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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)57号 判決 1962年9月18日

原告 谷川正士

被告 合資会社日本蝋燭製造所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「特許庁が昭和三三年審判第五五七号事件について昭和三五年六月二九日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」

との判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、別紙目録第一記載の登録第一三一四三六号意匠(以下本件登録意匠という。)の権利を有するものであるが、特許庁に対し昭和三三年一〇月二八日、被告がそのローソク容器に現わす別紙目録第二記載の意匠(以下(イ)号意匠という。)は本件登録意匠の権利範囲に属するものであるとの権利範囲確認審判の請求をし、昭和三三年審判第五五七号事件として審理された結果、昭和三五年六月二九日右申立は成り立たないとの審決があり、同審決の謄本は、同年七月六日原告に送達された。

二  本件審決の理由の要旨は、本件登録意匠と(イ)号意匠とを比較し、「両者は、その外形においては酷似するものであるが、表面に表わされた模様の有無の著しい差異があるばかりでなく、表面および背面に表わされた窓の位置等にも差異があるから、両意匠は、これを類似した意匠と認めることができない。請求人(原告)は、容器における梯形形状は新規な点であり、看者に圧倒的な印象を与えると主張しているが、(イ)号意匠を全体として観察してみて、その形状が支配的要素となつているとは認められない。したがつて、(イ)号意匠は、本件登録意匠の権利範囲に属するものとすることができない。」というのである。

三  しかしながら、本件審決は、つぎのとおり、本件登録意匠の権利範囲を実験則に違背して誤つて解釈したか、審理不尽の違法があり、取り消されるべきである。

すなわち、(一)本件登録意匠は、正面および背面を正方形に近い梯形に、両側面を短ざく形に近い梯形に、底板と蓋板とを短ざく形にそれぞれし、正面および背面には上位左方の隅角部を斜切した正方形に近い窓孔を設けたローソク容器の形状および模様の結合にかかるものであり、一方、(イ)号意匠は、正面および背面を正方形に近い梯形に、両側面を短ざく形に近い梯形に、底板と蓋板とを短ざく形にそれぞれし、正面および背面には正方形に近い梯形の窓孔を設け、正面、背面および両側面の下端部に太い横線を表わし、その横線を続けて底をベタ塗りにし、正面、背面および両側面の上部に下端の横線より少し細い横線を描き、その他の部分にごく細い斜めの碁盤目模様を表わしたローソク容器の形状および模様の結合にかかるものである。

(二)そして従来、ローソク容器はもちろん、その他の容器としても、本件登録意匠のような梯形は存在しなかつた。

そこで、本件登録意匠と(イ)号意匠とを対比してみると、両者は、全体として形状がまつたく等しく、ただ正面および背面の窓孔の形状をしさいに観察すれば多少の差異はあるが、これも容器に各種色彩のローソクがいれられるのを常とすることを考えるときその差異はますます目立たないものであり、全体の梯形および正面と背面に窓孔を設けたことが見る者に圧倒的印象を与えるから、見る者の受ける趣味感は明らかに類似している。なるほど、(イ)号意匠は、本件登録意匠にはない斜めの碁盤目模様(菱格子模様)や太い横線等の模様を有しているけれども、それは、本件登録意匠に多少の模様を付加したに過ぎないものであり、結局、本件登録意匠を実施するのでなければ自己の意匠を実施することができないから、本件登録意匠の権利範囲に属することが明らがである。それにもかかわらず、審決が表面、背面、両側面および蓋板等に表わした模様の有無を重視して両者を類似でないとしたのは事実誤認か審理不尽にもとづく違法をおかしているものである。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  主文同旨の判決を求める。

二  請求原因第一、二項の事実は、被告が(イ)号意匠をローソク容器に使用して来たことを含め、すべて認める。

同第三項の点は、そのうち(一)の点を認めるほか、これを争う。本件登録意匠にかかるローソク容器は、種々の色のねじれた細いバースデーキヤンドルを収納するものであるが、この種バースデーキヤンドルは外国ことに英米等で古くから使用され、その容器も、ローソク自体のかたちが下部より上部へ細くなつていることから、本件登録意匠のような梯形のものが自然に用いられ、その形状は古くからありふれているものであり、したがつて、原告の本件登録意匠の登録請求の範囲も、形状および模様の結合とその公報に明記されており、梯形という形状そのものにはないのである。

原告の本件登録意匠と(イ)号意匠とを対比すると、両者は、つぎのとおり異なる。

(一)(形状) 本件登録意匠においては、正面の形状を縦の長さが底面の横幅とほぼ同長で上方にいたるに従つて漸次やや幅狭くなつた梯形であるのに対し、(イ)号意匠においては、正面の形状を縦の長さが底面の横幅よりやや短かく上方にいたるに従つて漸次やや幅狭くなつた梯形である。そして、この差異の度は明らかである。

