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東京高等裁判所 昭和35年(う)767号 判決 1960年12月27日

被告人 川口ツヤ

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

後記不法監禁の公訴事実については被告人は無罪

理由

控訴趣意第一点について

所論は原審において被告人及び弁護人は本件公訴事実の第一たる監禁罪についてその犯罪構成要件たる犯意のないことを主張し、法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実を主張したのに、原判決がこれに対し判断を示さなかつたのはひいて判決に理由を付さない違法があると主張するものである。

しかし犯罪構成要件たる犯意のないことを主張するのは刑事訴訟法第三百三十五条第二項にいわゆる法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実上の主張には該当しないものであるから、原判決がこの点に対する判断を示さなかつたことは所論のように違法であるとはいえない。論旨は理由がない。

同第二点について

所論は、原判決は不法監禁の動機および犯意に関する事実を誤認し、被告人に対し有罪の判決を言い渡したもので、原判決はこの点において事実誤認の違法があると主張するものである。

よつて案ずるに原判決は挙示の証拠により被告人は昭和三十二年五月頃被告人の次女テル子を自宅から約三十米離れた三坪位の物置小屋に収容し、以後昭和三十四年八月三日までの間精神病者の保護上必要己むを得ない理由もないのに濫に殆んど終日出入口観音開戸の外側にカンヌキを差し込み内部から出られないようにして同女の自由を奪い同女を不法に監禁したものと認定したのであるが医師犬上慶治作成の川口テル子に対する診断書並びに原審並びに当審公判廷における被告人の供述川口三八の司法警察員に対する供述調書当審証人川口三八の供述当審検証調書の記載を総合すれば川口テル子は十数年前から精神分裂病(破爪型)を患い、無為好褥、嫌人的拒絶、外出徘徊の傾向があり意思の疎通を欠いていたがこれらの徴候は昭和三十二年四、五月頃から極度に悪化し、自宅二階の一室に殆ど寝たきりの状態で、三度の食事も被告人が運んで世話をしてやり、その頃から大小便も寝たまま垂れ流しの状態になつたので同年五月頃同女を自宅から約三十米離れた物置小屋を改造してここに同女を収容し爾来昭和三十四年八月三日頃まで同女を留め置いたものであつて、その出入口観音開戸の外側にはかんぬきを差し込み内部から出られないようにしていたことは認められるが右は当時同女が極端に被告人又は川口三八以外の人と会うのを嫌うので、被告人等が畑仕事等のため不在の間に濫りに附近の者が右小屋に近づきこれに立ち入るようなことのないようにする為と、被告人方敷地は西方より南方にかけ高さ数米の崖となつているため同女が徘徊する場合には顛落等の危険もあつたのでそれを防止するのが目的であつて右は同女の身体の安全と平穏とを保護する目的のためやむを得ず執つた措置であつてその自由を拘束して不法に同女を監禁する意思ないし認識はなかつたものと認められるのである。従つて判示第一の点については被告人には監禁の犯意がなかつたものと認むべきであるのに、原審がこれを前示のように判示して有罪としたのは、被告人の動機並びに犯意の点を誤認した違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により原判決を破棄し同法第四百条但書により当裁判所において更に判決をすることとする。

当裁判所の認めた事実並びにこれを認めた証拠は次のとおりである。

被告人は肩書地において長男川口三八と農業に従事していたものであるが、被告人の次女テル子(昭和三年一月十六日生)が十数年前から精神分裂病(破爪型)にかかり昭和三十二年一月頃からは殆んど寝たきりで大小便も寝たまま垂れ流しの状態となつたため同年五月頃以降自宅から約三十米位離れた三坪位の物置小屋を改造して同女を収容し三度の食事も被告人が運んで食べさせその保護を続けていたところ昭和三十四年八月三日午後六時過頃蚊取線香に火をつけ右物置小屋に持ち行きテル子の寝ている附近土間に線香立に挾んだまま置いたのであるが、その附近には藁屑等が散乱し且つそばに寝ているテル子は精神病者であるから藁屑や線香立を蹴散らす等してそのため火を失する虞があるからこのような場合には蚊取線香の火が周囲に燃え移らぬよう適当な方法を講じ火災の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに漫然そのような危険がないものと軽信し、何らの措置をも講じないでそのまま出入口開き戸を閉じ立ち去つたため同日午後十一時五十分頃線香の火が附集の藁に引火して火を失しその為テル子が現在する物置一棟を焼燬し同女を焼死するに至らしめたものである。

右事実は原判決挙示の各証拠を総合してこれを認定する。

法律に照らすと被告人の所為中失火の点は刑法第百十六条第一項、罰金等臨時措置法第三条第一項に、過失致死の点は刑法第二百十条罰金等臨時措置法第三条第一項に該当し、以上は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条に則り犯情の重い過失致死の罪の刑に従い、所定罰金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは同法第十八条により金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置するものとする。

本件公訴事実中被告人が次女テル子を昭和三十二年五月頃より同三十四年八月三日までの間東京都調布市仙川町六百九十三番地所在の物置小屋に収容し出入口外側に施錠して同女の自由を奪い不法に監禁したとの点については叙上のように被告人に不法監禁の犯意があつたものとは認め難いので刑事訴訟法第三百三十六条に従い被告人に対し無罪の言渡をすべきものである。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井改造 山本長次 荒川省三)

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