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東京高等裁判所 昭和35年(う)312号 判決 1962年5月01日

控訴人 被告人 壺井玄剛 外四名

弁護人 清瀬一郎  外一〇名

検察官 原長栄

主文

本件各控訴を棄却する。

当審において証人橋本勝、同竹下重義、同小林保、同黒丸正四郎に支給した訴訟費用は被告人壺井玄剛、同有田二郎の連帯負担とする。

理由

清瀬弁護人等連名の控訴趣意第二点中、計画造船における船主決定に対する運輸省の権限に関する部分、島田弁護人等連名の控訴趣意第一点、大竹弁護人の控訴趣意第一点の(四)、登石弁護人の控訴趣意第一の一について。

各所論は、要するに、原判決は、第九次前期及び後期計画造船における船主の詮衡決定に関する運輸省と日本開発銀行(以下開銀と略称する)との権限関係について、国策綜合化の要請から運輸省と開銀との間において詮衡意見の調整を計り、その一致をみたところで両者の首脳が協議して適格船主を実質的に内定し、この内定したところに従い、各自の権限に基き、開銀は融資を決定し、運輸省は建造許可を与えるものであつて、運輸省内の船主詮衡は船主決定に大きな拘束力を持つていたわけで、従つて運輸省は船主決定に関し権限を有していた旨判示しているけれども、開銀融資時代においては、運輸省は計画造船における船主決定の権限を有する開銀の求めに応じ、応募船主についての航路事情、造船所事情に関する参考資料を送付していたにとどまり、船主を決定する何等の権限を有しなかつたものであつて、原判決はこの点において日本開発銀行法、運輸省設置法、臨時船舶建造調整法等の解釈適用を誤り、事実を誤認し、また理由くいちがいの違法をおかしている旨主張し、なお登石弁護人は第八次計画造船以前の米国対日援助見返資金(以下見返資金と略称する)時代においても、運輸省は、見返資金の融資を所掌する大蔵省との関係において、前記開銀との関係とほぼ同様の立場にあり、船主を決定する権限を有しなかつた旨主張するのである。

よつて按ずるに、原判決が総論第七節において挙示する証拠を綜合すると、同第二節に判示するように、今次大戦によつて船腹の大部分を喪失し、且つ戦時補償金の支払を打ち切られた海運会社は、資本構成の弱体化、運賃コストの割高、新造船価の割高等により自力のみによつて船腹を建造確保することは到底望み得ない情況に立ち至つたので、国家は運賃収入による外貨の獲得を増大し、国際収支の均衡を保たんとするわが国経済復興の国策的要請から急速に海運界の再建復興をはたることとし、その助成措置としていわゆる計画造船を実施し、船舶建造資金の相当部分について財政資金を融資することとし、その結果、昭和二十一年度より昭和二十八年度までに第一次より第九次までの計画造船が実施されたが、第一次よリ第四次までは復興金融金庫の融資により、第五次より第八次までは見返資金の融資により、第九次は開銀の融資により、それぞれ船舶建造が行われたこと、第五次より第九次までの船主詮衡方法とその経過は原判決総論第三節に判示するとおりであり、その新造船主に対する見返資金並に開銀資金の融資決定及び船舶建造許可決定に至るまでの大蔵省又は開銀及び運輸省の手続の経過は同第四節の(一)及び同第五節の(一)に判示するとおりであることを認め得るのである。

叙上の経緯に徴し明らかなように、計画造船は海運造船政策を立案樹立し、これを実施する行政機関である運輸省の戦後における最も重要な所掌事務の一つであるが、他面船舶建造資金の相当部分が財政資金の融資によつて賄われる関係上、見返資金特別会計を所管した大蔵省、または長期設備資金の貸付を業務とした開銀との間に当然権限調整の問題が生ずるわけである。

運輸省設置法(昭和二四年五月三一日法律第一五七号、同二七年七月三一日法律第二七八号により一部改正、以下同じ)第一条乃至第四条によれば、運輸省は、運輸大臣を長とし、水運、船舶その他所定事項に関する国の行政事務を一体的に遂行する責任を負う行政機関であつて、これらの所掌事務を遂行するため、水上運送事業者に対し、航路、就航区域又は船舶を指定して航海を命ずること、船舶の製造を許可すること等の権限を有するのであるが、その権限の行使は、法律(これに基く命令を含む)に従つてなされなければならないことになつているのである。ところでこれを計画造船について考察するに、船舶建造許可に関する権限行使の準拠となる法令は、臨時船舶管理法(昭和一二年九月一〇日法律第九三号、昭和一六年法律第三五号、同一七年法律第九号、昭和一二年勅令第一三九号、同第二六二号、同二四年法律第一八七号、同二五年法律第一五三号、同二六年法律第一四九号各改正を経て、昭和二八年四月二八日失効但し形式上後記臨時船舶建造調整法附則により廃止以下管理法と略称する)、同法施行規則(昭和一八年逓信省海軍省令第一号、数次の改正を経て本法と同時に失効)及び臨時船舶建造調整法(昭和二八年八月一日法律第一四九号、同月十五日施行以下調整法と略称する)であつたのである。すなわち管理法第八条、同法施行規則第二条によれば、造船業者が一定規格以上の船舶を製造しようとするときは運輸大臣の許可を受けることとなつており、また調整法第二条は、造船事業者が一定規格以上の鋼製の船舶を建造しようとするときは、建造着手前運輸大臣の許可を受けなければならない旨を規定しているのであるから、計画造船における船舶建造の許可につき運輸省がこれを所掌する職務権限を有することは明白である。

しかも、調整法第一条乃至第三条及び同法第三条第二項に基く昭和二十八年九月十六日運輸省告示第四一五号並びに同法案提案理由説明(一グループ第九冊二八五二丁)に徴すれば、同法が運輸大臣に船舶建造許可の権限を与えたのは、わが国の国際海運の健全な発展に資することを目的として船舶の建造についての調整を行おうという海運政策上の要請に基くものであり、併せて資金の有効且つ合理的使用の見地から開銀をはじめ金融機関の建造融資に対する政府の助言と協力の体制として有効な機能を発揮することを意図しているのであつて、右許可申請は形式上造船業者から提出される建前になつているが、右計画造船における建造の許可は適格船主の詮衡決定と表裡一体をなし、不可分の関係に立つているといえるのである。

即ち調整法第二条第三条によれば、運輸大臣は船舶建造許可の申請が、(一)当該船舶の建造によつてわが国の国際海運の健全な発展に支障を及ぼすおそれのないこと及び(二)当該船舶を建造する造船業者が、その船舶の建造に必要な技術及び設備を有していることの二つの基準に適合すると認めるときは、建造の許可をしなければならず、右基準(一)の適用は、その判断の基礎となる事項につき、運輸大臣が海運造船合理化審議会にはかり、その意見を尊重して決定し、これに従つてなすことを要し、右決定事項は告示することとなつているのであつて、第九次後期計画造船に関する右審議会の答申書(当庁昭和三五年押第一二六号の六六の(へ)、検察官請求番号総論IIの53の6)によれば、開銀の融資及び外航船舶建造融資利子補給及び損失補償法の適用による外航船舶の建造船主の詮衡については左の各基準を綜合的に判断して結論を出すことが適当であるとし、また右各基準は調整法第二条及び第三条の規定により運輸大臣が今次の外航船舶建造計画に基く船舶の建造を許可するために適用すべき基準の判断の基礎となる事項についての本審議会の意見として採用されんことを望むと附記され、右基準として

