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東京高等裁判所 昭和35年(ナ)9号 判決 1961年7月25日

原告 中野竜太郎

被告 新潟県選挙管理委員会

主文

被告が昭和三十五年七月二十八日になした同年三月二十二日執行の新潟県佐渡郡真野町議会議員一般選挙における当選の効力に関する訴願に対する裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求原因として次の通り述べた。

一、昭和三十五年三月二十二日に新潟県佐渡郡真野町議会議員一般選挙(以下本件選挙という。)が執行せられ原告は右選挙に立候補し当選したものである。

二、訴外池田源一外十三名は原告の右当選の効力に異議があるとし真野町選挙管理委員会(以下町選管と略称する。)に異議の申立をしたが町選管は同年四月二十五日右異議申立を棄却する旨の決定をした。この決定に対し右池田源一外二名は更に被告に訴願を提起したところ被告は同年七月二十八日右町選管のなした決定を取消し本件選挙における原告の当選を無効とする旨の裁決をし同裁決書は同月三十日原告に交付された。

三、右裁決の理由は次の通りである。

本件選挙において選挙会は候補者原告(最下位当選人)の得票数を百八十九票、候補者本間真一(落選者中最上位)の得票数を百八十八票と決定したのであるが、被告は審理の結果原告及び右本間真一の得票数をいずれも百八十九票であると認め両者の得票は同数となるから公職選挙法(以下単に法という)第九五条第二項によりくじで当選人を定むべき場合であるとし、前記異議の申立を棄却した町選管の決定は失当であるから取消すべきであるというのである。

四、しかしながら被告が本間真一の得票数に算入した投票のうち左記(イ)ないし(ニ)の計五票は無効投票又は他の候補者に対する有効投票である。

(イ)  「本間ミソヤ」と記載された投票が一票

(ロ)  「本間慎一」と記載された投票が二票

(ハ)  「Homma」と記載された投票が一票

(ニ)  「ほんましんじ」と記載された投票が一票

以下その理由を述べる。

(イ)の投票について。

この投票は法第六八条第五号本文にいう他事を記載したものであるから無効とすべきである。本間真一は佐渡味噌工業協同組合の事務員として立候補届出がなされ同人の職業は組合事務員である。従つて右投票中の「ミソヤ」という記載は本間真一の職業を記載したものとみることはできない。被告は右「ミソヤ」の記載を以て法第六八条第五号但書にいう「職業の類」を記載したものとなし右投票の有効を主張するけれども右の主張は次に述べる(1)ないし(4)の理由により正当でない。すなわち、(1)組合事務員という本間真一の職業は一般の職業分類上からいえばいわゆるサラリーマンの範ちゆうに属し中小規模の味噌醸造業者を意味する味噌屋の範ちゆうには属しない。(2)同人の家業は本来農業であつて同人及びその家族中に味噌の醸造販売等を業とするものは一人もいないのであるから真野町においては誰も同人を「ミソヤ」といわないし「本間ミソヤ」といつても同人を指称するものとして通用しない実情である。(3)真野町では一般に農業協同組合を単に組合と呼びこれと区別するために前記佐渡味噌工業協同組合を味噌組合と略称することはあるが何人も右味噌工業協同組合を味噌屋とは呼称しないしその組合事務員を味噌屋とは呼ばない。味噌工業協同組合は味噌醸造業者すなわち味噌屋を組合員とするがこの組合と組合員たる味噌屋とは社会的機能において全く別異のものである、(4)法第六八条第五号但書の」職業の類」とは厳密にいつて職業とはいい得ないが、社会通念上職業と同一視してよいものに限ると厳格に解すべきである。

(ロ)の投票について。

本件選挙の候補者中には本間真一の外に渡辺慎一なる者があり、右(ロ)の投票の記載は右本間真一の氏と渡辺慎一の名とを混記したものであつて結局右両候補者のうちの何人を記載したかを確認し難いものと解すべきであるから法第六八条第七号により無効投票とすべきである。

(ハ)の投票について。

この投票に記載されている文字を綜合的に観察すればこの投票は独乙文字によりなされた投票というべきである。独乙文字が国民の限られた範囲にしか普及していないわが国の現状においてはかかる独乙文字による投票は法第六八条第七号に該当し無効と解すべきである。

