大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1944号 判決

(一)、控訴人は上述したように、満蒙地区からの引揚者を援護することを目的として設立せられたのであるが、その設立に当り訴外満洲重工業において訴外満洲中央銀行から金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円を借受け、右金員を控訴人に寄附し、控訴人はこれを基本財産として発足したものであつて、控訴人において右金員中金一〇〇、〇〇〇、〇〇〇円を被控訴人に預入れたものである。

(二)、しかるに総司令部は政府に対し昭和二十年九月三十日指令第七四号「植民地並に外国銀行及び戦時特別金融機関の閉鎖に関する覚書」を発し、満洲重工業及び満洲中央銀行等を閉鎖機関に指定すると共に、閉鎖機関の一切の財産につき総司令部の承認を条件とする大蔵省の許可なくしては他に処分することを禁ずるよう命じ、次いで同年十月十八日右覚書の補足的指令として「金融機関閉鎖に関する補充命令に関する覚書」を発し、右禁止に関する命令には昭和二十年九月三十日以後の財産処分行為を無効とする規定を置くことを命じたので、政府は右覚書にもとずく措置として、昭和二十年十月二十日大蔵、外務、内務、司法省令第一号を公布し、満洲重工業及び満洲中央銀行を同省令にいわゆる指定機関とすることとし、同時に指定機関の所有する財産については、大蔵大臣の許可がなければ売買、譲渡回収、処分その他の取引ができない旨及び昭和二十年九月三十日以後同省令施行前になされた右指定機関の財産処分で大蔵省の許可のないものは、無効とする旨を定めたものである。

(三)、総司令部においてはその後調査の結果、控訴人が先に閉鎖機関に指定された満洲重工業の出損にかゝる金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円を基本として発足した事情が明になつたので、そのような関係にある控訴人については外見はともかく実体は右満洲重工業の掩蔽体に外ならぬものと信ずるに至り、昭和二十年十一月十六日総司令部から政府に宛て「満洲国帰国者関係援護会勘定の凍結に関する覚書」を発して控訴人の財産を凍結することを命じ、これにもとずき大蔵省は被控訴人に対し控訴人の本件預金を凍結すべきことを指示し、被控訴人はこれにより右預金の支払を停止したものである(右凍結の事実は当事者間に争がない)。

(四)、次いで総司令部は昭和二十一年一月十八日政府に宛て「一九四五年九月三十日附覚書により閉鎖された機関のための保管人委員会設置に関する覚書」を発し、右覚書において(1)閉鎖機関のための保管人委員会を設置し、委員として総司令部の認める人を任命すること、(2)保管人委員会は閉鎖機関の役職員のあらゆる権限を有するものとすること、但その権限の行使に当つては総司令部が随時指示する行為のみに限定すべきこと、(3)政府は本覚書の規定を実施するため法令を公布する必要ありと認めるときは、公布に先だち総司令部の認可を求めること、また措置したところを報告すべきこと等を命じた。よつて政府はその措置として昭和二十一年二月六日大蔵、外務、司法省令第一号を制定公布して保管人委員会の機構権限を定め、委員長及び委員の選任監督権を主務大臣(原則として大蔵大臣)に与え、閉鎖機関の業務及び財産の管理及び処分をする権限を委員長に専属させることとしたが、当日大蔵大臣は総司令部の人選にもとずき委員長に鈴木祥枝、委員に湯浅恭三外二名を任命し、これにより保管人委員会の発足を見たものである。その後昭和二十一年二月二十一日総司令部経済科学局は保管人委員会に宛て一般指令第一号を発し、(1)保管人委員会は総司令部が指示する閉鎖機関を調査し、また総司令部の事前承認を得て閉鎖機関の監理を実施すること、(2)委員長兼専務管理人(その不在のときは副委員長兼副専務管理人)は右委員会及びその職員の指揮について責任を有し、総司令部宛ての一切の文書に署名すべきこと、(3)若干の総司令部代表官は総司令部、保管人委員会間の連絡を担当して委員会に出席し、方針並に手続の設定に協力し、保管人委員会及びその職員に対し所要の勧告をすること、(4)保管人委員会は会議議事録を含む決定事項及び処理事項の記録を備えおき、且総司令部代表官の随時閲覧できるようにしておくこと、そして閉鎖機関の帳簿及び記録は慎重にこれを保管すること、(5)保管人委員会は閉鎖機関に関する一切の事項(緊急事項、特別事項及び政策事項に関する進言を含む)につき総司令部経済科学局財務部に直接報告すること等を指示し、次いで同年五月三十一日同局財務部清算課長エドカー・ジエー・バーンズ空軍少佐、課長代理ウイリアム・エヌ・ロジヤース及び金融顧問チヤールス・イー・スプリングトンの三名を保管人委員会における総司令部代表官として任命しその後主として右バーンズとロジヤースが保管人委員会の会議に出席して総司令部の指令の伝達及び勧告を行つていたのである。

