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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1331号 判決 1974年3月27日

東京都新宿区落合一丁目四〇四番地

昭和三五年(ネ)第一三三二号事件控訴人・同第一三三一号事件

被控訴人

井戸清隆

右訟訴代理人弁護士

三浦光夫

東京都新宿区北新宿一丁目一九番三号

昭和三五年(ネ)第一三三一号事件控訴人・同第一三三二号事件

被控訴人

淀橋税務署長

神田清人

右指定代理人検事

鎌田泰輝

法務事務官

吉川明弘

国税訟務官

木村要

大蔵事務官

藤本弘義

寺田租

右当事者間の昭和三五年(ネ)第一三三一号及び同第一三三二号行政処分取消請求各控訴事件について、当裁判所は、併合審理のうえ、昭和四九年二月十三日終結の口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

昭和三五年(ネ)第一三三二号事件について

原判決主文第一、第二項を次のとおり変更する。

一、被控訴人が、昭和二三年九月十七日、控訴人に対してした昭和二三年度酒税として、金二、一一八・七〇〇円を徴収する旨の決定のうち、酒税額金六二五・五九四円二四銭を超過する部分は、取り消す。

二、控訴人のその余の請求は、棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

昭和三五年(ネ)第一三三一号事件について

一、本件控訴は、棄却する。

二、控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

昭和三五年(ネ)第一三三二号事件について

控訴人訴訟代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分は、取り消す。被控訴人が、昭和二三年九月十七日、控訴人に対してした昭和二三年度酒税として金二、一一八、七〇〇円を徴収する旨の決定は、取り消す。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、「本件控訴は、棄却する。」との判決を求めた。

昭和三五年(ネ)第一三三一号事件について

控訴人指定代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求は、棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

第二、当事者の事実上の主張

昭和三五年(ネ)第一三三二号事件控訴人・同第一三三一号事件被控訴人(以下「原審原告」という。)および昭和三五年(ネ)第一三三二号事件被控訴人・同第一三三一号事件控訴人(以下「原審被告」という。)の事実上の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

原審原告訴訟代理人は、次のとおり述べた。

一、原判決事実摘示第二の二の原審原告の主張中、「平塚勝等」とあるのを「平塚勝」と改める。

二、原判決事実摘示第五の一、二の主張を次のとおり改める。

(一)  第四の二の原審被告の主張事実について

(1) その1の事実は、次の(イ)および(ロ)の点を除いて認める。

(イ) 徳原一恵が依頼者であつたことは否認する。依頼者は平塚勝一人であつた。

(ロ) 平塚勝からの依頼の趣旨は、塩分、ガソリン等を除却して、浄化、精製することにあつたもので、飲める品とするとの使用目的を示した約定はなかつた。平塚は、同人が原審原告に対し、見本品を示して、これは元日本海軍の所有するところであつたが、戦中、戦後の混乱中雑物が混入したもので、この種のものが終戦処理物資として大量に払い下げられており、現に所有者らが混入物を除去してアルコールに還元するため奔走している旨を告げ、このような浄化作業の工賃の見積を求めたので、原審原告は、原液一石につき利潤なき賃金を一三、〇〇〇円と見積つたところ、これにより両者間に浄化作業に関する契約が成立するに至つたものである。平塚は、薬事業者として交渉の任に当たつたものであるから、両者交渉の間、暗黙にも酒造の意思の相通ずることはなかつた。

(2) その2の冒頭の原審被告主張の事実については、原告が雑酒を製造したとの点は否認するが、その余は認める。

原審原告が前記浄化契約に基づいて行つた作業は、右契約締結に先立ち平塚から提供された見本品について行つた作業と同一内容のものであるが、その大要は、次のとおりである。すなわち、まず、第一工程として、塩分除却のため、塩分が蒸発しない性質を利用して、水浴法と称する低温蒸溜作業を原液に加える。この作業の結果得られる蒸溜液の濃度は、約八〇%であり(なお、見本品の際は残留廃液約二五%であつたが、後日の工場作業の結果では、残留廃液の量が原液の濃度に応じて著しく変化し、最少限一二%、最大限三四%であつた。)、ついで、第二工程として、ガソリン等を除くため、油脂類が水に融合せず、かつ、カーボンに吸着され易い性質を利用し、第一工程で得られた八〇%のアルコール液に等量の水を加えて濃度を約四〇%に落し、アルコールに融合した油脂類を引き離し、これにカーボンを投入して吸着させたのち、浄化のためにこれを濾過するのであり、この第二工程を経たものは濃度約三八%である。ただし、見本品における作業の結果では、味覚試験および嗅覚試験によつても、もはや塩味、ガソリン臭とも覚知できない程度に浄化されたが、工場作業にあつては、実験室において原審原告自身が緻密な方法で見本品に対して作業したものとは異なり、施設がきわめて原始的であつたばかりでなく、工員が製薬作業に知識経験のない者であつたため、その取扱が粗漫に流れたためか、工場作業の結果得られたアルコール液はガソリン臭が残つて、これを容易に覚知することができ、したがつて、飲料たるにたえないものであつた。

なお、原審原告は、第一工程および第二工程の作業を行うに先立ち、原液についてメチール含有の有無の試験を行つたが、それは、日本薬局方中アルコール純度試験の欄の項目六に定められた薬剤師の義務に基づくものであるから、原審原告が右の検査をしたからといつて、酒造の意思を裏付けうるものではない。

