東京高等裁判所 昭和35年(う)202号 判決
被告人 遠藤秀雄 外三名
〔抄 録〕
所論は、原判決には事実の誤認があると言い、原判示第一および第二の点につき、被告人越川および同両角の両名が、判示のころ判示の場所において、酒肴の饗応を受けた事実はあるが、右は同被告人らが、自己の部落の道路拡張工事およびこれが助成金の件で、いずれも部落の役員であつた関係上、当時篠の井町土木建設委員長の職にあつた被告人遠藤に依頼するため、同人が専務取締役をしていた判示青果会社に同人を訪れた際、たまたまその直前同所に会社の取引先の客があり、同会社の社長および遠藤が酒肴を供してこれを応待したあと、酒肴がそのまま残存していたので、儀礼上右社長が社員に命じてあらためて肴を取り寄せ、残つていた酒とともに前記越川らを饗応したに過ぎないものであるから、右饗応は会社の業務上行つたものとみるべきもので、被告人遠藤が個人としてこれをなしたものではないのはもとより、自己の選挙運動の一環としてこれを利用したものでもない、また原判示第三の点につき、判示の饗応は被告人遠藤のための選挙運動とは何の関係もなく、右は全く、前記会社の瀬原荷扱所の主任をしていた被告人村松が、自己の管内の出荷が当時激減していたので、出荷誘致の必要上、つとに企画しながら多忙のため実現がおくれていた出荷者の新年会をかねて出荷誘致の懇親会を催し、会社社長の指示を受けて会社のため判示の出荷者たちに酒肴を提供し、出荷についての協力を要請依頼したに過ぎないと各主張し、なお、被告人遠藤が本件選挙に立候補を決意したのは同年四月二十日ごろで、原判示の饗応のあつたころには、むしろ、これまで篠ノ井町議会議員を三期連続してつとめたので、新らしく篠の井市制が実施される機会に、後進に道を譲つていわゆる政界から身を退く決意を固めていたのである、原判決は右遠藤の立候補決意の時期を認定するにあたつて昭和三四年一月一日付篠ノ井日曜新聞を有力な証拠として挙げているが、右新聞は、その規模、組織、資力等いずれの点からみても、社会的に信用性が稀薄であるばかりでなく、取材にあたつて遠藤本人の意思を確かめもせず、単なる人の噂を盲信したもので、その根拠きわめて薄弱であり、信憑力のないものといわなければならない。また原判決が原判示事実を認定するについて採用した証拠の多くは、被告人その他関係者の捜査官に対する供述調書で、右各供述はいずれも取調官に誘導され、または初めて取調を受けたので恐怖心も加わり、かつ農家の最も繁忙な時期にあたつて一刻も早く家に帰りたいため、取調官の意を迎えてなされたものであり、自由な公判廷における被告人らの供述と比較し、その信憑力ははなはだ薄く証拠価値のないものであると護弁するのである。
ところで、まず原判示第三の点につき案ずるに、被告人らはいずれも原審公判廷において原判示饗応の趣旨を否認し、この点についてほぼ所論にそうような供述をしているのであるが、原判決の挙示する被告人その他関係者らの捜査官に対する各供述調書によれば原判示事実を認めることができる。もつとも右饗応に供した酒は、被告人遠藤個人から出たものではなく、判示青果会社の社長大日方三喜男の指示により会社側から届けられたものであることは、右大日方の捜査ならびに公判を通じての証言、同会社事務員平野豊子の検察官に対する供述等により記録上これを疑う余地はない。しかし、このことは、右饗応が原判示にあるとおり、そもそも会社のための出荷誘致の会合という名目を使つて行われたのであるから、これを会社から提供する形式をとつたことはむしろ当然であつて、ただ被告人遠藤は会社の専務取締役という立場にあるのを幸いとし、相被告人村松と共謀のうえ、自己のための選挙運動を本来の目的とする会合を催すにあたり、会社のための出荷誘致という口実をかりてその饗応を利用したものと認むべきである。そして右のように出荷誘致の会合というのが単なる名目に過ぎないもので本来の目的でなかつたことは、当日その会合に集つた連中の記録中にあらわれた供述からうかがうことができるように、その会合がその名目からはむしろ時期外れの感があつたことのほか、さらにこのような出荷誘致の会合が従来必ずしも毎年あるというものではなかつたこと、あつたとしてもそれは通常会社の出荷所で行われ、今回のように出荷者の家で行われるものではなかつたこと、今度の会合に必ずしもその部落の出荷者全員が招かれたものでなかつたことなど諸般の情況からこれを推測するに十分である。なお所論は、当時被告人は立候補の意思を有していなかつたことを主張し、あたかもそのような時期において選挙運動を行ういわれがないと論ずるもののようであるが、右主張事実が確認するに足る信ずべき証拠は記録上存しないしまた所論のように被告人らの公判廷における供述を採つてもつて、被告人その他関係者の捜査官に対する供述調書の記載がきわめて信憑性薄く証拠価値のないものであるとも断じがたい。かような次第で原判示第三の点に関する事実誤認の論旨は理由がない。
しかしながら、原判示第一および第二の点について、被告人越川および同両角の両名が受けた饗応は、記録にあらわれた諸般の情況に徴すれば、所論のように、同人らが判示青果会社に被告人遠藤を訪れた際、たまたまその直前同所に会社の取引先の客があり、同会社の社長および遠藤が酒肴を供してこれを応待したあと酒肴がそのまま残存していたので、儀礼上右社長が社員に命じてあらためて肴を取り寄せ、残つていた酒とともに前記越川らを饗応したに過ぎないものと認めるが相当であつて、被告人遠藤が個人として右饗応を供したと認むべき証拠のないのはもとより、同人が自己の選挙運動の一環として利用するため会社側に饗応させたと認めるに足る証拠も存しない。したがつて、被告人遠藤、同越川、同両角らの間にすでに認定したように原判示第三の共謀の事実が存するところから考えると越川らが前記のように会社に遠藤を訪れた際、同人らの間に右共謀の基礎をなす話合いが行われたことを推測し得ないわけではないが、記録上争われているように前記訪問が果して右選挙の話合いの目的のために行われたか、または所論のように道路拡張工事およびこれが助成金の件についての陳情のためであつたかどうかはしばらく別として、ともかく原判示のように被告人遠藤個人のための選挙運動依頼の報酬として本件饗応がなされたと認むべき証拠は存しないというわけである。しからばこの点については犯罪の証明がないものとして被告人遠藤ら三名に無罪の言渡をなすべきにかかわらず、有罪の言渡をした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわなければならないから、原判示第一および第二の点に関する事実誤認の論旨は理由がある。
よつて被告人村松に対しては刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、被告人遠藤、同越川および同両角に対しては、同法三九七条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書にしたがいただちに自判することとし、次のとおり有罪の認定をしたうえ、一部について前述のように無罪の言渡をする次第である。
(兼平 足立 関谷)