東京高等裁判所 昭和35年(う)610号 判決
被告人 米山ヨシコ
〔抄 録〕
当裁判所は職権を以て調査するに、原判決は判示第二として、被告人は判示第一の譲渡契約に基き昭和三十二年一月十六日判示冒頭記載の仮処分の執行がなされたことの情を知らない大平留吉に対し本件宅地の引渡を了して同人に占有せしめ同年二月初旬頃大平をして右土地に建物を建築するため基礎工事用の溝(幅二尺五寸位深さ三尺位)を堀らしめてその原状を変更し以て公務員の施した差押の標示を無効たらしめた事実を認定して被告人を刑法第九十六条に問擬しているが、本件記録、殊に原審証人置鮎敏宏の証言によれば被告人が大平留吉等に対し本件建物及び土地の賃借権を譲渡した当時は既に執行吏が施した差押の公示札は何者かに取り除かれ爾後右差押の標示は存在しなかつたことがうかがわれる。思うに刑法第九十六条の罪は、公務員の施した封印又は差押の標示を損壊し又はその他の方法を以て封印又は標示を無効ならしめた場合に成立する犯罪であるから、本件土地に対する仮処分命令の被申請人たる被告人が右仮処分の存在することを知りながら、本件土地に対する賃借権を譲渡しその情を知らない譲受人大平留吉に対し右土地の引渡を了して同人に占有を移転し且つ該地上に建物を建築するため基礎工事用の溝を堀らしめてその原状を変更したとしても、苟くも右賃借権譲渡の当時引いては右占有の移転又は原状変更の当時右差押の標示が現存しない限り刑法第九十六条の差押の標示を無効ならしめたものに該当するものということはできない。然るに、原判決がこれを刑法第九十六条に問擬したのは事実の認定を誤つたか法令の適用を誤つたものでその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨第二点に対する判断をなすまでもなく原判決は破棄を免れない。
(岩田 渡辺辰 司波)