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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)11号 判決 1962年4月26日

原告 丸福油脂工業株式会社

被告 特許庁長官

補助参加人 株式会社加美乃素本舗

主文

原告の請求を棄却する。

原告と被告及び補助参加人との間に生じた訴訟費用は、すべて原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三三年抗告審判第七八九号事件について、特許庁が昭和三五年一月二〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因としてつぎのように述べた。

一  原告は、昭和三〇年三月二日別紙記載のように「花美の素」の文字を、その各字画端を桜花一弁の形になぞらえて左横書にして成る商標(以下、本願商標という。)について、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条の規定による類別第五類(以下、単に旧第五類という。)歯磨及び他類に属せざる洗料を指定商品として登録を出願した。それに対し、審査官は、昭和三〇年商標登録願第五、三五九号として審査の結果、拒絶理由を発見しなかつたので、同年五月一四日出願公告の決定をし、同年六月二七日出願公告がなされたところ、同年七月一四日訴外山敷捨多郎から登録異議の申立があり、さらに、同三二年三月二八日参加人株式会社加美乃素本舗から右登録異議に参加の申請があり、同三三年三月三日右登録異議の参加申請につき許可決定がなされた。そして、同年三月一〇日右登録異議の申立は理由があるものとする旨決定され、同時に原告の出願は拒絶査定を受けた。原告は、この拒絶査定に対し同三三年四月一六日抗告審判を請求したが、特許庁は、昭和三三年抗告審判第七八九号事件として審理の結果、同三五年一月二〇日抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は同月二八日原告に送達された。

二  審決の理由の要旨はつぎのとおりである。

株式会社加美乃素本舗が、草書体風で「加美乃素」の文字を縦書にして成る標章を商品ヘヤートニツク、養毛トニツクに使用し、取引者及び需要者間に広く認識されていることは特許庁においても顕著な事実である。本願商標は「カビノモト」「カミノモト」とも称呼されるから、「カミノモト」と称呼されていることが明らかな上記標章とはその称呼の点において相紛わしく、その外観及び観念上の点において類似の範囲を脱する差異があるとしても、称呼上において互に類似する商標である。しかし、両者の各商品は旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第八号所定の「同一又は類似の商品」とは認められないから、この点における原審の判断は失当なものであり、この限りにおいて原査定は破毀を免れない。しかしながら、両者は称呼上の点から類似するものであるのみならず、前者の商品中シヤンプー、髪洗い粉等の洗料は、主として人間の頭髪に用いられるものにして、この点後者の商品ヘヤートニツク、養毛トニツクと全く同一であり、しかも両者の商品は製造業者、販売取扱業者を同一にする等の点を綜合勘案すれば、たとえその用途、目的、効能等において相違する点があつても、後者がヘヤートニツク、養毛トニツクについて周知著名なる標章である商取引上の事実に徴すれば、本願商標を商品シヤンプーその他の洗料に使用するときは、あたかも株式会社加美乃素本舗の製造販売にかかる商品であるかのように一般世人をして商品の出所につき誤認混同を生ぜしめるおそれなしとしない。してみれば、この点に関する原審の認定は正当というべきであるから、結局本願商標は旧商標法第二条第一項第一一号に該当し、その登録を拒絶すべきものと認める。なお、抗告審判請求人の原審および抗告審における主張と証拠によつては、本願商標が「ハナミノモト」とのみ称呼されるものではない。

三  しかしながら、審決は左の点において違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  審決は、本願商標は、参加人が商品ヘヤートニツク、養毛トニツクに使用している草書体風で「加美乃素」の文字を縦書にして成る標章と称呼の点において類似すると認定したが、両者に類似関係は存しない。すなわち、本願商標は「花」「美」「の」「素」なる四文字より成るが、これは「ハナミノモト」という称呼を有するものであり、その必然性はわが国民性から出発する。「花」はわが国においては桜花を意義し、「ハナミ」は桜を見に行くことでありその下で遊ぶことであることはいうまでもない。しかも、「花美」は美しい花すなわち桜花を直観させ、語頭にある「花」は「ハナ」であるから、自然そのつぎの「美」を「見」に通じさせるのが、わが国の風習からして自然である。その上、各文字の字画端が桜花一弁の形になぞらえられたその外観よりすれば、本願商標は、「お花見」すなわち「花見の素」なる観念で、したがつて、「ハナミノモト」という自然称呼を生ずるのである。参加人は、商標の称呼を判定するに当つては取引の実際に即し、商標より自然に生ずる称呼を客観的に考察することを要し、商標使用者の主観的希望の如きものは顧慮するに値しない旨主張するが、右客観的考察によるべきことについては原告も異議なく、またそれに反する主張もしていない。前述のように、本願商標が「花見の素」なる観念の下に「ハナミノモト」と自然称呼されるという原告の主張は、主観的希望を標準としたものでなく、客観的に考察して取引上自然に生ずるものであることを表明したものであつて、本願商標を客観的に観察すれば、わが国大衆の社会生活下において人々の希望であり親しみ易い「ハナミノモト」を離れて他の無味乾燥な発音を生じる余地は全くない。

審決は、原告が特許庁に提出したA第一二号証ないし第三四号証(当審の甲第二一号証ないし第四三号証と同じ)添附の標章は、本願商標と著しく異ると説示しているが、右標章に表示されている振り仮名は単なる附記的文字であり、要部である「花美の素」は、右振り仮名の有無にかかわらず看者に圧倒的印象を与えることは取引の実験則上明らかであつて、右証拠はそれを明示したものである。振り仮名は要部の随伴者として看者や取引者の期待するところのものが自然に附加されたもので、右附記的文字の存在は要部から生ずる印象や称呼に影響を及ぼすものでない。振り仮名がなくても、「花美の素」は「ハナミノモト」である。