一、緊急に整備を必要とする定期航路に最も適する船舶を優先的に選定するが、不定期船についても適当量の建造を考慮すること、右の見地より建造船舶を選定する場合、当該船舶の建造を希望する船主の船隊整備状況をも考慮すること、

二、建造希望船主につきその資産及び信用力を調査し、優秀な者より詮衡すること、

三、建造希望船主の海運業者としての実歴、経営組織の充実度、経営の効率、船員の状況、経営の将来性等その経営力を検討し、良好なものを優先させること、なおこの場合建造希望船主の経営形態をも考慮に加えること、

四、海運業を専業とする者の建造希望船舶は、海運業を兼業する者のそれに原則として優先させること、

五、建造船価低減のための船主及び造船所の努力の度合を考慮すること、

が挙げられ、調整法第三条第二項に基く前記運輸省告示第四一五号は、右答申を尊重し、これと同一内容のものを建造許可の判断の基礎となる事項として掲記しており、また第九次前期計画造船における前記審議会の答申書(同押号の63の(ロ)、総論IIの46の2)も、船主詮衡に当つては、船主側の事情を第一義とし、造船所に関する事情は従的に考慮することを建前とし、この見地から、緊急に整備を必要とする定期航路に最も適する船舶を優先させ不定期船についても適当に考慮すること、資産信用力の良好な船主を選ぶこと、船主の経営能力の優劣を考慮することを船主詮衡の基準として挙げ、しかも、これらに従的に造船所に関する諸事情を加え、綜合的に判断して結論を出すことが適当であるとしているのである。叙上の説明によつて明らかなように、船主の詮衡に当つては、第一義的に航路事情、船主の船隊整備状況、資産信用力、経営能力、経営形態、従的に造船所事情が基準として取りあげられ、しかもこれらを綜合的に判断することが要請されているのであり、また船主詮衡の基準と建造許可の判断の基礎となる事項とは本来同一でなければならぬ筋合のものであることが裏書されているのであつて、所論のように、船主の詮衡決定については融資をする立場にある開銀が専属的に権限を有し、運輸省は開銀の求めに応じ航路事情、造船所事情に関する参考資料を送付する権限を有したに過ぎないとか、建造の許可は、開銀が融資を決定した船主に対し、運輸省が形式的にこれを与えなければならないものであるとかいうのは当らない。なお清瀬弁護人等連名の控訴趣意は、右昭和二十八年九月十六日告示第四一五号は、国会の指弾を受け、昭和二十九年三月二十九日運輸省告示第一二一号をもつて廃止され、計画造船については適用なきものであると主張する。しかし、昭和二十八年当時においては、臨時船舶建造調整法第三条第二項に基く告示としては、二個の告示、即ち同年度における外航船舶建造融資利子補給及び損失補償法の適用を受ける外航船舶の建造許可に対する許可の判断の基礎となる事項を定めたものとして右昭和二十八年九月十六日運輸省告示第四一五号が、右以外の船舶の建造許可に対する許可の判断の基礎となる事項を定めたものとして昭和二十八年十月二日同省告示第四三二号が、それぞれ告示されていたのであるが、所論昭和二十九年三月二十九日同省告示第一二一号により、右船舶の種類による建造許可の判断の基礎となる事項の差別を撤廃するため、前記昭和二十八年第四一五号の告示を廃止し、前記昭和二十八年告示第四三二号の第四号及び附則を削つて、両者を統一したものであることは、右各告示に照らし、また原審証人甘利昂一の証言(一グループ第一八回公判)に徴し明らかである。してみれば、前記昭和二十八年九月十六日運輸省告示第四一五号が右利子補給及び損失補償法の適用を受ける本件昭和二十八年度の計画造船の船舶に適用あつたものであることは論をまたない。

更に他の角度から検討するに、外航船舶建造融資利子補給及び損失補償法(昭和二八年一月五日法律第一号、同年八月一日法律第二一五号により改正)第二条第十四条同法施行令第二条第三条によれば、政府は、日本船舶を所有することができる会社(船主)の申請により、その会社が外航船舶の建造を造船事業者に請け負わせる場合において、開銀以外の金融機関(市中金融機関)がその資金を融通するときは、当該融資につき利子補給金を支給し、又は当該融資によつて受けた損失を補償する旨の契約を当該金融機関と結ぶこととなつており、運輸大臣は、大蔵大臣と協議の上、右契約を結ぶ権限を有し、右融資を受けた船主に対し必要事項を勧告し又は監査する権限を有していたのである。そして計画造船は、原則として、開銀による融資と同時に、市中金融機関による融資、ひいてはこれに対する利子補給がなければ、遂行できないわけであつて、右利子補給については運輸省が契約を結ぶ権限を有しているのであるから、この見地からいつても、運輸省は、第九次前期計画造船以後の計画造船についても、船主の航路事情造船所の事情はもとより、船主の資産信用力をも調査して、適格船主を詮衡すべき権限を有するものといわなければならない。

そして運輸省内部においては、船舶建造許可の事務は、直接的には、同省設置法第二十四条第二号同省組織令第二十三条第一号により、船舶局(造船課)の所掌するところであるが、海運局は、水上運送事業の発達、改善及び調整に関すること(昭和二七年七月三一日法律第二七八号による改正前の同省設置法第二三条第一項第四号、及び同省組織令第一六条第一号、なお右設置法第二三条第一項第四号の規定は昭和二七年七月三一日法律第二七八号による同省設置法改正の際、海運局の所掌事務として当初政府原案に記載されていたこの条項が事務の手違いから誤つて削除されたため昭和二十八年当時の設置法に右規定はないが、この事務が合法的に海運局の所掌事務であつたことについては、原判決が総論第六節(二)の(2) において説明するとおりである)、水上運送事業における補償に関すること(前記改正後の同省設置法第二三条第一項第六号)の事務をつかさどり、従つて外航船舶建造融資利子補給及び損失補償に関すること(同省組織令第一六条第三号)外航船舶の需給の調査に関すること、対外定期航路事業に関すること(同組織令第一三条第二号、第三号)を所掌していたのであるから(同局監督課、外航課〕船舶局等と協力して、運輸省の希望する計画造船の全所要資金を決定し、開銀所要資金市中金融機関所要資金、利子補給額を算定し、大蔵省、経済審議庁等と折衝して開銀資金及び利子補給額を決定する外、船舶建造許可を申請する造船業者に建造を請け負わせる建造希望船主の公募をなし、その適否を前記審議会の答申及び告示に掲げられた基準に従つて審査詮衡する事務をも所掌していたのである。

他面、開銀は、日本開発銀行法(昭和二六年三月三一日法律第一〇八号、同二七年法律第二二四号、同二八年法律第五一号、同第一二二号により一部改正)第一条第二条第十八条第四十条及び同銀行定款(二グループ第十五冊五五九九丁)第二条第二十条に規定されたように、長期資金の供給を行うことにより経済の再建及び産業の開発を促進するため、一般の金融機関が行う金融を補完し、又は奨励することを目的として設立された公法上の法人であり、大蔵大臣の監督を受け、右目的に寄与する設備の取得等に必要な資金で銀行その他の金融機関から供給を受けることが困難なものを貸付けること等を業務とするのであるが、その目的業務の内容にかんがみ、その業務の運営に当つては、政府の産業、交通及び金融に関する綜合的な政策並びにこれに基く基本計画に順応するよう遺憾なきを期することをもつてその当然の基本方針としているのである。すなわち、開銀は、計画造船についていえば、新造船希望船主に融資するにつき、金融上の観点から自主的判断をなすことはいうまでもないが、同時に政府(運輸省)の海運造船に関する綜合的な政策並びにこれに基く基本的計画に順応することが要請されているのである。

