東京高等裁判所 昭和35年(う)2114号 判決 1962年4月24日
被告人 岩崎信義 外一名
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
一、弁護人田中政義の控訴趣意第一点について、(略)
二、弁護人田中政義の控訴趣意第二点、第三点および第五点、弁護人西山義次の控訴趣意第一、被告人岩崎信義の控訴趣意について
(本件有価証券虚偽記入罪が成立するや否や、有価証券虚偽記入罪についての被告人岩崎、同大島両名の犯意等に関するもの)
先ず所論は、本件について有価証券虚偽記入罪は成立しないし、また、被告人岩崎、同大島の両名は同犯罪の犯意を有しない。したがつて、被告人岩崎の原判示詐欺罪は成立しない、と主張するのである。
その要旨は、北信物産と東洋海運倉庫との間の貨物寄託契約は、北信物産が貨物引換証上の荷受人として荷為替手形の決済をして貨物引換証を回収すると否とに拘らず、運送貨物が北信物産の指定によつて東洋海運倉庫に入庫されると同時に成立するものであるから、貨物が右倉庫に入庫された後、北信物産を寄託者として発行された本件倉荷証券は真実の寄託契約により作成された真実のものであり、虚偽の記載を内容とするものではない。原判決は、貨物引換証上の荷受人が荷為替手形を決済し、運送人が荷渡指図書を倉庫業者に呈示するまでは、運送人と倉庫業者との間の貨物寄託契約は存続し、右荷渡指図書の呈示によつて初めて荷受人と倉庫業者との間に寄託契約が成立するものであつて、右呈示前には荷受人を寄託者とする寄託契約が成立せず、その間に右荷受人を寄託者とする倉荷証券を作成することは有価証券の虚偽記入罪が成立すると認定したことは、正に事実を誤認し、法令の解釈、適用を誤つたものである。被告人岩崎、同大島の両名はいずれも、北信物産の貨物が東洋海運倉庫に入庫した以後は、北信物産を寄託者とする貨物寄託契約が有効に成立し、これに基づいて東洋海運倉庫が北信物産を寄託者とする倉荷証券を作成発行することは適法であると信じ、それが有価証券虚偽記入罪を構成するとの認識は全くこれを有しなかつたものである、したがつて、被告人岩崎については原判示の各詐欺罪も成立しない、と主張するのである。
よつて勘案するのに、隔地者間の物品売買取引において、荷為替手形付運送の方法が採られる場合は、買主たる荷受人の代金支払債務は、売主が振出した買主を支払人とする為替手形上の債務に転化されて、右手形債務の履行を確保するために、当該貨物の運送を委託された運送人が発行する貨物引換証(以下B・Lという)がその担保に供されるのである。したがつて荷受人たる買主は、右為替手形を決済してB・Lを取得し、これと引換えに初めて運送人より貨物の引渡を受け得るのであつて、運送人としてはB・Lと引換えなくして運送貨物を荷受人に引渡してはならないという法律上の義務を負うのである。若し、運送人がB・Lと引換えることなく運送貨物を荷受人に引渡し、荷受人が為替手形を決済しない場合は、これによつて生ずる損害につき、運送人として右法律上の義務違反による責任を負担しなければならないのである。したがつて、運送人が運送貨物を荷受人に引渡すに際してこれと引換にB・Lを回収するということは、その直接の利害に拘わる極めて重要な要件である。
そして、運送貨物が到着地において倉庫業者の手に寄託される場合においても、右の要請はそのまま存続するのである。即ち運送人は倉庫業者に対し運送貨物を寄託するに際し、荷受人が呈示するB・Lと引換えでなければ、寄託貨物を荷受人に引渡してはならないことを要請する。荷受人のB・Lが回収されて、運送人が倉庫業者に対し荷渡指図を呈示するまで、倉庫業者は荷受人に対して寄託貨物を引渡すことは許されないのである。
右の如く倉庫業者は運送人の引渡指図書の呈示があるまでは、寄託貨物を荷受人に対し引渡してはならないと同様に、荷受人を寄託者とする倉荷証券を発行することも絶対に許されないのである。
