東京高等裁判所 昭和34年(う)1741号 判決
被告人 鈴木松嘉
〔抄 録〕
弁護人提出の控訴趣意各所論は、要するに原判決は、証拠の判断を誤り判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認を冒しているといい、本件盗難の被害品であるスクーター窃取犯人は佐藤忠という者であつて、被告人は何ら窃取には関係がないのに、原審は任意性及び信憑性のない被告人に不利益な証拠のみを採用して被告人を窃盗本犯であると認定したのは不当であつて、被告人は無罪たるべきものであるというに帰するのである。
よつて按ずるに、原判決挙示の証拠中武藤太郎提出の被害届、同人の昭和三十三年八月十九日付検察官に対する供述調書の各記載によれば、本件スクーター(五十六年式C九〇型シルバー、ピジヨン、三菱型)の盗難の現場は、東京駅八重洲口北口広場の駐車場であつて、盗難の日時は、昭和三十三年八月十日午後七時から八時数分前までの間であり、被害者武藤は右スクーターを右駐車場におき発進キイを外し運転のできないようにして、附近で用達中盗難に遭つたものであることを確定できるし、一方、同様原判決挙示の証拠中井出良蔵の原審公判廷における供述によると、同夜井出は被告人と共に浅草田原町の地下鉄駅から乗車して九時十分過頃日本橋駅に到着し、同所から徒歩で数分の距離にある高島屋筋向いの交番の裏手にある路地(昭和三十三年八月二十八日付高橋勤、原田春蔵作成名義の捜査報告書によると、中央区日本橋通り三丁目二番地大東京火災株式会社ビルデイング裏手路地)に置かれてあつた前記スクーターを、一先ず同所から数百米位の距離にある川村輪業株式会社店頭(坂口日出男の昭和三十三年八月十五日付答申書によれば、中央区西八丁堀一丁目二番地)まで運び、同店において合鍵で運転ができるように修理させようとしたが、生憎合鍵がなかつたので、正規の発進装置を断念し、応急的にエンジン線をバツテリーと直結させて運転可能の状態とし(エンジン線直結配線方式)、その代り前照灯を点ずることができなくなつたに拘らず、被告人は井出を同乗させ、無灯火のまま同所から浅草方面に向けて右スクーターを操縦運転し、岩本町都電交叉点附近まで来たとき、警察官から職務質間を受け、次いで窃盗の嫌疑をうけて万世橋警察署に連行され、取調を受けるに至つたものであることが認められる。
ところで、被告人は、捜査段階以来本件スクーターの窃取を一貫して否認し、被告人はただ右八月十日午後七時過頃浅草の国際劇場附近において、かねてから知合いの佐藤忠なる者から「高島屋の交番の附近に自分のラビツトが鍵を落してしまつて運転不能で(或いは故障したままで)置いてあるが、それを国際劇場の前まで運搬して来てくれないか。お札はする。」といつて頼まれたのでこれを引受け、なお、右スクーターの所在場所を示された上、被告人のかねてからの知り合いである井出良蔵が運転の経験者であるところから、同人に頼んで同行してもらい、これを運搬して来たに過ぎないという趣旨の弁解をしているのである。固より本件スクーターの盗難の時刻が前記の如く午後七時から八時数分位前までであり、盗難の場所が東京駅八重洲口広場駐車場であるから、同夜九時十分過頃、右盗難の現場をさること遠くない前記大東京火災株式会社ビルデイング裏手路地において、盗難品であるスクーターを占有、所持していたことが証拠上明らかな本件においては、被告人に窃盗本犯の嫌疑をかけるべき相当の理由があるものといわなければならないが、しかしながら、原判決が証拠に掲げた原審における証人高橋勤(万世橋警察署、司法警察員巡査)同栗原寛吉(同警察署捜査係長)らの各供述によると、被告人は捜査段階以来佐藤忠なる人物から本件スクーターの運搬を頼まれたに過ぎない旨の弁解をしていることは事実であるし、被告人は浅草田原町で井出良蔵に対しスクーター運搬のため同行を頼む際佐藤忠と同道していたと弁解しているところ、右井出良蔵の原審公判廷における供述によると、同人が田原町で被告人から同行方を頼まれた時被告人が他一名と同道していたことが認められ、右同道者が果して被告人のいう如く佐藤忠に該当するか否かは明確ではないにもせよこれらの事実から考えると、被告人の主張するような佐藤忠に該当する人物は実在せず、同人が被告人に対して原判示スクーターの運搬を依頼し、被告人がこれを引受けよつて井出と共にこれを前記の如く運転して運搬したということは総べて虚構であると断言することはいささか躊躇されるところであるといわなければならないから、この点からいえば、被告人が八重洲口駐車場から本件スクーターを窃取した当の本人であると認定するにはやや証拠が不十分な嫌があるというべきである。