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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)6号 判決

一、原告が本件「磁気記録材料」の発明につきその主張の米国における特許出願に基く優先権を主張して、本件特許出願(昭和二八年特許願第二一四九一号)をし、その拒絶査定に対する抗告審判(昭和三三年抗告審判第二一三八号)において、原告主張のとおり、右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がされ、その謄本が原告主張の日原告に送達され、かつこれに対する出訴期間が原告主張のとおり延長されたこと、ならびに右発明の要旨および審決の理由の要旨が原告主張のとおりであることについては、当事者間に争がない。

本訴における争点は、

(一) 審決が、本件発明の磁気記録材料が有する「非磁性フイルム形成恒久結着剤中に緻密に充填された磁性酸化鉄粒子から成る薄い緻密にして均等な層」が、「約〇・四五以下のK60値を持ち、且つ少くとも毎立方糎約一・五gの酸化鉄濃度を有する」ことは、審決引用の第一引例に開示されている思想を数値的に表現したに過ぎず、単なる設計数値を示した域を出ないので、この限定条件に発明の存在を認めがたい、としたのに対して、原告は、第一引例の記載は単に傾向を示したに過ぎないもので、酸化鉄の濃度と磁気特性との間には一定の関係があり、本発明はこの両者の最良関係値を見出したものであつて、〇・四五以下のK60値に少くとも一・五gの密度という特定値の組合せより成る磁気記録材料は未だ製造されたことはなく、新規であつて特許せらるべきであるにかかわらず、審決が右の組合せそのものについてなんらの判断をしていないのは違法である、と主張していること、

(二) さらに、審決が、本件発明におけるK60値を磁性層の厚さに対応するものと解したのに対して、原告は、K60値は製品相互を比較するための磁性被膜の理論上の厚さであつて、残留磁化Brsに対応する値以外の何物でもなく、磁性層の現実の厚さには無関係である、と主張すること、

の二点に存するものということができる。

二、そこで、便宜上まず前記(二)の争点について考える。

成立に争のない甲第二号証の九の本願訂正明細書には、次のとおり記載されている。

これらの磁性テープ製品相互を比較するには、縦方向に飽和された四分の一吋幅(必ずしも精密に〇・二五吋ではない)のテープに於いて残留磁束(φrs)〇・六〇ラインを生ずる磁性被膜の理論上の厚さに依るのが便利である。そしてミル(一吋の一〇〇〇分の一)で表わされたこの計算値(厚さ)は「K60」と呼ばれる。例えば五二〇ガウスの保磁力(Brs)を有する〇・二四六吋幅の叙上の磁気記録テープは次の様にして計算された〇・七三のK60値を持つていることが分る。

<省略>

之等の値は、円盤、円筒或はシートの様な記録材料に就ては、それから切作された所定の幅及適宜の長さの条片に就て測定される。

このように記載されており、さらに、右明細書の第一例の説明の末尾にも、「乾燥した被覆は厚さ〇・六八ミルで、二四〇エルステツドの固有抗磁力と〇・三三のK60計算値とを有し……」と記載されてあるところをみても、本件発明に用いられたK60値は被膜の現実の厚さとは関係がなく、磁気記録材料の磁性の優劣の程度を示すため便宜上導入された数値であることが明らかであつて、前記明細書の定義および例示によれば、それは残留磁化(Brs、原告のいわゆる保磁力)と反比例の関係にあることを認めることができる。

成立に争のない甲第五号証の一、第六号証(ウイルフレツド、W、ウエツエルの各宣誓口述書)によつても、本件明細書のK60値は「理論上の厚さ」として表わされてはいるが、濃度または密度の目安であつて、寸法的厚さの目安ではないこと、およびK60値はこれよりもよく知られている残留磁化の目安であるBrs値と逆比例に変化するものであつて何人も一方から他方を算出し得ることが明らかである。それが磁性層の厚さに対応するものであると認定した本件審決および右認定を支持する被告の見解は、明細書の記載を正しく理解しなかつたものというのほかはない。

三、そこで、進んで、前記(一)の争点たる、本件発明の磁気記録材料における「約〇・四五以下のK60値を持ち且つ少くとも毎立方糎約一・五gの酸化鉄濃度を有する」という限定に発明が存在するかどうかについて考える。

成立に争のない乙第一号証のS. J. Begun.著Thermionic, Products Ltd.発行のMagnetic Recording.(審決の第一引例)の第九七頁ないし第九八頁には、磁性材料の特性として、保磁力が一〇〇ないし五〇〇エルステツド、残留磁気は三〇〇ないし七〇〇ガウスのものが示されており、磁性粒子を樹脂結着材中にできるだけ高い密度で密集させて磁気録音テープをつくること、また第九九頁には、被覆磁性層の厚さを薄くすることは製造方法において大きな利益があることが記載されてあり、右刊行物が昭和二六年七月一一日にNHK技術研究所に受け入れられたことは、原告の争わないところである。

さらにまた、成立に争のない乙第二号証の一、二の特許出願公告昭和二六―七七七六号(同年一二月二一日公告(審決の第二引例)には、磁気録音材料として針状結晶の一―二ミクロン程度の粒子のものが使用されていること、および比較的高い残留磁気が低周波感応と出力を改善する要素であることが記載されており、これによつても、これらの事項は本件特許出願前普通に知られていたところであつたといわなくてはならない。