(ニ)の投票について。

本件選挙の候補者中には本間真一の外に本間善治なる者がおり、後者の氏名は「ほんまぜんじ」と発音されるのであるから右(ニ)の投票の記載は「本間真一」を誤記したものとも「本間善治」を誤記したものともいずれにも解されるのであるが、「善」と「真」とはその発音において類似し且文字の意味が両者共倫理的価値に関係を有するので「善治」を「真治」と誤つて記憶することの蓋然性は高いと考えられるのみならず「善治」は三音節であり「真一」は四音節であることからすれば「しんじ」という記載はむしろ善治を誤記したもので本間善治の有効投票と解すべく、かりにそうでないとしても少くとも本間真一と本間善治のいずれを誤記したものかを識別し難いものとして法第六八条第七号により無効投票とすべきである。

五、以上の理由により被告が前記裁決において右の各投票を本間真一に対する有効投票として同人の得票数に算入すべきものとしたのは不当であるからこれが取消を求める。

被告指定代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として次の通り述べた。

原告主張の請求原因一ないし三の事実、同四のうち訴外本間真一の得票数に計算された投票中に原告主張の(イ)ないし(ニ)の如き投票の存すること、本間真一は佐渡味噌工業協同組合の事務員として立候補届出をし同人の職業が組合事務員であること、真野町では一般に農業協同組合を「組合」、佐藤味噌工業協同組合を「味噌組合」と略称すること、本件選挙の候補者に「渡辺慎一」及び「本間善治」の両名がいたことはいずれもこれを争わないが、原告主張の(イ)ないし(ニ)の投票の効力についてはこれを争う。右投票はいずれも本間真一に対する有効投票と認むべきであつてその理由は次の通りである。

(イ)の投票について。

本件選挙において「本間」の氏を称する候補者は漁業を営む本間善治、飲食業を営む本間幸吉及び佐渡味噌工業協同組合に勤務する本間真一の三名であつて、右投票における「ミソヤ」という記載は右三名のうちの本間真一候補者に投票しようとする選挙人が同候補者を他の候補者から区別して表示する目的で「本間」の氏の下に同候補者の日常業務に密接な関連を有する「味噌屋」を表示する趣旨で「ミソヤ」とかな書きしたものとみるのが最も妥当な解釈である。佐渡味噌工業協同組合は味噌の醸造販売業者すなわち味噌屋を組合員とする組合であり、味噌の共同販売輸送原材料の共同購入等をその事業とするものであるから同組合真野支所(真野町所在)に昭和二十一年以来勤務しその責任者として前記の如き組合の事業に従事していた本間真一の業務がいわゆる味噌屋と極めて密接な関連を有するものであることは明らかである。そして法第六八条第五号但書にいうところの「職業の類」とは厳格な意味での職業にあたらなくても社会通念上これと同種類と認められるものをも含む趣旨であつて本件の場合右に述べた諸般の事情を綜合すれば右(イ)の投票における「ミソヤ」の記載は右法条にいう「職業の類」にあたると解すべきである。原告のいうように単に佐渡味噌工業協同組合及び本間真一が「味噌屋」と呼称されていないとか、「味噌屋」では同組合及び本間真一を指称するものとして通用しないというような一般的推論から右「ミソヤ」の記載を以て法第六八条第五号本文の「他事を記載したもの」とするのは法の精神に反する不当の解釈である。

(ロ)の投票について。

この投票において氏に相当する部分の「本間」と原告主張の候補者渡辺慎一の氏「渡辺」とは明らかに識別でき、しかも「本間」という氏と「渡辺」という氏との間には何等近似性がなくこれを誤記することは通常考えられないところであり、又右投票の名に相当する部分の「慎一」は渡辺慎一の名と同一であるけれども本間真一の名の頭字「真」と右渡辺慎一の名の頭字「慎」とは偏「」の有無のちがいがあるだけで旁は全く同一でありしかもその発音はいずれも「しん」で一般に誤記し易いこと等を考え合わせると右投票は選挙人が候補者本間真一に投票する意思で同人の名の一部を誤記したものとみるのが相当であつて、従つて本間真一に対する有効投票というべきである。

(ハ)の投票について。

この投票はその記載自体から「しんいちほんま」と読むことができ選挙人が候補者本間真一に投票する意思で記載したものであることを看取することができる。又その字体は氏に相当する部分の「Homma」は明らかにローマ字であり、名に相当する部分の「」はその一部が稍不正確な字体であるけれどもこれを全体的に観察すればこの名の部分もまたローマ字で記載されたものとみることができる。従つてこの投票は本間真一の氏名をローマ字で表示したものと認められるから同人に対する有効投票と解すべきである。仮に右投票の記載中一部はローマ字以外の外国文字であるとしてもその字数は僅か三字に過ぎず他の十字はローマ字で明瞭に記載せられ、しかもこの記載を全体的にみれば明らかに「しんいちほんまと」読みうるのであるから、投票に記載の氏名中一部にたとい誤字脱字があつてもその記載の全体からみて候補者の何人に投票したかを確認できるものはこれを有効とする法の趣旨からみて前記(ハ)の投票は本間真一に対する有効投票と解すべきである。

