東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)39号 判決
一、原告主張の特許出願からその出願公告、異議申立、拒絶査定およびこれに対する抗告審判請求の過程を経て原告主張の審決があり、その審決書謄本が原告主張の日原告代理人に送達されるにいたるまでの事実ならびに右出願発明の要旨および右審決の要旨がいずれも原告主張のとおりのものであることについては、当事者間に争がない。
二、成立に争のない甲第四号証(アメリカン・ケミカル・ソサイエテイー発行のケミカル・アブストラクツ第四七巻第一五(一九五三年))第七三七一頁によれば、審決が引用した右刊行物には「四塩化チタン中のフオスゲンの検出」と題して「若干の試料を気圧計の水銀柱上の真空部に容れ、水銀水準の得られた降下を測定する。その降下を補正値と比較することによつてCOCI2(フオスゲン)の%を見出すことができる。」との記事が掲載されていることが明らかであり、該刊行物が昭和二八年九月一八日に特許庁資料館に受け入れられていることは、同号証の表紙に押された受付印によつてこれを認めることができる。
右引用刊行物の記事は、四塩化チタン中に含まれているフオスゲンの定量法を説明しているものであるが、その方法は、要するに、四塩化チタニウムの試料に真空処理を行うことによつて、試料中の不純物であるフオスゲンが脱ガスして分離する点を利用しているものにほかならず、フオスゲンが脱ガス分離すればそれだけ四塩化チタニウムは精製されたことになるので、右定量法は、四塩化チタニウムを真空で処理すればフオスゲンが脱ガスして四塩化チタニウムが精製されることを示唆しているものといわなくてはならない。そして、真空処理によつて脱ガス分離する不純ガスがフオスゲンに限らないことは、のちに認定するとおりであるから、かゝる四塩化チタニウムの精製法も「不純物を含有する四塩化チタニウムを真空で処理し、含有瓦斯を吸引除去する四塩化チタニウムの脱瓦斯精製法」と表現することができ、したがつて原告出願の本件発明の思想は、すでに右引用刊行物記載のフオスゲンの定量法によつて、容易に実施することを得べき程度に示されているといわなくてはならない。(本件発明の要旨として当事者間に争のない事項のうち「必要に応じアルゴン瓦斯を吹き込みつゝ」とある点は発明の必須要件とされていないこと、文詞自体に徴し疑ないので、右発明を特許すべきかの判断について右の点を顧慮することのできないことは、いうまでもない。)
三、原告は、本願方法は四塩化チタンに含有されるガス不純物を除去することにより高品位の金属チタンを製造することを意図し、したがつて、濾過、蒸溜、還元等の常法によつて塩化鉄、四塩化珪素、塩化バナジウム、フオスゲン等の不純物を除去した四塩化チタンを対象とし、これに再び溶解された窒素、酸素、水素等を除去しようとするものである、と主張する。
しかし、本件発明は、四塩化チタニウムの脱ガス精製法にかゝるものであつて、これによつて精製された四塩化チタニウムを利用して金属チタニウムを製造するところまで特許を請求しているものでないことは、「四塩化チタンより窒素、酸素、水素等を除去精製する方法」なる発明の名称、また成立に争のない甲第二号証の特許公報の本件特許明細書には、特許請求の範囲として、前記発明の要旨である「不純物を含有する四塩化チタニウムを真空で、必要に応じアルゴン瓦斯を吹き込みつつ処理し、含有瓦斯を吸引除去することを特徴とする四塩化チタニウムの脱瓦斯精製法」以外の記載がなく、その発明の詳細なる説明の冒頭にも、「本発明は例えば、高チタン鉱滓を塩素処理し得た粗四塩化チタンから塩化鉄、四塩化珪素、塩化バナジウム等不純物を濾過、蒸溜、還元等により除去し得た四塩化チタンを真空で、必要に応じアルゴン瓦斯等を吹き込みつつ、処理し含有する窒素その他の酸素、水素等不純物たる瓦斯を除去し又は雰囲気中から入ることを防ぎ、高純度四塩化チタンを得る方法にかゝわるものである。」と記載されていることにかんがみても明らかであるから、本件発明を利用して高品位の金属チタニウムを製造する点は本件発明の要旨と関係のないことであるといわなくてはならない。
