東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)92号 判決 1963年3月07日
原告 久光兄弟株式会社
被告 栗本美輝
主文
昭和三三年審判第二三六号事件について、特許庁が昭和三五年七月三〇日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因としてつぎのように述べた。
一、被告は、別紙第一記載のように、「Roman Pas」(RとPは大文字)と記載した下部に「ロマンパス」と左横書に併記して構成され、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条の規定による類別第一類(以下、単に旧第一類という。)軟膏、膏薬、絆創膏およびパス剤(散薬、粉末薬、錠薬、顆粒剤、注射薬)を指定商品とする登録商標第四五一四〇九号(以下、本件登録商標という。)の商標権者である。
原告は、別紙第三記載のように、表面相当部分には、横長矩形の淡緑色地内においてその中央よりやや上位には左右一文字に横切る顕著な青線を設け、右青線内に内部空間を扇形とした「ロ」の字とその他の文字をヒゲ文字で構成させた「サロンパス」の白抜文字を表わし、その下位にはやや左寄りに「SALONPAS」の赤文字を横書にし、右寄りに「撒隆巴斯」の文字を横書にし、さらに波形点線を介して下部には四行に英文で効能書的附記をなし、下辺にはローマ字で原告の会社名、住所を赤色で附記し、裏面相当部分には、赤色二重線輪廓をもつて囲んだ淡緑色地とし、その内部一面に効能書的細字を納め下辺には原告会社名等を附記し、右輪廓上辺中央に赤色二重線輪廓に収めて「SALONPAS」の赤文字を横書にし、左辺輪廓上には前記と同じ形状の「サロンパス」の各文字を一字ずつ方形赤色地に白抜に表わして縦列に配し、二個の長側面相当部分には、右と同じ形状の「サロンパス」の赤文字を横書にし、短側面相当部分中左側面には、右と同じ形状の「サロンパス」の赤文字を、右側面には「SALONPAS」の赤文字をそれぞれ横書にして成り(着色限定)、旧第一類化学品、薬剤および医療補助品を指定商品とする登録商標第四七〇四三七号(以下、引用登録商標甲という。)、ならびに、左右一文字に横切る顕著な青線の下に黒字で「青線」と左横書して成り(着色限定)、右同一商品を指定商品とし、引用登録商標甲と連合商標として登録された登録商標第四七二四四三号(以下、引用登録商標乙という。)、左右一文字に横切る顕著な青線の下に赤字で「SALONPAS」と横書して成り(着色限定)、右同一商品を指定商品とし、引用登録商標甲、乙と連合商標として登録された登録商標第四七二四四四号(以下、引用登録商標丙という。)、両側縦線を下太りとした「ロ」の字とその他の文字はすべてヒゲ文字で「ロンパス」の文字を左横書にしその下部に小さくローマ字で「LONPAS」と併記して成り、右同一商品を指定商品とし、引用登録商標甲と連合商標として登録された登録商標第四五二六八一号(以下、引用登録商標丁という。)さらに、引用登録商標甲等に連合して各登録された登録商標第二九六〇〇〇号、登録商標第四三九三一三号等一二件(甲第三号証の三、四、甲第四号証、甲第五号証、甲第六号証の一、二)の商標権者である。
しかるに、被告は、商品外用鎮痛剤の包装箱に、別紙第二記載のように、本件登録商標の「Roman Pas」の文字を省除して仮名文字「ロマンパス」のみとし、その仮名文字を両側縦線の下太りとしたロの字とその他の文字はすべてヒゲ文字の字体で記載して変更表示し、この文字を配するに、淡緑色地の表面相当部分中央よりやや上方に左右一文字に顕著な青線を設けてその内部に白抜にて表わし、なおこの青線の下方やや左寄りにローマ字で「ROMANPAS」の商標を附し、その下方に波形点線を介して英文を記載し、裏面相当部分には、赤色二重線輪廓をもつて囲んだ淡緑色地内に適応症、有効成分、用法等を書し、右輪廓上辺中央に「ROMANPAS」商標の赤色文字を赤色二重線輪廓内に収めて配し、左辺輪廓上には各方形赤色地に「ロマンパス」の仮名文字を白抜にて表わして配列し、長側面相当部分ならびに短側面相当部分には、赤色で「ロマンパス」あるいは「ROMANPAS」の商標を表示したもの(以下、(イ)号標章という。)