東京高等裁判所 昭和33年(ネ)50号 判決
本件における当裁判所の判断は、次に附加する点のほか、原判決がその理由に説示するところと、全く同じである。
すなわち、
一、被控訴人の本件登録実用新案第四三〇、九一七号三脚の上下装置の考案要旨は、写真機、映写機等における円棒から成る三脚器の脚のまる味の曲線に相当する部分を全面にわたつて削り取つて三個の曲面を形成させた上下棒を、機械を載せる台板の中心部を昇降させるようにした三脚器の上下装置の構造にあり、その目的は三脚を折り畳んだとき、上下棒の三個の曲面部に脚が入つて、容積を小さくし、全体を軽量にして、携帯に便利な効果を有せしめる点に存することは、成立に争のない甲第二号証(実用新案公報)によつて疏明し得られ、一方、控訴人が製作販売していた三脚器の構造を示すものと、弁論の全趣旨により一応認められる原判決の物件目録(イ)の写真機用三脚器は、その台板の側面下部から三本の中空円筒状脚棒を軸着吊下し、その脚棒内部に嵌合した筒片を引出して脚棒を伸縮させるものであることは、従来のものと同様であるが、台板中央部を貫通する上下棒の前記三本の脚棒に対向する周面に、縦方向に、横断面がY字形(控訴人のいわゆる三ツ矢型)になるように、すなわち二つの平面をその間に角を形成するようにして、凹面を設け、かつ上下棒の凸面の一つにラツク歯形を形成して、台板に設けた回転子の先端にある係合部の操作で上下棒を上下に摺動させ、また上下棒の他の一凸面に対して台板に螺合した止螺子先端を押圧させて、上下棒を固定するようにしたものであること、該物件目録説明書(イ)及び図面に徴して明らかであり、当審において本件仮処分の対象とされたものは、右物件目録(ロ)の右写真機用三脚器の部品である上下棒であつて、その構造は前記のとおりのものであること、右物件目録説明書(ロ)及び図面に徴して明らかである。ところでかように認定された本件登録実用新案の考案要旨と、控訴人製作販売の三脚器の構造とを比較すると、両者は共に円棒から成る三脚器の脚のまる味の曲面に対向する部分を、台板を貫通する上下棒の全面にわたつて削り取つて三箇の凹面を形成させ、この上下棒を台板中央部で昇降させるようにした三脚器の上下装置であつて、折り畳んだ三脚器の脚が上下棒の凹部に入り、容積を小さくし、全体として軽量にして、携帯に便利であるという効果を奏するようにした点においては、全く一致し、ただ前者が円棒のまる味に相当する曲面を削り取つて凹面としたのに対し、後者では横断面においてY字形になるように、すなわち二つの平面をその間に角を形成するようにして凹面を設けたのであるが、この差異は後者が前者より更に少しばかり余計に削り取つたに過ぎないので、単なる構造上の微差と認められ、しかも特にこの少しばかり余計に削り取つた凹面によつて、後者が前者の有する作用効果と相容れない新たな作用効果を奏するというようなことも認められないから、後者は少なくともその部品である上下棒の構造において前者の権利を侵害する、と考えるのが相当である。控訴人は、控訴人製作販売の三脚器における昇降装置は、その主張の回転子と正角三ツ矢型棒(本件上下棒)と鎖状刻歯と掛止溝との四個の要件が不可欠的に結合されて、昇降操作の円滑と抜落防止との効果を奏するので、本件上下棒は該昇降装置に密接不可分のものであり、かつそれが本件実用新案と類似の折畳み作用を営むことは、本件上下棒については副次的に生ずるものであるに過ぎない、と主張するが、控訴人主張のごとき昇降装置及び掛止装置が必然的に本件上下棒におけるがごとき程度の凹形の形成を要求するものとは断じ得られないこと、原判決の説示するとおりであり、当審証人野口秋男の証言(第一、二回)によつても、にわかにそのことを首肯し得られない。(控訴人主張のその昇降装置の効果については、のちに判断する。)而して、本件上下棒を具えた三脚器において、これを折り畳んだときに三脚が上下棒の凹面に入り、その容積を小さくし、軽量にして携帯に便利にする効果は、本件昇降装置における副次的効果であるに過ぎないものとすることは、相当でない。控訴人は、また、本件実用新案権の範囲は、その図面に示された型を出でないと主張するが、その作用効果も無視し得ないこと、原判決説示のとおりであり、しかもその型と控訴人製作販売の物品の構造との差異が微差に過ぎないこと、前記のとおりである以上、控訴人の右主張は理由がない。