(ニ)の投票について。

この投票はその音感において候補者本間真一の氏名中「本間真」までと一致し、他面同人の名の頭字「真」は「しん」と清音であり、他の候補者本間善治の頭字「善」は「ぜん」と濁音であつて両者の間には類似性がないから右投票に記載された「ほんましんじ」は直感的に候補者本間真一の氏名のかな書き「ほんましんいち」の誤記であろうと感ぜられるのみならず、通常「真一」「善次」というような名の場合にはその頭字の「真」「善」に他の名と区別する重点があることは経験上顕著であつてその頭字を誤記することは考えられず、反面において人の名に「一」「二」「治」「次」等数字に関係ある文字を用いたものはとかく誤り易いこと等から考えるときは右(ニ)の投票は選挙人が本間真一の氏名を平がなで記載する意思を以てその名の一部を誤記したものとみるのが相当であり、従つて本間真一に対する有効投票とすべきである。従つて原告の本訴請求は失当である。

立証として原告訴訟代理人は証人仲川次郎、仲村久市の各証言及び原告本人尋問の結果並びに検証の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、被告指定代理人は乙第一ないし第六号証を提出した。

理由

一、昭和三十五年三月二十二日原告主張の本件選挙が執行せられ原告は同選挙に立候補し最下位で当選したところ、訴外池田源一外十三名より原告の右当選の効力に関し真野町選挙管理委員会に異議の申立をし、同委員会は同年四月二十五日右異議の申立を棄却する旨の決定をしたので右池田源一外二名は右決定に不服があるとして更に被告に対し訴願を提起したところ被告は同年七月二十八日町選管のなした右決定を取消し本件選挙における原告の当選を無効とする旨の裁決をし同裁決書が同月三十日原告に交付されたこと、右裁決において被告は本件選挙の候補者原告及び本間真一の得票数をいずれも百八十九票と認定し両候補者の得票数が同数であるから法第九五条第二項に基いてくじで当選人を定むべく、従つて本件選挙の選挙会において決定された原告の当選は無効であると判断し前記異議申立を棄却した町選管の決定を取消したことは当事者間に争いがない。

二、原告は、被告は右裁決において候補者本間真一の得票数に算入した投票のうち原告主張の五票は無効投票ないし他の候補者に対する有効投票であると主張し、原告主張の如き投票が五票存することは被告の争わないところであるが、被告は右五票いずれも候補者本間真一に対する有効投票であると抗争するので、右投票の効力について以下順次判断する。

(1)  「本間ミソヤ」と記載された投票(原告主張の(イ))について。

本間真一が佐渡味噌工業協同組合事務員として立候補の届出をし同人の職業が組合事務員であること、及び本件選挙の執行せられた真野町においては右組合を「味噌組合」と略称していることは当事者間に争いなく、右争いない事実と成立に争いのない乙第三ないし第六号証及び証人仲川次郎、仲村久市の各証言を綜合すれば、佐渡味噌工業協同組合は新潟県両津市及び佐渡郡の区域において味噌醸造業を営む小規模の事業者を組合員としその組合員のために取扱品の共同購入、共同販売及び共同輸送等を行うことを目的とするものであること、本間真一は昭和二十一年四月以来右組合真野支所に事務員として勤務し前記組合の事業、就中、取扱品の出荷輸送等の事務に従事していたことが認められるのであつて、右の事実からすれば、本間真一は自ら味噌の醸造販売等を業とする者すなわち味噌屋ではないけれども前記真野支所の事務員として日常従事していた業務は味噌の醸造販売業すなわち味噌屋の業務と相当密接な関連を有するものであることは明らかである。又成立に争いない乙第二号証によれば、本件選挙において「本間」という氏の候補者が右本間真一の外に漁業を営む本間善治及び飲食業を営む本間幸吉の両名があつたことが明らかである。そこで右に説明の如き諸般の事情を考慮に入れて前記投票について考えてみると、同投票における「本間ミソヤ」という記載は、選挙人が候補者本間真一に投票する意思で「本間」という氏を記載した上同候補者と氏を同じくする他の候補者すなわち本間善治及び本間幸吉と区別するために本間真一の職業を表わすものとして味噌屋を「ミソヤ」とかな書きしたものであると認められるのであつて、この場合右「ミソヤ」という記載の表わす味噌屋は本間真一の職業と完全に一致しないけれどもなお同人が日常従事する業務と相当密接な関連を有するものと認められることは前記の通りであるから、前記「本間ミソヤ」と記載した投票は本間真一の氏と同人の職業の類を記載した同人に対する有効投票であると解するのが相当である。原告は右「ミソヤ」という記載は法第六八条第五号但書にいう「職業の類」には該当せず同条号本文にいう他事記載であると主張するけれども右法条にいわゆる「職業の類」とは必ずしも厳格な意味で当該候補者の職業をあらわすものでなくてもその候補者の職業と社念通念上同種又は密接な関連を有する職業と認められるものを記載した場合はこれに含まれると解するのが相当であるからこの点に関する原告の主張は失当である。又前記各証人の証言と原告本人尋問の結果によれば、原告の主張するように真野町において本間真一を「本間ミソヤ」又は「ミソヤ」とは呼んでいないこと及び佐渡味噌工業協同組合真野支所を「味噌組合」と呼ぶことはあつても「味噌屋」とはいわないこと等を窺いうるけれどもかかる事実を斟酌してもなお前記の判断を覆すに足りない。他に右の判断を動かすに足る資料はない。従つて前記「本間ミソヤ」という投票が無効の投票であるとする原告の主張はこれを採用するを得ない。

