東京高等裁判所 昭和35年(ネ)643号 判決
以上の事実からすれば、板橋信用組合又は板橋信用金庫の取扱う無記名定期預金なるものは、それ自体無記名債権であるということはできず、一種の指名債権であることは否定し得ないところである。しかし、ここに無記名ということは、単に証書の上に債権者の氏名を表示しないというに止まるものではなく、預金預入にあたつては、なにびとが預金者であるか、その氏名住所等は一切金融機関においてこれを問わず、ただ印章だけを届出るものであり、現実に金員を持参して預入に来る者が預金者本人なのか、その代理人なのか又はその使者なのかは一切金融機関ではこれを聞かず、それについては関り知らぬとする立て前である。従つてたまたま金融機関の預入手続取扱者が預入に来た者の住所、氏名等を知つていたとしても、この者が預金者本人として預入をするのか、或いは代理人、使者等であるのかも明らかでないから、この預金をもつて直ちにその者の預金とすることはできないのである。又届出の印章も預金者本人の印章なのかそれとも代理人使者等のそれなのかも聞かず、金融機関としてはそれが判らない立て前である。しかもその印章は必ずしも一定の氏名を刻してあるものである必要はなく、どんなものでもよいのであるから、印章に表示された者が預金者であるとはいえないのである。たとい印章に表示されている氏名、氏又は名がたまたま預金を預入に来た者と一致していたとしてもその本質には変りがないのである。然しながらなにびとが預金者であるかということは、客観的に定まつているのであり、不特定のものではないのである。金融機関はこの客観的に存在する預金者と、その本人、代理人、使者等を通じて預金契約をするのであつて、預金債権はこの契約によつて発生するのであるが、金融機関としては、証書又は印章の紛失、盗難等によつて別個に預金債権者を確認する必要のある場合は別として(本件においてはかかる場合には該当しない。)あくまでその預金契約の相手方が現実にはなにびとであるかを知らぬ立て前をとつているのである。なにびとがこの客観的に存在する預金者であるかということは各場合の事情によつて異なるであろうけれども、一般的に言えば、特別の事情のないかぎり、現に自らの出捐によつて金融機関に対し本人自ら又は代理人、使者等を通じて預金契約をなした者という外はない。この預金者がなにびとであるかということは金融機関の側においては特に預金の支払の場合において重要となるのであるが、そのために無記名定期預金債権の行使には原則として預金証書とあらかじめ届出た印章との両方が必要とされ、金融機関がこれによつて支払をするときは免責事由となつているのであつて、無記名定期預金はこのような制度の上に成立つているものということができる。しかし、そのように考えると、預金者が預金証書と届出印章を他人に交付することにより、預金債権の売買、譲渡、質入禁止を潜脱する危険を生じこれを空文化する虞れを生ずることは否めないけれども、預金者でない者が預金証書と届出印章を持参して預金の払戻しを求めて来た場合、金融機関において調査の結果、前記禁止事項に違反して右預金債権の売買、譲渡、質入が行なわれたと認められるときは、その支払を拒絶することもできるのであるから、無記名定期預金がかかる制度の上に成立つているものと解することの妨げとなるものではない。
(谷本 堀田 野本)