大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(う)2208号 判決

被告人 小玉治行

〔抄 録〕

一、所論は、被告人等が福井順一が市田博に選挙報酬として五十万円を供与したという被疑事実を隠蔽しようと企て、その証憑を湮滅したとするためには、被告人が右被疑事実たる福井が市田に金五十万円を供与した事実を認識しなければならない、と主張するのであるが、被疑事実を隠蔽するためその証憑を湮滅したとするには、当該被疑事実の内容たる事実が真実であることを認識することを要しない。一定の被疑事実として捜査の対照となつていることを認識して、その被疑事実について捜査の適正を誤らしめ、少くとも誤らしめる虞れのある証憑を偽装し或はこれを湮滅するときは証憑湮滅の罪を構成するものと解しなければならない。被告人は福井順一派の公職選挙法違反事件の弁護を依頼され、福井順一が選挙報酬等の費用として金五十万円を市田博に供与したという被疑事実について千葉地方検察庁において捜査中であること、特に被疑者市田博が担当検察官に対し、従来内田政春から五十万円借受けたものであると述べてきたのは虚偽で、実は福井順一の諒解を得て議員会館の福井の金庫から五十万円持ち出して千葉山武方面で使用した旨を検察官に供述した由を、弁護士織戸峯次から報告され、福井が市田に対し果して右五十万円を供与した事実が真実であるか否かについて捜査の進められることは十分にこれを認識したものと言わなければならない。

勿論捜査中の被疑事実について、その内容たる事実が真実の事実に相違することを知悉するもの、或はこれを確信するもの等が右の事実に相違することを証明すべき正当な証憑を捜査官に示して正しい事実の真相についての調査を求め、その認識を得ることは何等捜査の適正を害するものでなく、証憑湮滅の罪に触れないこと論をまたない。

所論の如く本件において被告人が前記被疑事実即ち福井順一が選挙報酬五十万円を市田博に供与した事実が真実であると認識していたと認むべき確証は存在しない。併しながら、同時に、被告人は右被疑事実が真実に相違することを確信し、これを証明すべき正当な証憑を捜査官に示して適正な捜査を求めめんとしたものではない。小原茂彦が市田博に対し何等金員を供与した事実がないに拘らず、福井順一と交々小原茂彦を説得し、四月十二日頃金五十万円を小原茂彦が市田博に個人献金として供与したという全く架空の事実を偽装せしめ、これを裏付けるため内容虚偽の上申書を作成、検察官に提出せしめ更に手提金庫の偽装工作を為さしめ、事実を隠蔽湖塗しようとしたものである。被告人が前記福井、市田の被疑事実について捜査中であることを知りながら、右の如き偽装工作を指示実行せしめた以上証憑湮滅の罪の成立すること多言を要しない。

二、刑事訴訟法第二二七条第一項により検察官が裁判官に対し証人として取調べを請求することのできるものが、同法第二二三条第一項の規定により捜査官の取調べに際して任意の供述をした者に限ることは所論のとおりである。而して右刑訴法第二二三条第一項の規定は捜査官が被疑者以外の者即ちいわゆる参考人取調べに関する規定であるから、通常の場合参考人の任意出頭を求めその任意の供述を求めるいわゆる任意捜査の場合に該当するのであるけれども、右被疑者以外の者即ち参考人が偶々参考人本人の被疑事件或は刑事被告事件について、或はまた既に刑事既決囚として身体の拘束を受けている場合でも、他人の被疑事件について参考人として取調べを受け任意の供述をした場合は、刑事訴訟法第二二七条第一項により証人として取調べを請求し得るものと解しなければならない。即ち苟も他人の刑事被疑事件について参考人として取調べを受け捜査官に対し任意の供述をした者は参考人自身の関係において偶々その身体の拘束を受けている場合でも証人としてこれを取調べうるのである。所論は身体の拘束を受けている者を捜査官が取調べる場合には、いかにもその供述を強要し、黙否権を否定して憲法所定の基本的人権を侵害するかの如く主張するけれども、右身体拘束者と雖も、あくまで他人の刑事被疑事件について参考人として任意の陳述を為す場合に限られるのであるから、本人の人権を侵害する虞れは毛頭ない訳である。

本件小原茂彦及び市田博の両名は所論の如く同人等に対する各刑事被疑事件のためにその身体の拘束はうけていたけれども被告人、及び福井順一、織戸峯次三名に対する被疑事件の参考人として捜査官に対し任意の供述をしたものであるから、検察官が刑事訴訟法第二二七第一項により裁判官に対し右両名を被告人外二名の被疑事実について証人として尋問すべきことを請求し、八木下巽裁判官が右請求に基き所論証人尋問調書を作成したことは、すべて適法であつて、これに反する所論はすべて採用することができない。

(兼平 関谷 小林)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!