(3) その2のaの原審被告主張の事実については、前記第二工程を経て三八%液二石六斗八升を製造したことは事実であるが、うち一石六斗八升(一石一斗ではない。)を蒸溜して七五%の工業用アルコール七斗(七〇%の消毒用アルコール五斗五升ではない。)を精製し、右七五%液七斗と残りの三八%液一石(一石一斗ではない。)を小酒井に引き渡した。そして、これが同人所有の全量であり、長谷川に三八%液四斗八升を引き渡した事実はなく、右四斗八升は現実に存しないものである。この間の事情を詳述すれば、第二工程を経た前記二石六斗八升は、前記のとおり、完全に脱臭されていなかつたが、契約には酒造の目的はなかつたから、原審原告は、これを所有者小酒井に提供したところ、同人は、元来製品を印刷工業用に使用する目的であつたところから、脱臭未了に異議を述べることなく、まず一石を引き取り、なお残品は濃度を七五%に引き上げるよう希望し、工賃の割増についても協議に応じたので、原審原告は、残品一石六斗八升を蒸溜し、製品の度数を右注文に合わせるよう操作し、その結果でき上つた製品の容積が七斗となつたものであり、その際残つた後溜液は、その度数がきわめて低く、かつ、量も少ないため、蒸溜残液とともに、ロスとして処分した。なお、小酒井は引渡を受けた製品全部を工業用に消費した。

(4) その2のbの原審被告主張の事実については、その主張のように、第二工程を経て三八%液六石を製造した事実はある(なお、第一工程を経た八〇%液は、原審被告主張のように三石ではなく、三石三斗である。)が、そのうち一石九斗(三石九斗四合ではない。)を平塚に引き渡し、これは、平塚を経て徳原に引き渡されたのであるが、右を除く徳原所有分三八%液四石一斗および後記長谷川所有分三八%液の一部である一石九斗計六石は、原告が徳原に引き渡したのではなく、徳原が工賃を支払うことなく、原審原告から実力をもつて奪取したのである。この間の事情を明らかにすれば、原審原告が当初の製品一石九斗を平塚に提供し、製品は見本試験のとおり完全に脱臭できていないことを明らかにして、所有者への引渡および工賃の支払を求めたところ、原審原告および平塚間には、前記のとおり、酒造の目的は契約上暗黙にも通じていなかつたから、平塚は異議なく引き取つたのであるが、徳原は見本試験程度に脱臭しなければ、工賃を支払わない旨強硬に主張したため、平塚は措置に窮し、他方、原審原告は、約定工賃には利潤を加算していなかつたため、工賃の割増を行わなくては要求に応じえない事情にあつたから、その間にあつて、平塚は奔走するところがあつたにかかわらず、徳原は、当時の社会情勢下朝鮮出身者であることを肩にして、暴力に訴え、他人(長谷川)所有の製品一石九斗までも含めて、強奪するに至つたのである。

(5) その2のcの原審被告主張の事実については、原審原告が長谷川所有品から第二工程を経て製造した三八%液の実量は、原審被告主張のように約一一石ではなく、一一石九斗であり(なお、第一工程を経た八〇%液も、原審被告主張のように五石五斗八升ではなく、六石六斗である。)、このうち、一石九斗は、前記のように、徳原に奪取され、その残一〇石について、原審原告は、後記のような事情から、長谷川からその処分方を引き受けたうえ、七〇%の消毒用アルコールを精製すべく、まず、右一〇石の大部分から三六%液八石六斗を製造したが、そのうち四石を宮沢文雄外数名に売り渡し、四石を消毒用アルコールに精製し、これを、原審被告の主張のとおり、壜詰にして他に売却し、残六斗は、原審被告主張のように、差押を受け(その濃度は現事には三一%に下つていた。)三八%液一〇石から右三六%液八石六斗を得た三八%液の残四斗も差し押えられたのである。徳原に奪取された一石九斗は第二工程を経たにすぎないもの、また、宮沢らに売り渡した四石および差し押えられた三六%液六斗は、消毒用アルコールの原料たるものである。

この間の事情は、下記のとおりである。

(イ) 原審原告が長谷川から処分を引き受けた事情

所有者長谷川と原審原告は、前記奪取された一石九斗の損害の回復を計つたが、ことは民事取引に起因し、かつ、加害者徳原が朝鮮出身者であることから、当時としては警察問題となしがたい事情にあり、一方、三八%の製品はガソリン等悪臭が残つていてそのままでは工業用として安価にさばくほかなく、それでは右損害を補填できない状況にあつた等のため、結局、アルコールの取扱に通じた原審原告が、右補填方法として、残品三八%液一〇石を消毒用アルコールに仕上げる計画をたて、長谷川には合計三六四、九〇〇円(原価相当)を渡す条件でその処分方を引き受けるに至つた。

(ロ) 原審原告のたてた処分計画

その概要は、前記三八%液一〇石を第三工程(完全に脱臭するため、三八%液にただちにカーボンを投入、攪拌した後瀘過する。)にかけてガソリン臭を完全に抜いた浄化品を得て、さらにこれを七〇%に濃縮して消毒用アルコールを作り、これを市販するというにあり、そうすれば、計算上七〇%液約四石五斗(八一〇、〇〇〇cc)のものができ、これを五〇〇瓦(六〇〇cc)壜詰にすると、市販される消毒用アルコール約一三五〇本となり、当時の市場単価は三〇〇円であつたから、総売上代金は四〇五、〇〇〇円となるべく、長谷川に渡すべき前記引受価額三六四、九〇〇円を差し引いて四〇、一〇〇円が残り、これを諸経費にあてるというのであり、工場作業上のロスを考慮しても、引受価額の支払には事欠くことはない見込であつたので、長谷川との間に解決のあてのない紛争を続けるにはまさると考え、売上に応じて引受価額を逐次支払うという条件で、処分を引き受けたのであり、その間、もとより原審原告に酒造の意思はなかつた。