要するに、本願商標は、その外観、観念からしてその称呼は「ハナミノモト」以外になく、これから「カミノモト」なる称呼の生ずる余地がないのにかかわらず、審決が、本願商標の外観について一言も触れず、観念、称呼の基礎となる事実を度外視して、本願商標を「カミノモト」または「カビノモト」と称呼されるとしたのは、社会通念、商取引の実際を無視した判断である。すなわち、本願商標が審決の引用した標章と称呼において類似すると判定した審決は、違法である。

(二)  審決は、「加美乃素」なる標章との対比において本願商標がこれと誤認混同のおそれがある旨説示しているが、標章がこのような単なる文字商標であることは商標使用態様としてありえないところであるし、本願商標の登録異議事件において参加人から参第一号証(当審の乙第六号証)の提出があり、拒絶査定において右参第一号証が引用されていること等からすれば、審決が引用した「加美乃素」なる標章は、右参第一号証の標章を指摘したものと理解される。したがつて、本願商標との比較に当つては、右参第一号証の標章を調査検討の上判断が下さるべきである。

しかるところ、参第一号証の標章はつぎのような構成を有するものである。すなわち、「外箱を展開したほぼ長方形の紙片の全体を緑色に着色し、その表裏に相当する部分に「加美乃素」の文字を黒色毛筆をもつて筆勢颯々と縦書し、その右側に何れも黒色で二行に「イルミノールR」「天然純粋ピノキチオール」の文字を並書し、その下部に「配剤」の文字を書き、左側には何れも黒色で「強力天然女性ホルモン」「ビタミンB6」の文字を右側の文字と対称状に並記し、その下部に「配剤」の文字を書き、それらの上方に円形輪郭内に大国主命とおぼしき人物とうさぎを何れも茶色で線書風に描き、上下に金線を引きこれにそれぞれ「KAMINOMOTO」及び「YOMOSO」の文字を赤色で表わし、これら金帯地の内側に上部は唐草模様を下部は波模様を、それぞれ濃緑地に前記の地色にて抜出し、これら各区帯の中間区帯に何れも黒色で効能、成分、社名等を表示し、左側の区帯にはそれらの英語を表示し下部に定価を表出し、天地には用法、用量等を黒色で表示してできているもの」である。

よつて検討するに、審決が引用した標章の外観は、本願商標の外観と著しく異つている。また、右標章は、その全体、行書体の文字、特に変体仮名の「乃」の文字がいかにも古典的感じが強く、これに大国主命らしい人物とうさぎから成る円形マーク及び唐草模様とが一体となつて一種独特の古めかしい印象を与え、これは養毛、毛生薬の需要者層に適合した観念を生ぜしめるから、前述のとおり本願商標が「花見の素」という観念を有するのと全然相異している。そして、右標章は前示構成上「ミドリカミノモト」「グリーンカミノモト」または「キンセンカミノモト」若しくは「カミノモト」の称呼を生ずるものであるから、本願商標が「ハナミノモト」の自然称呼を生ずるのと称呼上類似するところはなく、両者は明らかに別異のものである。

要するに、商品の出所の誤認混同を生ずるかどうかは、事実上使用されている標章の態様から出発した全体的観察の上において具体的の判断がなさるべきものと信ずるので、抽象的に「加美乃素」なる文字商標との対比において相紛らわしいと判断を下した審決には納得できない。もつとも、文字商標のみを対象とした場合においても本願商標はこれと著しく相異している。

(三)  審決は、「加美乃素」及び「KAMINOMOTO」の標章が商品ヘヤートニツク、養毛トニツクに使用されて取引者及び需要者間に広く認識されていることは特許庁に顕著な事実であり、本願商標を商品シヤンプーその他の洗料に使用するときは商品の出所につき誤認混同を生ぜしめるおそれがあるから、本願商標は旧商標法第二条第一項第一一号に該当するとしている。しかし、その判断の時点に問題がある。右法条の適用に当つてその判断の時点は、登録許否の決定の時によるとの明文の規定のない以上、出願の時を基準とすべきことは、先願主義を建前とする法の精神からして明らかである。現行商標法(昭和三四年法律第一二七号)第四条第三項には出願の時をもつて基準とすべきことが明定されるに至つているのである。この点につき、参加人は、旧商標法の右法条は一般取引の安全を保護し、公益を維持するための公益的規定であり、出願にかかる商標が右規定に該当するかどうかの判断は、登録許否を決すべき当時の取引界の実情に基いて判断すべきであるとしているが、取引の安全、公益とはただ漫然と観念的に考察されるべきことではなく、事案の内容に則して吟味されねばならない。およそ商標に藉体しての不正競争の種類は種々あるが、ある標章の後使用者が先使用者の登録出願後誇大な宣伝をするという不正競争もありうる。特に出願公告後におけるこのような非理行為を是認するならば、あらゆる商標登録出願は常に資本と権力の前にひざを屈しほしいままに奪取される事態を出現し、商品取引の秩序を破壊するに至るであろう。したがつて、判断の時点は出願の時を基準とすべきものと解される。しかるに、審決が、本願商標の出願時である昭和三〇年三月二日の時点において審決が引用した標章が著名であるとの事実を示すものは全くなく、特許庁に顕著な事実でもないのにかかわらず、漫然本願商標につき旧商標法第二条第一項第一一号を適用したのは不当である。

