東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1034号 判決
控訴人が昭和二十八年九月一日本件建物について仮登記仮処分命令に基く東京地方裁判所の嘱託により右売買契約による所有権移転の仮登記を受けたことは、成立に争のない甲第二号証に徴して明らかであり、控訴人がその主張のような経緯によつて昭和三十五年六月二十日この仮登記の本登記を受けたことは当事者間に争がない。
そうすると、控訴人は仮登記による順位保全の効力により右仮登記のときから本件建物所有権の取得を第三者に対抗しうべきであるから、被控訴人が、当事者間に争のないように、右仮登記の後である昭和二十八年十一月二十一日本件建物を訴外会社から賃借したものである以上、この賃貸借は無権利者によつてなされたものとして、その権利者である控訴人に対してはこれを対抗するに由なく、本件建物を前同日から占有することを認めて、その占有権限を右賃貸借に求める被控訴人は所詮本件建物を控訴人に明け渡す義務を免れえないものといわなければならない。
次に、被控訴人に控訴人主張のような損害金の支払義務があるかどうかであるが、この点に関する主張が、控訴人は本件建物についての前記本登記によりその所有権の取得を同仮登記の日の昭和二十八年九月一日に遡つて第三者に対抗しうべく、従つて、被控訴人が本件建物の占有を始めた日が右仮登記の日の後である同年十一月二十一日である以上、被控訴人はその日から控訴人所有の本件建物を不法に占有する不法行為者としてこれによつて控訴人が被る損害を賠償する義務があるというに帰着することは、弁論の全趣旨によつて明瞭である。しかしながら、不法行為が成立するためには権利侵害行為が行われた当時行為者に故意若しくは過失のあつたことが必要であつて、行為当時故意若しくは過失を伴わなかつた行為が後になつて不法行為となるということはないのである。今本件について考えてみるのに、被控訴人が本件建物の占有を始めた昭和二十八年十一月二十一日から控訴人がこれについて前記本登記を受けた昭和三十五年六月十九日におけるその登記時まで控訴人が本件建物所有権の取得を第三者に対抗しえないものであつたことは控訴人の主張自体によつて明瞭であるから、被控訴人の右期間(但し、終期は前記本登記の完了時)における本件建物の占有についてその占有時に被控訴人に控訴人の本件建物所有権侵害の故意若しくは過失があつたとする余地のないことは論を待たないところであろう。そうすると、たとえ、その後になつて不動産登記法の特別の規定によつて、控訴人が昭和二十八年十一月二十一日以前に遡つて本件建物所有権の取得を被控訴人を含む第三者に対抗しうるに至り、結果において被控訴人の前記期間中の本件建物の占有が無権限の占有と化したからといつて、これが不法行為となるいわれはないから、被控訴人の右期間中の本件建物の占有について不法行為が成立する旨の控訴人の主張は理由がない。しからば、控訴人が前記本登記を受けた昭和三十五年六月二十日以後における被控訴人の本件建物の占有はどういうことになるのであろうか。控訴人が右本登記を受けた日から後は被控訴人において本件建物の登記簿を閲覧する等相当の注意をすれば、これが控訴人の所有に帰し、被控訴人主張のような賃貸借契約は被控訴人の本件建物占有の正権原とするに足りないものであることを知りえたものと解するのが相当であるから、被控訴人の前同日以後の本件建物の占有は少くとも過失により控訴人のこれが所有権を侵害するものとするほかはない。
(牛山 田中 土井)