かように保管人委員会は国内法上政府の機関として設置され、同委員会の委員の選任監督は主務大臣の権限に属するものとされていたものの、実質的には総司令部に直結し、総司令部代表官を通じ随時発せられる総司令部の指令及び勧告に基き閉鎖機関の財産管理に当つていたものであつて、保管人委員会は総司令部の指令に従うべく義務づけられていたものである。

(五)、而して前述の満洲中央銀行から満洲重工業に対する金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円の貸付及び満洲重工業から控訴人に対する同額の寄附は(二)記載の各覚書及び省令により無効とされた閉鎖機関の行為には直接当らないけれども、元来総司令部においては右貸出及び寄附は占領目的から見て好ましくないものであり、このような資産を控訴人に保有させておくことは許されないものとしていたところから、右資産を閉鎖機関に取戻すことを意図し、そのため昭和二十一年八月頃開かれた保管人委員会会議の席上で総司令部の代表官バーンズは右趣旨の発言をした上、保管人委員会の委員湯浅恭三の意見を徴して一応国内法的の解決方法を採らしめることとし、保管人委員会に対し控訴人の承諾を取つて右資産を閉鎖機関に返還を図るように命じたので、保官人委員会の委員長鈴木祥枝は昭和二十一年八月六日附書面で控訴人に対し総司令部の命令により満洲中央銀行が満洲重工業を通じ控訴人に寄附した金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円を取立てることになつたので本件預金を日本銀行における満洲中央銀行名義口座に集中したいからその承諾を得たい旨申入れたが、控訴人は承諾するわけにはいかないとして、これに対し回答をしなかつたので、国内法的に解決せしめようとした総司令部の意図は実現できなかつた。

(六)、その結果昭和二十一年十月二十一日開かれた第五三回保管人委員会会議において総司令部代表官バーンズ及びロジヤースは保管人委員会に対し口頭で「終戦後満洲中央銀行が満洲重工業に対してなした金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円の貸出並に満洲重工業が控訴人に対してなした同額の寄附は総べて取消されなければならず、控訴人の銀行預金の残高は日本銀行における満洲中央銀行の勘定に返済且移管されねばならない」旨を指令し、右指令は保管人委員会の議事録に登載され、ロジヤースの確認を得た。よつて保管人委員会の委員長鈴木祥枝は右命令に基き同年十二月十三日附書面を以て被控訴人に対し本件預金を満洲中央銀行へ返還することとなつたについては解約の上元利金を日本銀行における満洲中央銀行名義単一当座預金勘定へ払込むべきこと及び払込の上は預入れ日当時の現在高、並にその後の異動を記載した預金種別内訳書を保管人委員会管理部へ送付すべきことを指示し、日本銀行閉鎖機関処理部からも被控訴人に対し同様の指示をした。次いで同委員長は同月十六日附書面を以つて右預金の振込先を日本銀行における満洲重工業名義単一当座勘定に変更された旨を通知したので、被控訴人は右各指示に従い本件預金につき解約の処理をした上結局元利金全部を日本銀行における満洲重工業名義単一当座勘定へ振込んだものである。(中略)

しかして控訴人は(六)に述べた第五三回保管人委員会会議における総司令部代表官の口頭指令は手続内容から見るも総司令部の命令としての効力を有しないと主張するから考えるのに、右指令は上述したように総司令部において調査の結果、満洲中央銀行から満洲重工業に対する貸出、満洲重工業から控訴人に対する寄附が右閉鎖機関の資産の消失を図るものであり占領目的に反し好ましくないものと考え、右資産を右閉鎖機関に回復することを決意した結果によるものであり、当初保管人委員湯浅恭三の意見を徴した結果、先づ国内法的に解決せしむべく、保管人委員会委員長をしてその返還につき控訴人の承諾を求めさせたが、控訴人においてこれに応ぜず何らの回答もしなかつたので、更に前記目的達成のため発せられたものであること、前示乙第二十号証、乙第六、第七証及び原審における証人炭谷才一郎の証言によれば、被控訴人及びこれと立場を同じくする関係市中銀行が大蔵省を介し総司令部に対し前記預金の日本銀行への振替えを中止して預金者名義を控訴人から閉鎖機関に変更するだけに止めるよう陳情したのに、総司令部はそれすら許容しなかつたこと、(当時総司令部の指令は控訴人の主張するように必ず終戦連絡中央((または地方))事務局を通じ覚書の形式によつて発せられねばならないと断定すべき資料はなく、却つて)前記(四)で認定した通り、総司令部の命令は随時総司令部代表官を通じ保管人委員会へ伝達されることになつており、更に文書として保管人委員会の議事録に登載保管され、総司令部代表官の確認を得ていることを綜合すれば、前記指令はこれを総司令部の強権力を伴う命令であると解するのに欠けるところはないと謂うべきである。なお、保管人委員会委員長から控訴人に対する前示昭和二十一年十二月十三日附書面に「今般委員会及び関係者間において協議の結果」「右預金解約の上」「御払込相煩度此段御依頼申上候」等の文言のあることは、前示乙第八号証により認められるけれども、右書面の記載全体から汲みとられる趣旨に徴すれば、右書面は保管人委員会委員長より被控訴人に対し本件預金振替につき依頼若しくは承諾を求めるためのものではなく、寧ろ後述の通り右委員長から被控訴人に対し預金債権者たるべき閉鎖機関の権利行使として預金の振替を請求したものと解することができるから、右書面に前記のような用語があることによつて、命令の効力に消長を来たすことはないものと謂うべきである。