(四)  旧商標法第二条第一項第一一号の規定により登録を拒絶されるには、その原由となる他人の標章が著しく著名な場合であり、かつ、その立証を要する。しかるに、審決は、「加美乃素」の標章は取引者及び需要者間に広く認識されていることは特許庁に顕著な事実であると説示しているけれども、広く認識された程度ではいまだ著名といえない。この点誤りがあるばかりでなく、その著名性はもとより周知性についても何の裏付もないのに、右のように認定したのは違法である。すなわち、本願商標の登録異議申立事件における異議申立人山敷捨多郎と参加人間において主張と証拠に互に矛盾を含み、著名性はもちろん周知性さえ立証されなかつたものであるし、また、引用された標章の使用される商品としてヘヤートニツク、養毛トニツクが掲げられているが、ヘヤートニツクについてはその標章さえ提示されておらず、養毛トニツクについては養毛トニツクそのものはなく提出されている外箱(参第一号証、乙第六号証)は毛生薬のものである。ちなみに、ヘヤートニツク、養毛トニツクは化粧品中の頭髪に用いる液であり、市場取引も化粧品として取り扱われ、旧第三類化粧品に属し、その価格も薬価的高額のものでなく、毛髪に使用するとしても単なる清涼刺激的のものであり、薬効的でないものである。これに対し、毛生薬は薬剤として取り扱われる性質のものであつて、旧第一類に属するとみるのが正しい。以上述べたように多々不明確な点があるのに、漫然と特許庁に顕著な事実であると認定しているのは理解しがたい。

(五)  本願商標は審決の引用した標章と外観、観念、称呼のすべてにおいて著しく相異し、使用される商品においてもまた著しく相異する。そこには、本願商標の「花見に通じる明るい個性の強さ」、引用にかかる標章の「古めかしい個性と毛生薬という性質、用途を持つ商品との結合作用」が働いて、取引者や需要者にそれぞれ別個に訴及され認識されるものであり、両商標を媒体とする二つの取引は相互に全く無関係であることを考えるとき、引用にかかる標章が著名であると否とを問わず、商品の出所につき何ら誤認混同を生ずるおそれはない。

また、本願商標は大正一三年からシヤンプー(初めは髪洗い粉)に使用し周知著名であるから、他にどのような標章が何に使用されようとも商品の出所につき誤認混同を生じさせるおそれはない。この点につき、参加人は「加美乃素」標章は全国的に周知著名であるから、仮に原告の本願商標が取引界の一部において知られていたとしても、取引界の種々の事情を考察すれば商品の出所につき誤認混同を生ぜしめるおそれがあると述べるが、参加人の主張どおりであるとすれば、大正一三年以来引き続き手広く使用している原告の商品との間に誤認混同の事実が発生していなければならない。しかるに、このような事実が現実に発生したことにつき挙証責任者である参加人等は全く立証していないから、この客観的事実は誤認混同を問題とする場合取り上げて考えられねばならない。

(六)  参加人は「加美乃素」標章の使用開始の日時を明示していないが、参加人がさきに登録異議申立事件において昭和三二年三月二八日特許庁に提出した参加申請書(乙第五号証)中には、「参第一号証に示す商標を数年前から使用し云々」と記載されているから、仮にこれに準拠しても、参加人は「加美乃素」標章を僅々数年間使用しているにすぎないことになる。これに対し、原告は大正一三年から本願商標を使用していることからすれば、右僅々数年間の使用は反証のない限り悪意と認められねばならない。このような正当でない行為によつて既成事実を形成し、もつて永年使用されて信用を獲得している原告の本願商標の登録を阻止するというのであつては、法律が不正競争を防止し取引の秩序の維持を図つていることと矛盾する。審決がこの要点を全く審理しないで、旧商標法第二条第一項第一一号を適用して本願商標の登録を拒絶したのは、事実に眼をおおい法の適用を誤つたものである。

四  以上の理由により、本願商標を商品シヤンプーその他の洗料に使用しても、一般世人をして商品の出所につき誤認混同を生ぜしめるおそれがないのにかかわらず、審決が本願商標を目して旧商標法第二条第一項第一一号に該当するものとしたのは違法である。その判断は出願の時を基準とすべきものであるが、仮に登録許否の決定の時を基準としてさえ結論を同じくするのである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因に対しつぎのように述べた。

一  原告主張の請求原因一及び二の事実を認める。

二  同三の主張はこれを争う。審決が引用した標章は別紙記載のように草書体風で「加美乃素」の文字を縦書にして成る標章であり(以下、引用標章という。)、参加人がこれを化粧品の一種であるヘヤートニツク、養毛トニツクに使用しているのである。審決は右引用標章との対比において本願商標は旧商標法第二条第一項第一一号に該当する旨判断したものであるが、審決に違法のないことはつぎに述べるとおりである。

(一)  本願商標はどのような称呼を有するであろうか。「花」は「カ」「ケ」と読まれ、「美」は「ビ」「ミ」と読まれるが、「花」を「ケ」と読み用いることがないから、「花美」は「カビ」または「カミ」と読まれることになり、本願商標は「カビノモト」「カミノモト」と称呼される。原告は本願商標は特殊の観念を有するとし、それとの関連上「ハナミノモト」なる称呼が出ると主張しているが、本願商標は「花美の素」なる形象であり観念のない文字より成るのにかかわらず「花見の素」なる観念を有し「ハナミノモト」という称呼を生ずるというのは、自然さを欠く。さらに、一個の標章から数個の称呼の生ずることのあることは原告の是認するところであり、本願商標から原告主張の「ハナミノモト」なる称呼が生ずることもあるにせよ、被告主張のように「カビノモト」「カミノモト」なる称呼が生じないということにはならない。したがつて、本願商標が「カビノモト」「カミノモト」なる称呼を有するとした審決は正当である。

(二)  原告は旧商標法第二条第一項第一一号に該当するかどうかの判断の時点は、出願の時であると主張するが、右は登録許否の決定の時と解するのが正当である。すなわち、旧商標法は純然たる先願登録主義のもとにおいてただ旧商標法第九条を例外として認めていた。この点現行商標法においても同様であるが、現行法は特に第四条第三項を設けたのである。このように現行法が出願の時としたのは、現行法のもとにおいて保護を受ける形象は、商標に使用されているものであるからにほかならないのであつて、旧法のもとにおいては将来ある商品に使用する意思さえあれば足るという建前であつたから、判断の時点を登録許否の決定の時とされていたのである。つまり、旧法と現行法とは保護の対象となる商標の観念に相異あることに基因しよう。