二、控訴人は、さらに、控訴人製作販売の三脚器は、本件登録実用新案のものと比較して、その主張の四個の要件の不可欠的結合により、上下棒の昇降操作を円滑にし、かつそれを任意の位置に固定して、抜落を防止する点において差異があり、これらの装置にいずれも新規の効果を奏するものであるから、両者は類似の範囲を脱し、別異のものである旨、裁判例、審決例を引いて、るゝ主張する。しかし、本件登録実用新案の考案要旨は、前記認定のとおりであり、上下棒昇降用係合装置、上下棒の固定装置及び抜落防止装置のごときは、いずれもこれに包含されず、それとは全く無関係のものであつて、それらの点において仮に控訴人の考案が昇降装置としての新規性を有し、或いは登録に値するとしても、それらの差異は、本件仮処分の対象物件が右登録実用新案の権利範囲に属するかどうかには、何ら影響のないことである。したがつて、訴外篠塚智方が控訴人主張の「鎖状刻歯、掛止溝を有する三矢型上下棒を中核とする昇降装置」なる実用新案登録出願(昭三一―三九三五〇号)につき出願公告の決定を得た、という事実(その後それが登録されたとしても同様である。)も、本件の判断につき無関係であるといわなくてはならない。
三、控訴人は、当審において新たに、本件実用新案につき旧実用新案法第七条による先用実施権を有する、と主張する。しかし、控訴人の右主張たるや、控訴審たる当審の昭和三四年四月七日の最終口頭弁論において始めて提出されたもので(原審における第一回口頭弁論期日は昭和三二年九月六日であり、その後四回に亘る弁論の結果昭和三二年一一月一五日弁論終結し、控訴審における第一回口頭弁論期日は昭和三三年五月六日であり、その後七回に亘る弁論の結果昭和三四年四月七日弁論終結)あるから、時機に後れた防禦方法であり、かつその判断については、その主張の内容からみて、単に書証のみならず、人証の取調をも必要とするものと認められるので、そのため訴訟の完結を遅延させるものというべく、しかもその適当の時期に提出し得なかつた特別の事情があることにつき何らの主張も疏明もなく、かえつて控訴人は従前右主張事実と矛盾する事実を主張していたこと、被控訴人の指摘するとおりであるので、その提出が時機に後れたことは、控訴人の故意又は重大なる過失によるものと推測せざるを得ず、したがつて、本件に関するかぎり、控訴人の右主張は、適法の防禦方法となり得ないものであつて、とうてい却下を免れない。
四、これを要するに、控訴人が原判決物件目録(ロ)表示の物件を製作販売拡布することは、被控訴人の本件実用新案権を侵害するものと一応認められるので、これが禁止の仮処分を維持した原判決は相当であつて、本件控訴は棄却さるべきである。
〔編註〕 本判示は左の控訴理由に対する判断である。
1、控訴人が製作販売していた上下棒(以下本件上下棒と称す。)は、新規に考案された捲上装置の回転子の噛合部に噛合される鎖状刻歯を刻設するため、幾何学上当然正角型の三ツ矢型を形成させ、その凸部頂点をも正角型となしたものであり、また上下棒を一定の限度において停止せしめるため傾斜状掛止溝を設けたものである。而うして、その捲上装置における回転子に素朴的な円棒型上下棒や本件実用新案公告に見られるような歯車とは全然異なる考案の型であり、したがつて又それに噛合わされる鎖状刻歯も円棒型上下棒や本件実用新案公告に見られるようなラツクとは全然異なる考案の型であり、而うして又掛止溝は従来の歯車ラツク式捲上装置では設けることのできない新考案の装置であつて、上下棒が上昇し過ぎて台座から飛び出したり、また鳥かん撮影の際写真機の重みで上下棒が自然に抜け落ちることを防止する貴重なる考案である。