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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1376号・昭34年(ネ)1514号 判決

控訴人の右主張自体に徴しても、控訴会社と被控訴人らとの間の右保証契約は、控訴会社の被用者である右敏次の行為により使用者である控訴会社が受けた損害を被控訴人らにおいて賠償すべきことを約したものであつて身元保証であることが明らかであるから、右契約には身元保証に関する法律が適用せらるべく、従つて身元保証人たる被控訴人らの損害賠償の責任及び金額は、同法第五条により敏次の監督に関する控訴会社の過失の有無、被控訴人らが本件身元保証をなすに至つた事由及びこれをなすに当つて用いた注意の程度、敏次の控訴会社における任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌してこれを定むべきである。

よつて進んで被控訴人らの保証責任の限度について審究する。

証拠によれば、右敏次は昭和二十九年十二月控訴会社代表者百瀬富寿雄夫妻の媒酌により同人の妻友枝の従妹西尾幸子と結婚した関係で、昭和三十年八月から控訴会社に雇われることとなり爾来本件の費込の事実が発覚して昭和三十一年八月退社するに至るまで前記諏訪出張所主任として勤務していたものであること、また被控訴人横内貞雄は敏次の父、被控訴人行田俊恵はその叔父にあたるところから(この身分関係については当事者間に争がない)本件身元保証をなすに至つたものであるが、右保証をなすについては両人とも特にこのために訴訟会社の代表者百瀬富寿雄その他会社側の者と面談したことはなく、控訴会社側で用意した契約書を敏次が被控訴人ら方へ持参しその各捺印を得て会社へ提出し以て本件保証をなしたものであること、尤も控訴会社側が提示した契約書の最初の文案には「保証人が単独で損害を賠償する」趣旨の字句が存し、これにつき被控訴人行田において異議があつてその削除を求めた結果これを削除した事実があり、従つて被控訴人らにおいても一応本件身元保証契約の条項を検討吟味した上で保証をなしたものであつて控訴会社提示の契約条項をそのまま鵜呑にしたものではなかつたこと、控訴会社は会社とはいえ実際は百瀬富寿雄の個人経営に等しいものであり、その職員数も五六名程度の小規模の金融会社であること、敏次の任務は前記出張所の主任として金銭の貸付、取立その他同出張所の行う金融に関する全般の仕事を処理することであつて、貸付のため必要な金は当時控訴会社代表者百瀬富寿雄が岡谷市に在る同会社岡谷出張所内に居住していた関係上、その必要の都度同出張所より敏次が交付を受け同出張所備付の印取帳に受領印を押捺し、また回収金その他の金銭を同出張所に納めたときは諏訪出張所の印取帳に岡谷出張所の受領印を貰い受け、右貸付、取立等については貸付台帳、利子帳、金銭出納帳、貸付計算帳、雑費支払帳等の帳簿を備付けてこれに記入するほか、伝票を作成してこれを右岡谷出張所に送付し、また毎月、月末報告書を松本市に在る控訴会社本店に提出することとなつていて、このような事務一切が敏次の仕事であつたこと、敏次に対する控訴会社の監督は右報告書を検閲してなすほか、当時は控訴会社代表者が前記のように同出張所と遠くない岡谷出張所に居住していた関係から同人が直接諏訪出張所の業務を監督し従つて敏次を監督することとなつていたが、実際には右帳簿類の検査等は主に敏次の妻で同出張所の職員であつた西尾幸子(旧姓横内)にまかせ、時に控訴会社の社員高田三三三及び小野千代子等をして検査に当らしめたけれども、その検査は敏次が勤務していた約一年間は専ら帳簿の検査に重点がおかれ現金在高と帳簿との照合は厳密に行われたことが殆んどなく、金銭貸付のため作成される公正証書や手形等の調査もまた殆んどなされなかつたこと、このように監査が厳重でなかつたのは、控訴会社代表者本人の信条ともいうべき会社の被用者はこれを信用して仕事に従事させる方がむしろ不正行為を少なからしめるゆえんであり、細密にわたる検査は人を疑うやり方で、かえつて策をえたものでないからなすべきではないとする方針に基ずいたものであること、敏次の本件不正行為は、その発覚を困難にするため帳簿上の操作をなす等一応巧妙な手段方法で行われていたので容易に発覚するに至らなかつたものではあるが、控訴会社が右のような緩やかな監査で満足せず定期的または抜打的に現金在高を調査し、前掲各帳簿及び貸付の証拠書類である公正証書や手形等を照合検査する等厳格な監査の方法をとつた場合にもなおその不正事実を発見することができなかつたという程のものではなかつたこと、従つてそのような厳格な監査の方法がとられていたならば、敏次の本件不正行為はもつと早く発見できた筈であるばかりでなく、最初からそのような監査が適当に行われておれば、自然敏次も緊張し本件のような不正行為をなす余地がなくその不正行為を未然に防ぐことができたものであるにかかわらず、控訴会社は満足にそのような方法をとらず、そのため敏次の本件不正行為を未然に防止できなかつたのみならず、その不正行為は昭和三十一年に入つてから約六箇月にも亘つて行われ、発見がおくれたため損害の増大を招く結果となり、たまたま同年八月初頃控訴会社において敏次が酒色に耽つていることを聞知し調査した結果初めてその不正事実を発見することができたものであること、及び敏次の監督に関し身元保証人たる被控訴人らには別段落度がなかつたこと等の事実を認めることができる。以上認定の事実によれば、控訴会社が敏次の本件不正行為防止のためとつた監督方法は不十分であつて監督上過失があるものというのほかなく、このような事情は身元保証に関する法律第五条の規定により身元保証人たる被控訴人らの責に任ずべき損害賠償の額を定めるに当つて当然斟酌せらるべきであるから、被控訴人らのこの点の抗弁は理由があるというべく、そこで当裁判所は右事情並びに以上認定したそのほかの諸般の事情を斟酌して、被控訴人両名の本訴損害賠償責任額を金八十万円の限度とするのをもつて相当と認める。