(三)  参加人は昭和一二年頃から引用標章を商品ヘヤートニツク、養毛トニツクに使用し、右引用標章は本件出願当時すでに日本国内において取引者、需要者間に顕著に認識されるに至つていたから、仮に前示判断の時点につき原告の見解に立つてみても、審決の正当なことに間違いはない。そして、参加人はさらに商品の品質改良に努力し種々の発明に基いて商品を製造し、当該商品に引用標章を使用しているのである。

(四)  本願商標を使用しようとする商品は歯磨及び洗料であり、原告の主張によるとシヤンプー(髪洗い粉)に用いている。これに対し、参加人は引用標章を養毛、毛生剤と称する化粧品なるヘヤートニツクすなわち養毛トニツクに使用しているが、右は化粧品界においてヘヤートニツクまたは養毛トニツクと称されている商品であり、それは薬剤に属する毛生薬ではなく、旧第三類(現行類別第四類)化粧品に属する商品である。しかして、右シヤンプーとヘヤートニツクとは共に頭髪に用いる点並びに製造販売等が同一業者によつてなされる点よりして、両商品は同種の商品として取り扱われているのであり、商取引の実際に徴すれば、両商標は競争関係にある商品であるといえよう。したがつて、商標保護の目的からすれば、若し両商品間において他人の商標をその一つに用いるならば、商品の出所につき混同を生ずる基因を作る。

第四参加人の主張

参加人訴訟代理人は、被告を補助するため参加の申出をなし、つぎのように述べた。

(一)  商標の称呼を判定するに当つては、取引の実際に即し商標より自然に生ずる称呼を客観的に考察することを要し、これをもつて商標類否判定の標準とすべきであり、商標使用者の主観的希望の如きものは顧慮するに値しない。原告は、本願商標の外観と語義から特殊の観念を生成し、ひいて「ハナミノモト」という自然称呼を生じ、「カミノモト」という称呼の生ずる余地はないと主張するが、右主張は原告の主観的観察に基く意見であり、それは極めて特殊の語感、文学的素養を有する特定の人ないし特別の予断偏見を有する利害関係者について言いうるかもしれないけれども、一般世人に通用しない所論である。本願商標の指定商品である旧第五類歯磨及び他類に属せざる洗料の需要者の大部分の階層において、「花美の素」の文字を見て、原告の主張するように、美しい花、桜花を直観し、特殊の「桜の花」を観念し、これを必ず「ハナミノモト」とのみ称し、「カミノモト」とは全く称呼する余地がないというようなことは、実際にはありえない。もちろん、中に「ハナミノモト」と称する者もあろうが、商標は実際上は直感的に簡単でしかも呼び易い称呼をもつて呼ばれるのが通則であるから、「花美の素」の文字を見た通常人は、「花王」「花瓶」「花期」「花弁」「花壇」等日常使いなれた呼び方に従い、普通には「カミノモト」「カビノモト」と呼ぶのが自然であるといわなければならない。

また、原告の所論は、商標は商品について使用されるものであり、その称呼も使用される商品との関係において考察されなければならないという根本原則を無視した誤りがある。すなわち、本願商標の指定商品がお花見、ピクニツク等に関係ある商品、例えば、団子、弁当、菓子、飲料またはそれらのインスタント式材料のようなものであれば、あるいは「花見の素」に通ずることがあるかもしれない。しかし、本願商標の場合は、商品シヤンプーである。商品シヤンプーとお花見との間にどのような観念連合があるであろうか。一般人の常識からすれば、シヤンプーは髪を美しくするために用いるものであるところから、これとの関連において本願商標は「花のように美しい髪(カミ)のもと」「髪(カミ)を花のように美しくするもと」との観念を想起せしめるとともに、髪の称呼をそのまま美しい感じの「花美」のあて字で表わし、「カミノモト」と読ませるものであろうと推量するのが通常であろう。したがつて、「カミノモト」と称呼するのが最も自然である。審決の判断は正当である。

なお、審決がA第一二号証ないし第三四号証につき本願商標と著しく異なつていると説示したのは当然である。すなわち、「花美の素」なる商標が必ず「ハナミノモト」とのみ称呼され「カミノモト」とは称呼されることがないかどうかの問題を考察する際に、「花美の素」なる商標に「ハナミノモト」と振り仮名がついているかどうかの差異は、称呼の判定上重大な影響を有することは多言を要しないところで、振り仮名を単なる附記的文字として無視することはできない。原告の主張は失当であり、審決の判断こそ正当である。

(二)  原告は、審決が引用した標章は具体的には乙第六号証に示す構成を有するものであると述べているが、参加人の標章として商品ヘヤートニツク、養毛トニツクについて世人に広く認識され記憶されているものは、右乙第六号証に示されたもののみに限られるものではなく、新聞、雑誌、ラジオ、テレビ等に使用される「加美乃素」なる文字よりなる標章またはその呼名である「カミノモト」なる音である。呼名すなわち語音それ自体が標章となりえないことはいうまでもないが、ラジオ、テレビ等において「カミノモト」と称呼されることによつて、世人が参加人においてこれをその商品に使用する「加美乃素」標章の呼名を表彰するものとして広く認識するに至つたときは、この呼名と同一または類似の称呼を有する商標を同一営業において取り扱われる蓋然性のある商品について使用すれば、参加人の商品と出所につき混同を生ずることのあるのは当然である。審決が引用した参加人の「加美乃素」の標章とは、原告が具体的構成として述べているものに限られるものではなく、広く「加美乃素」なる文字より成る標章をいつているのである。