(ハ) 右計画による作業と結果

前記三八%液一〇石の大部分に第三工程を施したところ、工業作業上のロスも相当あり、三六%の完全脱臭浄化品八石六斗を作ることができ、カーボン混入の三八%の未脱臭、未浄化品四斗(差押品)を残す結果となつた。右八石六斗のうち、四石は、計画どおり、七〇%の消毒用アルコールとし、原審被告主張のとおり、壜詰にして売却し、うち四石は、原審被告主張のとおり、第三者に売却し、残六斗(濃度の実際は前記のとおり)は、右三八%液残品四斗とともに差し押えられたのである。

(ニ) 販売した三六%液四石について

この品は、原審原告が、前記のとおり、消毒用アルコールを製造する計画のもとに、三八%の不完全脱臭品を第三工程にかけて浄化して得た三六%の稀アルコールとして保有していたものの一部であり、その浄化ないし保存について、原審原告にかねて飲料に供する認識がなかつたことは、以下のようなその取引の実況からも明らかである。すなわち、買主は薬事業者、発明家もしくは薬事業者の紹介による者に限られ、いずれも稀アルコールの需要者と認められ、売捌価格は酒類の闇相場によらず、稀アルコールの価格に準じ、販売の動機は稀アルコール需要者またはそれと認められた者から分譲を乞われたことによる状況にあつたのである。なお、分譲後たまたま水を割つて飲料に供した者があつたとしても、もとより原審原告の関知するところではない。

(ホ) 差押にかかる六斗について

この品もまた、前記のとおり、消毒用アルコール精製の計画に基づき、第三工程を経て浄化して得た三六%の品であり、これを浄化、所持していたのは、消毒用アルコール製造の原料とするほか他意はなかつたのであり、現に収税吏臨検の当時、工場内の蒸溜施設は消毒用アルコール製造のため稼働していて、右の六斗は斗巻六本に納めて蒸溜施設の傍に保存してあり、したがつて、次回以後の作業に当たり、逐次蒸溜器に移されて消毒用アルコールとなる品であることが明白な状況にあつたもので、その実際の濃度が三一度であつたのは、工員の甚しい取扱不注意によることである。なお、差押にかかるカーボン入四斗の三八%液は、原審原告が前記計画に基づいてこれを第三工程にかけて浄化するため、カーボンを投入したまま、いまだ瀘過工程に至らなかつた時期に差し押えられたものである。

(二)  第四の三の原審被告の主張事実について

右原審被告の主張事実は否認する。原審原告がした塩分、ガソリン等の除却作業とその結果は、前記のとおりであるところ、第二工程を経た三八%液は、前記のとおり、ガソリン等の悪臭が残つた不完全脱臭液で、飲用に供するにたえないものであり、飲用に供せられるまでに浄化できたものは、すでに消毒用アルコールに精製し終わつたものを除けば、前記第三工程を経た差押と分譲とにかかる長谷川所有の計四石六斗の三六%のものにすぎないのであるが、この第三工程は、その作業の目的がもつぱら消毒用アルコールの精製にあつたのであり、したがつて、右差押品六斗は、消毒用アルコールの原料として、原審原告が製造、所持したものにほかならず、また、その余の分譲品四石もまた、消毒用アルコールの原料として製造、所持していたものであることに変りはない(のみならず、分譲の事情も前記のとおりである。)。

原審原告の所為は、以上のようであり、なんら雑酒を製造した事実はないのであるから、飲用に供する予見を前提とする趣旨に基づき、雑酒を製造したものとする原審被告の主張は失当である。

三、アルコールを酒とみなす基準について原審原告の見解は、次のとおりである。

(一)  取引上、本来酒と称されてきたものは、必ず人類の嗜好に適するエキス分を含む商品であるが、酒は、このエキス分の故に、古くから人類が愛好する性格的飲料となつたものであり、本来の酒が飲料となるのは、その性格に基づくが故に常に酒税の対象となるものと考えられる。

(二)  ところが、エキス分を含まないアルコール液を飲料に使用するのは、酒がない場合、本来の酒の代用として、ただ酔いだけでも求めようとする特殊事情によるものであり、したがつて、本来の酒とアルコールとでは、同じく飲料といつても、その消費事情が著しく異なるが故に、アルコール溶液すなわち酒とすることは、たとえ、その当時代用酒が流行していたとしても、許されるべきことではない。アルコール本来の用途は薬品原料、医療資材、化粧品その他の製品原料、工業資材等として広く他に存することはいうまでもなく、飲料に供するのは変態的用法というべきである。

(三)  アルコールを飲料とするのは用法の認定にほかならないから、酒とみなすか否かは、主観(もとより当事者の主観ではない。)の問題に帰する。すなわち、飲料に適するアルコールであることを前提とし、その当時における社会事情、当事者および取引相手方の職業、前歴、生活事情等身上にかかる事情、その品を取り扱うに至つた事情および取引成立の事情、取扱ないし取引の経緯等諸般の事情を勘案し、社会通念に照らして、その使用目的が何であるかを導き出して決すべきものと解される。

四、本件課税処分が違憲であるとする理由は、次のとおりである。

(一)  納税は国民の義務ではあるが、課税の正当性が認容される限度は再生産が可能と認められる線であるとする原則は、すでに古くから行われ、近代法制にあつても立法上担税力を限界とする原則が確定され、税率はその範囲内に規定され、刑罰に限りその限界を超えることが認容されるのであり、憲法第二十九条および第三十条はともに右原則の上に制定されたものである。この見地からみて、本件課税処分は次の点において違憲のものである。