叙上のように、計画造船における適格船主の詮衡決定の問題は、これを分析すると、運輸省においては、応募船主の建造しようとする船舶の建造を許可すること及び右船主に利子補給をすることの適否を審査決定することになり、開銀においては、応募船主に対する融資の可否を審査決定することになるのであるが、このような運輸省の職務権限と開銀の業務にかんがみ、両者の関係は、原判決が総論第五節に判示したような経過で調整運用されたのであつて、これを要約すれば、まず運輸省においてその年次に同省が希望する船舶建造資金の総額を算出し、同省の希望する開銀の融資枠が獲得できるよう関係官庁に折衝し、右融資枠が決まると、同省は船主を公募し、開銀は貸付中込を受付け、応募船主につき、運輸省は航路事情、造船所事情、資産信用力等を前記審議会の答申の線に沿うて審査し、これらを綜合した観点から適格船主の順位を評定し、開銀は航路事情、造船所事情についての運輸省の意見を参酌した上、主として資産信用力の観点から審査して適格船主の順位を評定し、両者幹部間でそれぞれの案をもとにして協議し意見の調整を行い、最終的にはその意見が一致した際、運輸大臣、開銀総裁が会見して適格船主を内定し、この内定したところに従い、開銀は融資を決定し、運輸省は建造を許可し、且つ利子補給契約を結ぶというのであつて、海運造船政策上の観点と金融上の観点との綜合審査によつて最適の船主を詮衡しようとする国策上の要請から、両者の意見の調整を図つて来たのであつて、右の事実は原判決挙示の証拠(総論第七節(三))によりこれを認めるに十分である。

次に、見返資金融資時代(第五次より第八次計画造船まで)における運輸省の計画造船の船主詮衡及び船舶建造許可に関する職務権限と米国対日援助見返資金特別会計法(昭和二四年四月三〇日法律第四〇号)第二条、大蔵省設置法(昭和二四年五月三一日法律第四四号)第三条第四条第十条により見返資金の管理並びに運用及び使用を所掌する大蔵省(理財局)の職務権限との調整関係についても、開銀融資時代における開銀との関係とほぼ同じであり(船舶建造の許可は前記第九次前期計画造船の場合と同様管理法に準拠して行われた)、実際の運用面においては、原判決が総論第四節において判示するとおり、大蔵省は運輸省の審査結果を尊重し、特別の例外を除いては、運輸省から通知した船主についてそのまま融資を認めていたのであつて、右の事実は原判決挙示の証拠(総論第七節(二))により認めるに足り、運輸省が船主の詮衡決定につき実権を握つていたということができるのである。

以上の理由により、運輸省は開銀、見返資金各融資時代を通じて、計画造船における船舶建造の許可及びこれと不可分の関係にある適格船主の詮衡決定の職務権限を有していたのであり、実際上も右職務権限に沿うて運用されていたのであるから、その趣旨を判示した原判決には、所論のような法令適用の誤、事実誤認、理由のくいちがいの瑕疵はいささかも存在せず、各論旨は理由がない。

清瀬弁護人等連名の控訴趣意第二点中被告人壺井の職務権限に関する部分島田弁護人等連名の控訴趣意第二点、小玉弁護人の贈賄関係控訴趣意第三点、大竹弁護人の控訴趣意第一点(但し(四)を除く)登石弁護人の控訴趣意第一の二について。

清瀬、島田、小玉各弁護人等の所論の要旨は、被告人壺井が運輸省官房長として有していた総合調整の権限は、専ら基本政策の樹立に関するものであつて、計画造船における船主詮衡のような具体的実施行為に関するものではないのであるから、同被告人としては、船主詮衡のための会議や打合せに庶務的立場から出入りしたにとどまり、権限ある立場でこれに出席して発言した事実はなく、船主詮衡に関する原議に捺印したのは、文書が官房を経由したことを確認したに過ぎないものであつて、官房には文書の内容を審査し、調整する権限はなく、また海運、船舶、船員、港湾の海事四局の所掌事務に関する総合調整は、海運調整部長の所掌に属し、その限りにおいて、官房長の職務権限から除外されるものであるにかかわらず、原判決が、各論第一章第一節の(三)、第二章第一節の(二)及び同章第五節の第二の(二)乃至(七)において、同被告人が官房長として有していた総合調整の権限に基いて本件船主詮衡に関与した旨判示したのは、国家行政組織法第二条第七条第二十条、運輸省設置法第二十一条第二十二条等の法令の解釈適用を誤り、また事実を誤認したものであり、更に原審におけるこの点に関する弁護人の詳細な主張に対し、これを排斥した理由を逐一説明していないのは、刑事訴訟法第三百三十五条第二項に違反するものであるということに帰し、大竹弁護人、登石弁護人の各所論は、被告人国安が海運調整部長として有していた総合調整の権限は、海事四局から提出される基本政策に関する資料の形式的整理その他海事四局間の事務連絡程度のもので、船主詮衡のような具体的行政実施面に関与し得るものではないから、同被告人として、船主詮衡のための会議または打合せに出入りしたのは、専ら庶務、人事、広報(新聞発表)の立場からのもので、総合調整権に基くものではなく、また船主詮衡に関する原議に署印したのは慣習的に庶務的立場でなしたもので、内容を審査調整する権限があつたためではないのにかかわらず、原判決が、各論第五章第一節の(三)及び第六節の第二、(二)乃至(五)において、同被告人が海運調整部長として有していた総合調整の権限に基いて本件船主詮衡に関与した旨判示したのは、法令の解釈適用を誤り、また事実を誤認したものであると主張するのであつて、運輸省設置法により官房長または海運調整部長に付与された総合調整の権限の内容如何ということが争点となつているのである。

よつて、案ずるに、国家行政組織法の制定に伴い、これに基いて制定された運輸省設置法(昭和二四年五月三一日法律一五七号)及び同省組織規程(同年六月一五日同省令二一号)は、大臣官房(企画課)の所掌事務として「運輸省の所掌事務に関し」「総合調整及び実施計画の設定に関すること」を(同設置法第二二条第一六号同規程第五条第一号)、また海運局(海運調整部)の所掌事務として「海運局、船舶局、船員局及び港湾局の所掌に属する事務の総合調整」(同設置法第二三条第三項同規程第一一条第一号)をそれぞれ規定し、これらの規定はその後の同省設置法改正(昭和二七年七月三一日法律二七八号)及び同省組織令(同年八月三〇日政令三九一号)に引きつがれたのであるが、ただ組織令は官房企画課の所掌事務として「運輸省の所管行政に関する実施計画の設定及びこれに関連する総合調整に関すること」(同令第五条第一号)と設置法とは異る文言を使用した。叙上諸規定によれば、運輸省設置法では、「総合調整」は、「運輸省の所掌事務に関し」或いは「海運局、船舶局、船員局及び港湾局の所掌に属する事務の」というように、文理上「事務」に関し行われることとせられ、運輸乃至海事に関する重要政策または海事政策に限られていないのである。従つて文理解釈上は、官房長の総合調整権は運輸省の所掌事務全般に関するものであり、海運調整部長の総合調整権は海事四局の所掌事務に関するものであると解するのが自然であり、所論のように、専ら運輸省の基本政策の樹立に関するものであるとか、海事四局から提出される基本政策に関する資料の形式的整理等に限るとか解すべき根拠を見出し得ない。昭和二十七年制定の同省組織令が官房企画課の所掌事務として規定する前記文言が同省設置法の表現と異ることは所論のとおりであるが、右組織令の規定は、同省設置法の規定を受けて規定されたものであるから、設置法の規定する所掌事務の内容を特に縮少する趣旨とは解せられない。