(三)  旧商標法第二条第一項第一一号の規定は、一般取引の安全を保護し、公益を維持するための公益的規定であり、出願にかかる商標が右規定に該当するかどうかの判断は、その登録許否を決すべき当時の取引界の実情に基いて判断すべきものであることは、判例、学説のほとんど一致した見解である。本件についていえば、登録許否を決した最終時すなわち本件審決時である昭和三五年一月二〇日を標準として判断すべきである。

(四)  前段記載の判断の基準時点につき原告の主張に従つても、引用標章は、本願商標の出願時である昭和三〇年三月二日のはるか以前から、拒絶査定時である同三三年三月一〇日を通じ、さらに審決時である同三五年一月二〇日に至るまで引き続き参加人の製造販売にかかる商品ヘヤートニツク、養毛トニツクに使用され、取引者、需要者間に著名となつていたものであつて、そのことは登録異議申立事件において異議申立人訴外山敷捨多郎及び当参加人提出の多数の証拠により明らかなばかりでなく、特許庁に係属した他の事件等に関連して特許庁に顕著な事実となつていたのである。当審において提出された乙、丙号証によつても十分認められるところである。

つぎに、原告は、商品ヘヤートニツク、養毛トニツクは化粧品であり、引用標章の使用される商品は養毛剤(毛生薬)で、両者全く異るもののように陳述しているが、商品についての認識が十分でない。ヘヤートニツク、養毛トニツク(これらの名称は必ずしも一定の内容をもつものとして区別されているわけではなく、他の特別の名称が付されているものもある。)が化粧品中の頭髪に用いる液であり、市場取引も化粧品として取り扱われていることは、原告のいうとおりである。しかし、これらのヘヤートニツク、養毛トニツクは単に清涼刺激的作用をもつているというだけではなく、いずれも、ふけ、かゆみ或は脱毛の除去防止毛髪の栄養補給、生育促進等の養毛作用を有している。このことは市販の商品や広告を見れば何人も直ちに知りうることである。もつとも、ヘヤートニツク、養毛トニツクの中でも右養毛作用が大でことに発毛作用をもつものは、旧薬事法(昭和三五年八月一〇日法律第一四五号薬事法により廃止)の規定により公定書外医薬品として厚生大臣の許可を受けて製造することになつていたが、右公定書外医薬品となつていたものも取引の実情においては他のヘヤートニツク、養毛トニツクと同様、やはり化粧用の髪液として取り扱われているのである。参加人が引用標章を使用している商品も右のように養毛作用、毛生作用をもつた化粧用の髪液であり、その作用の強弱により普及用、強力、特製強力の三種類があるが、取引上はヘヤートニツク、養毛トニツクの範ちゆうに属する商品として取り扱われるものである。そして、いずれも公定書外医薬品として製造許可を受けているが、他のヘヤートニツク、養毛トニツクと同様化粧品と同一営業部門で扱われているものであつて、その昔喧伝された「あるべき所に毛のない」人に用いるいわゆる毛生薬とは全然似ても似つかぬものである。ただ、右のうち特製強力の「加美乃素」は高価な発毛剤等を多量含有し、価格も他と比して格段の差があり、毛生作用その他の薬効も著しく、むしろ医薬的養毛、毛生料を主とした化粧料として取引者、需要者間に著名となつているものである。このように、引用標章は養毛、毛生作用をもつた化粧用髪液、すなわち、いわゆるヘヤートニツク、養毛トニツクに使用されて周知著名となつているのである。

なお、原告は、旧商標法第二条第一項第一一号を適用するには引用標章が著名でなくてはならないのに、審決が広く認識された程度をもつて右法条を適用したのは不当であると主張しているが、周知とか著名とかの用語は講学上用いられるものであり法律上一定した用語ではない。審決が引用標章を右法条を適用する程度に広く認識されている標章であると認定したことはひつきようその著名性を認めての結論にほかならない。そのことは、審決中原告引用部分の後に、「後者(引用標章を指す)がヘヤートニツク、養毛トニツクについて周知著名なる標章である商取引上の事実に徴すれば」とあることによつても明らかである。

(五)  原告は、本願商標は大正一三年以来シヤンプー(初めは髪洗い粉)に使用し、周知著名であるから、他のどのような標章が何に使用されようとも商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれはないというが、ある商標を用いることがその商品の出所につき誤認混同を生ぜしめるおそれがあるかどうかは、取引界の諸般の事情に基いて決定すべきであつて、参加人が引用標章を使用したヘヤートニツク、養毛トニツクを全国的にさらに外国にまで販売し、永年の研究による品質の優秀なこと、年々二億円に上る巨額の費用を投じて全国多数の新聞、雑誌、ラジオ、テレビ等あらゆる機関を通じて宣伝広告につとめたことによつて、引用標章が全国的に周知著名となつていること、そして、両商品ともに髪に使用されること、しかもほとんど同一店舗において取り扱われるものであること等の事情を考察すれば、仮に、本願商標がシヤンプーに使用され取引界の一部に知られていたとしても、引用標章との間に商品の出所につき誤認混同を生ぜしめるおそれのあることは明瞭である。

なお、原告は、商品の出所につき事実上誤認混同を生じたことのないことは、挙証責任者たる参加人等が誤認混同の事実の存在を立証しなかつたことによつて明らかであるとしているが、商標法の趣旨よりすれば、出願にかかる商標が取引界の諸般の事情から商品の誤認混同を生ぜしめるおそれがあると認められる以上、登録を拒絶されるものであつて、あえて現実に誤認混同を生じたことを必要とするものでない。したがつて、右立証をしなかつたからといつて、事実上誤認混同がなかつたとか、またそのおそれがないということにはならない。

