東京高等裁判所 昭和33年(ラ)623号 決定 1959年5月16日
抗告人 神奈川日産自動車株式会社
相手方 深作幸兵衛
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告代理人は、「原決定を取り消す。相手方深作幸兵衛を破産者とする。申立費用は相手方の負担とする。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。
本件記録によると、抗告人の相手方深作幸兵衛に対する本件破産申立の基本債権は、七通の約束手形額面合計金二百二十四万三千円の債権であることを認めることができる。原審での相手方の審尋の結果(記録一〇七丁)及び原審と当審に提出されている株式会社常陽銀行笠間支店の支店長の提出した書面によれば、株式会社常陽銀行笠間支店は相手方において抗告人との取引のため資金の必要を生じたときは、相手方のために金二百三十万円程度の融資申出に応じ貸出の準備があることを認めることができる。一方右約束手形は相手方が坂本敏明又は同人と坂本英明両名を受取人として振出したものであるが、その第一裏書の裏書人である坂本敏明の肩書には「東洋自動車整備工場責任者」という記載がなされているため、右手形は裏書の連続を欠くものであること及び抗告人は右手形につき振出人を害することを知つて取得したものであることを理由として、相手方は抗告人に対して右手形金の支払を拒絶しているものであり、また抗告人の右債権はいわゆる無名義債権であつて、未だ債務名義を得ていないことも、本件記録上明らかである。なお相手方が本件係争の債権を除いては、他に債務を負担していることを認めるにたるような資料も存在しない。
してみると、仮りに抗告人主張の申立債権が存在するものとしても、相手方はこれが支払をするため前記銀行から融資を受けるにつき十分の信用を有しておるのであつて、支払不能の状態にあるものということはできない。
抗告人は、銀行の支店長名義の融資証明書は本件債務の支払保証の効力を有するものでなく、また簡単に融資中止という意思表示に変更できるから、抗告人の債権保護に何等効力を及ぼさない旨主張する。なるほど銀行のなした融資証明が抗告人の本件債権について支払保証の効力を有するものでないことは、抗告人の主張するとおりであるが、あるものが破産原因としての支払不能の状態にあるか否かを判定するについては、そのものに対する資産、信用及び労務の点を考慮すべきであつて、銀行から融資が受けられることは、そのものに対する信用状態に強い関係を有することであつて、本件においては前記認定の融資証明について、相手方が融資中止の措置を受けるような特別の事情を認めるにたる資料はないから、抗告人の右主張は採用できない。
従つて相手方に破産原因あるものとしてなされた本件破産の申立は理由ないものとして棄却を免れない。右と同趣旨の原決定は相当で、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担について破産法第一〇八条、民事訴訟法第九五条、第八九条に則り主文のとおり決定する。
(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 土肥原光圀)
抗告理由書
一、原決定について見るに相手方が抗告人に対して二百二十四万三千円の約束手形金支払債務を負担して居るについてはほゞ之と同額の二百三十万円の金を申立外株式会社常陽銀行笠間支店長小沼弘光に於て相手方に融資をする旨の証明書あるにより相手方が支払不能の状態でない相手方は只右手形債務について裏書の連続及び抗告人が手形の悪意取得者である点を争つて支払に応じないに過ぎないから本件は所謂破産原因がない為め棄却するとの事である。
二、然れども右融資証明書は単に一銀行の支店長が書いたものであり而も夫れは本件債務の支払保証の効力を有するものでなく「融資してもよい」と謂ふ簡単な意思表示であり之は又簡単に「融資中止」と謂ふ意思表示に変更する事が出来、そして「融資してもよい」と謂ふ意思表示は法律上相手方に対して多少拘束を受ける事があつたとしても(此点にも疑問はあるが)第三者の債権者に対しては法律上何等の拘束を受けるものでない換言すれば右銀行の相手方に対する意思表示は抗告人の債権保護には何等効力を及ぼさないものである。
もし夫れ銀行の単なる融資証明書によつて被証明者の資産状態が保証され夫れを以つて直ちに支払可能の状態と判定されるに至つては不正又は無資産の債務者は容易に破産宣告を免れ斯くては債権者保護に薄く、且つ破産法の制定された趣旨も没却せられるものといわねばならない。
四、更に注意すべきは本件破産の申立は昭和三十二年五月に提起され其後昭和三十二年七月十日を第一回とし爾後昭和三十三年二月二十四日迄前後六回の口頭弁論が開かれ此間本人訊問の外五名の証人訊問も為されたが(証人訊問は手形の善意取得が悪意取得かとの点に集中された)相手方の資産状態に関する疏明書類等は一葉も提出されないまゝに昭和三十三年二月二十四日結審となつたものであるが、右融資証明書及「融資証明書について」等の書類は右決審後提出せられたもので(前者は同年六月七日付後者は同年九月二十二日付提出)無論抗告人の知る由もなく従つて之に対する攻撃方法を講ずる余地も与へられなかつたものである。
五、尚原決定によれば相手方が悪意の取得と裏書の連続を欠く事を抗弁とする旨を認定して居るが本件申立当時に於ては申立債権中の一つに裏書の連続を欠くものあるを発見したので此債権の分を除外する為め申立債権を減額したから本申立に限り裏書連続広々の抗弁は成立する余地はなく又手形の悪意取得との抗弁は相手方並証人(相手方の長男で本件約束手形の事実上の責任者)が事件を紛糾せしめる目的で主張したに過ぎず他に之を立証すべき証拠物があるものではない。
抗告人に自動車の製造、修理並販売を業とするものであるが本件手形を抗告人に裏書譲渡した申立外坂本敏明及坂本敏明及坂本英明等二人は兄弟にて中古自動車の修理、販売を営み居るもので抗告人より中古自動車を購入した其代金債務の弁済の為め抗告人に本件手形を交付したもので抗告人は決して悪意の手形取得者ではない。
六、右の次第であるから抗告審に於て更に御審理の上公平なる御裁判を仰ぎ度く本抗告に及んだものである。