更に進んで運輸省設置法が大臣官房及び海運局乃至海運調整部に総合調整の権限を付与した理由について審究するに、国家行政組織法(以下組織法と略称する)によれば、組織法の目的は国の行政事務の能率的な遂行のために必要な国家行政組織を整えることにあり(第一条)この目的を達成するため、国家行政組織は、内閣の統轄の下に、明確な範囲の所掌事務と権限を有する行政機関の全体によつて、系統的に構成されなければならないこと(第二条第一項)行政機関相互の連絡を図り、すべて一体として、行政機能を発揮するようにしなければならないこと(同条第二項)が要請されており、同法第五条以下において、各省及び省内の内部部局たる官房、局、部、課、外局たる庁、委員会の設置、行政機関の長及び職、これらの職務権限等が規定されているのである。同法に現われたわが国行政組織の特色は、内閣を最頂点としてピラミツド的形態をなしているということである。すなわち、同法に基いて制定された各省設置法及び各省組織令をも参酌して考察すると、水平に並列された下級の単位が底辺となり、上級に昇るにつれてその底辺が短縮されるという構造をとり、所掌事務は最下級の底辺において最も細分化され上級の段階に昇るにつれて漸次大きな単位に結合されて行き、各段階における所掌事務の総和は相等しいということになると共に、上級単位の長の下級単位に対する指揮監督権が確立し、この系統が組織全体を貫き、組織法第二条第一項に規定された「全体によつて系統的に構成」するとの要請を充たしているのである。またこのような所掌事務の下級単位に対する分配の過程において、現代わが国の極めて複雑多岐な行政機能の性格から、必然的に事務の競合や各事務間の密接な関連が生ずるわけであつて、制度上は一応直近上級単位の長による指揮監督権に基く決裁という形式でこの問題が解決され、行政機能の一体的運用を図る建前にはなつているが、決裁に至るまでの段階において、このような関係に立つ並列する下級単位間の絶えざる連絡協議が必要であり、場合によつては上級単位の長を補佐してこの間の調整を図る機能を何等かの単位に付与する必要が生ずるのである。そしてこの調整の機能は、ピラミツド的構造の上級に昇るにつれ、従つてその長の所掌事務の量が拡大するにつれてその重要度と必要性を増して来るのである。

組織法第二条第二項に示された「相互の連絡を図り、すべて、一体として、行政機能を発揮する」との要請は、このような調整機能の必要性を明示しているのである。

ところで、運輸省設置法に現われた同省組織の特色ともいうべきものは、本件当時における同省の内局が、海運、船舶、船員、港湾鉄道監督、自動車、航空の七局により組織され、行政機能の目的乃至対象を基準として、いわゆる縦割り方式に従つていることである。(これは、例えば、通商産業省設置法が同省内局として、重工業局、軽工業局等一連の縦割り方式による各局と企業局、通商局のような横割り方式の各局とを置き、両方式を併用しているのと対照的である。)運輸省の歴代事務次官であつた原審証人秋山竜、同牛島辰弥、同荒木茂久二の各証言によつて窺われるように、同省がかかる縦割り方式を採用しているのは、同省が旧逓信省(海事航空)旧鉄道省(陸運)、旧内務省(港湾)の寄合世帯であるという同省成立の沿革に由来するものであるが、かかる縦割り方式の下においては、各局がややもすれば割拠主義の弊におちいり、省務の一体的運用が阻害され易いのである。なる程運輸大臣は省の長として主管行政事務を分担管理し、その機関の事務を統括し(組織法第五条第一〇条設置法第一条乃至第四条)、事務次官は大臣を助け、省務を整理し、各部局及び機関の事務を監督する(組織法第一七条の二)のであつて、大臣、次官のかかる権限の行使は、その性質上、各部局より一段と高次の全省的立場からなされるものであり、前記のような縦割り方式のおちいり易い弊にかんがみ、省務全般の均衡と調和を図るため、総合調整的な検討考慮を加えることが特に強く要請されるのであるが、個人の能力の限界を考えると、如何に有能達識の大臣、次官といえども、単独でかかる検討考慮を加えることは至難のことといわねばならない。

大臣官房は各省におかれているが(組織法第七条)、官房長を置く場合は特に法律の明文を要することとされ(同法第二〇条第二項)運輸省においては、同省設置法第二十一条第一項によつて官房長が置かれ、官房長は「命を受けて大臣官房の事務を掌理する」(同条第二項)ことと定められ、官房の所掌事務を通じ、大臣、次官を補佐する立場に置かれているのである。そして官房は、他の部局が運輸省固有の主管行政事務を分担所掌するに対し、同省の所掌事務全体に関する人事、会計、文書等内部管理的事務の外、企画及び総合調整の事務を所掌し、これらを通じ省務全体の統一と調和を図る機能を有するのである。行政組織における人事の重要性については論ずるまでもなく、会計は省の政策を具体的に実現する予算編成等を掌握し、文書は各局起案の法令案その他の重要文書を審査するのであるから、これらの事務を掌理する官房長は、省全体の政策及びこれが実施、これを担当する人の能力等に通暁し得る立場にあり、従つて大臣、次官が、前記のように、ある事項に関し全省的立場から総合調整的な検討考慮を加えるについて、これを補佐するに最適の地位にあるものというべく、さればこそ、設置法が官房長に省の所掌事務全般にわたる総合調整の権限を付与したものということができるのである。

また海運局及び海運調整部は、海運、船舶、船員、港湾の海事四局の所掌に属する事務の総合調整に関することをその所掌事務の一としているのであるが(設置法第二三条第一項第一号第三項)、これは前記のような運輸省における省組織の沿革に由来する海事四局の特殊性と調整機能の必要性にかんがみ、海事四局の中心的存在である海運局の長をして、同局固有の主管行政事務を所掌させる外、海事四局にわたり総合調整を必要とする事項につき、大臣、次官が総合調整的な検討考慮を加えるに当り、右所掌事務を通じ、海事四局の総合的立場からこれを補佐させようとするものに外ならず海運調整部長は、この面において、海運局長を補佐することとなるのである。

そして官房長としての総合調整権は全省的視野から大臣、次官を補佐する立場において行使されるものであり、海運局長及び海運調整部長としての総合調整権は海事四局の総合的立場において行使されるものであるから、両者はその立場を異にし、両立し得るものであり、所論のように、官房の総合調整は海事四局の総合調整事項には及ばないというのは当らない。