(六)  原告は、本願商標は引用商標よりも約三〇年前から使用しているものであり、僅々数年にすぎない引用標章の使用は反証のない限り悪意と認められなければならないと断じているが、本願商標は公示されたものでもなく、特に宣伝広告されたこともなく、参加人はそのような商標の使用は全然知らず、また知りうるような状況でなかつたのであつて、反証のない限り悪意と認めるなどということは、独善的な見解に過ぎない。このような妄断を前提として参加人が正当でない行為で形成された既成事実をもつて他人の登録出願の打破を図つているなどと非難するのは失当である。

第五証拠関係<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、本願商標は、別紙記載のように「花美の素」の文字をその各字画端を桜花一弁の形になぞらえて左横書にして成る商標であり、原告が昭和三〇年三月二日に旧第五類歯磨及び他類に属せざる洗料を指定商品として登録出願したものであることは、当事者間に争なく、審決が引用した標章は、別紙記載のように行書体風で「加美乃素」の文字を縦書にして成る標章(以下、引用標章という。)であり、参加人が商品ヘヤートニツク、養毛トニツクに使用しているとされたものであることは、成立に争のない甲第二号証(審決)に照し明らかである。以下、原告の主張に従い順次検討を加える。

(一)  本願商標と引用標章との称呼の類否について。

本願商標「花美の素」の四文字のうち、「花」は「カ」または「ケ」と音読され、「美」は「ミ」または「ビ」と音読されるが、右のうち「花」を「ケ」と音読する以外は極く平易な読み方であるから、指定商品である歯磨及び他類に属せざる洗料の取引者、需要者にとつて本願商標を「カミノモト」または「カビノモト」と読むことは容易に考えられる読み方であるといいうる。このように本願商標を「カミノモト」と読むことが容易に考えられる読み方であり、ことに、右指定商品との関連上「花のように美しくなる素」という観念を生じ、原告が自ら認めるように商品シヤンプーに使用された場合には、「髪を花のように美しくする素」という観念を生じることも自然であることを併せ考えれば、本願商標が「カミノモト」という称呼を生ずることは極めて自然であると解せられる。

原告は、本願商標は各字画端を桜花一弁の形になぞられた外観と各文字の有する意義と相いまつて、「花見の素」なる観念を生じ、ひいて「ハナミノモト」という称呼を生じるのであり、それ以外の称呼は存在の余地がない旨主張しているので、この点について考えるに、「花」は訓読すれば「ハナ」であり「美」は「ミ」と音読されるから、本願商標から「ハナミノモト」という称呼の出ることは疑いがない。また、本願商標の頭字「花」は原告主張のようにわが国においては「桜花」の意義に使用される事例の少なくないことはこれを認めることができるけれども(成立に争のない甲第一〇号証の一ないし四、第一一、第一二号証の各一ないし一三、第一三号証の一ないし一五、第一四号証の一ないし一一、第一五号証の一ないし七、第一六、第一七号証の各一ないし四、第一八号証の一ないし五、第一九、第二〇号証の各一ないし六参照)、第二字目の「美」が「見」に発音上通じるところがあるからといつて、また、各字画端を桜花一弁の形になぞらえた外観を呈しているからといつて、本願商標の指定商品の取引者、需要者を含む一般世人が、これから「花見の素」という観念を必ずいだくものと断定するのは、わが国一般の国民感情が桜花や花見に特別の愛着を持つていることを考慮に入れても、いささか困難であると言わざるをえない。もし、「花」という字が「花見」の意義に必然的に結びつき、また、「花美」の文字が「花見」以外の場合に用いられないという用例があるとか、指定商品が「花見」と密接不離の関連を有する商品であるならば、あるいは原告の主張を支持する余地もあるかもしれないけれども、「花」とか「花美」の文字の意義、用例をこのように限定的に解せられないことは改めて説くまでもなく、また、指定商品との関連を考えても、歯磨及び他類に属しない洗料は「花見」と直接関係のない商品である以上、原告の主張はとうてい採用できない。

なお、原告は、審決が本願商標とA第一二号証ないし第三四号証(甲第二一号証ないし第四三号証)に添附の包装袋に顕出されている標章(該標章は楷書体で縦書にした「花美の素」の文字とその右方に振り仮名として書いた「ハナミノモト」の片仮名で構成された部分を要部としている。)とは著しく異るとしたことを不服としているが、およそ、主として漢字より成る文字商標の称呼を求めるに当り、右文字商標に振り仮名を附したもののみに依拠してその称呼を探求することの不当なことはいうまでもない。右標章のように「花美の素」の文字に「ハナミノモト」なる振り仮名があれば、これを見かつ読む者がこれを「ハナミノモト」と称するのは必然的であろうけれども、そうであるからといつて、右振り仮名は単なる附記的記載であり、振り仮名があつてもなくても「花美の素」なる文字からは「ハナミノモト」という称呼のみしか生じないという原告の主張は当をえない。したがつて、甲第二一号証ないし第四三号証に添附のシヤンプーの包装袋に顕出されている標章は、弁論の全趣旨に徴し原告の使用にかかるものであることを認めることができるが、右は原告の主張を支持すべき資料として採り上げるわけにいかない。

してみれば、引用標章が「カミノモト」なる称呼を有することは明らかであるから、本願商標は引用標章と称呼の点において類似するものというべきである。審決の判断は正当である。

(二)  審決の引用した標章はどのような標章であるか。また、その使用の事実の存否について。

原告は、審決の引用した標章は、参加人が登録異議申立に際し提出した参第一号証(乙第六号証)外箱を展開したときその表面、裏面、左右両側面、上下側面に表示された全体を一個の標章として観念し、これを引用したものである趣旨の主張をするけれども、審決の記載に徴すれば、審決の引用した標章が、別紙記載のような「加美乃素」なる文字商標であることは前示認定のとおりである。