ひるがえつて、前記乙第二号証の九の本件発明の訂正明細書をみるのに、まず発明の詳細なる説明の項に、本発明は磁性記録テープあるいは円盤、円筒体、板等のごとき類似の生成物にかかるものであること、磁性テープは薄いものが要求され、残留磁気は高いものがよいこと、本発明の目的は従来品より厚さを増さないで優秀なテープを供給せんとするにあること、そして本発明以前に市販されていた磁性記録テープの寸法、性状、保磁力等およびK60値の定義につき記述したのち、K60値は最小であることが望ましいが、本発明前には磁気的に活性なる材料として磁性酸化鉄を使用して〇・五〇以下あるいはことに約〇・四五―〇・三〇あるいは以下の範囲にある算出K60値に等効な信号出力を示す磁性テープは誰も造つたものはない、とし、これにつづいて製造方法として五例を挙げて説明し、末尾に「その他本発明の範囲内に於いて多くの変化が可能である。何れの場合にも新しい緻密に結着された強磁性の酸化鉄粉及酸化鉄の濃度が高く又残留磁束(φrs)〇・六〇本を与えるに必要な厚さが驚く程薄い新しい磁性記録テープが造られる」旨記載し、最後に特許請求の範囲として、「非磁性フイルム形成恒久結着剤中に緻密に充填された磁性酸化鉄粒子から成る薄い緻密にして均等な層を有し、この層は約〇・四五以下のK60値を持ち且つ少くとも毎立方糎約一・五gの酸化鉄濃度を有する磁気記録材料」と規定したことが明らかである。

右明細書中のK60値は、磁性の優劣の程度を示すための便宜上の数値であつて、録音テープに塗布された磁性材料の実際の厚みを表わすものではないことは、前に認定したところであるけれども、被膜の材料の残留磁化(保磁力)が高いことは有利であつて、低保磁力のものよりも薄い被膜で足りることは自明の理である。本件発明の明細書の前記各記載を考え合せれば、本件発明にかかる磁性記録材料は、薄くとも有効な点を特徴とするものであるといわなくてはならない。

ところで、磁気録音テープの厚さを薄くすれば磁気録音テープの特性が改善されることは、前記第二引例にも記載されており、また審決がそのほかに引用した特許第一六九七五六号明細書(第三引例)等によつても本件特許出願前周知の事項であることは、前記乙第二号証の一、二および成立に争のない同第三号証(第三引例)によつてこれを認めることができる。

本件発明の磁気記録材料において「約〇・四五以下のK60値を持ち且つ少くとも毎立方糎約一・五gの酸化鉄濃度を有する」という限定は、単に前記の周知の各技術思想を数値的に表現したに過ぎず、単なる設計数値を示した域を出でないものといわなくてはならない。

四、原告は、本発明は磁気特性と酸化鉄濃度との最良関係値を見出したものである、と主張するが、前記甲第二号証の九の明細書中にも、特許請求の範囲に限定する数値が原告が主張するような最良関係値である旨の記載を見出すことができず、またそのことを認め得べきなんらの証拠がない。およそ、発明の範囲を特定の数値をもつて限定するには、ほぼこの数値を界として特性に相当急激な変化があつてしかるべきであるのに、本件明細書中にはそのことをうかがわせるようななんらの記載もなく、またその証明もないので、本件発明の数値にそのような臨界的意義を認めることもできないのである。したがつて、前記甲第二号証の九の本件特許明細書の記載から知り得ることは、本件特許請求の範囲における数的限定は、従来知られたものを除外した範囲の、高い酸化鉄濃度と高い残留磁化とである、というにとどまるといわなければならないが、酸化鉄濃度と残留磁化(保磁力)との高いことが従来から要求されているところであることは、前記のとおりである。原告が本件特許出願において特許を請求している事項は、右の傾向に基き従来品を包含しない特性の優れた範囲に限定したものに相当し、当業技術者がそのように限定することに格別の工夫を必要とするものとは、とうてい考えることができない。

五、本件特許出願明細書中発明の詳細なる説明の前記記載によれば、本願の発明者が発明した新しい技術として右明細書に開示されているところのものは、むしろ、従来にない優秀な磁気記録材料の製造方法であつて、製造されたその材料そのものではないといわなくてはならない。そのことは、前記甲第五号証の一の宣誓口述書にも、「本技術に依て、吾人は従来達成されなかつた性能の製品を確保し得るのである。提出されて居る文献は、吾人が今有する所のものが、長い間希望されて来たが本件発明以前には到達されなかつたことの証拠を提供する。彼等は高い所に行こうと欲したのであるが、それが出来なかつたのである。」と記載されているところを見ても、明らかであるというべきである。

本願明細書に記載された製造方法が新規有用なものであつて方法として特許さるべきであるかどうかは別論として、従前のものよりも優れた物というに異ならない本願の特許請求事項は、当業者の希望するところであつても、そのような希望を述べることに格別の発明能力を要するものとは考えられない。本願明細書を精読しても、本件発明の限定数値にそれ以上特別の物理的意義があることを認めしむべきなんらの記載がないのである。

六、本件審決が本件発明におけるK60値をもつて磁性層の厚さを表わすものとしたことは、本件明細書に記載されたK60値の定義を誤解したものといわなくてはならないが、右発明は引例に開示されている思想を数値的に表現したに過ぎず、単なる設計数値を示した域を出ないものと認定し、結局本件発明は旧特許法第一条にいう発明に該当しない、としたその結論においては正当であることに帰着し、これが取消を求める本訴請求は理由がない。

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