他面、計画造船における船舶建造の許可及びこれと不可分の関係にある船主詮衡に関し運輸省が権限を有し、省内部においては、海運局(外航課、監督課)、及び船舶局(監理課、造船課)がその事務を共管することとなつていることは、前項において判断したとおりであり、原判決各論第一章第三節第一の(三)被告人壺井の収賄行為第二の(三)被告人壺井の収賄行為第二章第二節の(四)被告人壺井の収賄行為第五章第二節第一の(三)、被告人国安の収賄行為第二の(三)被告人国安の収賄行為の各判示事実に照応する第七次後期、第九次前期及び後期の各計画造船における船主詮衡の方法とその経過については原判決が、総論第三節の(五)(七)及び(八)において、判示するとおりであつて、右の事実は原判決の挙示する対応証拠(総論第七節(一))によりこれを認め得るのである。これを運輸省内部における取扱に限つて要約すると、第七次後期計画造船(見返資金融資時代)においては、造船業合理化審議会の答申があり、公募が締切られた後、海運局、船舶局の担当四課が航路事情、資産信用力、造船所事情等に関する資料をとりまとめ、これに基き何度か右両局の合同会議を開いて一応の結論を出し、更に事務次官を中心に右両局長、海運調整部長(被告人国安)担当四課長等が会議を開き、答申の線に沿うて合同審査して船主の詮衡をなし、最後に大臣、政務、事務両次官、前記両局長、官房長、海運調整部長、担当四課長出席の下に、事務次官より詮衡の経過及び事務当局案を説明し、出席者の意見交換の末最終結論を出し、適格船主を内定し、その後原議の作成、決裁手続を経て大蔵省に通知し、第九次前期及び後期計画造船(開銀融資時代)においては、海運造船合理化審議会の答申があり、公募が締切られた後、海運、船舶両局担当官において各船会社、造船所の責任者から航路事情、造船所事情を聴取し、別に資産信用力を調査し、これらの資料に基き、右両局長、海運調整部長(被告人国安)担当課長等が数回集まり討議審査して事務当局案をまとめ、その間開銀側と折衝して相互の意見の調整を図り、更に大臣、次官、海運、船舶両局長、官房長(被告人壺井)海運調整部長、担当四課長が出席して会議を開き、互いに意見を述べて検討した後一応運輸省案を内定し、最終的に開銀側との調整を遂げ、原議の作成、決裁手続を経て、船主を決定したのである。そして被告人壺井が官房長として第九次前期及び後期、被告人国安が海運調整部長として第七次後期及び第九次後期の各計画造船における船主詮衡に具体的に関与した状況については、原判決が、各論第二章第五節第一の(二)(壺井関係)及び同第五章第六節第二の(二)(国安関係)において、判示するとおりであつて、即ちそれぞれ前示各計画造船における船主詮衡に関し被告人壺井は、(1) 前示大臣及び次官出席の各会議に出席し且つ意見を述べ、(2) その他の機会において海運、船舶両局長等に意見を述べ(3) 前示各原議に捺印し、被告人国安は、(1) 前示両局合同の会議または大臣、次官出席の会議に出席し、且つ意見を述べ、(2) 特に第七次後期の会議において、東西汽船と八馬汽船とが共にボーダーラインにあり、関係者多数が八馬汽船を支持したのに対し、ひとり東西汽船を強力に推し、(3) 前示各原議に署印しているのである。この点に関する原判決の採証認定はまことに相当であつて、記録を精査しても原判決に所論のような事実誤認乃至採証法則の違反は存しない。

そして計画造船の実施は、前項において照らかにしたように、運輸省の所管する行政事務のうち戦後最も重要なものの一つであり、しかも船主詮衡は、海運、造船、金融、通商等の各政策と不可分の関係において総合的に判断され、相互の調和をはかりつつ一体的に行わるべき性質のものであり、事務的にも、海事四局の所掌事務にそれぞれ深く関連をもち、更には大蔵省或いは開銀との関係もありまた多額の財政資金及び市中銀行資金が融資される関係上、広く政界、財界、言論界の批判にもさらされ、高度の政治的政策的判断を必要とする事項である。さればこそ、各年次の詮衡状況をみるに、原判決が証拠により認定するように、詮衡方法が幾度か改変され、前記合理化審議会の答申が尊重され、省内の詮衡手続においても、海運、船舶両局間で十分協議検討の上事務当局案を作成した後、最終段階には大臣、次官の面前における会議に各両局長、官房長、海運調整部長、関係課長等が集まり、海運、造船、金融等の各政策の立場から各船主のランクをつけるために十分意見が述べられ、種々意見の調整が行われた上決定に至つているのであつて、右会議は大臣及びこれを補佐する次官が、主管局課で作成した事務当局案に対し、更に高次の全省的立場から総合調整的な検討考慮を加えるために設けられた会議であり、また現実問題としても種々の総合調整が行われているのである。殊にこの種総合調整の典型的な事例は、第九次前期及び後期の右会議において、開銀にどういう線で運輸省案を提示するか、船主を幅広くもつて行くか、それとも限定してもつて行くかの二つの意見について調整が行われていることであつて、このことも原判決の挙示する対応証拠により十分認定できるところである。この二つの意見のいずれを採るかは、ボーダーラインにある船主の詮衡に重大な関係を有することを考えると、被告人壺井または同国安のこの問題に対する総合調整的立場からの意見の開陳が同被告人等と関係のある特定船主または造船所の浮沈に重要な関連をもつて来ることがわかるのである。その他航路事情につき濠州航路と南米航路のいずれを優先するかというような問題も同様である。

右のような会議に、前記のように、被告人壺井が官房長として、また同国安が海運調整部長として、それぞれ出席し、且つ意見を述べていることは、会議の性質及び意見の内容並びに叙上のような総合調整機能の性格等に徴し、被告人壺井は官房長としての前記総合調整の権限に基き、大臣、次官を補佐し、全省的立場から意見を述べたものであり、また被告人国安は海運調整部長としての前記のような海事四局の所掌事務に関する総合調整の権限に基き、大臣、次官及び海運局長を補佐し、右立場から意見を述べたものであるということができるのであつて、所論のように、被告人壺井、同国安は単に庶務的立場において会議の内容を知る必要から会議に出入りしたに過ぎないものとなすのは当を得ない。

また、官房長の有すか総合調整権は、前記のように、大臣、次官の決裁権行使についての補佐的なものであるから、大臣、次官列席の会議においてはじめて行使できるというような性質のものではなく、その以前海運、船舶両局で事務当局案をまとめる段階においても、官房長は、上司の命により或いは両局長の求めに応じ、随時正式の会議或いは略式の打合せに出席し、またはその他の機会に官房長の総合調整的立場からの意見を述べ得る筋合であり、かくの如く被告人壺井が船主詮衡のための会議や協議以外の機会において、海運、船舶両局長等に船主詮衡に関して種々の意見を述べ、或いは両局長等の求めに応じて意見を述べたことは、被告人壺井の官房長としての総合調整権行使の一態様とみるのが相当であつて、官房長としての権限を離れた事実上の意見や助言に過ぎないものということはできない。

次に、計画造船における船主詮衡に関する事務当局案をまとめるについて、海運、船舶両局担当官の合同会議が開かれ、この会議に被告人国安が海運調整部長として出席し、意見を述べていることは前記のとおりであるが、船主詮衡については、航路事情(海運局)造船所事情(船舶局)の外、船員の需給状況(船員局)、港湾の設備状況(港湾局)をも勘案し、総合的に検討することを要するのであり、その意味において、海事四局の所掌事務に密接な関係を有するものといわなければならない。そして被告人国安は、前記合同会議において、海運調整部長として、海運局長を補佐し、海運、船舶両局のみならず、船員、港湾両局の所掌事務の面より考えられる要請をも十分考慮に入れ、総合調整的観点から意見を述べるべき職務権限を有したものというべきであり、所論のように、右会議に出席したのは庶務的立場からであつて、総合調整権に基くものではないということはできないし、意見を述べたというのは会議の前後座談的に種々意見が交換されたものに過ぎず、職務権限とは無関係であるというのは失当である。