原告は、右審決が引用したような「加美乃素」なる文字商標は参加人が提出引用した商標使用の態様と異る旨主張するけれども、参加人が右文字商標を使用していたことは、後記(四)に認定するとおりである。そして、参加人の使用するものであることにつき争のない乙第六号証外箱もまた右事実認定の資料となるものと解せられる。しかるところ、商標は取引者、需要者が他の商品と識別することを可能ならしめるために使用されるものであるから、登録商標は格別として、未登録商標にあつては、取引界の実情から客観的に観察して取引者、需要者が何をもつて営業にかかる商品であることを表彰する商標として認識するかということにかかつているといわざるをえない。この場合、迅速を旨とする取引界においては、なるべく簡潔な統一的な形態を示すものをもつて営業にかかる商品であることを表彰するものとこれを認識するのが通常であると解せられるから、文字、図形等が多数表示されているときは、他の部分と分離しても個別性、独立性を具備しているものは、その部分を一個の商標として認識するものと考えられる。そして、このように認識されるものがはじめて取引の過程において商標としての機能を果しうるのである。この観点に立つて乙第六号証外箱をみるに、それを展開すれば、ほぼ原告主張のような表示が認められ、複雑な構成を示しているが、右表示のうち、大国主命とうさぎを描いたと思われる円形の図形と、「加美乃素」「KAMINOMOTO」「YOMOSO」の各文字は、それぞれ簡潔な統一的な形態を示しており、その他の部分と分離して個別性、独立性を具備しているから、これらをそれぞれ一個の商標と把握することができる。したがつて、乙第六号証は、参加人が「加美乃素」なる文字商標を使用していた事実認定の資料となりうる。

右のとおりであるから、審決が「加美乃素」なる文字商標を引用して本願商標の登録の許否を判定したのは正当である。

(三)  旧商標法第二条第一項第一一号を適用する場合の判断の時点について。

旧商標法第二条第一項第一一号が商品の誤認又は混同を生ぜしめるおそれのある場合を登録拒絶の事由としたのは、取引の安全を保障し、公益の維持を目的としたものと解されるのであり、このことは、同法第二二条第二項において右規定の違反を理由とする無効審判の請求は利害関係人のみでなく審査官もこれを請求することができる旨定め、また、同法第二三条但し書において右規定の違反を理由とする無効審判請求には除斥期間を設けていないこと、さらに、同法第一一条但し書において右規定に該当する場合を商標権の更新登録不許の事由と定めていることからして、これをうかがうことができる。そして、右第一一号が公益的規定であるとすれば、これに該当するかどうかの判断は、登録許否の決定の時すなわち出願について登録の許否を決すべき査定の時、また抗告審判に対し登録の許否を決すべき審決の時をもつて判断するのでなければ、右法律の趣旨は達成されないであろう。この点につき、原告は、出願の時を判断の基準時点とすべきであると主張するが、たとえこの見解に準拠するとしても、本願商標の出願当時すでに引用標章が著名であつたことは後記(四)に認定するとおりであるから、この基準時点に関する見解のいかんは、直接本判決の結論について相違を生ぜしめるものでない。

(四)  引用標章の著名なことについて。

成立に争のない乙第五ないし第一一号証、第一二号証の一、二、第二一号証の九、丙第一一号証の一ないし一九、第一二号証の一ないし八並びに証人乃万令三の証言と弁論の全趣旨によれば、参加人はおそくとも昭和二九年には設立されていた会社であり、同会社代表取締役山敷捨多郎がかねて個人で経営していた事業を引き継いでヘヤートニツクの製造販売業を営み、その製品に引用標章を使用しているが、毎年巨額の費用を投じて全国主要新聞、多数の月刊週刊の雑誌、多数のラジオ放送、テレビ放送を通じて全国的に大々的に宣伝広告につとめ、その宣伝広告費は少くとも昭和二九年度は金七〇、九四三、〇〇〇円、同三〇年度は金一二四、四六七、〇〇〇円、同三二年度は金二〇五、九三一、七〇〇円に達し(乙第七ないし第一一号証の合計金額)、引用標章を附した商品を多量に製造販売して現在に至つている事実を認めることができ、前示乙第五、第六号証と証人乃万令三の証言によつて真正に成立したものと認められる丙第八二号証と同証言を綜合すれば、参加人はおそくとも昭和三二年三月以降右商品につき旧薬事法の規定(昭和三五年法律第一四五号薬事法によつて廃止された昭和二三年法律第一九七号薬事法第二六条第三項)に従い公定書外医薬品の製造許可を受けていた事実(参加人は参第一号証すなわち乙第六号証を昭和三二年三月二八日特許庁に提出したが、右参第一号証外箱には公定書外医薬品の表示がされている。)を認めることができる。成立に争のない乙第一号証、第二号証の二、三、第三号証の二ないし二九、第四号証の二ないし二一によれば、右認定の参加人会社設立時以後も山敷捨多郎個人が引用標章を使用し、その宣伝広告につとめた結果、同人個人の標章として著名であつた趣旨の記載があるけれども、前示各証拠と対比すれば、会社設立以後右標章を使用したのは参加人であり、その宣伝広告も会社の営業活動としてなされたものと認めるのを相当とし、右乙号各証は右認定を妨げないと認められ、その他右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、参加人の右宣伝広告活動並びに商標使用の実情が右認定のとおりである事実に徴すれば、引用標章は本願商標の出願時である昭和三〇年三月二日当時すでに参加人の製造販売にかかる商品ヘヤートニツクに使用されて著名となつていたものであり、その後公定書外医薬品の製造許可を受けたが、登録拒絶査定時である同三三年三月一〇日を経て審決のなされた同三五年一月二〇日まで引き続き著名であつたものと認められるのである。

