東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2299号 判決
控訴入(被告) 河内潔 外一名
被控訴人(原告) 小林秀雄
〔抄 録〕
証拠を綜合すると、次の事実を認めることができる。控訴人潔は大正十三年頃被控訴人先代小林又七からその所有の本件土地の上の建物を賃借していたが、右建物は昭和二十年五月二十五日の空襲で焼失した。控訴人潔は昭和十八年四月頃から軍の嘱託として南方スマトラ方面に従軍し、昭和二十三年四月十一日頃帰還したのであるが、控訴人潔の妻河内キマは昭和二十二年三月頃控訴人潔名義で東京区裁判所に対し、被控訴人を相手方として右焼失家屋の敷地について、罹災都市借地借家臨時処理法に基く賃借権設定並びに借地条件確定の調停の申立をなした。その当時控訴人潔は上記のとおりまだ帰還していなかつたので、被控訴人と話し合いの上、右調停の申立人を控訴人潔の長男である控訴人敬世と改めたうえ、賃借人を控訴人敬世賃貸人を被控訴人として冒頭掲記の調停による賃貸借契約が締結せられた。その後間もなく、控訴人敬世は本件土地に約五坪の建物を建築し、次いでこれに建増をなし、以来控訴人敬世は本件土地の上に原判決添付目録記載の建物(以下本件建物という)を所有してきた。被控訴人潔は昭和二十三年四月十一日頃南方から帰還したが、もともと河内家の世帯主として家事一切を主宰する立場にあつたので、本件土地の賃貸借が控訴人敬世を賃借人と定めて締結されたことについては意に介することなく、帰還以来被控訴人に対する賃料の支払は控訴人潔自ら又は妻キマを介して行なつてきたのであり、昭和三十一年五月三十日には昭和二十七年度分の賃料残額及び昭和二十八年度分の賃料の一部として合計金六千円を控訴人潔名義をもつて現金書留郵便により被控訴人に送金し、右は翌三十一日被控訴人に到達した(右送金の事実は被控訴人も認めるところである)。被控訴人は何等の異議を留めないでこれを受領した。一方本件建物は未登記のまま放置されていたが、その固定資産税等は控訴人潔においてその負担する関係上、協議のうえ、昭和三十一年三月七日控訴人潔名義で本件建物の所有権保存登記を了したものである。原審及び当審での被控訴本人の供述中右認定に副わない部分は前掲各証拠に照してたやすく信用できない。
上記認定の事実に徴すれば、本件土地の賃貸借契約の締結に当り、賃借人を控訴人敬世と定めたのは、たまたま控訴人潔が未帰還中であつたからであつて、当時控訴人潔が帰還していたならば本件土地の賃貸借契約は罹災建物の賃借人であつた控訴人潔を賃借人と定めて締結されたであろうことが容易に窺える。控訴人潔が被控訴人の催告に対してなした送金は、上記認定のとおり、催告に定めた期日より一日遅れて被控訴人に到達したのであるが、右到達の日は被控訴人が契約解除の意思表示をなす前であり、また送金した金額は催告額の金二万四千七百円のうち僅かに七百円だけ不足したにすぎないのである。上記のような諸事実関係のもとにおいては、被控訴人の延滞賃料の催告に対してなされた履行の提供が、賃借人でない控訴人潔名義でなされたからといつて、債務の本旨に従つたものでなく、従つて賃借人である控訴人敬世に履行遅滞があるものとして、本件賃貸借契約を解除することは、信義則に照し許されないものといわなければならない。
(村松 伊藤 杉山)