大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2753号 判決

成立に争いのない甲第一九号証の三・四・当審証人遠藤信一の証言、原審および当審における控訴本人の供述の各一部を総合すれば、遠藤信一が被控訴会社と乙第六号証による特約販売店契約を締結し被控訴会社と取引を始めた当時においては、将来三陵物産株式会社なる会社を設立する予定のもとに「三陵物産株式会社」の名称を用いたのであるが、当時発起人組合が組織されていたわけでもなく、設立中の会社と認めるに足る実体は未だ存在していなかつたのであり、前記取引は遠藤が個人として被控訴会社との間に取引を始めたものと認められる。これに反する被控訴会社の主張は採用できず、原判決中右取引の当初から右会社が事実上存在していたとの趣旨の部分は右のとおりに訂正する。

成立に争いのない甲第五号証の一・二・三・同第六号証、当審証人宇佐美稔の証言を総合すれば、被控訴会社設立前図案家訴外宇佐美稔が阿部武夫の依頼により「サンリヨウパツク」に附すべき標章として考案した図形は<省略>で輪廓線が七角形になつており、なお商品名「サンリヨウパツク」は片仮名とローマ字を図案化したもので表示することになつていたのであつて、被控訴会社は当初「サンリヨウパツク」の宣伝および売出しに当たつて右の図形と商品名を外装箱・説明書等に表示していたが、前記図形については後に輪廓線を円形に表わしたもの(原判決添附目録記載の図形)を使用するようになつたことが一応認められ、また成立に争いのない甲第三号証に原審および当審における控訴本人(各一部)および被控訴会社代表者の各供述を総合すれば、控訴人は、遠藤が被控訴会社と「サンリヨウパツク」の取引を開始するにあたり、同人のために資金を提供し、その後も必要に応じてこれを継続するとともに、やがて右商品の宣伝販売にも協力するようになり(ただし、宣伝のための費用は結局被控訴会社の負担に帰していた。)右商品に附してある前記標章のことも熟知していたこと、そして、控訴人は被控訴会社において右標章につき商標の登録を受けていないことを知り、被控訴人に秘して、当時使用されていた右標章の図形(輪廓線が七角形のもの)の輪廓線を円形としたものにローマ字と片仮名で表示した「サンリヨウパツク」の商品名を配して成る商標につき昭和三一年五月二三日登録を出願し、昭和三三年三月一一日第五一五四一六号をもつてその登録を受けたものであることが一応認められる。

被控訴会社の先使用権の主張について

被控訴会社は、当審において、被控訴会社の使用していた前記標章が本件商標の登録出願当時取引者・需要者の間に広く認識されていたとの点に関し、被控訴会社のその当時までの宣伝活動等についての主張を補足し、かつ新たに疎明資料も提出援用しているけれども、これらの資料によつても未だ右の点に関する原判決記載の事実認定を左右するに足りないので、先使用権に関する被控訴会社の主張は排斥せざるを得ない。

本件商標の使用差止請求が信義則に反するとの被控訴会社の主張に対する控訴人の反駁について

控訴人は、控訴人が本件商標登録出願をしたことについてはなんら不純の動機はなく、当時遠藤と被控訴会社との契約内容も知らなかつたし、かえつてその後被控訴会社の側で抜けがけ販売・三陵物産株式会社に対する不当な出荷停止等種々の不信行為に出たので、控訴人の主宰する三陵物産株式会社(現在はサンリヨウ化粧料本舗)において別に「サンリヨウパツク」を製造販売するに至つており、被控訴会社に対し本件商標の使用差止を請求するのは当然の権利行使である旨主張する。

