東京高等裁判所 昭和35年(う)952号 判決
被告人 日向寺朝雄
〔抄 録〕
原判決書によれば、原判決がその理由中罪となるべき事実として被告人が昭和三十四年八月十七日中古自転車一台を窃取した旨の有罪事実を認定判示し、被告人を懲役一年に処し、四年間右刑の執行を猶予し、右猶予の期間中被告人を保護観察に付する言渡をしたことは所論摘録のとおりである。
所論はこれに対し、第一、原判決の摘示するところによれば、被告人は、昭和三十三年十二月四日水戸地方裁判所麻生支部に於て、器物毀棄、詐欺罪により懲役一年(三年間執行猶予)に処せられ、現在猶予期間中のものであり、かつ、昭和三十五年一月四日麻生簡易裁判所で脅迫罪により罰金五千円の確定裁判を受けているものであるが、右の外に被告人は、昭和三十四年十一月十日宇都宮地方裁判所真岡支部に於て恐喝、同未遂罪により懲役一年に処せられ、三年間その刑の執行を猶予せられ、右猶予の期間中保護観察に付せられ該判決は同年十一月二十五日確定した前科のあることが原判決言渡後に発覚した。そして、右真岡支部の言い渡した罪となるべき事実の犯行日は、昭和三十四年八月十八日であつて、本件窃盗の行われた昭和三十四年八月十七日の翌日であり、両罪は併合罪の関係に立ち、本件は右確定判決の余罪であることが明らかになつた。このような場合に於て、本件に対し、再度の保護観察付執行猶予を言い渡すこと自体は、必ずしも法令の適用に誤ありとは言い難いが、必要的保護覧察付執行猶予を言い渡し得るのは、刑法第二十五条第二項により、「一年以下の懲役又は禁錮の言渡を受け」る場合で、かつ「情状特に憫諒すべきもの」がなくてはならないのであるが、右第一の条件である「一年以下の懲役又は禁錮の言渡」を必要とする点については、被告人は、既に前示のように宇都宮地方裁判所真岡支部においてその最高限である懲役一年の判決を受けて確定して居るのであるから、もはや再度刑の執行猶予を言い渡す余地なく、懲役の実刑を以て臨む外はない。また、第二条件たる「情状特に憫諒すべき」点についても、被告人は、刑の執行猶予中本件犯行後、その犯行に係る自転車に乗つて栃木県下に入り、自転車を売却して焼酎等を飲み、翌日あとで宇都宮地方裁判所真岡支部で言い渡された恐喝同未遂罪を敢行し、犯罪を反覆する傾向があつて、情状特に憫諒すべきものがないから、懲役の実刑を以て処断すべきである。以上のとおり原判決は、本件につき再度の執行猶予を言い渡しえざるにかかわらず、これを言い渡したものであるから、刑法第二十五条第二項の適用を誤つたもので、到底破棄を免れない。第二、被告人には前記各前科がある許りでなく、本件犯行の動機にも酌量すべき点がなく、定職もなく、住居もなく、諸所を徘徊する浮浪者であるのに、弁償の確約に信を措き刑の執行を猶予した原判決はその量刑不当であると云うに在る。
よつて、第一、法令適用の誤の主張について案ずるに、記録を精査し、当審に於ける事実取調の結果に徴すれば、被告人は、これより先昭和三十三年十一月十九日水戸地方裁判所麻生支部に於て器物毀棄、欺詐罪により懲役一年三年間執行猶予の判決言渡を受け、右判決が同年十二月四日確定したこと、更に本件犯行後、昭和三十四年十一月十日宇都宮地方裁判所真岡支部に於て恐喝、同未遂罪により懲役一年に処せられ三年間その刑の執行を猶予せられ、右猶予の期間中保護観察に付せられ、右判決が同年十一月二十五日確定したこと、及び昭和三十四年十二月十九日麻生簡易裁判所に於て脅迫罪により罰金五千円に処せられ、昭和三十五年一月四日確定したことを認むるに十分である。
従つて、本件犯行は、前記水戸地方裁判所麻生支部言渡の懲役刑の執行猶予中に係るものであるから、その犯情に照らし懲役刑の実刑を科するか、刑法第二十五条第二項により再度刑の執行を猶予するか、裁判所の裁量に任されたものである。本件犯行後の所論宇都宮地方裁判所真岡支部の再度の執行猶予の確定裁判との関係については、本件犯行が右確定裁判と刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるから、同法第五十条により、更に本件につき処断すべきものであつて、本件につき再度の執行猶予を言い渡すためには、右確定判決に関係なく、本件のみにつき刑法第二十五条第二項の要件の有無を判断すれば足り、所論のように本件と右確定裁判とを併わせ考えて、両者を合算すれば懲役一年を超ゆる刑になるとか、或は情状特に憫諒すべきものがないとか等刑法第二十五条第二項の要件の有無を考慮すべきものではないと言うべきである。