控訴人は、なお被控訴人らの本訴保証責任の限度を定めるにつき、右に触れた事項以外控訴人主張の(三)の(イ)及び(ロ)の点(編註 (イ)身元保証に関する法律第三条は保証人に対する使用者の通知義務を規定しているが、この義務は保証人の被用者に対する監督義務を困難にさせないためのものであることが法文上明らかであり、従つて身元保証人も被用者を監督する義務があるものというべきところ、被控訴人横内貞雄は、敏次の実父であつて同人の幼少のころからその性格、行状を知悉しており、しかもあまり遠隔の地に住んでいないのであるから充分敏次を監督できたはずであり、相当の注意を用いれば、むしろ控訴人側よりも早期に敏次の不正行為を発見できる関係にあつた、また、被控訴人行田俊恵は、敏次の叔父であつて、その養子は敏次の弟であり、その居住地は控訴人会社代表者百瀬富寿雄のいた土地と同じ長野県岡谷市である、そしてその身分関係から敏次と相当の交際があつてその性格を知つており、その行状を探る上においては控訴人よりは便利な立場にあつた、それにもかかわらず被控訴人らは敏次の不正行為を発見できなかつたのであつて、このことは被控訴人らに監督上の怠慢ないし過失があつたものといわなければならない。(ロ)被控訴人らは、控訴人が敏次の不正行為発見後直ちに被控訴人らにその旨を通知して善処方を求めたのにかかわらず、これに対し同法第四条による契約の解除権を行使しなかつた。)が斟酌せらるべきであると主張するけれども、身元保証に関する法律が身元保証人の責任を緩和するため設けられたものであることにかんがみるときは、同法第三条の規定は同第四条と相俟つて身元保証人の責任を軽減する趣旨で使用者の保証人に対する通知義務を定めたものであつて、右第三条第二号に「其ノ監督ヲ因難ナラシムルトキ」とあることによつて一般的に保証人の被用者に対する監督義務を認めた趣旨ではないことが明らかであるから、保証人たる被控訴人らにそのような義務があることを前提とする控訴人の右(イ)の主張は理由がなく(なお被控訴人らの敏次に対する監督上落度がなかつたことは前に認定した)また控訴人が敏次の不正行為発見後直ちに被控訴人らにその旨の通知をしたことは原審及び当審証人高田三三三の証言により認められるが、同法第四条の保証人の契約解除権は身元保証人の利益のために設けられたものであるから、被控訴人らが右通知を受けたのにもかかわらず同条所定の解除権を行使しなかつたからといつて、その保証責任の限度を定める上においてこれを不利益に斟酌せらるべき理由がない、従つて控訴人の右(ロ)の主張もまた採用の限りでない。

よつて、被控訴人らは各自連帯して控訴人に対し右金八十万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三十一年八月二十五日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

(川喜多 伊藤 位野木)

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