東京高等裁判所 昭和34年(ネ)422号 判決 1962年3月07日
事実
控訴人(一審原告、敗訴)富樫芳幹は請求原因として、控訴人は昭和三十一年二月六日被控訴人住友銀行大森支店に第三十九回ラツキー定期預金(但し無記名)として、金五十万円を預け入れ、同時に同支店よりその預金証書を受領した。ところが、右定期預金の元利支払日である昭和三十一年八月六日控訴人において同支店に右預金証書を呈示してその支払を求めたところ、同支店は控訴人に対し、前記定期預金は訴外小川管鉄工業株式会社の同支店に対する債務金と昭和三十一年六月十六日相殺したことを理由に、控訴人の支払請求を拒絶した。しかしながら、控訴人は被控訴銀行と第三十九回ラツキー定期預金の元利金支払期日に被控訴銀行に届け出た「石塚」なる印鑑と預金証書の持参人に元利金を支払う旨の特約により本件定期預金契約を締結したのであるから、被控訴銀行に対し前記預金元金五十万円及びこれに対する割増金並びに利子の支払を求める、と述べ、さらに本件特別定期預金はいわゆる無記名定期預金であるが、その債権の性質は無記名債権でなくて一種の指名債権である。控訴人は本件預金の出捐者であり、真実の預金者であるからこそ、定期預金証書ならびに預け入れの際被控訴銀行に届け出た印章を所持していて、支払期限の到来と同時に被控訴銀行にこれを呈示して支払いを求めたのである。また、本件契約には届出印かんと預金証書の所持人に預金の支払いをなす旨の特約があるから、被控訴銀行はその支払いの義務あること明らかである。
仮りに右特約がなくとも、昭和二十七年二月二日大蔵省銀行局第四四六号「特別定期預金及び特別金銭信託の実施について」の告示5の(2)によれば、定期預金の発行銀行は満期以後預金証書及び届出印かんを呈示した者に対し元利金の支払いをすることと定め、右は同年同月五日同省同局第四四七号「特別定期預金及び特別金銭信託の取扱いについて」の告示により、割増金附定期預金についても適用される、と定められているから、この告示の趣旨からみて、発行銀行は証書と印鑑との呈示を条件に、定期預金の支払いをしなければならないことはあきらかで、同時にこれは金融機関の免責要件ともなつているのである。これらのことは今ではすでに金融界の商慣習ともなつていてあえて特約を要する事項でもないのである。
ところで控訴人が被控訴人に対し本件定期預金を預け入れた経緯は次のとおりである。すなわち、訴外小川管鉄株式会社は被控訴銀行大森支店から相当多額の金融を受けていたが、たまたま被控訴銀行の預金獲得運動期間に際し、平素の義理合と預金の紹介者としての自己の信用向上のために、右大森支店の預金高成績向上のため友人を通じ控訴人らに定期預金を勧誘したので、控訴人は昭和三十年八月初旬被控訴銀行大森支店に対し、定期預金五十万円の預入をし、昭和三十一年二月初旬満期弁済を受け、同年二月六日改めて本件定期預金をしたのである。被控訴銀行は、本件定期預金は当初昭和二十八年三月十二日訴外小川管鉄株式会社が被控訴銀行大森支店へ預金し、それ以来満期毎に切替えてきたものであると抗弁しているが、これは、控訴人の当初の定期預金預け入れの日が偶然訴外小川管鉄株式会社または同会社社長個人の定期預金の満期日に当つた事情と、控訴人の預金手続の代行者訴外米原誠造が、その手続を更に訴外小川管鉄の専務取締役小川茂枝に代行させたことが、重なつた関係から生じた誤解によるもので、控訴人は昭和三十年八月初旬訴外米原誠造に被控訴銀行大森支店へ定期預金を目的として現実に金五十万円を手渡ししているのである。
なお、控訴人は預金の当初、訴外小川茂枝に預金手続を代行させた関係上、本件定期預金預入に使用した印かんの確認を被控訴人に求めており、その際に本件定期預金が訴外小川茂枝および訴外小川管鉄株式会社の所有でないことを十分に説明した、と主張した。