(2)  「本間慎一」と記載された投票(原告主張の(ロ))について、

本件選挙の候補者中に本間真一の外に渡辺慎一がいたことは当事者間に争いがないから右投票の記載は候補者本間真一の氏と候補者渡辺慎一の名とを混記したような観がないではないが、「本間」という氏と「渡辺」という氏との間にはその文字並びに音感において何等近似性がないからこれを誤記することは通常考えられないことである反面本間真一の名と渡辺慎一の名とはその発音がいずれも「しんいち」であつて両者全く同一であるのみならず、その文字も頭字の「真」と「慎」とが異るのみでしかもその差異は偏「」の有無だけで旁は同一であること等に徴し「真一」と「慎一」とは一般に誤記し易いと考えられることに徴するときは右投票の記載は、前記両候補者のいずれを記載したかを確認し難いものとみるべきではなく、選挙人が候補者本間真一に投票する意思で同人の氏名を記載するにあたりその名の一部を誤記したに過ぎないものとみるのが相当である。この認定を覆すに足る資料はない。そうすれば右投票は本間真一に対する有効得票というべく、これを無効とする原告の主張は理由がない。

(3)  「Homma」と記載された投票(原告主張の(ハ))について。

検証の結果に徴すれば、右投票の記載中前半の部分は独乙文字の筆記体で「しんいち」と、又後半の部分はローマ字の筆記体で「ほんま」と記載されていることを看取することができる。投票の記載に際し用うべき文字について法は別段の制限を設けることなくその記載が候補者の何人を記載したかを確認できないものでない限りこれを無効とすべき理由はない。そしてわが国における外国語普及の現状からすればローマ字は勿論独乙文字もまた相当広く読み書きに使用せられているのであるから投票に際し候補者の氏名をローマ字又は独乙文字で記載しても単に外国文字殊に独乙文字による記載の故を以て無効の投票と解するのは相当でない。右投票は前記の通りローマ字及び独乙文字を使用してなされたものであるがその記載自体から明らかに「しんいちほんま」と読みうるのであるから、この投票は選挙人が候補者本間真一に投票する意思で同人の氏及び名をそれぞれローマ字及び独乙文字で記載し唯欧羅巴流に氏と名との順序を逆に記載したに過ぎないものであると認めるのが相当であり、従つてこの投票を以て無効とすべき理由はなく同候補者に対する有効投票と解すべきである。

(4)  「ほんましんじ」と記載された投票(原告主張の(ニ))について。

本件選挙の候補者中に本間真一の外に本間善治がいたことは当事者間に争いなく、後者の氏名は「ほんまぜんじ」と発音されることは弁論の全趣旨から明らかであるから、右(ニ)の投票の記載は「本間真一」を誤記したものとも「本間善治」を誤記したものとも解され結局そのいずれを記載したかを確認し難いものであるから、法第六八条第七号の規定により右投票は無効である。右に反する被告の主張は採用しない。

三、されば本間真一の得票数は百八十八票であること計算上明らかであつて、百八十九票を得た原告の当選は有効である。被告がその裁決において、原告及び本間真一の得票数をいずれも百八十九票であると認め両者の得票は同数となるから法第九五条第二項によりくじで当選人を定むべき場合であるとし町選管のなした決定を取消し本件選挙における原告の当選を無効としたのは違法であるから、右裁決を取消すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 奥田嘉治 岸上康夫 下関忠義)

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