東京高等裁判所 昭和35年(ネ)525号 判決 1961年4月10日
控訴人 原告 日本ゴルフ釣具株式会社 外一名
訴訟代理人 今井忠男 外一名
被控訴人 被告 株式会社勝呂組
訴訟代理人 伊地知重厚
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は、控訴人会社に対し金三二万一七七〇円、控訴人佐野に対し金三八万五六〇六円およびこれらに対する昭和三二年一二月二三日から完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
控訴人会社のその余の請求は棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は、控訴人会社が金八万円、控訴人佐野が金一〇万円の担保を供するときは、それぞれ仮りに執行することができる。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人日本ゴルフ釣具株式会社に対して金五二万一、七七〇円、控訴人佐野直次郎に対して金三八万五、六〇六円およびこれらに対する昭和三二年一二月二三日から完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次に付加するもののほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
一、控訴人らの主張 被控訴会社の自家用自動車に対する管理はまことに杜撰であつた。被控訴会社は、訴外大門にその管理使用一切を全面的に委せ、しかも大門が私用のためにこれを勝手に運転することを容認していた。したがつて、たとえ本件事故が大門の私用中に起つたものであつたとしても、被控訴会社は、大門の使用者として、民法第七一五条により控訴会社および控訴人佐野が本件事故により被つた損害を賠償すべき義務がある。
二、証拠として、控訴代理人は新たに甲第七号証を提出し、当審証人大門雅信の証言を援用し、被控訴代理人は新たに当審証人関口四五一の証言を援用し、甲第七号証の成立は認めると述べた。
理由
一、昭和三二年九月二八日午後一一時過ぎ頃、東京都千代田区竹平町三番地先の九段下方面から竹橋方面に通ずる道路上において、控訴会社の代表者である控訴人佐野が九段下方面から竹橋方面に向つて運転していた控訴会社所有のフオードステーシヨンワゴン(登録番号第三-む〇四九二号)と、被控訴会社の被用者で運転手として同会社の東京支店に勤務していた訴外大門雅信が竹橋方面から九段下方面に向つて運転していた被控訴会社の乗用車トヨペツトクラウン(登録番号第五-む八五七九号)が衝突し、その結果控訴会社所有の右自動車が損傷し、控訴人佐野が負傷したことは、当事者間に争いがない。
二、控訴人らは本件事故は大門の過失によつて発生したと主張するのでこの点について検討する。
原審証人中村庄二の証言、原審における検証の結果、原審における控訴人本人佐野直次郎の尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
本件衝突の現場は竹橋から九段下に向つて通ずる道路を稍左に曲つた所からほぼ直線になつていて右の左折個所から約六十米進行した場所で衝突が起つたのであるがその附近道路は車道の幅は一一、九米あり、当時右の左折個所から約七、八十米に亘つて道路の左側半分は道路工事のため掘かえされて通行ができない関係からこの附近の通行可能の車道の幅は約五米に過ぎなかつた。大門の運転する車は大手町附近から訴外中村庄二の運転する五三年型シボレーの後について走りこの両車は先行する自動車に続いていたのであつたが、大門は現場から約六十米手前の左折個所で中村の車の右側を時速約六、七十粁の速度で追抜き前示の工事中で狭くなつた道路に突進した。このとき九段下方面から竹橋方面に向つて自動車を運転してこの道路を通りかかつた控訴人佐野は前方から来る自動車を認めたので逆行する車の通過を待つて危険を避ける心算で衝突現場の車道の左端に人道に接近して車を止めたのであつたが、前示のように加速して突進する大門の車は中村の車を追越した直後佐野の車の右前方に衝突させその勢で佐野の車を車道から二二糎の高さにできている人道にはね上げ佐野の車を損傷せしめた。
かような事実が認められるが、右認定をくつがえすべき証拠はない。ところで、自動車運転者たる大門が右に認定したような状況の狭い道路を通る際には法定の制限速度を守り、反対方向の車に十分の注意を払い、応急の措置ができる程度の速度にして運転すべき注意義務があるというべきであるから、前記認定の事実関係のもとにおいては大門は右注意義務に違反したものと認められる。したがつて本件事故は大門の過失によつて発生したものといわなければならない。
三、そこで、被控訴会社が本件事故により控訴人らが被つた損害を賠償すべき義務があるかどうかを検討することとする。