を、被告が代表取締役である株式会社山口晴昌堂(商号変更により株式会社ロマンパス本舗となる。)に使用せしめた。右は商標権者が故意に登録商標に商品の誤認混同を生ぜしめるおそれのある附記変更をして使用した場合に該当するので、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第一五条第一項に照し、本件登録商標は取り消されるべきものである。よつて、原告は、昭和三三年五月二一日特許庁に対し本件登録商標の登録の取消審判を請求したが(昭和三三年審判第二三六号事件)、同三五年七月三〇日右審判請求は成り立たない旨の審決がなされ、その謄本は同年八月一三日原告に送達された。
二、審決の理由の要旨は、左のとおりである。すなわち、被請求人(被告)が本件登録商標を附記変更して商品外用鎮痛剤の容函に使用したものと認められる(イ)号標章と請求人(原告)の引用する登録商標第四三九三一三号、同第四七〇四三七号(引用登録商標甲)とを比照して思うに、両者は、その要部と認められる前者の「ロマンパス」「ROMANPAS」に対し、後者の「サロンパス」「SALONPAS」において顕著な差異があるから、たとえ、これらの文字の大小、その配置と態様ならびに附記、附飾(施色)において相共通するところあるも、方名を重視するこの種商品の取引においては普通の注意をもつてする限り、両者は商品の混同を生ずるおそれなきものとするを相当とする。したがつて、本件登録商標の登録は旧商標法第一五条第一項の規定によりこれを取り消すべき限りではない、というのである。
三、しかしながら、審決は、次の理由により違法であつて取り消さるべきものである。
(一) 被告が本件登録商標に附記変更を加えた(イ)号標章は、外観上商品の出所の混同を生ぜしめるおそれのあるものであつて、審決が、(イ)号標章の外観は「ロマンパス」の文字が要部でありその他の部分は附飾にすぎないという誤つた論拠に立つて、原告の審判請求を却下したのは違法である。
引用登録商標甲の外観の要点は、つぎのとおりであり、原告の商品であることを示すための特異性ある外観となつている。
(1) 横型にして胸部に太く青線を有し、これに文字を浮き出させている点。原告は、登録商標第五〇〇八一六号、同第四五二六七九号、同第四七二四四三号(引用登録商標乙)、同第四七二四四四号(引用登録商標丙)の各登録を受け、引用登録商標甲の要部の一つである青線を保護している。
(2) 青線の下方左寄りにローマ字を配し、この下部に波形点線を配した点。
(3) 表面に地色を附した部分には線輪廓を設けていないが、裏面には二重線輪廓を附しその中に地色を施した点。
(4) 裏面線輪廓上辺に長方形の二重線輪廓を設け、これにローマ字を入れた点。
(5) 裏面左辺線輪廓上に方形の赤色地を設け、その中に文字を表現させた点。
(6) 外観全体を文字をもつて構成させ、図形を要点としていない点。
以上の諸点は、原告の特異性ある商品の表示として取引界において古くから顕著な事実であるが、これを(イ)号標章についてみれば、本件登録商標に全くなかつた右特異性の諸点がすべて同一となつているのみならず、記載されている文章までほぼ同一であるから、外観上全く出所の混同をきたす附記変更がなされているといわねばならない。
