東京高等裁判所 昭和35年(ネ)312号・昭35年(ネ)313号 判決
(証拠)ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、前記とくは第一審被告東北電化の職員三宮慶雄らと交渉のうえ昭和二六年一二月二二日本件宅地を、本件店舖等普通建物所有の目的で、期間は、同年二月一四日から二〇年間、地代坪当り月額二五円等(ただし、賃料支払方法については後記認定参照)の内容で同被告との間に賃貸借契約を締結したことが認められ、これに反する原、当審における南郷茂宏の証言は前掲証拠と対比して信用できず、他に右認定を左右する証拠はないが、とくがその際富二のためにする代理意思を有していたこと、富二のためにする趣旨が明示または黙示的に表示されていたことを認めるに足る証拠はなく、かえつて前掲乙第六号証およびいずれも成立に争いのない甲第七号証、第八号証の一ないし三ならびに前掲各証人の証言および当審における証人伊勢田富二の証言(第一回)によれば、本件宅地等はとくがその夫である伊勢田長七とともに働いて得た財産であつたため、右長七が昭和一六年六月一一日に死亡し、すでにその少し以前である、昭和一四年五月に養子となつており当時出征中であつた富二が家督相続して、法律的には本件宅地の所有権を取得した後もとくは、本件宅地をとく自身の所有物と思つており、また、第一審被告東北電化も本件宅地をとくの所有と信じて、前記賃貸借契約を締結したこと、富二は昭和一四年五月から昭和一七年一一月まで出征し、さらに昭和一八年八月から出征したが、右出征の際富二所有の財産についてとくらに管理を頼んだことはなかつたことが認められ、これに反する乙第七号証の三の記載は前掲証拠と対比して信用できず、他にこれをくつがえす証拠はない。そして右の事実と前記認定事実とを併せ考えれば、とくは富二から代理権を与えられていたことはもちろん代理意思を有していたこともなく、とく自身のためにする意思をもつて、自己の名において前記内容の賃貸借契約を締結したものであることが認められる。
つぎに(証拠)と弁論の全趣旨とによれば、富二は昭和三一年一二月末頃復員して、神谷きよ子の家に落着いたが、きよ子から本件宅地を第一審被告東北電化に賃貸してある旨話されても、何ら異議を述べなかつたのみか暗黙のうちに、きよ子に対し地代の受領等の処理を委せきよ子が受取つていた地代で預金してあつた分や復員後受取つた分のうちから自己の用途に費消していたこと、地代は伊勢田とくの生前はとくあてに支払われていたが、とくが昭和二九年一一月一八日死亡した後とくの姪にあたり幼少からとくに育てられて親交のあつた前記きよ子が本件宅地はとくから、富二に相続されたものと思い、その旨第一審被告東北電化に話し、それ以後の地代領収証には富二の代理人としてきよ子が地代を領収する旨記載がなされ、地代は事実上きよ子あて支払われていたこと、昭和三二年初め頃きよ子と富二は第一審被告東北電化を訪れ、富二が復員してきたから今後は地代その他のことは富二がする旨同被告に告げたこと、昭和三二年五月頃富二は同被告に対し、本件宅地の買取方希望を述べたが、その際賃貸借について何ら異議を述べなかつたこと、同年一一月頃には富二名義で契約違反を理由とする賃貸借契約解除の通告が同被告あて送付されたこと、等の事実を認めることができ、これに反する当審証人伊勢田富二の証言部分(第一、二回)は前掲その余の証拠と対比して措信できない。そして右の事実からすれば、富二はとくがなした本件宅地賃貸借についてこのことを知りながらあえて何人に対しても異議を述べなかつたのみならず、従来地代等について事実上世話をしてきたきよ子に対しては、すでに受領ずみの賃料を費消する等従来の取扱を容認するとともに今後の取扱を暗黙のうちに委せ、また第一審被告東北電化に対しては本件宅地の賃借、使用を容認し、さらに積極的に賃貸人として行動したものと認定すべきである。ところで元来とくと同被告との間の賃貸借契約についてはさきに認定したとおり富二はとくに対し本件宅地の管理を委任したことはないのみならず、とく同被告の両者とも本件宅地所有者をとくと信じてとくのためにとくの名において契約したのであるから、同被告としては真の所有者である富二に対しては、ただちに右賃貸借契約の効力を対抗できない筋合であるというべきところ、その後、富二が前記認定のような行動をなしたのであり、またとくと同被告間に賃貸借契約が締結されるにいたつたのは、とくが本件宅地所有者であると信じたこと以外特にとくとの間でなければ本件賃貸借契約を締結しなかつたであろうような特段の事情を認めしめるに足る証拠はないのであるから、右富二の行動についてはいわばとくが富二のためにした無権代理行為をその後富二が追認した場合と同様に解し、民法第一一六条の類推適用により、富二がとくのなした行為を昭和三二年初め頃に至り、暗黙に追認し、その結果とくと同被告との間になされた本件宅地賃貸借契約はとくの行為のときにさかのぼつて富二のためにその効力を生じたと解することができる。
(高井 満田 中川)