大門が本件事故当時被控訴会社の被用者として同会社東京支店に自動車運転手として勤務していたことは、当事者間に争いがなく、原審証人勝呂松彦、同伊藤金太郎、当審証人大門雅信、同関口四五一の証言を総合すると、大門は昭和二八年秋頃から東京都中央区日本橋江戸橋二丁目七番地所在の被控訴会社の東京支店の車庫に接した会社の寮に居住し、本件事故当日夜九時頃同人の姉からその結婚のことで来てくれるようにと電話があつたので、車庫にあつた本件自動車を運転して姉のところへ行く途中において本件事故を起したことが認められる。したがつて、本件自動車の運転は全く大門の私用のためのものであつたことが明らかである。
乙第二号証によれば被控訴会社では自動車の就業について規定を設け、自動車は会社の許可を得るに非ざれば使用してはならないと定め、運転手は作業終了後は担当車の鍵を会社運輸係に返納することを定めていることが認められるが、自動車運用の実際を見ると当審証人大門雅信の証言によれば、同人は自動車運転手として被控訴会社に就職以来終始担当の自動車の鍵を自ら保有し何時でも車庫から自由に車を出すことができ、個人的の飲食に出かけるときも自由にその車を使用していたことが認められ、そのような状況であつたので本件事故当日も姉からの電話によつて私用のため本件自動車を車庫から出して運転中前示のような衝突事故を起したことが認められる。従つて前記の規則は実際は守られていなかつたといわなければならない。そうすれば、大門は被控訴会社で担当する自動車の鍵を常に自ら保有して随時自動車を使用できたので、外形から見れば本件での運転は会社の用務のための運転と全く異るところはない。このような状況の下における本件大門の運転は民法第七一五条の適用に関しては会社の事業の執行であると認めるのが相当であるから、被控訴会社は大門の過失によつて控訴人に生ぜしめた損害を賠償する責に任ずべきである。
被控訴人は大門の選任監督につき過失がなかつたと主張するので検討するに、原審証人勝呂松彦の証言により成立の認められる乙第二号証、同証言によれば、被控訴会社総務課長勝呂松彦が昭和三二年四月一日改正の同会社自動車就業規則に従つて大門の監督をすることになつていたことが一応認められるけれども、これらだけでは被控訴人主張のように過失がなかつた事実を認めるに十分でなく、その他被控訴人の立証をもつては右の主張を認められない。
なお、被控訴人は控訴人佐野にも過失があつたと主張するが、これを認めるべき証拠資料はない。
以上のとおりであるから、被控訴会社は大門の使用者として本件事故により控訴人らが被つた損害を賠償すべき義務があるというべきである。
四、よつて損害の数額について検討する。
(一) 原審証人曲谷勝二の証言により真正に成立したと認められる甲第五号証および同証言によれば、控訴会社は本件事故によりその所有の本件自動車の修理代金として三二万一七七〇円を支払つたが、右支払は本件事故に基づき破損した自動車の修理に必要なものであつたことが認められる。乙第一号証には右認定の修理費用額に異なる本件自動車の修理費の見積額の記載があるが、右は一応の見積にすぎないから、右認定をくつがえすに足りない。控訴人会社は右修理にもかかわらず、本件自動車はなお約四〇万円の価値の低落を来たしたと主張するが、この点に関する原審証人曲谷の供述は信用できず、他に右主張事実を認めるべき証拠資料はない。
(二) 次に控訴人佐野が本件事故により傷害を受け、昭和三二年九月二九日から同年一一月一五日まで東京病院に入院して治療を受け、入院料一三万七一〇〇円、手術費一万円、注射その他の治療費一万四八六五円をそれぞれ支払い、退院後、独立歩行就業ができるようになるまで温泉治療、マツサージ治療がよいといわれてこれを行い、これらの費用二万三六五〇円以上を支払つたことは、当事者間に争いがない。
しかして成立に争いのない甲第二号証によれば、右傷害は右膝蓋骨骨折で独立起立歩行就行まで約五ケ月の治療を要するものであり、原審における控訴人佐野の尋問の結果によれば、前記の温泉、マツサージ治療は歩行力の回復に適当であるとの医師の忠告により行い、昭和三四年一〇月当時傷痕は完全になおつたが、正座は一時しかできず、長時間の起立も不自由であることが認められ、控訴人佐野が本件事故によつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇万円が相当であると認める。
(三) 以上のとおりであるから、被控訴会社は控訴会社に対し三二万一七七〇円、控訴人佐野に対し同人が支払を求めている一八万五六〇六円、慰藉料二〇万円合計三八万五六〇六円とそれぞれ右各金員に対する前記不法行為の後であつて本件訴状が被控訴人に送達された日の後であることが記録上明らかな昭和三二年一二月二三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
五、よつて控訴人らの本訴請求は右の限度において正当として認容し、控訴会社のその余の請求は理由がないので棄却すべきであるから、これと異る原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 角村克己 判事 菊池庚子三 判事 吉田良正)