大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(け)14号 決定 1960年7月30日

被告人 中福明

主文

本件異議申立を棄却する。

理由

本件異議申立の要旨は、当裁判所が、申立人に対する昭和三五年(う)第一五六九号強盗被告事件について、昭和三十五年七月八日した勾留更新決定の決定書には、その罪名が強盗致傷となつているが、申立人は、強盗罪として公訴提起を受け、第一審においても、同罪によつて有罪判決を受けたに過ぎず、強盗致傷罪を犯したものでないことは明白であるから、当裁判所の右決定は、その判断の基礎事実を誤認したものであつて、即刻取り消さるべきものである。よつて、右決定の取消を求めるというのである。

よつて案ずるに、当裁判所が、申立人に対する昭和三五年(う)第一五六九号強盗被告事件について、昭和三十五年七月八日勾留更新決定をしたこと、右決定書の罪名は強盗致傷となつていること、申立人は、強盗罪として起訴せられ、第一審においても、同罪によつて有罪判決を受けたに過ぎないことは、いずれも、所論のとおりである。そして、申立人に対する前記昭和三五年(う)第一五六九号強盗事件記録を精査すると、申立人は、昭和三十五年三月三十日東京地方裁判所裁判官が発した勾留状の執行によつて起訴前の勾留を受けたのであるが、同勾留状には被疑事実として、「被疑者は他一名と共謀の上、昭和三十五年三月二十八日午前四時五分頃、台東区入谷町二八三番地先路上において、営業用小型四輪車五―六二八五号を運転中の運転手甲忍に対し所携の白鞘小刀及びジヤツクナイフを突きつけ『静かにしろ騒ぐな、金を出せ』と申し向けて脅迫し同人の反抗を抑圧した上同人より国際タクシー株式会社所有の現金七千四百円及び営業用小型乗用車一台時価五十万円相当を強取しその際同人に全治五日間を要する左手掌刺創の傷害を負わしたものである。」と、罪名として強盗致傷と、各記載されていたところ、昭和三十五年四月十一日付申立人及び原審相被告人円井一に対する本件起訴状によれば、公訴事実として、「被告人等は自動車強盗をしようと共謀し、昭和三十五年三月二十八日午前四時頃東京都台東区浅草田原町通り国際劇場前附近で甲忍(当二十八年)の運転する国際タクシー株式会社所有の五九年型トヨペツトクラウン小型四輪乗用自動車五く―六二八五号に乗車し、同区入谷町二百八十三番地先まで運転させ、同所において甲に対し被告人森本(申立人の通称)が背後からその首を抑え用意の短刀を示し被告人円井が助手席に乗り込み用意の登山用ナイフを右甲に突きつけ、『金を出せ』等と申し向け同人の反抗を抑圧して同人より前記会社所有の現金七千円を強取したものである。」と、罰条として「刑法第二三六条第一項」と、罪名として「強盗」と、それぞれ、記載されており、起訴前の勾留状に記載された被疑事実と起訴状に記載された公訴事実とを比較すると、両者の間には事実の同一性が認められるが、起訴状の公訴事実では、勾留状の被疑事実中単に現金七千円の強取の事実のみが記載され、小型乗用車一台及び右七千円を控除したその余の現金四百円の強取の事実並びに運転手に対する傷害の事実が省略され、これに伴い、罪名も、強盗致傷から強盗に変更されているのである。元来、起訴前の勾留状の被疑事実と起訴状の公訴事実との間に事実の同一性が認められる場合においては、起訴罪名が起訴前の勾留状に記載された罪名と異なるに至つたとしても、起訴後も従前の勾留状は有効に存続するものと解せられるのであるが、ただ、従前の勾留状に基き、勾留更新決定をする場合においては、同決定書に起訴罪名を記載し、注意的に旧罪名として起訴前の勾留状に記載された罪名を記載しておくのが妥当な措置であると思われる。しかし、事実の同一性がある限り、旧罪名による従前の勾留状が有効であることは、右説明のとおりであるから、起訴前の勾留状に記載された罪名をもつて、勾留更新決定をしたからといつて、これをもつて、直ちに違法であるとは解せられず、従つて、勾留更新決定を取り消すべき事由であるとすることは到底できないところである。

以上判断のとおり、本件異議申立は理由がないので、刑事訴訟法第四百二十六条第二項、第四百二十八条第二項、第三項、第四百二十六条第一項によつて、本件異議申立を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 下村三郎 高野重秋 真野英一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例