右のように、引用標章の使用される商品がヘヤートニツクであるとすれば、それは旧第三類化粧品の一つであり、公定書外医薬品であるとすると、その場合は毛髪用の外皮用薬剤として旧第一類薬剤の一つであるわけであるが、右いずれにしても、引用標章は本願商標の出願の時から本件審決の時まで著名であつたものである。

なお、審決中に、引用標章が広く認識せられたものであるとの文言をもつて説明している箇所もあるが、それが旧商標法第二条第一項第一一号を適用する場合に引用標章に要求される著名の程度を引用標章が具備していることを説示したものであることは、審決全文の趣旨から明らかである。

(五)  商品の出所につき混同を生ずるおそれがあるかということについて。

引用標章の使用される商品がヘヤートニツクであるとすると、それは旧第三類化粧品の一つであり、公定書外医薬品であるとすると、その場合は毛髪用の外皮用薬剤として旧第一類薬剤の一つであることは、前段認定のとおりである。しかして、前掲丙第八二号証と成立に争のない丙第七〇号証の一ないし三、第七一、第七二号証の各一、二、第七六、第七七号証、第七八号証の一、二、第七九号証、第八〇号証の一、二、第八一、第八三、第八四号証及び証人乃万令三の証言によると、ヘヤートニツクは爽快感を与えるほか、ふけを除去し、脱毛を防止し、毛根に栄養を補給し、生育を促進する等の養毛作用を多少とも有するのであるが、公定書外医薬品となつているものはその養毛作用において強力な効能を備えるほかは格別の特長はなく、取引者、需要者もそのように認識していることが認められ、そのことは、例えば、株式会社資生堂の製品において資生堂ヘヤートニツクと称する製品がある場合に、公定書外医薬品には資生堂ヘヤートニツクスペシアルとの名称を附し、三共ヨウモト株式会社の製品においてヨウモトニツクと称する製品がある場合に、公定書外医薬品には強力ヨウモトニツクとの名称を附していることに現われているし、また、取引の実際において右公定書外医薬品も化粧品として広告販売されている事例も多い事実にも現われている。右事実に徴すれば、取引者、需要者は商品ヘヤートニツクと右公定書外医薬品の製造許可を受けている商品とを近似の商品と認識しているとみて差し支えなく、参加人が公定書外医薬品の製造許可を受けているものも商品ヘヤートニツクと近似の商品と認識されていると認められるのである。

よつて進んで検討するに、本願商標の指定商品である歯磨、洗料と引用標章の使用されている商品ヘヤートニツク(公定書外医薬品である場合を含む。以下同じ。)とは、商品の種類、用途に差異はあるが、いずれも美容ないし美化洗じようの効果のある商品であり、また、必ずしもその製造発売元を異にするものでないことは例えば株式会社資生堂において歯磨、シヤンプー、ヘヤートニツクのすべてを製造販売していること当裁判所に顕著な事実に徴してもこれをうかがうことができるし、かつ、これらの商品はしばしば同一店舖において公衆に販売されるものであるから、前示のとおり引用標章が著名であることにかんがみれば、これと称呼を同じくする本願商標をその指定商品について使用するときは、取引者ことに一般需要者をして当該商品が参加人の製造販売にかかる商品であると誤信せしめるおそれが多いと認められる。特に、本願商標を商品シヤンプーに使用すれば、シヤンプーとヘヤートニツクは共に頭髪に用いられその目的は共に頭髪を清潔にし美化することにあるから、取引者、需要者をして参加人が引用標章のもとにシヤンプーを製造販売するに至つたものと連想せしめるおそれがはなはだ大きい。されば、本願商標は商品の出所について混同を生ずるおそれのある商標であるから、旧商標法第二条第一項第一一号に該当するものとして登録することのできないものである。

原告は、本願商標は大正一三年から商品シヤンプー(初めは髪洗い粉)に使用し周知著名であるから、他のどのような標章が何に使用されようとも商品の出所につき混同を生じさせるおそれはなく、参加人の商品と現実に混同を生じた事実は立証されていないと主張する。よつて案ずるに、成立に争のない甲第八、第四四、第四五号証と弁論の全趣旨によると、原告会社代表取締役笹川祿郎は大正一三年から個人で粉石鹸、髪洗い粉等の製造販売業を営み、昭和一六年九月三〇日会社組織に改めた後は、原告会社においてその営業を譲り受けて石鹸及び油脂類洗剤等の製造販売を業としているものであること、そして、大正一三年当時から髪洗い粉を製造し、後にはシヤンプーを手がけたが、右商品には「花美の素」の文字に片仮名文字で「ハナミノモト」と振り仮名を附した標章(甲第二一号証ないし第四三号証に添附のシヤンプーの包装袋に顕出されている。)を附していたことが認められるのであつて、本訴に提出された証拠によつては、本願商標のように振り仮名の附されていない「花美の素」なる標章が使用されそれが周知著名であつた事実を認めることができないのみならず、およそ、商品の出所の混同を生ずるかどうかということは、当該商品の取引者、需要者の一般的な注意の程度に照し商標自体となお客観的な諸般の事情からしてそのおそれがあるかどうかという問題であり、そのおそれの存在する以上、現実に混同の事実があつたかどうかということによつては直ちに左右されないから、原告の右主張も採用できない。

(六)  原告の主張(六)について。

原告は、参加人の引用標章の使用は僅々数年間にすぎず右悪意の使用によつて既成事実を形成し原告の本願商標の登録を阻止するというのであつては、法律が不正競争を防止し取引の秩序の維持を図つていることと矛盾すると主張する。しかし、原告がかつて本願商標を使用した事実を認めるに足る証拠のないことは前段に説示したとおりであるばかりでなく、参加人がなんらか不正の意図をもつて引用標章を使用したことを認めるべき証拠は全く存在しないから、右主張もとうてい採用できない。

三、以上の理由により、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九四条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 吉井参也)

本願商標<省略>

引用標章<省略>

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