大判例

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東京高等裁判所 昭和35年(う)1163号 判決

被告人 前川作之十

〔抄 録〕

各所論の要旨は、原判決は、被告人が代金支払の意思がないのに、昭和二十四年十二月二十七日頃、橋本直一から海野美盛作鳳凰堂模型一基の売却方の依頼を受けた古園吾妻に対し、所有者橋本直一作成の右模型一基を被告人に売り渡した旨の記載ある名刺及び内金十万円の受領書を示し、恰も被告人が右模型一基の所有権を取得したものの如く装い、右模型一基を騙取した旨認定しているが、(一)右名刺及び受領証書は、真実橋本直一が作成したもので、これを古園吾妻に示したことは、被告人が右模型一基の所有権を取得したことを告げたことに過ぎなく、古園吾妻を欺罔する手段とはならない。従つて、同人が錯誤に陥ることはあり得ない。(二)右名刺に示されたとおり右模型一基の売買契約は成立し、これにより右模型一基の所有権は橋本直一から被告人に移転したのだから、これを他に売却したからといつて横領罪にもならないし、これを自己の物だと主張し古園吾妻を唖然とさせたからといつて、詐欺罪にもならない。(三)右模型一基については、橋本直一から売却方の依頼を受けた古園吾妻が本件前被告人方に持ち込んだもので、右持込中被告人方会社の鈴木喜一郎専務の手により熱海市の観音教お光さんに売却の見通しがついたので、これを転売して利益を得ようとして、被告人が橋本直一から買い受けたものであるけれども、右お光さんに売れなかつたところから、柴田英一郎に売却したもので、被告人は、代金を支払う意思であつて、古園吾妻等を欺罔する犯意がなかつたことは明白であり、原判示のように、右模型一基の交付を受けこれを騙取したのではない。その他各証拠を検討してみても、代金支払の意思がなかつたとの証拠はない。(四)本件は、当初被告人が右模型一基を柴田英一郎に売却横領したとの訴因により公訴を提起され、その後、検察官に於て、被告人が代金支払の意思なくして橋本直一から右模型一個を詐取した旨予備的に訴因を追加した。然るに、原判決は、何等訴因変更の手続を経ることなく、被告人が古園吾妻から右模型一基を詐取した旨認定している。原判決の右認定は、右のとおり何等訴因に基かない認定であつて、原判決には明らかに審判の請求を受た事件につき判決せず、審判の請求を受けない事件につき判決をした違法があるというに在る。

よつて記録を調査するに、検察官は、当初被告人が橋本直一所有の本件鳳凰堂模型一基を柴田英一郎に売却横領した旨の訴因により公訴を提起し、その後、被告人が橋本直一を欺罔し右鳳凰堂模型一基を詐取した旨訴因を予備的に追加したところ、原判決は、被告人が古園吾妻を欺罔して右鳳凰堂模型一基を詐取した旨認定していることが認められる。

そこで先ず本位訴因たる「被告人は、昭和二十四年十二月二十七日頃、橋本直一から、その所有にかかる海野美盛作鳳凰堂模型を代金百五十万円即日内金十万円を支払い、残金百四十万円は同月末日迄に支払う約にて買い受け、これが引渡しを受けたが、右期日に至るも残代金の支払をしなかつたので、橋本直一から、昭和二十五年一月二十日、同月二十二日迄に残金を支払うべく、若しこれが支払をしなかつたときは売買契約を解除する旨の催告を受け、同月二十二日までにこれが履行をしなかつたので、契約解除となり、右模型一基の所有権は、橋本直一に復帰したのに、右模型一基が自己の占有中にあるを奇貨とし、同年三月十四日擅に柴田英一郎に売却横領した。」という点につき審究するに、当裁判所の事実取調の結果を参酌し、原審証人橋本直一(原審第九回及び第十五回公判)同杉山賢三、同大月和男の各証言、被告人の原審公判廷における供述、押収の名刺及び証と題する書面(十万円の受取)等を綜合すれば、被告人は、橋本直一から、昭和二十四年十二月二十七日頃、本件鳳凰堂模型一基を、内金十万円を支払い代金百五十万円にて買い受けたこと、その際、特に代金を完済するまでこれが所有権を橋本直一に留保する契約がなかつたこと、橋本直一は、これが残代金の支払いがないとして、弁護士大月和男の手により、昭和二十五年一月二十日右残代金を同月二十二日迄に支払うべく、若しこれが支払をしなかつたときは売買契約を解除する旨被告人に催告したことをそれぞれ認めることができる。従つて、右のとおり右模型一基の所有権を橋本直一に留保する旨の特約があつたとは認められないから、被告人が当時受領していた右模型一基は、被告人にその所有権が移転したものといわなければならない。検察官は、その後契約解除の効果が発生し、所有権は橋本直一に復帰したと主張するが、右証拠によるも、残代金百四十万円は果して昭和二十四年十二月末日迄に支払う旨約したかどうかの点につき、原審証人橋本直一の各証言の外適確な証拠はなく、右橋本直一の証言は、結局月末までに支払うといつたから、十二月末日までに支払うものと思つたというのであつて、これが支払時期が同年十二月末日であつたとは速断できないので、被告人主張どおり、昭和二十五年一月末日から残代金の支払を約したものと認めるのを相当とする。然らば、これが履行期前残代金の不履行を前提とする契約解除は、その効力を生じないものというべく、従つて、右模型一基の所有権は、依然被告人にあつて、被告人もそのとおり信じていたことが明らかであるから、これを他に売却したからといつて横領罪の成立しないことは論を俟たない。

