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東京高等裁判所 昭和34年(う)1373号 判決 1960年4月21日

控訴人 被告人 千葉幸男

弁護人 向江璋悦 外一名

検察官 山口鉄四郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人向江璋悦、同安西義明連名提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

論旨第一点について、

所論は、検察官は原審証拠調の冒頭において冒頭陳述要旨と題する書面を提出し、これに基き、その第一項において、被告人に本件と同種の非行歴があるとして「強姦罪によつて東北中等少年院に収容された」ものである旨、又その第五項において、「被害者は旅館から逃げだし直ちに所轄警察署に届出た」旨陳述しているけれども、暴行脅迫によつて婦女を姦淫したことを起訴事実とし、しかも被告人がその強姦なる点を否認している本件において、被告人に強姦の非行歴の存することを冒頭において明らかにすることは、正しく予断排除の原則に反し、又前記の「直ちに」との記載は証拠により証明しえない事実に基いた陳述であるから、刑事訴訟法第二百九十六条但書に違反するものであり、これらの違法は、検察官が弁護人の異議申立後裁判所の指示に従つて前記第一項の部分を削除し、同第五項の部分は「一旦勤務先の坂場方に戻つた後直ちに」と訂正したことによつては治癒されないのみならず、一度このような予断又は偏見を持つに至つた原裁判所は憲法第三十七条第一項にいう公平な裁判所ということはできず、従つてその訴訟手続は同法条項に違反するものである、と主張する。よつて按ずるに、原審第一回公判期日において、検察官が冒頭陳述要旨と題する書面に基いて所論のような陳述をしたことは記録上明白であるが、所論陳述中第一項の部分は、検察官が、被告人には家庭裁判所において強姦罪により中等少年院に送致の決定を受けた事実あることを本件の情状を立証する意図の下に陳述したものと解するのを相当とするところ、刑事訴訟法第二百九十六条の規定する検察官が証拠調のはじめに証拠により証明すべき事実を明らかにするいわゆる冒頭陳述の手続は、起訴状の場合とは異り既に証拠調の段階に入つているのであるから、一切の予断の排除を要求しているものではない。のみならず証拠により証明すべき事実は、単に罪となるべき事実だけに限るわけではなく、情状に関する事項も当然これに含まれるものと解すべきである。検察官が冒頭陳述において前記のような非行歴を情状立証のため明らかにしたからといつて証拠とすることができず、又は証拠としてその取調を請求する意思のない資料に基いて陳述したものでないことが記録上明らかな本件において、これを目して直ちに同法第二百九十六条但書に違反するものということはできない。又所論陳述中第五項の部分は、被害者が本件被害後直ちに警察署に届出たか、一旦勤務先に戻つた後直ちに警察署に届出たかに関するもので仮りに右の相違は本件被告人の行為が強姦であるか和姦であるかを決するに影響があるとしても、検察官が証拠により証明すべき事実を、「被害後直ちに」とあつたのを「被害後一旦勤務先に戻つた後直ちに」と訂正し、その訂正された事実が証明される以上裁判官の心証は、訂正された事実について形成される筈であるから、仮りに「被害後直ちに警察署に届出をした」事実は、検察官手持の証拠ではこれを証明することができないものであつたとしても、前示のように訂正がされた以上、裁判所に偏見又は予断を生ぜしめる虞はなくその瑕疵は治癒されたものというべきである。してみれば、所論検察官の冒頭陳述は同法第二百九十六条但書に違反することはなく、又原裁判所に不当な偏見又は予断を与えるものでもないから原審の審理判決を目して憲法第三十七条第一項にいう公平な裁判所の裁判でないということはできない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 岩田誠 判事 渡辺辰吉 判事 司波実)

弁護人向江璋悦外一名の控訴趣意

第一点原判決には憲法第三七条第一項に反する違憲の訴訟手続が存するので破棄を求めます。

一、一審訴訟において、検察官は冒頭陳述要旨と題する書面(一七丁以下)を、起訴状に対する認否後提出陳述されたのであります。そしてその要旨第一項には被告人に同種の前歴があるとして、「強姦罪によつて東北中等少年院に収容された」ものであると記載し、又同第五項においては、被害者は旅館から逃げだし、「直ちに」所轄警察署に届出た、と記載しておるのであります。ところで本件は暴行脅迫によつて強姦をなしたものであるという起訴事実であり、之に対し被告人はその強姦なる点を否認している事件なのであります。しかるに拘らず被告人には前歴に強姦罪があつたこと、即ち暴行脅迫によつて姦淫したことがあつたという前歴を冒陳にかかげているのであり、之は正しく予断排除の原則に反し又刑事訴訟法第二九六条に反するものなのであります。又「直ちに」との第五項の点は、証拠により証明しえない事実を基にしての冒陳であり、従つてやはり刑訴法第二九六条違反となるのであります。検察官は弁護人の異議申立後裁判所よりの指示により右第一項の部分は削除し、第二項の部分は訂正いたしたのでありますが(一一丁以下)いかに修正されようとも既になされた偏見又は予断を生ぜしめる事項を述べたという事実は之を修正しようもないのであります。かかる手続は憲法第三七条第一項の、被告人には公平な裁判所の裁判をうける権利があるという規定に反するものであり、従つて違憲の訴訟手続と申さねばならないのであります。

二、よつて原判決には憲法第三七条第一項に反する手続が存するのでその破棄を求める次第であります。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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