すなわち、回転子と正角三ツ矢型棒と鎖状刻歯と掛止溝との四個の要件が不可欠的に結合されて本件上下棒が形成されているのであり、而うしてその作用効果の要点は、上下棒の昇降操作の円滑と抜落防止とを最も効果的なものにしていることに存する。ただし三脚を折畳んだ場合、たまたま三ツ矢型の凹部に三脚が入り込むことによつて、あたかも本件実用新案と類似の折畳み作用を生む結果となるが、しかしこの作用効果は本件上下棒にとつては副次的に生ずるものであり、またその折畳みの作用効果というもの自体は他の型をとつてもいくらでも考案される作用効果であつて、ひとり本件実用新案のみの持ちうるものではない。したがつて、本件上下棒のこの副次的な作用効果の類似をとり上げて本件実用新案に牴触するとなすことの誤まれるものであることは、「二個ノ考案カ一部ニ於テ一致スル場合ト雖必シモ所論ノ如ク両者ヲ類似ノ考案ト認メサルヘカラサルモノニ非ス他ニ両者ヲ甄別スルニ足ル差異ノ存スルニ於テハ別異ノ考案ト為スニ妨ナキハ言ヲ俟タサル所ナリ云々」との大審院判例(昭和五(オ)第二八六四号同六、三、三一言渡二民判)その他審決例に照してみるも、明らかである。本件上下棒は前記四個の要件を不可欠の要件として構成され、所期の作用効果を挙げうるのであつて、原判決のように、この不可欠の要件を無理矢理に引き離してこれを捨象し、全然具体的な型を離れた作用効果の一面を強調して、本件上下棒が被控訴人の実用新案権に牴触するとしたのは、誤まれるの甚しきものである。
2、前項に説明した控訴人製作の昇降装置は、正角形三ツ矢型上下棒に施さなければ作用効果が上らないものであり、両者は密接不可分のものである。換言すれば、正角形三ツ矢型上下棒は控訴人の昇降装置を施す必要から考案された型であつて、したがつて本件実用新案の型とは全く別異の考案であると云わなくてはならない。そして、実用新案権の範囲は図面によつて示された型そのものがあくまでも基本的なものとされているのである。
3、被控訴人の権利範囲は、その登録請求の範囲に示す通り、「図面に示す如く円棒より成る三脚1の円味に相応する曲線4に相当する部分を全面に亘つて削り取つて三個の曲面5を形成させた上下棒3を機を載せる台板2の中心部を昇降させるようにした三脚の上下装置の構造」であり、而うして、機を載せる台板の中心を昇降させるようにした三脚の上昇装置は公知であるから、結局、その権利範囲は、「円棒より成る三脚の円味に相応する曲線に相当する部分を全面に亘つて削り取つて三個の曲面を形成させた上下棒」ということになる。もし、被控訴人の考案のような円棒三曲面削取上下棒に新たな考案が附加されることによつて、新しい型とか作用効果が生まれる場合はどうなるかを想定してみると、東京高等裁判所昭和三二年(行ナ)第二六号昭和三三年六月二四日判決が、風呂敷兼用の雨具の両考案において一方は他にない構造を具備し、かつ、その作用効果においても他方にないものを持つていれば、同一又は類似しない、旨判示していることは、注目しなければならない。その他、考案相互の関係について一方が他方を含む場合、新規とされた多くの審決例が存在する。ましてや、円棒三曲面削取上下棒にあらざる正角頂三ツ矢型上下棒に新たに鎖状刻歯、掛止装置を附した控訴人製作の昇降装置は、被控訴人の考案とは全く別異のものというべきである。故あるかな、控訴会社代表者の訴外篠塚智方は、かねて控訴人製作の三脚器のものと同一の昇降装置につき、鎖状刻歯、掛止溝を有する三矢型上下棒を中核とする昇降装置として、実用新案登録出願中であつたが(願書番号昭三一―三九三五〇号)、昭和三十四年二月十日附をもつて出願公告さるべきものと決定された。このことは、本件紛争に終止符を打つものであり、控訴人の主張を裏書するものというべきである。