蓋し、刑法第二十五条第一項の刑の執行猶予の確定裁判があるときこれが余罪につき裁判するに当つては、同時裁判の場合との権衡上、更に余罪についても刑の執行を猶予することができるものであることは、最高裁判所判例(同裁判所昭和二十八年六月十日大法廷宣告刑集七巻一四〇四頁、昭和三十一年五月三十日大法廷宣告刑集十巻七六〇頁、昭和三十二年二月六日大法廷宣告刑集十一巻五〇三頁各参照)の示すところであつて、この理は、刑法第二十五条第二項の再度の執行猶予の確定裁判あるときこれが余罪につき裁判するに当つても別異に解釈すべき理由がないからである。本件の如き場合に於ても、犯情により前記宇都宮地方裁判所真岡支部の再度の執行猶予の確定裁判とこれが余罪である本件とを併合審理して処断するに於ては、両者を一括して懲役一年以下に処し、再度刑の執行を猶予する可能性が全然ないとも言えないから、これが余罪を裁判するに当つては、所論のように右宇都宮地方裁判所真岡支部の再度の執行猶予の確定裁判の刑期等に拘束されるものでないことは言う迄もない。所論は、畢竟同時審判の場合との権衡を無視するもので、これと同趣旨である判例(高等裁判所判例集十二巻二号二〇七頁札幌高裁判決)は採用しない。而して、必要的保護観察付執行猶予を言い渡し得るがためには、刑法第二十五条第二項により、第一、「一年以下の懲役又は禁錮の言渡を受ける場合」で、第二、「情状特に憫諒すべきものがなくてはならない」ことは、所論のととおりでおる。よつて、本件についてこれをみるに、原判決は、被告人を懲役一年に処しているのであるから、右第一の要件を具備していることは明らかであり、右第二の要件については、後に量刑不当の論旨について説示するように、客観的には特に憫諒すべきものがあるとは考えられないけれども、原判決当時においては、未だ被告人に前示のような必要的保護観察付執行猶予の確定判決のあることが発覚していなかつた等のため、原裁判所においては、情状特に憫諒すべきものがあると認めて刑法第二十五条第二項による再度の執行猶予を言い渡したことが窺われるのであるから、原判決には、右のような情状の認定を誤つた結果量刑の不当を来した譏を免れないとしても、必ずしも所論のように刑法第二十五条第二項の解釈適用を誤つた違法があるものということはできない。なお、原判決は判決当時右余罪関係が明らかでなかつたので、刑法第四十五条後段、第五十条の適用を遺脱した違法があることになるが、原判決は右法条を適用したと同様、被告人に窃盗罪の規定を適用し、再度刑の執行を猶予しているのであるから、右遺脱は判決に影響がない。従つて原判決には所論のような判決に影響を及ぼすこと明らかな法令適用の誤はなく、この点に関する論旨は理由がない。そこで進んで第二、量刑不当の主張につき案ずるに、当裁判所の事実取調の結果を参酌し、記録に現われた本件犯行の動機、罪質、態様、被告人の性格、年齢、経歴、境遇、犯罪後の状況等刑の量定の資料となるべき一切の情状を綜合勘案し、特に、被告人には前説示のような執行猶予等の前科がある許りでなく、妻と離別後各所を浮浪し、犯行を反覆している点等を考慮するときは、原判決が被告人に対し再度刑の執行を猶予したのはその量刑軽きに失して不当であると思われ、原判決はこの点に於て破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて検察官の本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三百八十一条、第三百九十七条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により次のとおり自判する。
原判決の確定した事実を法律に照すと、被告人の所為は、刑法第二百三十五条に該当するところ、当審で取り調べた被告人に対する前科調書及び調書判決謄本によれば、被告人には昭和三十四年十一月十日宇都宮地方裁判所真岡支部に於て恐喝同未遂罪により懲役一年(三年間執行猶予保護観察付)に処せられた確定裁判のあることが認められるので、同法第四十五条後段、第五十条により未だ裁判を経ない本件につき処断することとし、その所定刑期範囲内に於て被告人を懲役八月に処し、原審及び当審に於ける訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により、被告人には負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(山田 滝沢 鈴木)