けれども、控訴人が遠藤に資金を供し、本件商標の登録出願以前すでに、遠藤が被控訴会社より仕入れて販売するサンリヨウパツクの取引宣伝等に協力していたことは前記のとおりであり、原審および当審における被控訴会社代表者阿部武夫の供述によれば、当時控訴人は被控訴会社へも右取引に直接関与するようになつたことの挨拶に出向いていることが一応認められ(当審証人遠藤信一の証言および甲第一九号証の三の記載中右認定に反する部分は措信採用できない。)、以上の事実からすれば、当時控訴人は遠藤と被控訴人間における原判決認定のような特約代理店契約の少なくとも大綱は承知していたものと推認せられるところであり、しかも前記認定のように被控訴人に秘して前記商標の登録を出願したものであるから、右登録出願が控訴人主張のように正当な動機に出たものとはにわかに認めがたいところである。のみならず、原審および当審における被控訴会社代表者の供述に同控訴本人の供述の一部、成立に争いのない甲第一四号証の三・乙第五号証その他弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人の主宰していた三陵物産株式会社は従来存在していた和興商事株式会社の商号を改め、また目的に化粧品の販売のほか製造をも加えたものであり(この点については控訴人自ら主張しているところである。)、同会社は、遠藤に引き続いて被控訴会社から「サンリヨウパツク」を仕入れるかたわら、同会社自身においてもこれと類似の化粧品を(数量は被控訴会社に比すれば僅少であるが)製造して「サンリヨウパツク」の名で販売するに至つたこと、(同会社およびその後身であるサンリヨウ化粧料本舗が右化粧品の製造のため用いている方法は、被控訴会社と河野武の共有にかかる特許第二五一、八九一号「パツク化粧料の製造方法」の権利範囲に属するものであることが成立に争いのない乙第二二号証によつて一応認められる。)、被控訴会社では、控訴人が商標登録の出願をしたことや前記類似品の製造販売を始めたことも知らず、相当の費用を投じて自社製品の「サンリヨウパツク」の宣伝に努め、昭和三一年夏頃には前記標章は相当広く取引者および需要者の間に認識されるに至つていたこと、控訴人の主宰する三陵物産株式会社と被控訴会社の取引が停止するに至つたのは、控訴人の商標登録出願の事実や前記訴外会社の類似品製造販売の事実が被控訴会社に知れて両者間に紛争を生じ、控訴人が仕入れ代金の支払を怠り被控訴会社も出荷を渋るようになつたためであること、右両者間の紛争に関し第三者が仲介し商標権譲渡の方法により円満解決を計ろうとしたが、控訴人の側で法外な対価を要求したため不調に終わつたことが一応認められる。当審証人佐藤正満の証言・原審および当審における控訴本人の供述中右認定に反する部分は措信できない。

以上一応の認定にかかる事実関係よりすれば、控訴人は、前記商標登録の出願をした当時直接被控訴会社との「サンリヨウパツク」の特約販売店契約の相手方となつていたものではないけれども、右契約の相手方たる遠藤信一の業務に関する協力者として右契約の趣旨を尊重すべき立場にあつたにもかかわらず、原判決説示のような意味において右契約の趣旨に反して、右登録出願をしたものということができるばかりでなく、その出願に当つても被控訴会社が図案家に依頼して考案せしめ現に使用中で、しかも相当の宣伝費を投じて宣伝に努めつつある標章の輪廓線その他にわずかの変更を加えたものにつき商標権を自ら獲得することにより、他日被控訴会社と競業の関係に立つた場合これを不当競業の武器となさんことを企図し、秘密裡にこれが出願の挙に出たものと推測せられるふしが多分にあり、右登録出願自体すでに信義則に反する行為というべく、その後被控訴会社との間に競業の関係に立ち、取引上紛争を生ずるや、その解決方法として前記のような不当な要求をなし、それが不調に帰するや前記のように信義則に反して獲得した商標権に基いて被控訴会社の前記標章の使用を差し止めんとするに至つたもので、右は被控訴会社の従来の宣伝活動を徒労に帰せしめ、被控訴会社を不当に窮地に陥らしめることを意図するものというべきであり、公正な競業秩序の保護、規制を目的とする不正競争防止法および商標法の精神にかんがみれば、正当な商標権の行使とは称しがたいものといわねばならない。

以上の次第で、控訴人の本件標章使用の差止請求は権利の濫用に該当し、許すべからざるものであり、本件仮処分の請求は被保全権利の存在につき疎明を欠くものとしてこれを却下した原判決は相当であり、本件控訴はその理由がない。

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