大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(う)855号 判決

被告人 大貫喜市

〔抄 録〕

論旨第二点について。

論旨は被告人は本件大豆の引渡を要求し本件指図書の交付を受けるに際し積極的に東物産株式会社の経営内容、代金支払能力等を誇示した事実はない。唯右会社の経営内容、代金支払能力等に関する沈黙があつただけである。この沈黙は法令上慣例上その他一般条理として存在する告知義務に違反するものではないからこれを以て欺罔行為とすることはできない。然るに原判決が、被告人は代金支払の意思及び能力がないのに拘らず鈴木武夫に対し代金支払の意思及び能力があるように装つた旨認定したのは、証拠によらないで事実を認定した違法があると主張するが、詐欺罪における欺罔行為は必ずしも積極的に虚偽の事実を告知する場合に限らず信義誠実の原則に従い真実の事実を告知すべき義務があるに拘らず故らに沈黙して真実の事実を告知しない場合をも包含するものと解すべきところ、原判決の挙示した証拠によれば被告人は東物産株式会社が営業不振のため多額の負債を生じ売買契約に基く中共大豆の引渡を受けても到底その代金の支払をなすことが不能な状態となり、被告人自身も約定のとおり代金の支払をなす意思がなかつたに拘らず故らに沈黙し右事情を売主に告知しないで中共大豆の引渡を求めたため売主は従来どおり代金の支払を受けられるものと誤信して本件指図書を交付したことが認められる。思うに売買契約は当事者の一方が或財産権を相手方に移転することを約し相手方がこれにその代金を支払うことを約するにより成立するのであつて、買主において代金支払の意思及び能力がないのに拘らず買主の沈黙により告知されないときは売買の基本である代金の支払に関し錯誤を生じ売主をして不測の損害を蒙らしめ取引の安全を期し難いからかゝる場合は買主は信義誠実を旨とする取引の通念上自己の営業状態及び代金支払の能力等に関する真実の事実を売主に告知する義務があるものと解すべきである。然るに被告人は右義務に違反し前記の如く東物産株式会社の営業状態及び代金支払の能力等に関する真実の事実を故らに沈黙し、恰も代金支払の意思及び能力があるように装い本件指図書の交付を受けたのであるから、被告人に欺罔行為があつたものというべく、従つて原判決には所論のように証拠によらないで事実を認定した違法はないから論旨は理由がない。

論旨第一点について。

訴訟記録並びに原審及び当審で取り調べた証拠によると、原判決の認定した事実中売買予約とある点を除きその余の事実はすべて優にこれを認めることができる。(但し荷渡指図書一通とあるは貨物指図書一通の誤記と認める)そして原判決が売買予約と認定した点は売買契約が成立したものと認めるのが相当である。即ち被告人が代表取締役をしていた東物産株式会社と神奈川県味噌工業協同組合(以下単に組合と略称する)との間に、昭和三二年一月中旬頃中共大豆六〇キロ入一一六六袋を代金一袋に付金三二七〇円引渡時期同年三月中とする売買契約が成立したことが明らかである。論旨は本件取引の如く契約の成立とその履行との間に相当の日時がある場合においては、契約の締結に当り相手方を欺罔して錯誤に陥れた事実がなければ、後日相手方からその履行を受けても詐欺罪は成立しない筋合である。然るに被告人は右組合と本件売買契約を締結するに際し相手方を欺罔して錯誤に陥れた事実はないから、被告人が本件指図書の交付を受けた当時において確実な代金支払の能力がなかつたとしても詐欺罪を構成する理由はないと主張する。しかし前示各証拠を総合すると、東物産株式会社と右組合との間には本件取引以前から大豆の取引が行われていたが従来は代金の支払がなされなかつたことはなく、従つて本件についても約定とおり代金の支払を受けられるものと信じて売買契約を締結したことが明らかである。而して買主が右契約締結後物品の引渡を受ける以前において自己の営業不振のため代金の支払が不能の状態に陥つた場合にはその旨を売主に告知する義務があるものと解するを相当とする。蓋し代金の支払を受けられるかどうかは売主にとつて最も重大な関心事であるからたとえ売買契約成立後と雖も物品引渡以前に買主に代金支払不能の状態が生じたときは右の事情を売主に告知し売主をして不測の損害を蒙らしめないようにする義務があることは商取引における信義誠実の原則に照し当然といわなければならない。然るに被告人は論旨第二点について説明したように東物産株式会社が営業不振のため多額の負債を生じ売買契約に基く中共大豆の引渡を受けても到底その代金の支払をなすことが不能な状態となり、被告人自身も約定のとおり代金の支払をなす意思がなかつたに拘らず、前記告知義務に違反し右の事情を組合に告知せず恰も代金支払の意思及び能力があるように装つて中共大豆の引渡を請求し、組合をして確実に代金の支払を受けられものと誤信させ、原判示の如く指図書の交付を受けたのであるから、被告人の所為は詐欺罪を構成すること勿論である。

(渡辺辰 関谷 関)

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