(1) 本件における酒税納付義務者は原液の所有者であるべきである。けだし、旧酒税法第三十三条に納付義務者と定める「製造者」とは、製造による損失を負担して利益を取得する企業者と解すべきところ、本件における作業は、専売アルコールに混入した雑物を除却してアルコール溶液にまで還元したものであり、薬剤師たる原審原告が、工賃を得る目的のもとに、職域に属する受任業務を処理したものであり、また、長谷川から同人所有の三八%液一〇石を委されてその処理に当つたのも、従前の委任範囲が浄化作業であつたに対し、できるかぎり当事者双方の損失を喰いとめる目的のもとに、委任範囲が拡大されたにすぎず、同人に代わつて原審原告が企業者となつたものではないからである。したがつて、本件溶液が仮に酒であるとしても、その酒税納付義務者は原液所有者らであり、原審原告ではないというべきである。本件課税処分は、法律の解釈を誤り、憲法第二十九条により保障された原審原告の財産権を侵す違憲処分である。

(2) 三八%液は酒税の対象ではない。すでに述べたように、本件三八%液は全部飲料不適の浄化未了品であつたにかかわらず、原審被告はこれを雑酒三級に擬し、その量を一三石四斗八升として、本件課税処分を行つた。当時は酒類不足の折柄であつたため、アル中患者等が混入不純物の有無を問わずアルコールを飲用した事情は認めるが、当時といえども、社会一般にあつては配給の酒量に甘んじ、そうした品を愛用した者はなく、特殊な一部の者が酒の代用に供するものとみられていたのである。したがつて、三八%液に対する本件課税処分は、前記(1)と同様、違憲処分である。

(3) 仮に、本件アルコール液を酒類とすれば、焼酎に当たるというべきである。社会通念上、酒とは人の嗜好に適するエキス分を含有するアルコール溶液をいい、その市販価格は、主として含有するエキスの品性の優劣と含有するエキス分量の多寡によつて定まることはいうまでもなく、酒税法もこの通念に従つて税額を定めたことは、雑酒一級の税額と清酒一級または白酒の税額が近似し、また、果実酒三級の税額と麦酒または濁酒の税額が近似する等の諸点から肯認しうるところである。本件溶液は、エキス分を含まないエチルアルコール液であるから、社会通念上酒類とは称しがたいが、原審被告主張のとおり、酒税法上なお酒類に属すると仮定するならば、旧酒税法第二十七条第一項に掲げる酒類中エキス分の最も稀薄な国産品である焼酎に属するものと解すべきである。しかるに、原審被告は、本件アルコール溶液が単に右同項に特に掲記されていないとの理由から、これを雑酒とした。しかし、いわゆる雑酒とは、その多くは輸入品に属し、立法当時一般に常用されることの稀な外来酒を包括的に規定したものであることは、外国酒の種類が余りに多いことと規定する基本税額が高いことからも容易に推認されるところであり、アルコール溶液が酒の代用に供せられることを予測しなかつた規定である。本件溶液を雑酒であるとする原審被告の見解は、旧酒税法第二十七条第一項の立法趣旨に反するものであるから、容認されるべきでない。仮に、暫く原審被告の主張を容れ、本件の溶液量および含有アルコール量とも(争いがあるが)その主張のとおりとして、これにつき焼酎の税額を算出すれば、三八度の分については、旧酒税法(昭和二三年法律第一〇七号による改正前のもの)第二十七条第一項第六号、第二項により石当りは二四、八四七円二〇銭であるから、一三石四斗八升の税額は三三四、九四〇円二五銭、三一度の分については旧酒税法(昭和二三年法律第一〇七号による改正後のもの)第二十七条第一項第六号、第二項により石当り二七、六九二円であるから、六斗の税額は一六、六一五円二〇銭となり、その合計は三五一、五五五円四五銭である。これを雑酒三級とする本件課税処分の税額と比較すれば、後者は前者の六倍余であり、この課税額がアルコールの生産利潤をはるかに超え、再生産を不可能とすることは何人にも明らかなところであるから、本件課税処分は憲法第二十九条および第三十条に違反する。

(二)  旧酒税法第二十七条第一項の規定を原審被告主張のとおりと解しなければならないとすれば、右規定自体が違憲であることは前記主張の筋合から明らかである。

原審被告指定代理人は、次のとおり述べた。

酒類製造者として酒税の納付義務者たる者については、次のように解するのが相当である。すなわち、ある者が他の者に対して原料を交付しこれを加工して酒類とすることを依頼した場合、酒税の納付義務者は、右依頼に基づき、その原料を加工してこれを酒類とした者であり、加工を依頼した者ではない。これを分説すれば、次のとおりである。

(一)  旧酒税法(昭和十五年法律第三十五号)第三十三条は、「・・・酒税ハ製造場ヨリ移出シタル酒類ノ石数ニ応ジ製造者ヨリ之ヲ徴収ス」と定めているが(現酒税法(昭和二八年法律第六号)第六条参照)、酒類を製造するとは、酒類以外の物品に物理的または化学的操作を加え、あるいは、「酒類ニ種類ノ異ル酒類又ハ水以外ノ物品ヲ混和シ」(旧酒税法第五十条、なお、現酒税法第四十三条参照)て酒類、すなわち「アルコール分一度以上の飲料」(旧酒税法第二条、なお現酒税法第二条参照)を製成または醸成することをいい、同法によれば、酒類を製造する者は、「製造スベキ酒類ノ各種ニ付製造場一個所毎ニ」税務署長の免許を受けることを要する(旧酒税法第十四条、なお現酒税法第七条参照)とともに、その「製造ニ関スル事項」(製造場の敷地の状況および建物の構造、製造に使用する機械器具および容器、製造開始の時期、製造見込石数、製造方法の詳細等)をあらかじめ税務署長に申告し(旧酒税法第五十五条、同法施行規則第六十三条、第六十六条、なお、現酒税法第四十七条、同法施行令第三十五条参照)、また、その製造にかかる酒類を移出したときはその移出数量等を翌月十日までに税務署長に申告しなければならない(旧酒税法第三十五条、なお現酒税法第二十四条(のちに削除)参照)ものとされている。