但し、右井出良蔵の原審における供述を仔細に検討すると、被告人が右佐藤忠なる者からスクーターの運搬を依頼されたものであるとしても、それは直ちに被告人に何らの罪責がないことを意味するものではなく、少くとも被告人は右佐藤忠なる者に依頼されて、同人が窃取し一旦前記大東京火災株式会社ビルデイング裏手の路地に隠匿しておいた本件スクーターを、その盗品であるという情を知りながら、同人のため井出良蔵と共に運搬し、以て賍物運搬の罪を犯したものであるという限度においては被告人の罪責は明白であるといわなければならない。当審における井出良蔵の証言によつても右事実はその裏付けがあるということができる。すなわち、井出の原審並びに当審における証言によると、同人は被告人と共に、右スクーターのおかれてあつたビルデイング裏手の路地に行つたとき、夜間そのような場所に、隠すような状態でおかれてあつたことからして、何かわけのある品物、やわ物(危険な物)すなわち盗品であるかも知れないということを感じたので、被告人からエンヂン線の直結による操作方を頼まれており、その操作は可能であつたが、若しそのようなことをすれば、捕つた時弁解に困るし、また、悪事に加担することにもなるという理由でこれを断つたという位であるから、被告人ひとり右井出と異りスクーターについては何らの疑念を抱かなかつたものとは考えられないのみならず、更に被告人としては、右スクーターは佐藤忠が自分の所有物であるといいながら、単に発進キイを紛失したとか、故障をしたとかいう理由だけで、自ら運搬にあたることもせず、また何人にも修繕なり保管なりを頼むということもしないで、ビルデイング裏手の人目につかないところに放置しておき、自分は浅草にいてたまたま会つたに過ぎない被告人にその運搬を頼むということの不自然さと考え合わし、井出に比し一層深い疑念を抱くべき筈であつて、若し被告人が右スクーターを盗品でもやわ物でないと考えたとすれば、余程特段の理由がなければならないが、被告人の従来の供述や記録を精査してもそのような特段且つ合理的な理由は何ら存在しないといわなければならない。この点について何ら疑念を抱かなかつたという被告人の弁解は到底信用することはできない。ひつきよう、本件においては、被告人が窃盗本犯であるということは証明不十分であるとしても、右井出の原審並びに当審の証言からみると、被告人もまた井出同様少くとも右スクーターは盗品であるかも知れないという程度の認識をもつていたということは疑う余地がないものと認められると、被告人はそのような認識があつたに拘らず、右スクーターを右ビルデイング裏手路地から川村輪業まで運搬し、同店で応急修理をした上、井出を同乗させて無灯火で自ら操縦運転して岩本町交叉点附近まで運搬し、以て賍物の運搬をしたものであるということについてはその証明十分であるといわなければならない。
これを要するに、以上の点からすると、むしろ本件被告人の所為は賍物運搬罪を構成し、窃盗罪を構成するものではないと認定するのが相当であるといわなければならないから、本件について窃盗罪の成立を認定した原判決は、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を冒しているということになり、論旨は理由があるから原判決は破棄を免れない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により原判決を破棄すべきところ、本件については、当審において検察官から起訴状記載の訴因、罰条に加え「被告人は昭和三十三年八月十日午後十時頃盗品たるスクーター一台(五十六年式九〇型シルバーピジヨン三菱製)外数点(時価六万一千円相当)をその賍品たる情を知りながら東京都中央区日本橋通り三丁目二番地大東京火災株式会社裏路地より同都千代田区岩本町交叉点まで運搬したものであつて、右行為は刑法第二百五十六条第二項に該当するものである。」とする予備的訴因、罰条の追加の請求があつたので、当裁判所は、右請求が公訴事実の同一性を害せず且つ被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞もないことに鑑み、これを許容した上、該訴因につき、刑事訴訟法第四百条但書に則り、更に次のとおり判決する。
罪となるべき事実
被告人は、昭和三十三年八月十日午後十時頃、盗品であるスクーター一台(五十六年式C九〇型シルバービジヨン三菱製但し後部荷物入れ中に雑品数点在中、価格合計六万一千円位のもの)を、その賍品である情を知りながら、東京都中央区日本橋通り三丁目二番地大東京火災株式会社ビルデイング裏手路地より同都千代田区岩本町交叉点附近まで運搬し、以て賍物の運搬をしたものである。
(三宅 東 井波)