被告人壺井が官房長として第九次前期及び後期、被告人国安が海運調整部長として第七次後期及び第九次後期の各計画造船における船主詮衡関係の原議に捺印または署印しているのであるが、右原議は、前記のような協議及び会議を経て実質的に運輸省の意見が決定した後、形式的に作成された文書であり、被告人等の捺印または署印はそれまでの段階において意見決定に前記権限に基き関与したことを確認する意味を有するものと解するのが相当であるから、当然職務権限に基く行為であり、所論のように、右は単に庶務的立場から形式的になされたものであるということはできない。

なお、各所論は、官房長または海運調整部長は各局長と並列或いは下級の地位にある者であるから、かかる地位にある者が各局の所掌事務に総合調整の権限を行使することは、行政組織における指揮監督系統を紊り許されないものである旨力説するのであるが、総合調整の権限は、上級者が下級者に対して行使する指揮監督権とは根本的に性質を異にし、並列または下級の地位にある者であつても、直近上級者に対する場合を除き、上司を補佐して、右権限を行使することは、所論のように、指揮監督系統を紊るものではない。所論は総合調整の機能をもつてあたかも決裁類似のものと解しているようであるが、それは、原判決が説明するように、文理上は各般の活動または行為がその目的、手続、手段、経費等の見地から相互に調和して行われるように必要な措置をとることを意味し、右必要な措置も強権的な内容を含まず、通常は協議乃至話合いという形でなさるべきものであり、ただ最後には決裁権を有する上司の決裁を待つという形において、行われるに過ぎないものである。運輸省組織令により、各内局の最右翼に置かれている各課、例えば、海運局外航課(同令第一三条第一号)船舶局監理課(同令第二二条第一号)は局の所掌に属し若くは関する事務の総合整理に関することをつかさどることとなつているが、ここに総合整理というのも総合調整に比しその機能において異同はないものと解すべきであり、このような所掌事務の規定も何等指揮監督系統を紊るものではなく、前記判断を肯定せしめるものである。

また官房長または海運調整部長が実際上どれだけ総合調整の機能を発揮し得るかは、制度の運用如何に関する問題であつて、当該省の性格、大臣、次官または局長の方針、当該者の経歴、手腕、能力識見等により、必ずしも法の所期する機能が十分に果されない場合もあり得るのであるが、このことは当該者に法律が付与した職務権限の存在乃至内容に影響を及ぼすものではない。各所論は、被告人等の上司、同僚或いは部下であつた原審証人等の証言を資料として被告人等が実際上かかる機能を果していないから権限がない旨強調するに過ぎないもので、採用の限りではない。

次に各所論は、大臣官房における総合調整の所掌事務は官房企画課に属し、海運調整部における同事務は同部総務課の所掌とせられているが、右企画課長または総務課長は本件船主詮衡に全然関与していないのであるから、それぞれの上司である官房長または海運調整部長に船主詮衡に関与する権限がなかつたものであると主張する。なる程、行政事務は通常下級単位で作業されたものが次第に上級単位に積みあげられて行くように処理されるのであるが、事務の性質特にその重要性、秘密性にかんがみ、少数の上級者のみがその処理に関与する場合も存するわけであり、これは決して行政組織法上の原理に違背するものではない。特に他の局課に亘る本件船主詮衡のように高度の秘密保持が要請されている事務に関し、総合調整の権限に基きこれに関与する場合、仮りに官房長または海運調整部長が担当課長である官房企画課長または海運調整部総務課長を使用せず単独でこれに関与したからといつて、これをもつて直ちに被告人等の前記権限を否定する資料とはなし得ない。

所論は、また、海運調整部は、法律上海運局に所属しているけれども、その設置の経緯にかんがみ、海事四局と並列した独立の部として実際上運用され、主として海事四局の庶務的事務を所掌していたものである旨主張するのであるが、運輸省設置法の明文によれば海運調整部は海運局に所属するものとして置かれているのであつて海事四局と並列した独立の部であるとはいえず、又当審で取調べた海運調整部長より海運局長宛書面、海運局長より海運調整部長宛書面によつても海運調整部長の法令上の職務権限に関する前記判断を左右するものではない。

原審において、弁護人が被告人壺井に職務権限のないとの主張の理由として縷述するところは、いずれも刑事訴訟法第三百三十五条第二項に規定する法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の加重減免の理由となる事実に該当しないから、原判決が逐一これに対する判断を示さなかつたからといつて、同条項に違反するものということはできない。

叙上の理由により、被告人壺井及び同国安がそれぞれ有していた総合調整権の内容に関する原判決の判断は正当であり、原判決には所論のような違法或いは事実誤認の瑕疵はなく、各論旨は理由がない。

島田弁護人等の控訴趣意第三点及び第四点について。

各所論は、要するに、原判決は、各論第三章第四節において、被告人有田が判示年月日頃衆議院決算委員会において同委員としていわゆる鉄道会館問題、交通公社問題その他の国有鉄道外郭団体の問題を論議する職務権限を有し、この職務に関し三回に亘り金員を収受した旨判示認定するのであるが、同被告人としてはこのような職務権限を有しなかつたのであつて、原判決には法令適用等の誤がある旨主張することに帰し、その理由として、

(1)本件で鉄道会館問題として論議されている日本国有鉄道と株式会社鉄道会館との間における鉄道用地の賃貸借契約が成立したのは昭和二十七年九月頃であるから、右問題は第十六回及び第十七回国会(中間の閉会中を含む)において衆議院決算委員会に付託された昭和二十五年度及び昭和二十六年度政府関係機関収入支出決算とは無関係であり、同委員会が右問題を論議したのは議院から委譲された国政調査の権限に基くものであるというべきである。しかるに被告人有田に対する本件起訴状が訴因として明示するところは、同被告人の決算委員会委員としての衆議院規則第九十二条に掲げる付託事件の審査の職務権限に限られ、国政調査の職務権限には言及していないのであるから、原判決が被告人有田の右国政調査の職務権限に関し収賄の事実を認定したのは審判の請求を受けた事件について判決せず又は審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある。

(2)いわゆる交通公社の乗車券代売代金延納問題の論議は、昭和二十八年七月三十一日の前記委員会において終結し、同年八月六日の同委員会において表決に付されて決議が成立し、同日をもつて打ち切られたのであつて、その後においては、同問題は衆議院規則第百十四条により委員長において同委員会の議題として宣告した形跡は存しないから、同規則第百三十四条により委員はその後議題外の前記問題について論議できない筋合であるから、同日以後同年十一月二日までの間に何回かに交通公社をはじめ、その他の国有鉄道外郭団体の問題が論議されたとしても、それは単に委員長が前記規則に違反して発言を許容したというにとどまり、これをもつて同委員会の職務権限に基くものということはできない。