(二)  このように、酒税は酒類の製造者から徴収するものとされ、そのため酒類の製造者は税務署長に対して酒類の製造関係を明らかにすることが要求されているが、これは、酒税の課徴については、ある者が酒類を製造するに直接必要な行為を現に実行することによつて、酒類が製造され、課税の必要が生ずるものであるとともに、このような行為をし、その結果、その製造にかかる酒類を原始的に占有する者をもつて右酒税の納付義務者とするが、酒税の課徴関係の明瞭と徴収の確実を期するゆえんであることによるものである。

(三)  したがつて、同法にいう酒類の製造者、すなわち酒税の納付義務者は、酒類を製造するに直接必要な全体的行為を、みずからまたはその指揮監督のもとに実行して酒類を製造する者をいい、それは、一方、請負契約による注文に基づいて右のような行為をする者を含むとともに、他方、単なる酒類製造の依頼者であつて何ら酒類製造に直接必要な行為をしないものや被用者その他他人の指揮監督のもとに右のような行為をするにすぎない者は、これに含まれないものと解せられる。

(四)  これを例示すれば、戦前よく見られたように、農家がその保有する米を酒造業者に交付して酒類の製造を依頼するような場合、酒税法にいう酒類の製造者に当たるのは右の酒造業者であり、同人はその免許に基づき、その製造場において右の米を加工して酒類を製造し(加工賃および酒税相当額と引きかえに)、これを依頼者である農家に交付したうえ、税務署長に対して右移出数量等の申告をし、対応税額を納付すべきものであり、これに反し、右の酒造業者に対してその製造を依頼したにすぎない農家は、右酒類の製造者に該当せず、したがつて、農家は右酒類の製造についてみずから免許を受ける必要もなければ、酒税納付の義務もないのである(これとは逆に、酒造業者がみずからその製造場において酒類を製造しないで、他の者に酒類の醸造委託をし、その者がその製造場において酒類を製成または醸成する場合においては、右の下請人が酒税法にいう酒類の製造者に当たり、同法上同人が右行為をするについて前記の免許を受けることを要し、また、製造のうえ製造場から移出した酒類については同人が酒税納付の義務を負うものというべきである。)

(五)  そして、右のような酒類製造依頼の場合における酒税納付の関係は、前記(二)の説明から明らかなように、酒類製造の委託者がたまたまその免許を有すると否、すなわち適法にその行為をしうると否とによつて何ら異なるべきものではなく、したがつて、本件におけるような、酒類の原料の保有者が他人にその原料を交付して酒類の密造を依頼した場合においても、その酒類の製造者すなわちその密造酒の酒税の納付義務者は、右依頼に基づいて現に酒類製造に直接必要な行為をした受託者(原審原告)であり、単に同人に対して右酒類の製造を求めたにすぎない依頼者ではない。

第三、証拠関係

原審原告訴訟代理人は、甲第一、第二号証、第四ないし第十三号証、第十四号証の一ないし十および第十五号証ないし第十八号証を提出し、原審証人萩原潔(第一回)、駒井重次、三浦光夫、原審および当審証人平塚勝、当審証人岩田秀景、大仲康義の各証言、原審原告本人井戸清隆(旧名令吉)の原審(第一、二回)および当審(第一回ないし第三回)における尋問の結果を援用し、乙号各証の成立は認める、と述べ、原審被告指定代理人は、乙第一号証ないし第十四号証を提出し、原審証人渡辺茂雄、三巻判作および萩原潔(第二回)の各証言を援用し、甲第二号証、第五号証ないし第十一号証、第十四号証の一ないし十および第十七号証の各成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は知らない、と述べた。

理由

(争いのない事実)

一、原審原告が薬剤師の資格を有し、昭和十年薬業の免許を得、以来、原告肩書地の工場において、鉱物ならびに一般分析薬品試験および化学薬品の製造業を営んでいること、原審原告が他人からの依頼に基づき(その他人および依頼の趣旨を除く。)、昭和二二年十二月下旬頃、右工場において、原審被告主張のような所有者、濃度および数量(原判決事実摘示第四の二の1参照)の塩分、ガソリン等を含有するアルコールの搬入を受けたこと、原審原告が、昭和二二年十二月末頃から昭和二三年七月中旬頃までの間において、(1)右搬入を受けたアルコール液(以下「原液」という。)を前記工場において蒸溜して(この作業を以下「第一工程」という。)、アルコール分約八〇%の液とし、ついで、(2)これに同量の水およびカーボン(または過マンガン酸加里)を加え濾過して(この作業を以下「第二工程」という。)、アルコール分三八%の液としたこと、昭和二三年七月二一日東京財務局間税部が、原審原告の自宅において、三六%液(実際は三一%)六斗および濾過過程の三八%液四斗を差し押えたこと、および原審被告が、原審原告の前記のようにして三八%液等を得たことが雑酒の製造に当たるとして、そのうち三八%液計十三石四斗八升および右差押にかかる三六%液六斗につき、昭和二三年九月十七日、旧酒税法(昭和十五年法律第三十五号。ただし、右三八%液については昭和二二年法律第百四十二号による改正後のもの、また、右三六%液については昭和二三年法律第百七号による改正後のものをいう。以下同じ。)を適用し、原審原告主張のような酒税を徴収する旨の決定をしたことは、当事者間に争いがない。

(第一、第二の工程を経た三八%液は、「飲料」に当たるか)