(二)(模様) 窓孔のかたちおよび位置は、本件登録意匠においては、窓孔を正面および背面の上部に寄せ、左上の隅角部を隅切にその他の三隅を隅丸にした大きい梯形であるのに対し、(イ)号意匠においては、正面および背面の中央に四隅を隅丸にした大きい梯形である。前者は不整形美であるのに対し、後者は対称美である。

また、(イ)号意匠においては、正面、背面および両側面の下縁部に太い帯状の濃色部を表わし、その模様を続けて底面を濃色にし、正面、背面および両側面の上縁部に下縁部の濃色部より少し細い帯状濃色部を描き、その他の部分に菱格子状の模様を表わしているのに対し、本件登録意匠にはこのような濃色部模様、菱格子模様がまつたくない。

そして、本件登録意匠と(イ)号意匠とは、ともにローソク容器における形状と模様との結合にかかるところ、その形状において多少の相似点があるとしても、その形状と結合すべき模様が存在し、その模様が両者において右のとおり確然と相違する以上ローソク容器の形状および模様の結合意匠としては、その外観から受ける審美的視覚による美的感覚が別異であり、両者は異なる意匠である。なお、被告が(イ)号意匠を使用し始めた昭和三三年九月以来取扱者需要者において両者について混こうを生じた事例をみないのである。

原告の本訴請求は理由がない。

第四証拠<省略>

理由

一  請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争がないところ、本件においては、結局(イ)号意匠が本件登録意匠の権利範囲に属するかどうかが争点である。以下にその判断をする。

二  当事者間に争のない請求原因第三項の(一)の事実に、成立について争のない甲第一、二号証および本件登録意匠の実施品であることについて争のない検甲第一号証を合わせ考えると、(一)本件登録意匠の考案の要旨は「(a)正面および背面の形状を縦の長さが底面の横幅とほぼ同長で上方にいたるに従つて漸次やや幅狭くなつた梯形に、(b)両側面をその横幅が正面底辺の約五分の一で上方にいたるに従つて漸次わずかに幅狭くなつた梯形に、底板と蓋板とを短ざく形に、それぞれし、(c)正面および背面には、その上部に寄せて大きく梯形をした窓を設け(窓と正面または背面の外周との間には、およそ上および両側に各一、下に四の割合の幅の周縁部を表わす。)、(d)その窓のかたちは、左上の一隅を隅切とし他の三隅を隅丸にしたローソク容器の形状および模様の結合にかかり、(二)(イ)号意匠は、(a′)正面及び背面の形状を縦の長さが底面の横幅よりやや短く上方にいたるに従つて漸次幅狭くなつた梯形に、(b′)両側面をその横幅が正面底辺の約五分の一で上方にいたるに従つて漸次わずかに幅狭くなつた梯形に、底板と蓋板とを短ざく形に、それぞれし、(c′)正面および背面には、その中央に大きく梯形をした窓を設け、(d′)その窓のかたちは四隅をいずれも隅丸にし、(e′)背面および両側面の下縁部に沿つて太い帯状の濃色部を表わし、(f′)これにつづけて底面全体を濃色にし、(g′)表面、背面および両側面の上縁部に沿つて下縁部の帯状濃色部より幅の狭い帯状濃色部を表わし、(h′)その他の部分全体に菱格子状の模様を表わしたローソク容器の形状および模様の結合にかかるものであることが認められる。

三  そこで、本件登録意匠と(イ)号意匠とを対比してみるのに、両者は、その全体的形状において(a)に対し(a′)、窓孔の位置およびかたちにおいて(c)(d)に対し(c′)(d′)のそれぞれ差異があり、わずかに両側面の梯形および底板と蓋板の短ざく形の形状(b)(f′)において両者が一致しているにとどまる。そして、(a)(c)(d)に対する(a′)(c′)(d′)の関する正面、背面、窓孔の位置とかたちの差異は、一見して見る者の注意をもつともひく部分に存し、ことに、本件登録意匠において見る者の印象ないし審美感に特別に訴えるように意図して構成されたものと認められる(c)の点および(d)の隅切の点が(イ)号意匠には存しないのに対し、(b)(b′)の関する両側面、底板、蓋板の一致点は、本件登録意匠および(イ)号意匠の現わされるローソク容器においては、見る者の注意をひくことがもつとも少いいわば付随的な部分に存するに過ぎず、しかも、そこに表わされる本件登録意匠については存しない(イ)号意匠の模様(e′)(f′)(g′)(h′)を合わせ考え対比するときは、両者は、この点においても一致していないといわなければならない。

