大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(う)1634号 判決 1960年6月09日

控訴人 被告人 川村知男

弁護人 石川忠義 外一名

検察官 山口鉄四郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人石川忠義、同丹波景政提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

論旨第二点について。

論旨は、原判決が被告人の所為を威力業務妨害罪として処断したのは事実の誤認乃至法令適用の誤があると主張する。しかし原判決挙示の証拠を総合すると、原判決判示事実はすべて優にこれを認めることができる。又記録を精査するも原判決の右事実認定に誤ありとは認められない。そして刑法第二百三十四条にいう「威力ヲ用ヒ」とは、人に暴行脅迫を加えた場合は勿論、人の意思を圧迫するような一切の行為を指称し、また同条にいう人の業務とは、人(自然人たると法人たるとその他の集団たるとを問わない)の職業その他社会生活上の地位に基き継続して従事する事務又は事業をいうものであるから、判示日本教職員組合が目的遂行のためその組合員の大会を開催し、諸般の議事を討議することは正に右組合の業務というべきである。原判決の確定した判示事実によれば、被告人は日本教職員組合の勤務評定反対斗争の手段に行き過ぎがあるとして同組合員の反省を求めるため、東京都千代田区九段一丁目五番地九段会館ホールにおいて開催された同組合第十九回臨時大会会場で発煙筒を焚き又はビラを撒布するなどして同大会を混乱に陥らせ右反対斗争を阻止しようと企て、原審相被告人川崎誠治及び同李樹叢と共謀の上、昭和三十三年十月十四日午前十時四十分頃組合員約千名を召集して会議開催中の右第十九回臨時大会会場内三ケ所において、各自携帯の黒色発煙筒に点火して燃焼させ、因つて同大会を大混乱に陥し入れ約二時間に亘り同会議を中止するの止むなきに至らしめたというのであるから、被告人の右所為は威力を用い人の業務を妨害したものであること言を俟たない。原判決には所論のような法令適用の誤もない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 岩田誠 判事 渡辺辰吉 判事 司波実)

石川弁護人外一名の控訴趣意

第二点原判決は事実の誤認及び法令の適用に誤りがある。

原判決はその理由中、後段に於て「(前略)同組合(日本教職員組合)の組合員約千名を召集して業務上会議開催中の前記大会(第十九回臨時大会)会場内三ケ所において、各自所携の前記黒色発煙筒のうち七本にすり板を使用して点火して燃焼させ、因つて同大会を大混乱に陥し入れ、約二時間に亘り同会議を中止するの止むなきに至らしめ、以て威力を用いて右組合の業務を妨害したものである。と認定し法律の適用として威力業務妨害の点に付刑法第二百三十四条を適用している。同条にいう威力とは人の意思を制圧する勢力若くは業務遂行の意思を制圧するに足りる不当な勢威一般を指称することは之又論を俟たない処である。(大審明治四二年(れ)二〇二九号同四三年二月三日刑二判、昭和二九年(う)第三七七号三八〇号同年四月二七日福岡高刑三判)然るに本件に於ては煙のために業務の遂行が一時的に-煙が飛散消滅する迄約十分を要した-困難であつたに過ぎないものである。これは発煙筒七本の燃焼によるものであつて、日教組の大会が仮りに業務なりとするもそれを遂行する上に支障を来すことはあり得ても発煙自体が威力として被害者の意思を抑圧するものではない。業務の妨害と、妨害の手段が意思を抑圧する程度のものとは別個のものである。要するに原判決は被告人の行為に付威力業務妨害の事実を認定し右事実に対し刑法第二三四条を適用したものであるが、右原判決の事実認定は前記の理由により誤認であり又その法令の適用は誤りであると云うべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例