而して総司令部は日本を管理するにあたり、原則として所謂間接管理方式を採用していたが、若し右方式によつて占領目的を達成しえないような場合には、日本国の憲法に超越する絶対的の権利を何時でも直接行使することを留保していたことは、降服文書、アメリカ合衆国大統領から連合国最高司令官に宛てた昭和二十年九月二十二日附指示(いわゆる「アメリカの初期の対日方針)、一九四七年六月十九日附極東委員会採択の「降服後の対日基本政策」等によつて明らかであり、その発動はすべて総司令部の裁量に任されていたものであるところ、本件命令は前述の通り国内法上合法的な処理が不可能と考えられた結果発せられたものであつて、而もそれが国内法上からみれば、法令制定の権限は勿論、控訴人の資産につき何ら管理処分の権限もなく、また右命令と共に右預金の基本となつた満洲重工業の満洲中央銀行からの借入、控訴人に対する寄附が取消さるべきことを指摘されているに拘らず、このような措置をとる権限もない保管人委任会に対し発せられていること上述したところから明かであり、この点を参酌すれば総司令部は、占領目的達成のため直接強権力を発動し憲法の領域を超えて、満洲重工業のした右借入及び寄附を容認せずその効力を否定し本件預金が実質的に閉鎖機関である満洲中央銀行に属しているものと裁定した上、右閉鎖機関の財産につき管理処分権を有する保管人委員会をして右預金の振替処理をさせることを命じたものと解すべきである。

控訴人は本件命令が直接管理の命令だとしても、保管人委員会は右命令に従つて満洲重工業の前記借入及び寄附を取消す手続を執らなかつたから、同委員会の措置は右命令に違反し効力がなく、又控訴人は全く右命令を関知しなかつたから、控訴人に対してはその効力がないと謂うけれども、本件命令の性質を前記の通り考えるときは、敢えて取消手続を要しないものと考えられるし、(総司令部が満洲重工業の金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円の借出、寄附を容認せず、保管人委員会に対し預金の返還振替手続のほか貸出寄附の取消手続をも命じたと解し、その取消手続をとらぬ以上は保管人委員会の処置は無効であるとすることは、保管人委員会議事録(乙第四号証)の文言に拘泥した嫌があり、右の場合「取消手続」の依るべき国内法が存しないことに鑑みれば、取消と言つても結局金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円の借受、寄附を容認しない趣旨が示されれば足りるものと謂うべく、前記預金振替の措置にはその趣旨が示されているものと解される。)又前記乙第二十一号証の五、乙第二十三号証の三、弁論の全趣旨に照らし真正に成立したものと認められる乙第二十六号証、乙第三十一号証によれば、本件借入寄附が総司令部の容認するところとならず、控訴人が銀行預金の形で有している右の寄附金を取戻すように保管人委員会が総司令部より命せられたことは、当時保管人委員会、関係銀行を介し控訴人に通知されたことが窺われるばかりでなく、総司令部の命令は、当時占領下にあつた日本国家機関及び国民において誠実迅速に服従する義務があつたことは、昭和二十年九月二日降伏文書第五項、同日最高司令官指令第一号第一二項によつて明らかであるから、控訴人も又本件命令に服しなければならないのであつて、控訴人が当時右命令を関知しなかつたからと言つて右命令の効力を否定しうるものではないと謂わねばならない。従つて右預金が閉鎖機関に帰属する財産であるという前提の下に保管人委員会委員長のした右預金振替請求は被控訴人及び控訴人においてもこれを容認せざるを得ない結果、被控訴人において右請求に応じて右預金の振替の手続を了した以上右預金返還義務を免れたものというべきである

(梶村 岡崎 室伏)

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