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東京高等裁判所 昭和35年(ツ)145号 判決 1961年11月21日

上告人 岩瀬正蔵

被上告人 安藤いて

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由は末尾添付の上告理由書記載のとおりである。

原判決の確定した事実によれば、上告人と被上告人との間に成立した本件農地の使用貸借契約は、所轄の勝浦市農業委員会のあつせんによつて成立した右土地の売買契約に伴いこれと同時に成立したものではあるが、これに対する農地法第三条所定の許可はいまだなされていないというのである。

上告人は、使用貸借が所轄農業委員会の公的あつせんによつて成立した以上、農地法第三条の所期する耕作権の移動に対する審査監督は、そのあつせんの過程において果たされているから同条の規定による許可があつたと同一に扱うべきであると主張する。

農地法第三条第一項には、但書として同条所定の許可を要しない場合を規定しているところ、それらはあるいは国が当事者となつて同条所定の権利の設定もしくは移転のなされる場合その他それぞれに改めて同条による許可を要しないとする実質的な理由の肯けるものであるが、本件のような農業委員会のあつせんによつて農地使用権の設定された場合につき、前記但書列挙の場合と比較して考えるとき、改めて前記許可を要するとすべきか否かにつき必ずしもこれらと同一視すべきものとも断じ難い。

例えば同じく農業委員会の関与によつて利用権の設定される点において本件の場合と類似する農地法第二十六条の規定による利用権の設定については、同法第三条第一項但書第二号により同条所定の許可を要しないとされているが、この場合右第二十六条には利用権の設定につき承認をすべき場合につき具体的な要件を定め、またその手続上の規制に関する規定も存するのであつて、農業委員会の「農地等の利用関係のあつせん」(農業委員会等に関する法律第六条第二項第一号)の場合と自らその法的規制において異るもののあることが知られるのである。

かような点を考慮するときは、農地法第三条第一項但書において、前者につき重ねて同条の許可を要しないとしつつ、農業委員会等に関する法律第六条第二項第一号による「農地等の利用関係についてのあつせん」により成立した利用権の設定をこれに加えず、この点で両者の取扱に差異を設けたことは必ずしも理由のないことではない。所論のとおり、農業委員会のあつせんにより利用権の設定された以上、これについては通常農地法第三条による許可を与えるべき場合に該当するであろうし、またこれについて許可申請がなされれば許可がなされるであろうと推認されるのであつて、論旨のいうところに従つても、多くの場合実際上の弊害を生じないであろうとは考えられるけれども、さればといつて所論のように農業委員会のあつせんによる以上法定の手続による許可のあつた場合と同一視すべきものと断ずることは、これを農地法第三条第一項但書に加えなかつた法意にそわないものといわざるを得ない。従つて本件の場合に右但書の規定を類推して、所定の手続による農業委員会の許可なしに本件使用貸借契約が効力を生じたと解することはできない。結局論旨は右に異る見解に立脚するものであつて、採用できない。

よつて本件上告は理由がないから、民事訴訟法第四百一条、第九十五条、第八十九条の各規定に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 梶村敏樹 室伏壮一郎 安岡満彦)

上告理由書

原判決は法令の違背があつて、右違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一、原判決はその理由後段において次のとおり事実を認定する。

「昭和三四年五月一四日勝浦市農業委員会の斡旋で控訴人が被控訴人から本件農地を代金三五万円、同年一一月二〇日までに支払の約束で買い受ける旨の契約が成立したこと、右契約成立の日の夜被控訴人が控訴人に対し、売買代金の半額を即時支払うよう要求し、控訴人がこれを拒絶したところから被控訴人において翌一五日から本件農地に入つて田植を始めたこと、その他前段認定の諸事実及び原審証人千葉平内の証言に徴するときは、被控訴人において右売買契約が効力を生ずる(代金支払期に支払がなされ、本件農地の所有権移転につき農地法にもとづく千葉県知事の許可がなされる)までは控訴人に本件農地を無償で耕作させる旨の使用貸借契約が併せて締結されこれにつき農地法第三条同法施行規則第二条所定の許可申請手続がなされた場合は勝浦市農業委員会は当然許可をなすべき状態にあつたものと認めることができる。」

「右使用貸借契約は、当事者間の債権関係としては農地法第三条所定の勝浦市農業委員会の許可を停止条件として今日においても存続しているものといわなければならない。」

二、そうして右事実認定の上に立つて次のとおり判断する。

「農地につき使用貸借による使用および収益を目的とする権利を設定するについても前記のとおり農地法第三条による農業委員会の許可がなされる以前においては、その効力を生ずるに由ないものであり(いわゆる「耕作権」とは所有権以外の権利にもとずき農地を使用および収益し得べき権利で農地法第三条所定の要件をみたしたものをいうと解する。)、本件使用貸借契約が勝浦市農業委員会の公的斡旋により成立したこと(従つて前記法条により許可申請手続がなされれば当然許可がなさるべきものと推認されること)によるも、未だ同委員会が行政処分としての許可処分をなしていないことは本件口頭弁論の全趣旨によつて認め得るから、控訴人が本件農地につき使用貸借契約にもとづく耕作権を有することはできない。」

三、しかし、農地法第三条による農業委員会の許可は、農地法の目的である耕作者の地位の安定及び農業生産力の維持増進を図る上に於て適当であるか否かを農業委員会をして審査判断せしめ、よつて右目的に添う如く農地の耕作権の移動を監督統制しようとするものである。従つて右許可と同一視できるような監督の方法がある場合は更に農業委員会の許可は必要でないから、法はその場合については、許可の例外規定をもうけたのである。しかし、本件農地に対する使用貸借は県知事の所有権移転の許可あるまでの一時的なものであり、この使用貸借については、勝浦市農業委員会が公的あつせんにより成立させたものであり、その公的あつせんにおいては農業委員会による監督審査を当然その内容とするものであり、委員会の許可と同一視できる審査判断をなす職務権限あることを認めることができるのであるから、このような場合は許可という行政処分はなくとも許可がなされたものとして扱うことができるのである。

よつて、許可という行政処分がなされていないことを前提として直ちに使用貸借契約に効力が発生していないものと見た原判決は法令の解釈をあやまつたものであつて、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるので原判決は破棄を免れない。

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