東京高等裁判所 昭和35年(ラ)771号 決定
本件忌避の原因は、昭和三十五年七月二日午前十一時の口頭弁論期日(第十六回口頭弁論期日)において、裁判官安藤覚が、抗告人等(当該訴訟の被告等)代理人がさきに申出でた証人荒深正を次回に尋問せられたいと申立てたに拘らず、これを斥けて弁論を終結する旨を宣したことが骨子である。
しかしながら、裁判所は、それが唯一の証処方法でない限り、当事者から申請された証拠は総べて取り調べなければならないものではない。同一の事実を立証するについて数個の証拠方法がある場合に、間接的な証拠よりも直接的なものを優先的に取り調べるのが相当であることは所論のとおりではあるけれども、なんらかの支障により、直接的の証拠の取調ができない場合には間接的な証拠をまず取り調べることもまたやむをえないのであつて、かかる証拠調の方法が証拠法の原則に反するという所論は理由がない。而して裁判所がある事実に関する数個の証拠方法のうち、そのあるものを取り調べたことにより、既に心証を得た以上、たとえ当事者がその余の証拠調を要望しても、これが取調をする義務はなく、むしろこのような場合にはこれが取調をすべきものではない。また、民事訴訟においては、原告は審理の促進を要望するに対し、被告はややもすれば訴訟の引き延ばしを図らんとする風潮があり、訴訟の進行について両当事者の利害が対立する場合の存するのを常とするが、悪質な当事者は、訴訟を遅延させる手段として、証拠申請に名を藉りて大して重要とも思われないような証人尋問を申請したり、あるいは既に採用された証拠調施行を困難ならしめるような非協力的態度をとり、以て時日を徒過遷延させて相手方に多大の迷惑を蒙らせている者が絶無であるといえないのが現状である。従つて、裁判所が証拠調の限度を決するに当つてはよくこの点に留意し、双方当事者の利害を衡平に斟酌した上その取捨を判断しなければならないのは当然であつて、徒らに当事者の言に盲従してその申請を容れ、以て訴訟遅延の結果を招来するようなことのないように戒心すべきは明らかである。
これを本件の場合についてみるに、取寄にかかる東京地方裁判所昭和三十三年(ワ)第三九七一号事件記録に徴すると、右事件で被告である抗告人らが、証人荒深正によつて立証しようとする協同事業契約成立の事業については他の証人安藤喜三郎、同吉岡今吉および被告小沢専七郎本人につき証拠調がされているから、前記証人荒深正は右事業に関する唯一の証拠方法ではないことが明らかである。また裁判官安藤覚が昭和三十五年四月二十六日午前十時の口頭弁論期日(第十四回口頭弁論期日)において証人荒深正の尋問をしないと決定するに至るまでの経過は、まきに原決定の説示するとおりであることが認められるが、右のような経過にかんがみ、同裁判官は同証人により抗告人等の立証しようとする事項につき既に心証(積極的又は消極的の)を得ていたものと推測し得るところであり、かつ訴訟進行に関する双方当事者の利害関係を考慮すると、たとえ同証人の尋問ができなかつた理由が、抗告人らの故意による訴訟引き延ばし戦術に基因するものでないとしても、これ以上同証人尋問のために期日を延期するのは相当でないと認められるから、同裁判官が、第十六回口頭弁論期日においてその前口頭弁論期日に重ねて申請のあつた右証人を採用しなかつたのは相当であるといわなければならない。
(奥田 岸上 下関)