そして、本件特許明細書の特許請求の範囲の項中、本願方法によつて精製を行う対象である「不純物を含有する四塩化チタニウム」を原告の主張するように「塩化鉄、四塩化珪素、塩化バナジウム、フオスゲン等の不純物が濾過、蒸溜、還元等によつてすでに除去された四塩化チタニウム」と限定して解すべき何らの記載のないことは前記のとおりであり、かつまた右明細書の発明の詳細なる説明の項に記載された「高チタン鉱滓を塩素処理し得た粗四塩化チタンから塩化鉄、四塩化珪素、塩化バナジウム等不純物を濾過、蒸溜、還元等により除去し得た四塩化チタン」は、単に実施例として示されたものであるに過ぎず、本件発明の脱ガス精製法で処理されるべき四塩化チタニウムをこれに限定する趣旨には、とうてい解することができない。
四、原告はさらに本願の方法において脱出を企図するガスは窒素、酸素、水素の三者に限られると主張するが、本件発明の目的は不純物を含有する四塩化チタニウムからガス不純物すなわち含有ガスを分離除去する点にあるから、本件発明の真空処理で吸引除去しようとするガス不純物は窒素、酸素、水素の三者のみに限られるものでなく、この三者は例示的なものに過ぎないことは、単に本件発明の名称に「窒素、酸素、水素等」と記載されてある点のみならず、前記甲第二号証の特許公報の本件特許明細書全般の記載、とくに右明細書に説明されてある本件発明の実施例においても、窒素および水素のほか、これらと同じくガス不純物とみられる炭酸ガスが吸引除去されたことが記載されている事実に徴して、明白である。
五、一方、審決引用の刊行物の記事は、直接には四塩化チタン中のフオスゲン定量法に関するものであることは、前記認定のとおりであるが、四塩化チタンは空気と接触すれば、空気中の窒素、酸素、水素等を吸収するにいたることは、原告自ら主張するところであり、前記甲第二号証の本件明細書の記載より考えても、四塩化チタニウムには普通窒素、酸素、水素等のガスが夾雑、溶存しているものと解するのが相当である。したがつて、引用刊行物所載のフオスゲン定量法を行う四塩化チタニウムにも窒素、酸素、水素等は当然溶存しているものと思われ、フオスゲン定量のためにこれを真空処理すれば、フオスゲンとともに窒素、酸素、水素等の溶存ガスも亦該四塩化チタニウムより吸引除去されるにいたるものと推測するに難くない。(そのことは、被告の主張するように、引用刊行物中、「水銀水準の降下を補正値と比較することによつてCOCI2の%を見出すことができる。」と記載されていることによつても察知することができる。)
六、してみれば、本件発明は、塩化鉄、四塩化珪素、塩化バナジウム、フオスゲン等の不純物が濾過、蒸溜、還元等によつてすでに除去された四塩化チタニウムのみを対象とし、それを真空で処理して窒素、酸素、水素の三者のみを吸引除去する四塩化チタニウムの脱ガス精製法にかゝるものであるとの原告の主張はとうていこれを採用することができず、単に不純物を含有する四塩化チタニウムを真空で処理し含有ガスを吸引除去することを特徴とする四塩化チタニウムの脱ガス精製法であると解するのほかないから、引用刊行物の前記記載事項から当業者の容易に想着実施し得る程度のものであつて、旧特許法第一条にいう発明には該当しないといわなくてはならない。
本件審決には何ら違法の点を認めることができないので、その取消を求める原告の請求はその理由がない。