二、原審における原審原告井戸清隆本人尋問の結果(第二回)および弁論の全趣旨によりその成立を認めるべき甲第四号証、いずれも成立に争いのない乙第二、第三号証(いずれも後記措信しない部分を除く。)、同第十、第十一号証、原審および当審における証人平塚勝の各証言ならびに原審(第二回)および当審(第一回ないし第三回)における原審原告本人尋問の結果を総合すれば、原審原告は、工場に搬入されたドラム罐入原液全部について昭和二二年十二月末頃から翌二三年三月半ば頃までにかけて、第一、第二工程の浄化作業を行つてアルコール分約三八%の液を得たが、これに先立ち、平塚勝から提供されたビール壜一本分程の右原液の見本品について右と同様な第一工程および第二工程の作業を行つた際には、おおむね塩分、ガソリン臭等を完全に除去することができたが、前記の原液全部について行つた工場作業においては、原審原告が少量の見本品について精密に作業した場合とは異なり、原液が大量であるにかかわらず工場の設備が不完全であり、また、作業に当たる使用人に製薬知識がなかつたため、原審原告の指示どおりに作業せず、容器であるドラム罐を十分に洗浄しなかつたりなどしたため、前記工場作業によつて得られた三八%液には、なおガソリン臭、廃油臭等があつたこと、原液所有者の一人である徳原一恵は、元来原液を浄化して飲料とする意図を有し、前記見本品の浄化後のものが飲めるものとなつていたことから、平塚勝を通して原審原告に原液の浄化作業を依頼したのであるが、原審原告が平塚に渡した徳原所有の原液から得られた三八%液の一部をみて、見本品から得られた三八%液が完全に脱臭浄化されていたのとは異なるとして、平塚および原審原告を責め、そのこともあつて、原液浄化作業の約定工賃を直ちに支払わないのみか、原審原告方にあつた徳原所有分三八%液の残りおよび長谷川兼則所有のアルコール液の一部をも原審原告の工場から強奪したこと、小酒井吉蔵所有の原液から得られた三八%液も、同様、ガソリン臭等があつたが、同人は印刷業を営んでおり、浄化アルコール液はすべて工業用に使用する目的であつたため、右三八%液の一部は、そのまま受け取り、残部は、さらに濃度七五%の工業用アルコールに精製することを希望し、約定工賃の割増にも応じたため、原審原告は、右残部についてさらに作業を進めて所望の工業用アルコールを精製、小酒井に引き渡し、小酒井は右三八%液および工業用アルコール液をすべて工業用に費消したこと、長谷川所有の原液もすべて第一、第二工程を経て、三八%液が得られたが、ガソリン臭等があり、さらに別途浄化作業を加えない限り、飲料に適しないものであつたのであり、右作業を加えてはじめてガソリン臭等のない飲もうと思えば飲める程度のものとなつたこと、差し押えられた三六%液六斗は右のようにしてさらに浄化作業を行つて得られたものであること、および、同じく差し押えられた三八%液四斗は、右浄化作業の途中のものであつたことが認められ、これらの事実に徴すれば、原審原告が原液全部に対する第一工程および第二工程の工場作業によつて得た三八%液は、すべて、なおガソリン臭、廃油臭のため飲料とするにたえないものであつたと認めるのが相当である。

前掲乙第二、第三号証、および、いずれも成立に争いのない乙第八、第九号証ならびに原審における証人萩原潔(第二回)の証言中には、原審原告および平塚勝が前記三八%液がそのまま飲めば飲めるものであつたかのように供述した形跡がみられるが、右証拠と前段掲記の各証拠とを対比考量すると、本件に関連する刑事事件の捜査を受けた当時の原審原告としては、本件原液を浄化することが酒類の製造に当たることを否定するに急な余り、三八%液にガソリン臭等があつたか否かのような詳細な点にまで思いをめぐらして主張する余裕はなかつたのではないかと推測され、さらに、平塚勝においては、原審原告の行つた浄化作業の詳細や得られたアルコール液の正確な濃度等にまで配慮して前記のような供述をしたかどうか疑わしく、平塚において実際に飲んでみたと供述するアルコール液がどのような浄化作業を経たものか明らかではないから、前掲乙第二号証等の中の原審原告および平塚の前記供述は、いずれも、にわかに措信しがたく、他に前記認定を覆すに足りる適確な証拠はない。

以上の事実によれば、原審原告が本件原液に対する第一工程および第二工程の作業によつて得た三八%液は、すべて、旧酒税法に定める飲料に当たらないものであり、これに酒税を課することはできないものというべきところ、本件酒税徴収決定の対象たるアルコール液は、原審被告の主張によれば、(1)小酒井所有の原液から得られた三八%液二石六斗八升のうち七〇%の消毒用アルコール液の精製に使用した一石一斗を除く残り一石五斗八升、(2)徳原所有の原液から得られた三八%液六石、(3)長谷川所有の原液から得られた三八%液約十一石のうち(イ)徳原の手に渡つた一石九斗、(ロ)宮沢文雄らに売り渡した四石、(ハ)差押にかかる三六%液六斗であるに対し、原審原告は、(1)については、原液から得られた三八%液は二石六斗八升であるが、七五%の工業用アルコールの精製に三八%液一石六斗八升を使用し、その余の三八%液は一石にとどまる、(2)については原審被告主張のとおり、三八%液は六石である。(3)については原液から得られた三八%液は十一石九斗である等と主張する。しかし、(1)については、元来原液から得られた三八%液の全量については争いがなく、しかも、右全量について、旧酒税法上飲料とはいいえないこと前記認定のとおりである以上、課税の対象となつた三八%液が一石五斗八升か一石のいずれであるとしても、これに対して課税すべからざるものであるから、本件徴収決定において一石五斗八升に課税したことは違法であり、(2)についても、前認定のとおり、酒税法上飲料といいえないから、右六石への課税は違法というべく((3)については後記三において判断する。)、したがつて、本件徴収決定中右(1)および(2)のアルコール液に対する課税部分は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも違法というべきである。

