東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)61号 判決
一 原告が、請求原因第一項に主張するとおり、本件登録実用新案の出願をし、その公告および登録を得たところ、被告から原告主張のとおりの経緯でその登録無効審判の請求を受け、登録無効の審決およびその謄本の送達があつたことおよびその審決理由の要旨が請求原因第二項において原告の主張するとおりであることは、いずれも当事者間に争がない。
また、本件登録実用新案の考案の要旨が本件審決の理由において認定されているとおり(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の要件からなること、一方、引用例の定量噴霧用バルブの構造が本件審決の理由において認定されているとおり(a)(b)(c)(d)(e)の要件からなること、本件登録実用新案の(イ)(ロ)(ハ)および(ホ)の要件と引用例の(a)(b)(c)および(e)の要件とがそれぞれ一致することは、当事者間に争がないが、当事者の明らかに争わないところに属し、また、成立に争のない乙第一号証の一、二、同第二号証および弁論の全趣旨によれば、引用例の登載されている米国雑誌モダーン・パツケージング一九五五年三月号が本件登録実用新案の出願前である昭和三〇年七月一三日に日本国内に頒布された刊行物であること、これに引用例の構造が容易に実施できる程度に記載されていることを認めることができる。
二 ところで、本件における争点は、本件登録実用新案における定量収容室(2)内を挿通し上下に移動できるようにした下部弁茎(6)とこれと一体に構成された弁茎(3)と定量収容室(2)の下位内面に止着された弁座(7)とにおいて、弁座(7)の中央孔に下部弁茎(6)が下降挿入された下部弁茎(6)の周面部により補給通路の開閉をするようにした構造((ニ)の要件)が、その出願前国内に頒布された刊行物にかかる引用例の定量収容室内を挿通し上下に移動できるようにした下部弁とこれと一体に構成された弁茎と定量収容室内の下位内面に止着された弁座とにおいて、弁座の中央孔に直径ABCの三段階部を有する下部弁(ピン型充填弁と称される。)の直径BCの部分が下降挿入され直径Aの部分の下端面により補給通路の開閉をするようにした構造((d)の要件)から、格別の考案力を要することなく当業者において容易に考案することができるかどうかというに帰する。
(一) 本件登録実用新案においては、弁座(7)の中央孔に下部弁茎(6)が下降挿入され、下部弁茎(6)の周面部により補給通路の閉止がされるから、補給通路の開閉は弁座(7)の中央孔と下部弁茎(6)の周面部との相関部位において行われる。ところが、引用例においては、弁座の中央孔に下部弁の直径BCの部分が下降挿入され、直径Aの部分の下端面により補給通路の完全遮断が行われる。そして、前示乙第一号証の二(米国雑誌モダーン・パツケージング一九五五年三月号八六ページ以下)によれば、この場合、太い径Bの部分は蒸気のみの遁出を許し、細い径Cの部分は液体の通過充填を許すから、このABC三段しかけの弁は、(1)完全遮断、(2)蒸気の通過のみ、(3)液体の自由流通をそれぞれ得しめる、蒸気のみの通過段階Bは噴射中弁茎が半途まで下降したときに生ずるが、この段階の目的は、下方の補給管から蒸気の奔出を許して、定量収容室の排出を完全にしかつ液滴のない噴霧操作を確保するにある旨が記載されている。したがつて、引用例の下部弁の直径Bの部分は、噴射行程においては直径Cの段階で自由に通過しえた液体を、Bの段階にいたつて補給通路から定量収容室へ流入しないよう閉止する作用効果を有し、蒸気のみの流入に限らせるものであることが明らかである。すなわち、直径Bの部分は、液体に関してこれをみるときは、その周面部により弁座との相関関係において補給通路を閉止するものであるということができる。したがつてまた、引用例における下部弁の径Aの下端面は、液体定量噴射のために必須のものではなく、補給通路閉塞強化の補助的役割を果しているものといつてさしつかえない。
右のとおりである以上、エアロゾル噴霧器の定量噴霧用バルブにかかる本件登録実用新案における弁座(7)の中央孔に下部弁茎(6)が下降挿入され下部弁茎(6)の周面部により補給通路の閉止がされる構造((ニ)の要件)は、引用例の構造((d)の要件)と一致するか少くとも一致するに近いほど類似しているということができる。
(二) 原告は、本件登録実用新案の新規な効果として、上部弁茎(3)と下部弁茎(6)とを一体としたために工作組立上または繰返し使用中避けることのできない上部弁茎の小孔(4)と下部弁茎との相対位置の誤差が生じても常に下部弁の閉止作用を確実に行いうる効果があると主張する。けれども、右は、主として上下両弁茎を別体に構成したものと対比した場合に認められる本件登録実用新案の効果であることは、成立に争のない甲第一号証の記載から明らかであるところ、引用例においてもその構成要件(b)に明らかなとおり、本件登録実用新案におけると同様、上下両弁茎は一体に構成されているばかりでなく、引用例における弁茎の直径Bの部分は、液体の遮断に関しては上述のとおりの作用効果があり、ひいて噴出弁(小孔)と弁茎の直径Bの部分との相関関係は本件登録実用新案における小孔(4)と下部弁茎(6)との関係と同様であるといえるから、本件登録実用新案が香水等のエアロゾル噴霧用バルブにかかるものであることが前示甲第一号証により明らかである以上、右の点において引用例と本件登録実用新案とは同一の効果を有するものと認めるに十分である。かえつて、引用例においては、下部弁の直径Bの部分が、噴射中半途まで下降したときに、下方の補給管から蒸気の奔出を許して定量収容室の排出を完全にしかつ液滴のない噴霧操作を確保する作用効果を有するから、この点では本件登録実用新案の方が作用効果において劣ることさえうかがわれる。
また、本件登録実用新案の弁茎等の製作について、下部弁茎に引用例のような段階を設けないため、加工費等が安く加工容易で大量生産に適する(甲第一号証の訂正説明書)にしても、その違いにもとづく加工費用等は明らかでなく、むしろ極めて僅かで取り立てていうほどの効果とするに足りないものと推認して妨げないし、大量生産上の利点も引用例と差異があると認めるに足りる証拠がない。
その他本件登録実用新案が引用例にくらべ特段の差異ある作用効果を有するものと認めるに足りる主張立証はない。
三 以上のとおりであつて、下部弁茎(6)を弁座(7)に挿入密嵌し下部弁茎(6)の周面部により補給通路の開閉を行うようにした本件登録実用新案について、挿入密嵌といえば一般に密栓というに等しいものと解して妨げなく、さらに、液体等をびんに密封する場合びん口より幾分大きめの栓を挿入密嵌することが原告も認めるとおり日常慣用の手段であることを思い合わせるときは、特に蒸気の通過のみを許すが液体を通過させないようにした引用例の下部弁の直径Bの部分をして、右の密栓の作用をさせるようにその径を少しく大きくする程度の変更は、当業者において蒸気を通過させる必要性の評価いかんにより、自由にすることができるところであつて特に考案力を要するものとは認められないから、結局、本件登録実用新案は、引用例から容易に考案することができるものというべきである。
審決におけるピストンバルブに関する説示についての原告の主張は、上述の判示に徴し、以上の判断を左右するに足りないことは明らかである。
右のとおりであるから、本件登録実用新案が引用例から当業者において格別の考案力を要することなく容易になしうるものであつて旧実用新案法第一条の考案を構成するに足りないものとしてその登録を無効とした本件審決は相当である。