大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)150号 判決

別紙目録記載の建物がもと被控訴人の母吉岡いその所有であつて、吉岡は昭和二十年四月控訴人に右建物中右側の一戸(以下本件建物という)を期間の定めなく賃貸したが、吉岡は昭和三十二年三月十一日死亡し、被控訴人において相続により右建物所有権を取得し、右賃貸借における賃貸人の地位を承継したこと、被控訴人は同年八月二十一日控訴人に対し自ら使用する必要ありとして右賃貸借の解約申入れをしたことはいずれも当事者間に争がない。

つぎに右解約申入につき所謂正当事由が存するか否かにつき検討する。

まず賃貸人たる被控訴人側の事情につき按ずるに成立に争のない甲第一号証、原審及び当審における被控訴本人の各供述を総合すれば、被控訴人は夫と死別後昭和十二年頃から肩書アパートの一室約四畳半を賃借居住し、附近の神田乾電池株式会社に仕上工として勤務しつゝ難聴に悩む一子和孝を養育してきたこと、被控訴人は吉岡いその死亡により本件建物所有権を取得するや、和孝がすでに神保電器に就職し結婚適齢期に達し縁談もある関係上、同人の新居に使用し、かつ和孝が神保電器から将来電気器具の下請を得た場合に備えその作業場に使用する目的で控訴人に対し本件建物の明渡を求めたこと、被控訴人は自己の月収約七、八千円と和孝の月収約一万二千円ならびに別紙目録記載建物の左側の一戸の賃貸料若干をもつて生活していることがいずれも認められる。

次に賃借人たる控訴人側の事情につき按ずるに、原審証人南マツノ、原審及び当審における控訴本人の各供述を総合すれば、控訴人は従前本件建物に居住していた吉岡いそが昭和二十年春空襲をさけて山梨県に転居するに際しそのあとをうけて同人から賃料一ケ月二十三円でこれを賃借したものでその後本件建物においてクリーニング業をはじめ顧客数十軒を得るに至つたこと、控訴人は吉岡が所有者であつた当時は格別明渡の請求を受けなかつたが、被控訴人が所有者となつたのちはじめて明渡の交渉を受けるに至つたこと、しかるに控訴人は本件建物(階下六畳、三畳、二階四畳半、三畳)に妻マツノのほか二十七歳を頭にすでに成人した未婚の子女五人と同居し、クリーニング業の売上月約一万二千円より得る利益の外、長女繁子、長男宏一三女正子らの会社勤務の俸給合計約三万円によつて一家の生計を支えているが、控訴人は健康勝れず、二男昌吾は右眼失明のため家業を手伝うの外なく、二女義子また聾唖者であつて、控訴人一家の生活は困難な状況にあること、しかして控訴人は明渡の要求に応じて移転するにも営業上移転先につき制約あるのみならず、無資力にして相当の移転先を得られないことを認めるに足り、右認定を覆えすに足る適確な証拠はない。

如上当事者双方の事情を総合して判断すれば、被控訴人の右解約申入は正当の事由を具えたものとはいえずかつ右解約申入後事情の変更の見るべきものの認められない以上、右申入はついにその効力を生ずるに由なきものというべきである。

(松田 猪俣 沖野)

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