(3)また右のような決算委員会における交通公社問題の論議はいわゆる一事不再議の原則により本件当時同委員会の職務権限に属しなかつたものである、

と主張する。

よつて按ずるに、国会法(昭和二二年四月三〇日法律七九号、同年法律一五四号、同二三年法律八七号、同二四年法律二二一号により各改正のもの、以下同じ)第四十二条、衆議院規則(昭和二二年六月二八日衆議院議定、同二三年一〇月一一日、同二四年一〇月二六日、同二五年一二月一六日、同二七年八月二六日、同二七年一一月七日各衆議院議決により改正のもの、以下同じ)第九十二条によれば、各議院の常任委員会は、その部門に属する議案(決議案を含む)等を審査する職務権限を有し、衆議院決算委員会の所管は(1) 決算(2) 予備費支出の承認に関する事項(3) 国庫負担行為総調書(4) 国有財産増減及び現在額計算書並びに無償貸付状況総計算書(5) その他会計検査院の所管に属する事項とせられ、また国会法第四十七条衆議院規則第四十四条第四十五条第五十条によれば、常任委員会は会期中に限り付託された事件を審査するのが建前であるが、各議院の議決で特に付託された事件については閉会中もなおこれを審査することになつており、委員会は右のように議案が付託されたときは、まず議案の趣旨についてその説明を聴いた後審査に入るが、審査に入つた後は、委員は議題について自由に質疑し及び意見を述べることができ、討論が終結したときは、委員長は問題を宣告して表決に付するのであり、また国会法第六十八条によれば、会期中に議決に至らなかつた案件は、後会に継続しないのが原則であるが、前記のように、閉会中審査の対象となつた案件については例外的に後会に継続することとなつている。

ところで、原判決が証拠として採用している第十六回国会の衆議院決算委員会議録(三グループ第二冊一一〇丁以下)によれば、昭和二十五年度及同二十六年度政府関係機関収入支出決算は他の案件と共に昭和二十八年五月二十五日衆議院の議決により同院決算委員会に審査を付託され(同上会議録第一号)、同年七月十日同委員会において昭和二十五年度政府関係機関決算の一項目として日本国有鉄道所管事項が議題とされ、これに関連してまず日本交通公社の国有鉄道乗車券代売代金延納の問題がはじめて質疑され(同上第十一号)、更に同月二十一日日本国有鉄道所管事項に関連して鉄道会館問題が質疑の対象として取りあげられ(同上第十六号)、次いで同月二十三日交通公社の前記問題が論議された後、右鉄道会館問題が特に別個の株式会社鉄道会館に対する鉄道用地貸付等に関する件として議題とされ(同上第十八号)、以後同月二十八日、三十日、三十一日の各同委員会において、前記政府関係機関決算を含む昭和二十五年度決算と鉄道会館に関する件との二本立の議題の下に、交通公社問題と鉄道会館問題が論議され(同上第二十号、第二十二号、第二十三号)、同年八月六日昭和二十五年度決算につき一応質疑を終了し、討論を省略して表決の結果、右決算に関する不当事項の批難決議がなされ、右不当事項以外は会計検査院の決算報告が異議なく承認されたのであるが、右不当事項のうちに「日本交通公社に対し代売による収入金につき特に納期を延ばした件」が含まれていること(同上第二十八号)、他面、前記会議録によれば、同年八月三日の同委員会において、同月十日の第十六回国会の閉会を前にして昭和二十六年度決算及び鉄道会館に対する鉄道用地貸付等に関する件外一件につき国会法第四十七条第二項により閉会中もこれを審査することができるよう、閉会中審査申出書を議長に提出することが決議されており(同上第二十五号)、その結果、同月十日議院の決議により前記諸案件の閉会中審査が同委員会に付託され(同上第二十九号)、国会閉会中の同月十四日、二十一日、同年九月四日、十一日、十八日、同年十月十六日、二十三日の各同委員会において、前記鉄道会館に対する鉄道用地貸付等に関する件が議題として論議され、その間、交通公社の乗車券代売代金延納のことも論議の対象とされ(同上第二十九号乃至第三十五号)、前記閉会中の付託案件は国会法第六十八条但書により同年十月二十九日開会の第十七回国会の決算委員会における継続審査に引きつがれたこと、更に、原判決が証拠として採用した第十七回国会衆議院決算委員会議録(三グループ第二冊三七二丁以下)によれば、同年十一月二日の同委員会において、まず、株式会社鉄道会館に対する鉄道用地貸付等に関する件が議題として論議され、同日社会党及び改進党よりそれぞれ同議題に対する同委員会の決議案が提出せられ、社会党提出のものを否決し、改進党提出のものを採択議決していることを認め得るのである(同上昭和二八年一一月二日附会議録第二号)。否決されたとはいえ、社会党決議案には、鉄道会館に関する事項のほか、「政府及国有鉄道は、国有鉄道とその各種外郭団体との関係につき左記の諸点を考慮し、速かに整理粛正の措置を講ずべきである。1交通公社、日本通運との債権、債務を更に調査、検討し、速かに整理すること、2<省略>、3鉄道弘済会……等への国鉄資産の貸付……(中略)……における中間不当の利得を排除し、サービスの徹底的改善をはかること4<以下省略>……右決議する」とあり、採択可決された改進党提出の決議案にも、「国有鉄道と鉄道会館との問題……を通じて国鉄資産の管理、会計経理その他に……遺憾の点が尠くない。

政府は更に慎重な調査と検討をすすめ、真に国民の国鉄として公共の福祉を増進するに遺憾のないよう措置すべきであるが、左記各項については特に急速なる措置を講ずべきである。記、一、日本国有鉄道当局については、……外郭団体及び関係団体に対しては監督を強化し、綱紀の確立につとめ業務の刷新を図ること、会計経理、固定資産の管理運用に関して……必要な改善を行い、収入の確保と管理運用の公正を期すること……右決議す」とあつて、日本交通公社日本通運等のいわゆる国有鉄道の外郭団体、関係団体の事項をも議決していることが認められる(同上会議録第二号)。

よつて、まず、所論の株式会社鉄道会館に関する論旨について按ずるに、株式会社鉄道会館が日本国有鉄道との間に鉄道用地の賃貸借契約を締結したのは昭和二十七年九月頃のことであり、同委員会に付託された昭和二十五年度及び昭和二十六年度政府関係機関決算と直接には関係のない事項であることは所論のとおりであるけれども、前記のように、右問題は、昭和二十八年七月十日昭和二十五年度政府関係機関収入支出決算のうち日本国有鉄道所管事項に関連して決算委員会で取り上げられ、後には特に別個の議題として取り上げられ論議されているので、要は政府関係機関たる日本国有鉄道の経理が適当であるか否かを審査したものであつて、同委員会に付託された前記両年度の政府関係機関の決算の当否を審査することの一資料として、少くともこれに関係あるものとして、審議されたものと解せられる。しかのみならず、前記第十六回及び第十七回国会決算委員会議録によれば、同委員会は右問題を同委員会において審議し得る事項として議題に取り上げ論議しているのであるから、国会自治の原則からいつても、同委員会において右問題を審議する権限なしとすることはできない。

従つて同委員会において被告人有田が右問題審議に際し自由に質疑し意見を述べ、討論が終結したときは表決に参加することは、同被告人の決算委員としての職務であること言をまたないから、所論は理由がない。

また右鉄道会館問題の審議が所論国政調査権に基いてなされたか否かは、右結論に影響を及ぼすものではない。何となれば、国政調査権も、常任委員会が取り上げた議題審査にあたり、その資料収集のため議長承認の下に許されるものだからである(第十六回同上会議録第一号、第十七回同上会議録第一号参照)。

