大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2162号 判決 1960年5月16日

控訴人 谷山秀一

被控訴人 田中甚吉

主文

本件控訴は控訴期間内に提起された適法のものである。

事実

控訴人は、被控訴人(原告)、控訴人(被告)間の東京地方裁判所八王子支部昭和三十二年(ワ)第一二一号家屋明渡請求控訴事件につき、同裁判所が昭和三十三年九月十二日に言い渡した判決に対し、控訴を提起した。

被控訴人代理人は、本件控訴を却下する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求め、その理由として次のように述べた。すなわち本件控訴は次の(一)(二)の理由により控訴期間経過後に提起された不適法なものであるから却下すべきものである、(一)控訴人は原審裁判所に対し送達を受けるべき場所として「東京中央郵便局私書箱四四六号」を届け出ていたのであり、郵便規則(昭和二十二年逓信省令第三十四号)第八十条によれば、郵便私書箱番号を肩書した郵便物は当該郵便私書箱にこれを配達するが、書留としたものは別にこれを保管し、郵便物の配達証又はその旨を記載した札を郵便私書箱に配付することになつており、使用者がこれを見て書留郵便物を取りに来たときは、私書箱係が受領印と引き換えにその郵便物を使用者に手交するのであるが、控訴人は郵便規則に従つて使用料を郵便局に支払つて私書箱を利用しているのであるから、右のような私書箱係との関係からいつて控訴人に対する書留郵便物の送達はそれが右私書箱に到達したときにいわゆる補充送達があつたものとみるべきものであるところ、控訴人が私書箱係から原判決正本を受領したのは昭和三十三年九月三十日であるが、同正本が書留郵便に付されて発送され同私書箱に到達したのは同月二十日であり、本件控訴状が東京高等裁判所へ提出されたのは同年十月十一日であるから、本件控訴は控訴期間経過後に提起された不適法のものである。(二)のみならず、控訴人は、原裁判所の所在地である八王子市内に住所、居所、営業所又は事務所を有しないのにかかわらず、民事訴訟法第百七十条第一項の規定に従い、同市内に送達を受けるべき場所及び送達受取人を定めてこれを原裁判所に届け出ることをしなかつたのであるから、同条第二項により控訴人に対する送達は書留郵便に付してする送達の方法によることができたのであるが、原裁判所は昭和三十三年九月十九日控訴人に対し原判決正本を書留郵便に付して発送したのであるから、同法第百七十三条の規定により同判決正本は同日控訴人に適法に送達されたものとみなされるべきである、従つてこの点からも本件控訴は控訴期間経過後になされか不適法のものというべきであると述べた。

理由

本件記録編綴の昭和三十二年八月九日附警視庁立川警察署長発原審裁判所書記官補あて回答書(三一丁)、郵便送達報告書(五三丁)、昭和三十三年四月九日附控訴人の原審裁判所あて上申書(五五丁)、判決正本送達報告書(六七丁)、昭和三十四年四月十五日附東京中央郵便局発行控訴人あての「書留郵便物の受領月日について」と題する書面(一一〇丁)及び同年同月二十二日附東京中央郵便局長発行原審裁判所書記官補あての「書留郵便物の配達模様について」と題する書面(一一七丁、甲第二号証添付)によれば、控訴人の住所は原審裁判所所在地である八王子市にはなく、神奈川県の平塚市にあること、控訴人が昭和三十三年四月九日附書面で原審裁判所にあて、同人に対する送達は東京中央郵便局私書箱四四六号(谷山秀一)あてにされたい旨上申書を提出したこと、原判決正本は同年九月十九日右私書箱を肩書して控訴人あてに書留郵便をもつて発送されたこと及び同判決正本が右郵便局の私書箱係に到達したのは同月二十日であり、控訴人が現実に右郵便物を受領したのは同月三十日であることが認められ、郵便私書箱を肩書した書留郵便物の配達方法について控訴人主張のような規定のあることは、その主張のとおりである。

ところで、控訴は判決の送達のあつた日から二週間内にこれを提起することを要するのであり、判決の送達があつたとするためには民事訴訟法に定める方法による送達がなされなければならないことはいうまでもない。(一)被控訴人は原判決が郵便私書箱に送達された時に補充送達があつたものとみるべきものと主張するが、本来、送達はこれを受けるべき者の住所、居所、営業所又は事務所、その他の法定の場所においてすべきものであり、いわゆる補充送達とは、送達をなすべき場所で送達を受けるべき者に出合わないときに、その事務員、雇人又は同居者であつて事理を弁識するに足りる知能を具える者に書類を交付してする送達をいう(民事訴訟法第百七十一条第一項)のであるが、郵便私書箱はその使用者の郵便物受領の便宜のために郵便局に設置された設備であつて使用者の住所、居所、営業所、事務所その他の法定の送達をなすべき場所に該当するものということはできないのみならず、郵便局の職員である私書箱係をもつて私書箱の使用者の事務員、雇人又は同居者とみることもできないものというべきであるから、(送達は一定の法律上の効果を伴うものであるから、拡張解釈は許すべきでないと考える。)被控訴人主張のように原判決の正本が右郵便局の私書箱係に到達した時に控訴人に対する同正本の補充送達があつたものとみることはできない。(二)次に、被控訴人は民事訴訟法第百七十条第二項の規定による書留郵便に付する送達があつたものとみるべきであると主張するのでこの点について考えると、控訴人は原審裁判所の所在地である東京都八王子市に住所、居所、営業所又は事務所を有しないのにかかわらず同地において送達を受けるべき場所及び送達受取人を定めて届出をしなかつたのであるから、同人に対して送達すべき書類は民事訴訟法第百七十条第二項の規定により控訴人の住所、居所、営業所又は事務所にあてて書留郵便に付して発送することができたわけであるが、右郵便私書箱は控訴人の住所、居所、営業所又は事務所のいずれにも該当しないと認めるべきこと前述のとおりであるから、たとえ控訴人から前記のような同私書箱あてに送達されたい旨の上申があつたとしても、これにあててした送達をもつて右法条第二項による適法な送達ということができないことは明らかである。もつとも送達を受けるべき者が現実に送達すべき書類を受領したことが証明されたときは、送達制度の目的にかんがみ、法定の送達方式を欠く場合でも、その受領の時に送達があつたものと認めてさしつかえないと考えられるが、しかし郵便私書箱を肩書した書留郵便について、私書箱係に対する配達ないし郵便物配達証等の私書箱への配付があつたからといつて、これによつて私書箱使用者本人の現実の受領があつたとみることは相当でないものといわなければならない。そして控訴人が現実に右判決正本を受領したのは昭和三十三年九月三十日であること前記のとおりであり、その以前に控訴人が適法な送達を受けたことを認めるべき資料はない。そうだとすれば、原判決は控訴人が現実にこれを受領した右九月三十日に送達があつたものと認めるのが相当であるから、同日から二週間内の同年十月十一日に提起されたこと本件控訴状に押された受付印によつて明らかな本件控訴は、控訴期間内に提起された適法のものといわなければならない。よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例