(長谷川兼則所有の原液から三六%液を得たことは、「酒類の製造」に当たるか)

三、原審原告が長谷川兼則所有の原液から昭和二三年三月半ば頃までに一たん第一工程および第二工程を経て三八%液を得たことは、前認定のとおりであるところ、当審(第一、第二回)における原審原告本人尋問の結果によりその成立を認めうべき甲第十八号証、成立に争いのない乙第十三号証ならびに原審(第二回)および当審(第一回ないし第三回。ただし当審第二回尋問の結果については後記措信しない部分を除く。)における原審原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すれば、長谷川所有の原液に第一、第二工程を施して得られた三八%液は十一石九斗であつたところ、元来長谷川は織物業者でアルコール関係の知識はなく、原液を他人にすすめられて買つたものの、右三八%液の処置に窮していたこともあり、昭和二三年三月半ば頃、原審原告は、長谷川と協議の結果、長谷川所有分の三八%液の処分は原告が行い、長谷川は第一工程および第二工程についての約定工賃の支払を要しないほか、原審原告から原液の価額相当額の支払を受けることとしたこと、原審原告は、右処分の方法として、自己が薬剤師であることから、右三八%液から七〇%の消毒用アルコールを精製してこれを売却することとし、その作業として、まず、右三八%液のガソリン臭等の浄化のため、これにカーボンを投入、攪拌して濾過するという第三工程を施して三六%液を得、さらにこれを蒸溜して七〇%消毒用アルコールとすることを計画し、その頃からこの計画の実行に着手したこと、徳原一恵は、前記二において認定したような経緯から、原審原告方にあつた長谷川所有の原液から得られたアルコール液の一部を昭和二三年五月下旬頃、強奪し去つたこと、原審原告は、前記計画の実行に着手してから同年七月二一日の収税吏の臨検当時までに、七〇%消毒用アルコール二石を精製し、これを一本五〇〇瓦入の壜詰六〇〇本として他に売却し、また、七〇%液を得る過程として、三八%液に第三工程を施して得た三六%液四石を、昭和二三年四月初め頃から同年七月半ば頃までの間、宮沢文雄らからの求めに応じ、同人らに売却し、なお、右臨検当時、三八%液に第三工程までを施して得た三六%液六斗(保有中に三一%に低下したことは当事者間に争いがない。)と第三工程を施しつつあつた三八%液四斗を保有していたことを認めることができる。原審原告は、前記長谷川との協議は、徳原一恵が長谷川所有分の三八%液一石九斗を原告工場から強奪した昭和二三年五月下旬頃、その損失補填のため行われたと主張し、当審における原告本人尋問(第二回)の結果中には右主張に添う供述部分があるが、前掲乙第十一号証および成立に争いのない乙第十二号証によれば、宮沢文雄が原審原告から三六%液を買い始めたのは昭和二三年四月初め頃であつたことが認められるから、右主張に添う供述部分は措信しがたく、他に前認定を左右するに足る証拠はない。

原審原告は、徳原が強奪した長谷川所有分の原液から得られたアルコール液は、第二工程までを施した三八%液である旨主張する。しかして、原審原告が第三工程の実施に着手したのは昭和二三年三月半ば頃であり、徳原の強奪は同年五月下旬頃であること前認定のとおりであるところからみれば、右強奪にかかるアルコール液は、すでに第三工程を施して得た三六%液ないしはそれ以上に浄化された液、すなわち、飲もうと思えば飲める程度に浄化されたアルコール液である可能性がないわけではないが、すでに認定した三八%液の全量、原告工場の人的、物的設備、昭和二三年四月頃から三六%液を他に処分し始めていた事実、臨検当時まだ第三工程を施しつつあつた三八%液四斗が残存していた事実を考慮すると、徳原強奪の時期までにどの程度の三六%液が得られ、また、強奪の時にどの程度の三六%液を保有していたか明らかではないから、右強奪にかかるアルコール液が三六%液ないしこれ以上に浄化された液であつたと断定することはできない。もつとも当審において、証人岩田秀景は、徳原の持ち去つた品物は不純物を除いて精製したものだつたと思う旨供述するが、その供述は全体からみて、正確とはいいがたいから、右供述のみから直ちに、徳原強奪にかかるアルコール液が三六%液ないしはこれ以上浄化されたものであつたとすることはできない。これを要するに、徳原が強奪した長谷川所有分のアルコール液が飲料にたえるものであつたと断定するに足りる資料は、本件においてこれを見出すことはできない。したがつて、本件徴収決定中、被告が、長谷川所有の原液から得られた三八%液のうち徳原の手に渡つた一石九斗に対する課税であると主張する部分は、その余の点について判断するまでもなく、結局違法といわざるをえない。

