東京高等裁判所 昭和35年(う)940号 判決
被告人 唐沢隆
〔抄 録〕
弁護人の控訴趣意第一点(法令適用の誤)について
本件記録によれば、本件については、当初、昭和三十四年十一月九日東京簡易裁判所において、略式命令によつて、被告人を罰金五千円に処し、右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、右に相当する金額を仮に納付することを命ずる旨の裁判がなされたが、これに対し、被告人から正式裁判の請求があつた結果、同裁判所において、通常の審理手続によつて審理し、昭和三十五年三月一日被告人を罰金八千円に処し、右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は被告人の負担とする旨の判決の言渡がなされたことが明らかである。
よつて、所論のように、略式命令に対して正式裁判の請求があつた場合に、上訴の場合に準じ、刑事訴訟法第四百二条のいわゆる不利益変更禁止の原則の適用があるか否かについて考えてみると、この点については、所論指摘のように、「略式命令に対する正式裁判の請求は、該命令をした裁判所に対し通常の規定に従い審判を受けることを求めるものであつて上訴ではないから正式裁判の請求が適法であれば裁判所はさきになした略式命令に拘束されることなく(刑訴四六八条二項三項参照)通常の規定に従つて審判をなすべきであり、この場合上訴に関する四〇二条の規定は準用さるべきではない。」とする昭和三一年七月五日最高裁判所第一小法廷決定(刑集一〇巻七号一〇二〇頁)があり、当裁判所も、この判例に従うのが正当であると考えるのである。所論は、刑事訴訟法第四百六十七条が上訴に関する規定を準用していることを根拠とし、略式命令に対する正式裁判の請求を上訴に準ずるものとし、右判例によつては、何故に右規定によつて上訴に関する規定が準用されるのかという理由が説明できないというのであるが、右刑事訴訟法第四百六十七条が正式裁判の請求又はその取下に関し、同条に掲げた上訴に関する規定を準用したのは、同法第四百六十五条及び第四百六十六条に基く正式裁判の請求又はその取下には、これをなし得べき法定の期間や書面でこれをしなければならない等の方式があるとともに、同法第四百七十条によつて、略式命令は、法定の要件を具備することによつて確定判決と同一の効力を生ずることに鑑み、形式の点で類似した上訴に関する規定を準用し、被告人の権利保護を期したものと解すべきであり、同条に同法第四〇二条の不利益変更禁止の原則が準用されていないのは、前記判例が説明しているように、正式裁判の請求は上訴ではないからであり、また、正式裁判の請求に基く通常の審判手続においては、同法第四百六十八条第三項によつて、略式命令には拘束されないこととなつているからであり、右同法第四百六十七条が同条に掲げた上訴に関する規定を準用したことと同条が同法第四百二条を準用しなかつたことは、なんら矛盾するところがないから、所論は失当である。
以上判断のとおりであるから、略式命令に対し正式裁判の請求があつた場合に、同法第四百二条の準用があることを前提として、原判決に法令適用の誤があるとする論旨は、理由がないものといわなければならない。
(下村 高野 真野)