ところで、窓孔を、ローソク容器における装飾としての面でとらえかつこれを平面的にみれば、本件登録意匠は、(a)(b)(c)(d)の構成要素からなる形状と模様の結合というにさしつかえないところ、(イ)号意匠は、すでにこれに対応する(a′)(b′)(c′)(d′)、ことに(a′)(c′)(d′)において前示のとおり明らかな差異をあらわしているばかりでなく、さらに、本件登録意匠には存しない前示(e′)(f′)(g′)(h′)の模様を顕著に組み合わせ、全体として、(a′)ないし(h′)の構成要素からなる形状と模様の結合として構成されている。

以上の認定に徴すれば、本件登録意匠と(イ)号意匠とは、すでに外形において差異が認められるところ、さらに、窓孔の位置とかたち、模様(e′)(f′)(g′)(h′)の有無にいたつて著しい差異があり、全体として、本件登録意匠からは明快、簡潔、しようしや、(イ)号意匠からは均整、重厚、繁華の印象を受け、これを見る者に両者別異の趣味感ないし審美感を誘発するものと認められる。

四  原告は、本件登録意匠や(イ)号意匠の現わされるローソク容器には各種色彩のローソクがいれられるのを常とするところ、窓孔のかたちにおける両者の差異は、右のようなローソクをいれた場合いつそう目立たないものとなると主張するけれども、意匠は、特定の物品において新規な工業的型として表出され見る者の視覚を刺激し印象ないし趣味感に訴える性質のものであるべきであり、この性質をとらえ意匠として保護しようとするものであるから、意匠の対比にあたつてもその限りで判断すれば足り、本件におけるような容器にかかる意匠については、その収納されるものの品種、態様などのいかんとは関係なく考察されるべきものであるばかりでなく、本件登録意匠を実施したローソク容器に色分けしたローソクを収納したものであることについて争のない検甲第二号証によれば、ローソクをいれた場合窓孔のかたちがかえつてはつきり目立つことが認められ、前示のとおり(イ)号意匠との差異とするに少しも妨げがない。

また、原告は、(イ)号意匠は本件登録意匠を実施するのでなければこれを実施することができないものであるから本件登録意匠の権利範囲に属すると主張する。けれども、(イ)号意匠は、本件登録意匠とは、形状においても模様においても異なるものであることは前示のとおりであるばかりでなく、結合の意匠の同一かどうかを判断する場合、その中からある形状、模様またはその一部の結合のみを取り出し、その部分と同じ意匠が他にあれば、これと同一であるというべきであるかどうかについては、意匠的趣味感ないし美的感覚は意匠の各構成要素から各別に感得されるものではなく、各要素がこん然として一体化されたもののうえに感得されるものであるから、意匠の対比は全体的に行うべく、一方で、意匠法は結合の意匠の成立を認めこれを一個の意匠としているものと解されるから、結合の意匠においてその結合された要素ごとにその意匠の同一または類似の範囲が定まるものとすることはできないといわなければならない。もつとも、残余の部分の存否が意匠全体としてみて見る者に与える意匠的趣味感ないし美的感覚において差異をもたらすに足りないものである場合は別論であることはいうまでもない。本件において、右を積極に解する前提に立つことに帰する原告の主張の採ることができないことは、これまでに判断したところから、すでに明白である。

なお、ローソク容器として梯形のものが原告の本件登録意匠においてはじめて考案されたものであるとの原告の主張についても、仮にそのような主張事実が存するものとしても、この梯形形状は本件登録意匠の構成要素のひとつにとどまるところ、もともと権利の効力は登録意匠の全体について生ずるものであるから(イ)号意匠における梯形形状のみの使用の事実に対しては権利の効力は及ばないというべきである。

五  右のとおりであるから、(イ)号意匠は、本件登録意匠の権利範囲に属するものとは認められず、これと同趣旨に出た本件審決は相当であつて、その取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、なお、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

目録第一

登録第一三一四三六号意匠(意匠権者 原告)

登録請求の範囲

図面に示すとおりのローソク容器の形状および模様の結合

意匠を現わすべき物品

旧意匠法施行規則(大正一〇年農商務省令第三五号)

第一九類ローソク容器

昭和三一年一二月二一日出願

昭和三二年一〇月八日登録

左側面図<省略>

B―B断面図<省略>

正面図<省略>

平面図<省略>

A―A断面図<省略>

目録第二

被告の実施する(イ)号意匠

図面および図面代用写真に示すとおりのローソク容器の形状および模様の結合意匠を現わすべき物品

ローソク容器

展開図<省略>

正面図<省略>

平面図<省略>

左側面図<省略>

底面図<省略>

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