東京高等裁判所 昭和34年(う)1679号 判決
被告人 中山五郎 外一名
〔抄 録〕
検察官の控訴趣意の要旨は、記録に現われた諸般の証拠に照らすと、本件火災は昭和三十年八月二日午後一時頃金津ミサヲ方藁葺屋根附近より発生したもので、その出火直前同女方には火気は存在せず、子供等の右場所附近における弄火は考えられず、両津木材工業株式会社工場の煙筒以外の附近煙筒よりの火の粉、煙草の吸殻、漏電等による火災でないことが十分認められるのみならず、右藁屋根の発火が右会社工場煙筒から飛散した火の粉によるものであることを積極的に認め得るにかかわらず、原判決がその発火の原因は、両津木材工業株式会社工場の煙筒から出た煤煙及び火の粉が金津ミサヲ方藁葺屋根附近に飛散したことによるものであるとの点について証明が十分でない旨判示し、被告人等に無罪の言渡をしたのは、証拠の判断を誤り、事実を誤認したものであつて、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というにある。
よつて記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、所論引用の全証拠、特に所論後段引用の(八)原審鑑定人小山誠成の鑑定書、(九)同小玉仁三郎作成の鑑定書、(一一)原審証人小玉仁三郎の証言、(一三)両津労働基準監督署長の回答書等によつては、未だもつて、前記金津ミサヲ方藁葺屋根附近の発火が前記会社工場煙突から飛散した煤煙及び火の粉によるものであることを合理的な疑を容れる余地のない程度に証明し得ないのみならず、当審における事実取調の結果に徴しても何等所論を裏付けるに足る証拠として採るべきものはなく、却つて、当審鑑定人植田辰洋作成の鑑定書及び同人の当審証言によれば、原審及び当審において取調べた各資料により認められる諸状況の下に記録により認められる位置構造の右会社の横置煙管式ボイラーに木材の製材屑、製函屑、鋸屑等を燃料として燃焼し、蒸汽機関を運転する場合、右汽缶(ボイラー)の煙道を経て、前記会社工場の所論の煙突から、ガス流中に浮遊する微粒の一部が未燃物質を含んだ状態で排出される可能性はあるが、一般に本件のような横置煙管式ボイラーの煙道内におけるガスの温度は定格負荷状態においても摂氏四百度前後であり、本件のように木材を燃料とする場合はこれより幾分低くなり、また煙突内における温度は更に低下するものと考えられ、他面煙道ガス中に含まれる煤の着火温度は摂氏七百度乃至八百度であるから、煙道及び煙突内に流れ煙突外に排出される煤煙中に出火の原因となる程度の火気を含む可能性は極めて少ないものであり、又所論煙突に所論のような破損がありその修理が所論の如く不完全であつても、連続して燃焼の行われている場合は、煙突の通風力により煙突下部は負圧となつているため、煙突下部の穴又はこれを修理のため当てた鉄板と煙突との間隙からは外気を吸入する状態にあり、煤煙はこれらの穴又は間隙より飛出す恐なく、午前中右汽缶の燃焼を続け一旦中止し一時間の休憩後再び燃焼を開始した場合には、煙突内のガス温度が低く通風力が未だ作用しないので煙突内のガス温度が上昇し通風力が作用し始めるまでは、特に風のある場合煙突の穴や右鉄板との間隙から煤煙が一時的に流出する可能性はあるが、この場合も煙道及び煙突内のガス温度は低いため火気ある火の粉の流出する機会は少く、一時間の休憩後燃焼を始めるに当りタンバーを急に開いたとしても、その際の通風力は微弱であるから、燃焼を継続している細粉が流出する機会は同じく少い、要するに判示会社工場の煙突の上部或は、所論の穴又はこれを補修した鉄板との隙間から火気ある火の粉が流出する可能性は極めて少いものと認められる。してみれば右会社工場の煙突より飛散した火の粉により本件火災の生じた事実を認むるに足る証拠がないとした原判決は正当であつて論旨は理由がない。
(岩田 渡辺辰 司波)