倉庫業者は、商品取引所指定倉庫として、免許を受けて同取引所において通用すべき倉荷証券を発行し得るのであるが、その倉荷証券は、単に貨物の寄託関係を証明するに過ぎない文書ではなく、これに記載された貨物の寄託者が寄託貨物につき完全な処分権を有するものとして、当該貨物と同一の価値をもつて、寄託者の商品取引所における取引に使用される有価証券である。したがつて、荷受人を寄託者とする倉荷証券を違法に発行するためには、荷受人が為替手形を決済し、そのB・Lが回収されて、運送人の荷渡指図書の呈示によつて、荷受人の寄託貨物に対する完全処分権が確認された後でなければならない。故に今、北信物産を寄託者とする倉荷証券を発行するということは、既に北信物産が荷受人として為替手形を決済し、そのB・Lが回収されて、運送人の荷渡指図書が呈示され、北信物産が寄託貨物の完全な処分権を取得したことを意味し、これにより右倉荷証券は、商品取引所における北信物産の取引において、当該貨物と同一の価値をもつて使用されるのである。したがつて、北信物産が未だ為替手形を決済せず、そのB・Lが回収されていないのに、北信物産を寄託者とする倉荷証券を作成することは、恰も北信物産がB・Lの回収によつて寄託貨物につき完全な処分権を取得したかの如き虚偽の内容を有する倉荷証券を作成することに外ならず、有価証券虚偽記入罪の成立することは明らかである。また被告人岩崎、同大島の両名は、前記の如く北信物産において未だ為替手形を決済せず、そのB・Lが回収されていないのに、北信物産を寄託者とする本件倉荷証券の作成を共謀したものであるから、有価証券虚偽記入の犯行を共謀したものといわなければならない。したがつて被告人岩崎については、原判示詐欺罪の成立ないしその犯意を否定することもできない。
所論は、荷為替付運送貨物が着駅に到着すると、荷受人たる北信物産は、倉庫の選択権を有し、これに基づいて東洋海運倉庫を指定し、貨物が入庫されると、東洋海運倉庫においては、北信物産名義の入庫伝票、在庫カードを作成し、着駅より倉庫までの運賃、入庫料、保管料はすべて北信物産において負担し、その間貨物の検査も、北信物産の費用をもつて、北信物産が依頼する有限会社協進がこれを行う等の事実をみても、貨物が東洋海運倉庫に入庫されると同時に、北信物産と東洋海運倉庫との間に貨物の寄託契約が成立するのであるから、爾後北信物産を寄託者とする倉荷証券を発行することは適法である、と主張するのである。
しかしながら、既に詳述したところにより明らかな如く、有価証券たる倉荷証券上の寄託者は、一般の寄託契約における寄託者とはその本質を異にするものである。民法上の一般寄託契約における寄託者は、所論の如く必ずしも寄託物の所有者であることも、これに対して完全な処分権を有することも必要としない。しかし倉荷証券上の寄託者は、前記の如く為替手形を決済し、そのB・Lが回収され、運送人の荷渡指図書の呈示により、その寄託貨物についての完全な処分権を有することが確認されたものでなければならないのである。
唯荷為替付貨物運送の実際においては、為替手形が支払いのため荷受人に呈示される以前に、運送貨物が着駅に到着して、倉庫業者の手に寄託される場合が多いため、荷受人はB・Lの回収を俟たずに、寄託倉庫の指定、入庫保管料の支払、寄託貨物の検査等を自らの責任においてなすのであるが、これらの措置は、荷受人が軈て為替手形を決済し、B・Lが回収されて、倉荷証券上の適式な寄託者となるべきことを想定し、これを前提として、その予備的、準備的に行うものであつて、これらの措置によつてB・Lの回収をまたず、直ちに倉荷証券上の寄託者となり得るものでないことは再言を要しない。したがつて、これらの事項を挙げて前記被告人らの有価証券虚偽記入の犯行を否定する論拠となすことはできない。
唯、原判決が、運送人の荷渡指図書の呈示があるまでは、荷受人と倉庫業者との間に寄託契約が成立せず、その間寄託の事実がないのに拘らず寄託ありとして倉荷証券を作成したことをもつてその虚偽記入罪に該るとし、単に契約の成立、寄託の有無のみを前提として犯罪の成否を判断している点は、前記有価証券たる倉荷証券の本質、およびその虚偽記入罪の犯罪構成についての法律的解明として、些か徹底を欠く嫌いのあることは否定し得ない。しかし原判決の趣旨とするところも畢竟は、北信物産のB・Lが回収されて運送人の荷渡指図書が呈示されるまでは、北信物産を証券上の寄託者として倉荷証券を発行し得ないに拘らず、恰も右B・Lが回収されて北信物産が正規の証券上の寄託者となつたものの如く、虚偽の内容を有する倉荷証券を作成したものとして、これを有価証券虚偽記入罪に当るとする論旨であることは、その全判文によつて諒解し得るところである。よつて原判決には所論の如き事実誤認もなく、法令の解釈、適用を誤つた違法も存在せず、また判決に影響を及ぼすことの明らかな理由不備があるともなし得ない。よつてこの点の各論旨はすべて採用しない。
(その余の判決理由は省略する)。
(裁判官 兼平慶之助 斉藤孝次 関谷六郎)