また、前認定事実によれば、原審原告が宮沢文雄らに売却した四石および差押にかかる六斗は、いずれも、原審原告主張のとおり、第二工程までによつて得られた三八%液に、さらに第三工程を施した三六%液であつたものと認めることができる。しかして、原審原告が右三六%液を造り、これを宮沢らに売却した当時の状況をみると、右三六%液が飲もうと思えば飲める程度に浄化されたものであつたことは前認定のとおりであり、原審における証人萩原潔(第二回)の証言によれば、当時酒がきわめて不足し、いわゆる爆弾焼酎等密造酒が流行し、アルコールの取締が厳重であつたことが認められ、前掲乙第十号証ないし第十二号証を総合すれば、宮沢文雄は、飲食店を経営していたが、平塚勝から原審原告方には上等な飲めるアルコールがあることを教えられ、昭和二三年四月頃から七月頃にかけ、原審原告方に度々赴き、一升壜を容器として飲めるアルコール液を買い入れ、その数量は合計二石七斗余にものぼつたこと、原審原告から買い受ける際、その用途や宮沢の職業等については全く明らかにされなかつたこと、宮沢は買い入れた前記アルコール液を営業および自己の飲料に使用したほか、一宮広司、岡安鉄次郎ら飲食店経営者に売却し、同人らは水で割つて客に供したこと、岩田秀景は薬剤師であり、原審原告とは旧知の間柄であつたが、昭和二三年四月頃から原審原告方において、おおむね三六%位のアルコール液計六斗余を買い受け、化粧品製造にも用いたが、半分位は自己の飲料としたことが認められるし、さらに、前掲乙第十三号証および当審における原審原告本人尋問(第二回)の結果によれば、原審原告は、当時消毒用アルコール製造に必要な許可を得ておらず、また、三六%液が飲もうと思えば飲めることは十分知つていたことが認められ、これらの事実に徴すれば、原審原告が、前認定のように、その七〇%消毒用アルコール精製計画の過程として三六%液を造り、また、その主張のように、右三六%液は、工場内においては、右消毒用アルコール精製過程中のものであると推測しうる状況にあつたとしても、宮沢らに売却した三六%液四石は旧酒税法上の酒類に当たり、成立に争いのない乙第六号証および前認定の原審原告が原液から三六%液を得るに至るまでの作業経過に徴すれば、原液から三六%液をつくることが旧酒税法上酒類の「製造」に当たることは明らかである(いずれも成立に争いのない甲第六、第七号証および乙第七号証における鑑定人桑田勉、同宮本高明のこの点に関する見解は、もつぱら工業技術上の観点から出たものであるから、採用しがたい。)。さらに、差押にかかる六斗についても、前認定の当時の状況等に徴すれば、旧酒税法上酒類の製造に当たるものというべきである。

(納付すべき金額)

四、以上のとおりであるから、本件徴収決定の対象とされたアルコール液のうち、前記宮沢らに売却した三六%液四石(本件決定では、三八%液とされているが、右三六%液と課税物件が全く異なると解すべきでなく、単に濃度を誤認したものと解すべきである。)および差押にかかる三六%液(実際は三一%液)六斗については、原審原告は、酒類の製造者として、酒税を納付する義務があるものというべきである。

よつて、その税額についてみるに、原審原告が酒類製造の免許を有しないこと、前記三六%液四石は昭和二三年七月七日以前に造られ、三一%液六斗は右同日以後に造られたものであることは弁論の全趣旨に徴し、これを窺うことができるから、三六%液四石は昭和二二年二月二七日大蔵省告示第三五号による雑酒第三級に該当するものであり、昭和二三年七月七日法律第百七号による改正前の旧酒税法第二十七条の規定および関係法令の規定により、その税額を算定すると、金五三六、一九三円二八銭であり、三一%液六斗は昭和二三年七月七日大蔵省告示第二〇七号による雑酒第三級に該当するものであるから、昭和二三年七月七日法律第百七号により改正された旧酒税法第二十七条の規定および関係法令の規定により、その税額を算定すると、金八九、四〇〇円九六銭となるから、原審原告の納付すべき酒税額は、以上の合計金六二五、五九四円二四銭である。

五、原審原告は、本件における酒税の納税義務者は原液の所有者であり、また、三八%液は酒類でないから、本件課税処分は憲法第二十九条に違反する旨主張するが、原審原告が旧酒税法第三十三条に定める酒類の製造者として酒税の納付義務があり、本件課税処分の一部が右規定に違反しないことは、前説示のとおりであり、右違憲の主張は、ひつきよう、同規定に関する独自の見解および前認定と異なる事実関係を前提とするものであり、もとより採用することはできない。原審原告は、さらに、本件アルコール液が酒類とすれば、旧酒税法第二十七条第一項の解釈上は焼酎に当たると解すべきであるから、本件課税処分は憲法第二十九条および第三十条に違反するものであり、右第二十七条第一項の規定を原審被告主張のとおり解しなければならないとすれば、右規定自体違憲である旨主張するが、本件アルコール液が酒類として雑酒に該当することは旧酒税法第十二条および第二十七条の規定の文理上からも明らかであるところ、旧酒税法においては、酒類の製造者は同法に定められた酒類の分類、税率等を理解のうえ、その希望に従い、免許を得て酒類を製造する建前をとるものであり、原審原告は、たまたま無免許で前認定のような酒類を製造したため、結果的にその製造にかかるアルコール液が旧酒税法所定の雑酒第三級に該当し、高い税率を適用されることとなつたにすぎないのであり、本件アルコール液を雑酒ではなく、焼酎であるとし、また、雑酒と焼酎の税率を対比し、これを根拠として再生産力等を論すべき何らの理由も存しない。原審原告の右違憲の主張は、前記第二十七条の規定の解釈および原審原告の所為に対する旧酒税法の適用に関する独自の見解に立却するものであり、理由がないものといわざるをえない。

(むすび)

六、以上詳細説示したとおり、原審原告は、本件酒類の製造に関し、金六二五、五九四円二四銭の酒税を納付すべき義務があり、原審被告のした本件酒税徴収決定は、右の限度において適法であるが、これを超える部分は違法というべく、原審原告の本訴請求中右違法部分の取消を求める部分は、正当として認容すべく、その余の部分は理由なしとして棄却すべきものである。よつて、右と異なる原判決は変更し、原審原告の控訴中その余の部分は棄却し、また、原審被告の控訴は、結局理由なきに帰するから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九十五条、第九十六条、第八十九条および第九十二条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三宅正雄 判事 中川哲男 判事 武居二郎)

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