大判例

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東京高等裁判所 昭和35年(う)1304号 判決

被告人 森村長治

〔抄 録〕

検察官の本件控訴の趣意はこれを要するに、原判決には判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認があり、原判決が被告人に本件選挙運動に関する違反文書の頒布について罪責ありとの証明がないとしたのは、ひつきよう証拠の価値判断を誤つたものに外ならないから原判決は破棄を免れないというに帰するのである。

よつて按ずるに、原判決によれば、被告人が昭和三十四年六月二日施行の参議院議員選挙に際し、全国区から立候補した米田正文に当選を得させる目的をもつて料亭田中かく方において同月五月二十七日開催された埼玉県児玉郡上里村村会議員の慰労懇親会に出席した議員等に配布する意図で、予め印刷させて用意していた候補者米田正文の氏名を表示した名刺二千枚(百枚入名刺箱二十個をボール箱に納め、その上を新聞紙で包み、紙紐で十文字に縛つたもの)を、品名、使途を明かさないで、上里村役場吏員小暮隆二をして右田中かく方に持参させた上、宴会開始前に宴席上座正面の卓子下に置かせたこと、右名刺が宴会席上において取り回しの方法や議員小林範平によつて出席議員安原寿慶らに配布されたことは、関係証拠によつて明らかであるが、被告人が右配布について加工、しよつて違法文書の頒布の罪責があることについては、犯罪の証明がないという理由によつて、被告人に対し無罪の言渡をしたものであることは、明らかである。

ところで、被告人は原審公判廷においては、前記名刺を配布したのは自分であり、それについて有罪であることを自認していたものであるところ、原審がそれにも拘らず無罪の言渡をしたのは、原審としては、被告人は左様に供述しているが、被告人が右名刺を配布したとするに足る具体的行為、すなわち指示依頼、共謀等その他何らかの方法による行為の存在が認められないから、結局犯罪の証明がないとせざるを得ないという理由に基くものであるが、例えば、原審において被告人及び弁護人の同意の下に適法の証拠調を経た被告人の司法警察員に対する昭和三十四年六月八日付供述調書の記載によると、被告人が本件名刺を前記の如く宴席の卓子下におかせたところ、それを議長の飯塚が見て「何だい、そのキヤラメルの箱は」といつたので、被告人が「こういうキヤラメルだ」といつて議長の方にその箱を押しやつたとあり、それを契機として右名刺が或いは取りまわしの方法により或いは小林範平によつて出席議員らに配布されたことが明確にされており、右被告人の供述記載は、原審における証人飯塚福興の証言中「村長の北隣にいたが、私と村長間のテーブル下にキヤラメルの大箱と思われるものがあつた」という点と照応しており、その任意性についてもこれを疑うべき節もないから、これを信用し得べきものと認められるのであつて、これによれば、むしろ被告人が原審公判廷において名刺を配つたのは自分であり、それについて有罪である旨自認したのは、架空の自白ではなく具体的行為の存在によつて裏付けされている自白であるというのを相当とするというべきである。すなわち、本件事実の真相は、被告人は違法文書たる本件名刺を頒布する目的で宴会に持参させ、適当の機会をみて列席者に配布しようとして自分の座席附近に置いたが、そのうちに議長の飯塚興治の質問があつたので、それを好機としてこれを取りまわしにさせ更に小林範平をして列席者に配布させ、もつてこれが頒布の意図を達成したものと認めるのが事態に即した最も自然な認定であるというべきで、被告人としては、若し右頒布行為が自分の意思に副わないものであつたなら前記の如き取りまわしや小林範平の配布行為を容易に中止させ得た筈であるのに、それを敢てせず、取りまわしや小林範平の配布行為を認識しながらこれを認容していたことが明白であるから、被告人はこれらを利用する意思があつたことが十分窺われるのであつて、結局本件については、被告人からの何のきつかけもないのに右名刺が取りまわしにより次いで小林範平の配布行為となつたものであるなどというのは不自然な認定であるといわなければならない。これを要するに、本件違法文書の頒布は、被告人の意思に基き取りまわしないし小林範平の行為により列席者に配布されたものと認められるから、被告人の所為を目して法にいわゆる違法文書の頒布にあたるものと認むべきで、かかる事実を認めるについては、原審において適法な証拠調を経た被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書の記載、原審公判廷における被告人の供述以外に、本件宴席に列席し問題の名刺を取りまわしにより或いは小林範平から配布されたという町会議員らの原審公判廷における各証言、司法警察員及び検察官に対する各供述調書等の証拠が存在し、右各供述調書の内容について検討しても、弁解すべきところは弁解し、否認すべきところは否認し、記憶のないところは記憶がないと記載されていて、それらの内容も千篇一律であるとはいい難く、取調官の強制、誘導等に基き任意性を欠き且つ信憑性のないものとは認められないから、ひつきよう、被告人の自白を補強するに足る証拠は具わつており、右犯罪事実認定の資料に欠けるという懸念は存在しないというべきである。

以上の次第であるから、原判決には証拠の取捨、判断を誤り、事実の誤認を冒した違法があり、該違法は固より判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、検察官の所論は結局理由があるに帰し、原判決は破棄を免れないというべきである。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り、原判決を破棄すべく、但し本件は訴訟記録並びに原審及び当審において取り調べた証拠によつて直ちに判決をすることができるものと認められるので、当裁判所において更に左のとおり判決をする。

罪となるべき事実

被告人は昭和三十四年六月二日施行の参議院議員選挙に際し、全国区から立候補した米田正文の選挙運動に従事したものであるが、同候補者に当選を得させる目的をもつて、選挙運動の期間中である同年五月二十七日群馬県多野郡新町二千七百九十九番地料亭丸直こと田中かく方において、公職選挙法第百四十二条の禁止を免れる行為として、安原寿慶外二十名位に対し、右候補者たる米田正文の氏名を表示した名刺合計千九百五十九枚位を配布し、もつてこれが頒布をなしたものである。

(三宅 東 井波)

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