、よし売買契約自体の締結については、前示のような事情のもとに関与し得なかつたとしても、被控訴人は、宅地建物取引業者として、その依頼にかゝる媒介について、同人の側においてすることができたすべての尽力をなし、その結果を見たものというべく、その媒介行為の結果について報酬を得ることができるものといわなければならない。
二、その成立に争のない甲第八号証によれば、東京都告示第九九八号は、宅地建物の売買の媒介をする場合の報酬の額は、取引の当事者の各一方について、取引額が二百万円を超え四百万円以下の場合には、二百万円までの部分について取引額の百分の五、二百万円を超える部分について取引額の百分の四を超えてはならないことが定められていることを認めることができる。そしてその成立に争のない甲第十一号証並びに当審証人山口豁の証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、右告示は最高額を規定してはいるが、普通宅地建物取引業者の媒介による報酬額については、当事者間に特別の定めがなければ右告示の額によることが慣行とされており、また不動産仲介業者が依頼者のために、物件の売手もしくは買手を探し紹介したのち、依頼者が業者を除外して本人同志の間で交渉をすゝめ、取引が成立したような場合、本人に対し業者が最後まで関与したと同じ額の報酬を請求することができる慣行があることが認められ、本件においては、宅地建物取引業者に支払うべき報酬について、右慣行によらない定めがあつたことは認めることができないから、控訴人は被控訴人に対し、小北忠夫との取引額三百万円について前記告示によつて算定した金十四万円の報酬を支払うべき義務を負担したものといわなければならない。
以上の理由により原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却し、控訴費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。
(裁判官 内田護文 原増司 入山実)