東京高等裁判所 昭和35年(ツ)147号 判決 1962年1月30日
事実
上告人(一審原告、勝訴)森山ヨシは請求原因として、上告人は被上告人柿内義男と訴外有限会社山八商店を連帯債務者として、昭和三十年七月二十二日に(一)金十五万円(弁済期同年八月二十一日)及び(二)金三十万円(弁済期同年八月二十三日)を貸渡したが、被上告人は右債務に対し、訴外山八商店の振り出した金額十五万円及び三十万円の約束手形二通を上告人に対して裏書譲渡した。そこで上告人は右二通の手形を支払を受けるため昭和三十年八月二十三日支払場所に呈示したが、何れも解約後の理由で支払を拒絶された。
ところで上告人が右のように訴外会社に金員を貸与したのは被上告人の仲介によるものであるが、上告人は右控外会社の信用状況を全然知らないので、被上告人を信用して、訴外会社と被上告人とを連帯責任を負わせる趣意のもとに貸付けたのである。すなわち、上告人は、借用証に代るべきものとして本件二通の手形を受け取るに当り、訴外会社の借金返済について被上告人が全責任を負う地位をも明確にするために、借金支払の担保たる前記手形に裏書人としての署名を求め、その結果被上告人の裏書がなされたのであるから、右のような事実関係のもとにおいては、裏書人たる被上告人が上告人に対して貸金返済につき訴外会社と連帯債務を負担する、又は少なくとも、被上告人が保証人としての責任を負担するものと認めるのが取引界の経験則に合致する。なお、右のような手形貸付に関し、手形裏書をした場合、消費貸借の連帯責任を負わせていることについては幾多の判例の存するところであるから、原判決はこれらの判例に違反する違法なものである。
よつて上告人は被上告人に対し、本件各手形金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める、と主張した。
被上告人柿内義男は、上告人主張の約束手形のうち(一)は昭和三十一年八月二十日、(二)については同年八月二十二日の経過により、手形法所定の償還請求権消滅時効の完成によつて、被上告人に支払義務はないと抗弁した。
理由
所論は要するに、「約束手形の振出人が他から金融を受けるために使用する手形であることを認識し、しかも自己がその仲介に当り、融資者が仲介者の信用において融資する場合、これに裏書したものは特段の事情がない限り消費貸借においても連帯債務ないし保証債務を負担する意思でしたものと認めるのが経験則に合する判断であるところ、原判決の挙示する事実は右経験則を排除するに足りる特段の事情と認められないのに拘らず、原判決が連帯債務ないし保証債務の成立を否定したのは経験則にもとるし、判例にも反する。」というにある。
しかしながら、消費貸借上の債務の支払のため振り出された手形に裏書人として署名したからといつて、必ずしもその基本たる消費貸借上の債務につき連帯債務を負担し、若しくはこれを保証する意思であつたとすることはできず、純粋に手形裏書人としての債務のみを負担するため署名することがあり得ることはこれを肯認できる。しかして原審は、第一審における森山ヨシ(上告人)本人尋問の結果によつても、訴外有限会社山八商店の消費貸借上の債務につき上告人主張のように被上告人が連帯債務を負担した事実は明らかでないとし、上告人と右訴外会社との消費貸借は被上告人の仲介によつたものであるけれども、被上告人は右訴外会社に対し既に金百二十三万円もの貸金債権があるので、これ以上同訴外会社のために保証する意思はなく、又上告人より被上告人に対して保証人になつてほしい旨の依頼もなかつたこと、ただ上告人は、前記訴外会社が債務の支払のため振り出した本件手形だけでは不安であるところから被上告人に裏書を求めたところ、被上告人は右の裏書すら迷惑と感じたが、右訴外会社代表者との従来の関係、消費貸借を仲介した事情、裏書だけなら短期間でその責任を免れることもできること等を考え、本件約束手形に裏書するに至つた事実等を認定しているのである。しかして、原判決認定のかかる事実関係の下では、必ずしも裏書の事実から、被上告人が基本たる消費貸借上の債務につき連帯債務を負担し、若しくはこれ保証したものと推認するのは相当でないとする原判決の判断は、これを是認できないわけでもない。また、所論引用の大審院判例は本件に適切なものといえず、結局所論は独自の見解にたつて原判決の認定を論難するものであるから、これを採用することはできない。
以上のとおりであるから、本件上告は理由がない。