東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2419号 判決
一、本件手形は、右のように振出人欄に東京都文京区丸山町十一番地山城食品株式会社専務取締役の肩書を記載し、控訴人においてこれに署名して振出したものであるから、その記載の上からは、控訴人が右会社のためにこれを代表又は代理して右手形を振出したものであつて、その代表又は代理の権限の有無の点はともかく、控訴人が個人の資格でこれを振出したものではない外観を備えているのであることは明かなところである。
(証拠)を綜合すると、山城食品株式会社は東京都芝区田村町二丁目番地に本店を有する会社であつて、その代表取締役は松木良勝であり、控訴人はその取締役であるが(なおこれらについて商業登記簿にその記載のあることは被控訴人も争わないところである)、右会社代表取締役松木良勝は右会社の目的である食品関係の仕事に経験がないためその対外的取引及手形行為等については一切これを右会社の取締役である控訴人に委任し、控訴人において右会社のために専務取締役等の肩書を使用してこれを行うことを承認していたこと、右会社の本店である東京都芝区田村町二丁目三番地所在の建物は昭和二十年五月二十五日戦災のため焼失したので、以後事実上において右会社の営業所を控訴人の住所である東京都文京区丸山町十一番地に移転し(但し右営業所の移転登記は未だしていないものである)、従つて、控訴人は以後東京都文京区丸山町十一番地山城食品株式会社専務取締役の肩書を使用して右会社のために対外的取引及び手形行為をし、右会社代表取締役である松木良勝もこれを承認していたこと、本件手形振出以前においても控訴人は右と同様の肩書を記載して署名した約束手形を数回振出し、これらの手形は被控訴人の手中にも入つたが、いずれも右会社においては会社の資金で決済することとなつていたこと、本件手形も控訴人が右と同じく右会社のために右会社専務取締役の肩書を記載して署名しこれを振出したものであることが、いずれも認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上認定の事実によると、山城食品株式会社は商業登記簿に記載されている本店所在地東京都芝区田村町二丁目三番地に営業所を有していたのであるが、その建物が戦災により焼失したため、右会社の取締役である控訴人の住所である東京都文京区丸山町十一番地に右営業所を移転したものであるから、以後右会社の営業所として右移転先を表示したとしても会社の実体に変りのないものであることは明かなところである。そして右会社は右本店焼失後右移転先のほかに営業所を有しなかつたものと認められるから、たとえ右移転先について未だ営業所移転の登記を経由しておらず又被控訴人において右本店焼失による営業所移転の事実を知らなかつたとしても、それだけで直に右移転先を営業所として表示した山城食品株式会社が少くとも被控訴人に対する関係においてその存在を主張できないものであり、従つて従前の登記された山城食品株式会社とは別個の虚無の会社であるとすることはできないものと認める。
しかし右山城食品株式会社では、その取締役のうち会社を代表する取締役として松木良勝を選任しその登記を経由しているものであるから、右会社の代表権を有するのは右代表取締役松木良勝であり、その他の取締役はその代表権を有するものではなく、従つて控訴人は右会社の取締役であつても右会社の代表権を有するものではないことが明かである。しかし又前認定の事実によると、右山城食品株式会社代表取締役松木良勝は右会社の対外的取引及び手形行為をすることを包括的に控訴人に委託したものであるから、控訴人において右会社のために右会社を代理してこれらの行為をする権限を与えられていたものと認めることができる。
以上の次第であるから、控訴人が右会社の代理権に基き本件手形に東京都文京区丸山町十一番地山城食品株式会社専務取締役の肩書を記載しこれに署名して振出したものである以上、右手形は結局右会社が振出したもので右会社がその手形上の義務を負うべきものであつて、控訴人が個人の資格でこれを振出したものでないのは勿論、被控訴人主張のように控訴人が個人としてその手形上の義務を負うべきものではないといわなければならない
(薄根 村木 元岡)