次に、予備的追加の訴因である「被告人は、代金支払の意思も能力もないのに、昭和二十四年十二月二十七日頃、橋本直一に対し、同人所有の鳳凰堂一基を百五十万円にて売つてくれ、本日内金十万円を支払い、残金は今月末までに支払う旨申し向け、詐言を構えて同人を欺き、その旨誤信させ、その頃自宅に於て売買名義の下に右鳳凰堂模型一基の交付を受けてこれを騙取したものである。」との点につき検討するに、当裁判所の事実取調の結果を参酌し、前掲証拠並びに原審証人戸田勝直、同古園吾妻、同秋山二郎の各証言、登記簿謄本写を綜合すれば、被告人には、本件鳳凰堂模型一基を買い受けても、これが代金の支払能力があること、本件鳳凰堂模型一基は、被告人の経営する会社の専務取締役がこれを買い受け、熱海市の観音教お光さんに転売して利益を得ようとし、被告人に買入方を勧めたところから被告人に於て、これを転売して利益を得代金の支払をしようとし、橋本直一に交渉し、代金百五十万円にて買い受け、これが内金十万円を支払つたことが明白で、検察官主張のように、被告人に代金支払の意思がなく、右売買が仮装であるとは到底認められない。従つて、検察官の主張のように、被告人が橋本直一を欺罔して右鳳凰堂模型一基を詐取したとは到底認められない。

更らに、原判決は、右訴因と異り、「被告人は、代金支払の意思がないのに、橋本直一から鳳凰堂模型一基の売却方の依頼を受けた古園吾妻に対し、昭和二十四年十二月十七日頃、被告人が橋本直一から右鳳凰堂模型一基を買い受けた旨の記載ある名刺及び内金名義の十万円の小切手受取証を示し、古園吾妻を欺罔し、鳳凰堂模型一基を詐取した」旨認定している。然し、前記各証拠につき説示したとおり、被告人は、被告人方会社専務取締役鈴木喜一郎の手により、本件鳳凰堂模型一基を橋本直一から買い受け、これを熱海市のお光さんに転売し利益を得て代金の支払をしようとしたもので、被告人に代金支払の意思がなかつたものとは到底認められないのみならず、原判示名刺及び受取証書は真実のもので、売買を仮装したものでないことも前説示のとおりであるから、これを示されたからといつて、原判示のように古園吾妻に於て被告人が所有権を取得しないのに取得したものと誤信し、引渡を受ける権利を取得したものと誤信する訳はない。従つて、原判決摘示のような詐欺罪は成立しないものといわなければならない。これを要するに、本件公訴事実は、記録並びに証拠物を精査し、当裁判所の事実取調の結果に徴してみても、結局その証明十分でないものというべく、これが証明ありとして有罪の言渡をした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があつて、原判決は、この点に於て破棄を免れないから、論旨は理由がある。

よつて、他の控訴趣意につき判断するまでもなく、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により次のとおり判決する。

本件公訴事実(本位訴因、予備的追加訴因、原判決認定事実)の要旨は、被告人が橋本直一所有の鳳凰堂模型一基を擅に柴田英一郎に売却横領した旨の事実、被告人が橋本直一を欺罔して鳳凰堂模型一基を詐取した旨の事実、被告人が橋本直一から売却方の依頼を受けた古園吾妻を欺罔して鳳凰堂模型一基を詐取した旨の事実で詳細は前記のとおりであるが、前説示のとおり犯罪の証明が十分でないから、刑事訴訟法第四百四条、第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(山田 滝沢 鈴木(良))

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