被控訴人株式会社住友銀行は、控訴人が本件定期預金の預金者であるという控訴人の主張事実を否認し、本件定期預金は昭和三十年八月五日と同三十一年二月六日に訴外小川管鉄株式会社の専務取締役小川茂枝の依頼によつて、いずれも書換継続の手続がなされたことが明らかであるが、さらに記録によればそれ以前にも三回書換えられている。そうして控訴人が預金したと主張する昭和三十年八月五日および昭和三十一年二月六日はそれぞれ右の書換継続の日に該当するのであつて、このときに小川茂枝が現金五十万円を預け入れた事実はないのである。ところで、定期預金の書換継続の場合は当事者間では支払延期のためにする効果意思が存し、相互にこれを了解しているのを通常とするから、定期預金成立の時点は最初に現金を預け入れた日と解すべきもので、これを本件についていえば昭和二十八年三月十二日に預金契約が締結されたものというべきである。
また、大蔵省が特別定期預金等の実施ならびに取扱いに関し控訴人主張のような通牒を発したことは認めるが、右通牒は控訴人の主張するような趣旨のものはなく、満期以後に発行店舗において当該定期預金を払い戻す場合、預金証書及び予め届け出た印かんを所持している者に支払えば、金融機関は免責されるべき旨を指導したものであつて、証書の所持人が当該特別定期預金の預金債権者である旨を指示したものではない。
なお、金融業界において控訴人主張のような商慣習が存在することは到底認められないと抗争した。
理由
控訴人は昭和三十年八月初旬被控訴銀行大森支店に対し、無記名式定期預金として金五十万円を預け入れ、昭和三十一年二月初旬満期弁済を受け、同年二月六日あらためて本件定期預金をした旨主張するけれども、右事実を認めるに足りる証拠はなく、却つて証拠を併せると、被控訴銀行主張のように、昭和二十八年三月十二日訴外小川管鉄株式会社の常務取締役小川茂枝が被控訴銀行大森支店に金五十万円をラツキー定期預金無記名扱いとして元金支払日同二十八年九月十三日と定め、石塚なる印章を届けて預け入れ、爾来第一回昭和二十八年九月二十五日、第二回昭和二十九年六月十日、第三回昭和二十九年十二月十五日、第四回昭和三十年八月五日、第五回昭和三十一年二月六日に、いずれも右小川茂枝により石塚なる印章で書換継続されたもので、控訴人が預金したと主張する昭和三十年八月五日および昭和三十一年二月六日は右第四回、第五回目の書換にそれぞれ該当するのであつて、このときに小川茂枝が現金五十万円を預け入れた事実はなかつたとの事実を認めることができる。
ところで、控訴人が本件預金証書を持参していることは被控訴人のあえて争わないところであるが、証拠によれば、本件定期預金の証書には持参人払いの旨の規定がない反面、譲渡、質入禁止の記載があるほか、一般の定期預金と同様の取扱いをする旨の記載があり、かつ預け入れた印章の届出がなされていることを認めることができるから、本件定期預金債権は指名債権に属し、いわゆる無記名債権に属さないこと明らかであるから、右証書と届出印かんを所持している者を以て直ちに当該権利者であると認めるわけにはいかない。また、大蔵省が特別定期預金の実施ならびに取扱いに関し、控訴人主張のような通牒を発したことは当事者間に争いのないところであるが、右通牒の趣旨は、満期以後に当該店舗において当該定期預金を払い戻す場合、預金証書および予め届け出た印かんを所持している者に支払えば金融機関は免責されるべき旨を指導したものであつて、右通牒があるからといつて証書と届出印かんを所持している者をもつて当該権利者として取り扱わねばならぬものとは解しがたい。なお、控訴人は本件無記名式定期預金については届出印と証書の所持人に支払いをなす特約があり、仮りに特約がなくても本件のような無記名式定期預金については同一内容の商慣習が存する旨主張するけれども、控訴人提出、援用の全証拠によつてもこれを認めることはできない。
してみると、控訴人が預金証書と届出印章とを所持しているということだけで本件定期預金の支払を求める権利を有するものということはできないから、控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。