大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1895号 判決

石渡が被控訴会社の会計係として同会社が支払のため振出す小切手の作成準備行為(社長印以外の部分の必要事項の記載)を担当していたところ、昭和三十四年九月一日頃被控訴会社より持出した小切手用紙と、偽造した被控訴会社代表者印を用いて擅に本件小切手を偽造し、これを恰も真正に作成された小切手の如く装い、石川正一に対し割引方を依頼し同人の斡旋を受けた控訴人から本件小切手と引換に金十一万八千七百五十円の交付を受けたことは前記一、において認定したとおりであるる。

被控訴人は石渡の本件小切手偽造は同人の退職後の行為であると主張するが、これを認むるに足る的確な証拠はないので、石渡の右偽造の所為は無断欠勤中ではあるが被控訴会社に在職中のものと認めざるを得ない。

然しながら前掲各証拠を綜合すると石渡は、本件小切手偽造に先立つ昭和三十三年八月二十四日頃本件小切手偽造とほぼ同様な手段、方法により偽造した額面金七万九十五円の被控訴会社振出名義の小切手の割引を石川正一に依頼する際同人に対し「会社から下請業者に支払つた先日付の小切手を、下請業者の方では現金にしてくれと頼むので社長に話したが断わられた。それで社長には内緒にして割引いてやつてくれないか。」と申し向けて同人を介し控訴人から小切手割引名下に金員の交付を受けたのであるが、本件小切手による場合も、石川正一に対し前回と同じ趣旨の割引依頼である旨申し向け、正一もまた右趣旨のものと信じ、控訴人を代理して小切手割引名下に前記金員を石渡に交付しこれと引換に本件小切手を受領したものであることが認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の事実によれば、本件小切手の現金化に際し、石渡は、被控訴人のためにするのではなく、むしろ同人の意思に反し敢えて下請業者のため石渡個人としてなすものである旨表明し、控訴人の代理人たる石川正一においても石渡の右依頼の趣旨を了解の上割引に応じたものと認むるに十分である。従つて右行為は、たとえ表示の如く下請業者のためになされたものではなく、石渡個人の利益のためになされたものであつても、少くとも行為の外形においては被控訴人の業務としてなされたものでないことは明らかであるから、右行為をもつて民法第七百十五条にいう被控訴人の事業の執行につきなされたものとすることはできない。

(毛利野 加藤 安国)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!