東京高等裁判所 昭和35年(う)720号 判決
被告人 榎本芳夫 外一名
〔抄 録〕
高見弁護人の論旨第二点及び旅河弁護人の論旨第一点の一(控訴趣意補正書によつて補正)について。
原審第七回公判調書中の原審の証人生形キミの供述記載、生形キミの司法警察員及び検察官に対する各供述調書、高野信子の司法警察員に対する供述調書、被告人榎本芳夫の司法警察員に対する昭和三四年六月二七日付、同年七月一日付、同月七日付の各供述調書及び検察官に対する同月二日付、同月九日付、同月一七日付の各供述調書並びに被告人竹内志げの司法警察員に対する同月七日付の供述調書及び検察官に対する同月一〇日付、同月一七日付の各供述調書、不動産売買契約書の写真(記録第二四三丁以下)及び生形宛ての榎本芳夫、同繁子の名刺(昭和三五年押第三〇九号の一)等によれば、被告人両名が、原判示のように、昭和三三年九月一五日頃、東京都杉並区松の木町一、二四九番地所在の宅地(五〇坪)と同所々在の木造瓦葺二階建住宅一棟(延坪一八坪四合五勺、二階一六坪九合六勺)(以下松の木町の物件と略称する。)について、生形キミに対して売買の予約をしたうえ、同年一一月二七日本契約をした事実を認めることができるようにみえるが、当審第四回公判調書中の当審の証人生形キミ及び同高野信子の各供述記載、当審第七回公判調書中の当審の証人生形茂の供述記載、当審第一三回公判調書中の当審の証人生形キミ及び被告人両名の各供述記載、当審第一六回公判調書中の当審の証人勝山利行及び同伊東正人の各供述記載並びに当審第一九回公判調書中の被告人両名の各供述記載によれば、右事実は必らずしも明白であるとはいえないばかりでなく、(一)もし原判示のように昭和三三年一一月二七日に被告人両名と生形キミの間で松の木町の物件の売買について本契約を締結するに当つて、さきに被告人両名が東京都豊島区池袋五丁目二五五番地所在の木造瓦葺二階建住宅一棟(以下池袋の物件と略称する。)の売買契約の手付金及び内入金として生形キミから受け取つていた七四万円を松の木町の物件の売買代金の内入金に振り替えたとすれば、右金員に対して被告人等側から生形キミに対して利息等を支払うべき筋合ではないのにかかわらず、前記当審における当審の証人生形キミ、同高野信子及び被告人両名の各供述記載並びに生形茂宛の日本勧業建設株式会社専務取締役榎本芳夫作成名義の念書(前同押号の一四)、日本勧業建設株式会社宛の生形茂代キミ作成名義の領収証二通(同押号の一六及び一七)によれば、被告人榎本が、松の木町の物件の売買の本契約を締結する以前である昭和三三年一〇月一九日に、生形キミに対して、事情があつてさきに契約した池袋の物件の引渡がおくれているので、右物件を引き渡すか又は代りの物件を提供する迄、さきに右池袋の物件の売買契約の手付金及び内入金として受け取つていた七四万円の利息として一月一万八千円宛を支払うことを約束したうえ、昭和三四年二月一九日迄に、二回にわたつて四ケ月分合計七万二千円を支払つていることが明らかであること。(二)もし原判示のように被告人両名と生形キミの間に松の木町の物件の売買の本契約が締結された際に、被告人両名がさきに池袋の物件の売買契約の手付金及び内入金として生形キミから受け取つていた七四万円を松の木町の物件の売買代金の内入金に振り替えたとすれば、被告人等側としては、右本契約と同時に生形キミに対して七四万円の領収書を発行して交付すべきであつたと思われるのにかかわらず、前記当審における当審の証人生形キミ、同高野信子及び被告人榎本芳夫の各供述記載並びに生形茂宛の日本勧業建設株式会社作成名義の領収証(記録第二四八丁)及び同会社宛の生形茂作成名義の念書(前同押号の一五)によれば、被告人等側においては、松の木町の物件の売買の本契約が締結されたという昭和三三年一一月二七日付で八四万円を領収した旨の領収証を発行交付しておきながら、その後同年二月二〇日付の念書で、被告人等側が生形キミから実際に受け取つている金員は七四万円に過ぎないことを生形キミに確認させたことが明らかであつて、その間の経緯が極めて不自然であること、(三)もし原判示のように被告人両名と生形キミとの間に松の木町の物件の売買の予約がなされたうえ本契約が締結されたとすれば、その売買代金は一五〇万円というのであるから、さきに池袋の物件の売買契約の手付金及び内入金として受け取つていた七四万円を松の木町の物件の売買代金の内入金に振り替えたことは格別として、その後右売買代金の内入金を入れさせる場合には、特別の事情のない限り、余り端数のつかない切りのいい金額を受け取るのが取引の通例であると思われるのにかかわらず、原判決も認定しているように松の木町の物件の売買の本契約が締結された後、被告人等側が生形キミから現実に松の木町の物件の売買代金の内入金として受け取つた金員は合計一九万六千円という半端な金員であるばかりでなく、右金員は池袋の物件の売買代金の残代金と符合しており、偶然というには余りにも不自然であると考えられること及び(四)前記当審における当審の証人勝山利行及び被告人榎本芳夫の各供述記載並びに当審において証拠調をした勧業建設株式会社宛の株式会社日本興信所作成名義の領収書によれば、被告人榎本芳夫が松の木町の物件の売買契約書を作成して生形キミ方に届けたということになつている昭和三三年一一月二七日には、被告人榎本芳夫は午前一一時頃から午後三時三〇分頃まで日本興信所の勝山利行と面談していたことが明らかであつて、生形キミ方に行く時間的余裕がなかつたのではないかと思われること等を綜合すれば、被告人両名が、原判示のように、昭和三三年一一月二七日松の木町の物件について生形キミとの間に売買の本契約を締結した事実を認めることは極めて疑問であり、延いては被告人両名が、原判示のように、同年九月一五日頃右物件について生形キミと売買の予約をした事実を認めることも亦極めて疑問であるといわざるを得ない。果して然らば、被告人両名が昭和三三年九月一五日頃松の木町の物件について生形キミと売買の予約をした事実及び同年一一月二七日に右物件について同人との間に売買の本契約が締結された事実を前提として、被告人両名を詐欺罪に問擬した原判示第一の(一)ないし(六)の事実認定には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があつたものというべく、原判決はこの点において破棄を免れないから、論旨は理由がある。
(加納 久永 河本)