そして本件起訴状には、「被告人有田は衆議院決算委員会委員として第十六回及び第十七回国会決算委員会において、昭和二十五年度一般会計並に特別会計歳入歳出決算、昭和二十五年度政府関係機関収入支出決算、株式会社鉄道会館に対する鉄道用地の貸付等に関する件等が議題となり、同会社の建設問題等が論議されるに際し、同委員として、議題につき自由に質疑し意見を述べ且つ討論が終結したときは表決に参加する職務に関し賄賂を収受した」旨記載されているのであり、原判決また同趣旨の判示をしているのであるから、原判決は審判の請求を受けた事件について判決せず、または審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるとの論旨も理由がない。

次に、所論は、昭和二十八年八月七日以降においては決算委員会では右日本交通公社の件を議題としたことがないから、右の件については審議する権限はないと主張するのであるが、所論引用の衆議院規則第百十四条第百三十四条は、いずれも本会議に関するものであるところ、常任委員会の運営については、案件が委員会に付託された以上、その案件の審査に必要乃至関連のある限り、特に委員長において議題とする旨宣告した事項でなくても、委員においてこれを取り上げ、自由に質疑し且つ意見を述べることができ、発言についても本会議におけるような厳重な制限はなく、議事の整理はすべて委員長に任せられているものと解するのが相当である。そして交通公社問題は、前記のように、第十六回国会開会中の七月十日の決算委員会で昭和二十五年度政府関係機関決算審議のため議題とされた国有鉄道所管事項に関連してはじめて論議され、その後同月二十一日、二十三日、二十八日、三十日、三十一日の同委員会において論議を重ね、同年八月六日同委員会の昭和二十五年度決算に対する批難決議の一項目として、同年度における交通公社の乗車券代売代金の延納を不当とするとの決議がなされているが、右延納の事実は昭和二十六年度はもとより、昭和二十八年八月以降においても、解消せず存続したので、右延納問題は昭和二十六年度の決算にも関係ある事項であり、現に同委員会は、前記のように、閉会中も継続審査に付された昭和二十六年度政府関係機関収入支出決算及び鉄道会館に対する鉄道用地貸付等に関する件を審議するにあたり、前記交通公社問題を論議しており、その間同委員会委員長において右論議を制限した事実もなく、第十七回国会の同年十一月二日の同委員会において、前記のような各決議案が提出され、前記の如く、改進党案が採択議決されているのであるから、これらの問題に関する論議は、同委員会が付託された昭和二十六年度政府関係機関決算の審査のため必要あるものとして、同委員会において適法に取り上げた所管事項に関するものと認めるのほかなく、同委員会にはこれが論議審査をする権限があり、同委員会の委員たる被告人有田に原判決判示のような職務権限の存したこと論をまたない。

更に、所論は、日本交通公社の乗車券代売代金延納の問題は、第十六回国会で既に論議議決されたから、一事不再議の原則により爾後は決算委員会において審査できないものであると主張するのであるが、第十六回国会で昭和二十八年八月六日同委員会において議決された所論決議は、同委員会に付託された案件中の一たる昭和二十五年度の決算に関するものであつて、同委員会には右議決後においてもなお昭和二十六年度決算及び同年度政府関係機関収入支出決算報告書が第十六回国会閉会中も継続審査すべきものとして付託され閉会中及び第十七回国会においても審査されていたものであり、右交通公社の代売代金延納の問題は、昭和二十六年度は勿論、本件論議の行われていた当時においても、なお解決つかず存在したものであつて、昭和二十六年度政府関係機関収入支出決算の内容をなすものであつたこと前記のとおりであるから、決算委員会が昭和二十八年八月六日以後である閉会中及び第十七回国会においてこれを論議審査したからといつて一事不再議の原則に反するということはできない。この点に関する論旨も理由がない。

同第五点について。

所論は、原判決が各論第三章第四節第二において判示する五万円供与の趣旨は衆議院決算委員である被告人有田に対し、同委員会において単に漫然と有利に質疑し、意見を述べ、且つ表決してもらいたいというような抽象的な依頼ではなく、この際田中委員長不信任の動議を提出して同委員長を更迭させてもらいたいということに帰着するのであるが、常任委員長の選任及び解任は、国会法第二十五条第三十条の二、衆議院規則第十五条第二項により専ら議院の権能であつて、常任委員会の権限に属しないのであるから、本件の場合決算委員会は田中委員長不信任の動議を提出してこれを解任する法律上の権限を有しないばかりでなく、昭和二十八年九月三日当時は国会閉会中であつたから、同委員会は国会法第四十七条第二項により付託案件の審査以外の自主的な活動を一切認められておらず、議院としても閉会中は議院活動を停止されているのであるから、議院は閉会中委員長解任権を行使する余地はなく、ひいて委員会が閉会中委員長不信任の動議を提出する権限はない、また本件のような田中委員長の国会外における言論の如きは、直接議事運営に関するものではないから、不信任動議の理由とはなり得ないのであつて、叙上いずれの理由によつても、前記五万円の授受は、被告人有田の決算委員としての職務に関するものではないのにかかわらず、被告人有田に委員長不信任の動議を提出する権限ありとして同人に有罪の言渡をした原判決は法令の適用を誤つたものであると主張するのである。

よつて按ずるに、前記五万円の授受に関する原判決第三章第四節第二の判示によれば、判示座談会記事に関し、附和二十八年八月二十一日の決算委員会において同委員長問責の空気が高まり同年九月四日の同委員会には同委員長不信任動議の出る可能性もあつたので被告人有田にも同委員会に出席して、国有鉄道及び交通公社等の外郭団体のため有利に質疑し意見を述べ表決してもらいたい趣旨から同被告人に右五万円を供与したというのであり、右五万円が供与されたのは、被告人有田に田中委員長不信任の動議を提出してもらいたい趣旨であるとは判示していないのであるから、所論はすでにこの点で前提を欠くものである。そして仮りに、所論のように、被告人有田に対する依頼の趣旨が委員長不信任の動議提出にあつたとしても、決算委員会が特別付託案件審査のため適法に開かれた以上、同委員会において議事運営等に関し委員が委員長を問責糾弾し、その不信任の動議を発議する権限を有することは、何ら明文なきに拘らず個々の国務大臣又は議長に対し各議院が不信任の動議を提出しこれを議決し得ると同様である。

本件以後である昭和三十年三月二十二日の衆議院規則の改正により、同規則第四十七条の二として「委員長の信任又は不信任に関する動議を発議するには、委員の五分の一以上の賛成を要する」との規定が追加されたのは、常任委員会に委員長不信任動議発議権のあることを前提として、動議発議の手続について規制を加えたものと解するのが相当である。

そして右動議が議決された場合、所論のように、直ちに委員長の解任という法律的効果は発生しないけれども、委員長の政治的責任による引責辞任ということは期待し得るわけであるから、委員長の解任権が各議院に属することは、右動議発議等の委員の権限に消長を及ぼすものではなく、右動議は同委員会運営の手続に関するものであるから、委員会が開会された以上、国会開会中たると閉会中たるとを問わず、その発議権を行使し得ることはいうまでもない。また右動議発議の理由は、委員長の議事整理の不公平、不手際というような直接議事運営に関するものであることを要せず、本件のような委員長の国会外における言論であつても、その内容にかんがみ、将来の委員会の議事運営に重大な関係を有するものも当然その理由となり得るものであり、その当否は、委員会の内部規律に関する事項として、委員会自体の判断すべき問題である。以上の理由により、原判決には何等所論のような法令適用の誤はなく、論旨はすべて理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 岩田誠 判事 司波実 判事 小林信次)

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