大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(う)304号 判決

被告人 吉田金吾

〔抄 録〕

所論にかんがみ調査するに、被告人および原審相被告人中川安一のそれぞれ原審および当審公判廷における各供述ならびに被告人の司法警察員に対する供述調書によると、被告人は中川安一に誘われて本件犯行の前日である昭和三十三年九月二十一日の夕刻頃から映画見物その他に同人とその行動を共にしていたものであるが、その間同人から金を手に入れるため何か犯罪をやろうではないかと相談を持ちかけられたが冗談としてこれを受け流しその相談に乗らなかつたところ、一旦店に帰つた中川安一は右の企図を捨て切れず金槌一個および出刃庖丁一丁を持ち出し秘かにこれを携えて更に被告人を散歩に誘い出し日比谷公園に到つた際所携の前記金槌および出刃庖丁を被告人に示していわゆる自動車強盗の決意を告げその協力を求めるに至つたものであるが、その協力を求めるに際し右中川は、被告人がそのような犯罪を犯すことをこわがつており乗り気でない様子を察知して、ただ黙つてそばに坐つていてくれればよい、決して迷惑はかけないなどと申し向けてその協力を求めていた事実、右のように被告人に協力を求めるにあたり中川安一としては、犯罪は同人一人で実行する心算になつていたが、何分そのような悪事を働くことは同人としても初めてのことでおそろしく、一人では心細くて到底実行できそうもないが、被告人が同行し何もしないでもただ黙つてそばに坐つていてくれるだけで気強くなり実行もしやすくなると考えて前記のように協力方を申し入れたものであり、被告人においても、事ここに至つては万やむなしと考え右中川の申し入れのとおりに協力することとなつてしまつた事実、本件犯行は原判決も判示しているように中川安一が被害者雨宮政信に停車を命じやにわに所携の金槌で同人の後頭部めがけて二、三回殴打し同人に原判示のような傷害を負わせたものであるが、被告人は右中川の左側の座席に乗つていたところ同人が前記のように停車を命じ雨宮に打つてかかる瞬間にいちはやく車外に飛び出し後をも見ないで逃げ出している事実を認めることができる。もつとも前掲証拠によると、中川安一は本件被害者の操縦する営業用自動車に乗り込む直前被告人に出刃庖丁を手渡しており、その際右中川において万一の場合には被告人に加勢をして貰う心算でこれを渡したものであつたようであるが、同人のその気持は被告人には通じておらず、被告人は万一の場合逃げるときの用意として手渡してくれたものであるとしか考えなかつた事実もまたこれを認めることができる。

そこで以上の事実から判断すると、被告人には本件犯罪を中川安一と共同して実行する意思は少しもなく、ただ同人の本件犯罪の実行を容易ならしめる意思でこれに加工したものに過ぎないといわなければならない。しからば被告人は右中川の本件犯行の幇助者として従犯の責任を問われるに過ぎないものと解するのを正当とするに拘わらず原判決は所論のように本件犯行は被告人と原審相被告人中川安一との共謀にかかるものであると認定し、刑法第六十条を適用して被告人を処断しているのであつて、原判決はこの点において事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤つており、その誤りは原判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、爾余の論旨についての判断をするまでもなく、原判決はこの点において破棄を免れない。

(岩田 八田 司波)

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