(二) 審決にいう要部たる「ロマンパス」の文字のみを取り上げて考察しても、引用登録商標甲ならびに丁その他原告所有の登録商標に外観類似するように変更している。すなわち、本件登録商標は幾分傾斜した角形の字体より成る片仮名文字「ロマンパス」を要部としているのに対し、(イ)号標章に表出された「ロマンパス」の文字は、ロの字は両側縦線を下太りに描きその内部空間は扇形とし、パの字は下はとがり半濁点は半円となつて字本体に重なり、ンの字と、スの字はとんがり形の字となつていて、ロの字以外は全部ヒゲ文字で表示されているが、この字体は原告の引用する登録商標に示されているものと同一の字体であり、外観上出所の混同を生ずる変更を加えられているのである。また、引用登録商標丁「ロンパス」は「サロンパス」「サロパス」と類似する連合商標として登録されているが、これらが連合である理由、特に「ロンパス」と「サロパス」とが連合である理由は、両者は称呼、観念において非類似であるから、その字体の特異性による外観類似にあると考えられる。このように字体の特異性からして「ロンパス」と「サロパス」とが外観上類似とされるならば、「ロンパス」と「ロマンパス」とはマの字が加わつているかどうかの差異だけであるから、字体の特異性を共通にさせれば、両者は類似となること明白である。この点よりすれば、本件登録商標の字体の変更は、引用登録商標丁に類似するように変更を加えたものであり、出所の混同をきたすものとなつている。
(三) 本件の対象となつている貼り薬は、一般の薬剤と異なりたばこ屋等でも取り扱われるもので、方名を重視するものでなく、外観により識別する程の安直な取り扱いを受けるから、外観により混同し易い商品である。
四、被告は、本件登録商標に商品の誤認混同を生ぜしめるおそれのある附記変更をして株式会社山口晴昌堂に使用させたが、右行為は被告の故意に基くものである。よつて、原告は本件審決の取消を求めるため本訴に及んだ。
第三被告の答弁
被告は、請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因に対しつぎのように述べた。
一、原告主張の請求原因一の事実中、被告が別紙第一記載のような構成を有し原告主張の商品を指定商品とする本件登録商標の商標権者であること、原告が別紙第三記載のような構成を有し原告主張の商品を指定商品とする引用登録商標甲の商標権者であること、原告が被告において本件登録商標に附記変更を加えて使用したと主張するものが別紙第二記載のような構成を有すること、および、原告の提起した本件登録商標の登録取消の審判請求に対し、請求原因二に記載の理由をもつて審判請求は成り立たない旨の審決があつたことは認める。
二、請求原因三の主張は争う。
(一) 原告が、被告において本件登録商標には附記変更を加えて使用したと主張する別紙第二記載のものは、「ロマンパス」「ROMANPAS」の各文字の字体ならびにその配置において本件登録商標と多少差異があるけれども、この程度のものは本件登録商標と類似の商標であり、その他の効能、用途、成分、使用方法、製造者の住所氏名の表示は、薬事法ならびに同法施行規則に規定する事項を表現したものであり(薬事法、同法施行規則によれば薬剤の容函には、方名のほか、効能、用途、成分、使用方法、製造者の住所氏名を表記することを要する旨規定されている。)、旧商標法第八条第一項の規定よりしても、右事項の表示には商標権の効力は及ばないものと考えるのが至当であるから、別紙第二記載のものは、本件登録商標に附記変更をして使用した場合に当らない。
(二) 薬剤は人間の生命に重大な影響を及ぼす商品であるので、医薬品製造業者が監督官庁である厚生省より薬剤ごとに方名(販売名、例えばロマンパス、サロンパス等。これは登録商標と同一のものが大部分である。)を付して製造許可を受けて製造販売するものであつて、薬剤の取引においては方名が重視されるから、「ロマンパス」はあくまで「ロマンパス」として取引されるのであり、したがつて、これを「サロンパス」と対比すれば、両者は称呼上明確に区別され、誤認混同のおそれは全くない。
(三) 原告は、引用登録商標丁「ロンパス」と「ロマンパス」とは、字体の特異性を共通にさせれば類似となる旨主張しているが、称呼は非類似であり字数も異るから、たとえ、字体の特異性を共通にさせても類似とはいえない。もともと「ロンパス」と「サロパス」とは、両者を単に対比すれば非類似商標であるが、両者はともに原商標すなわち登録商標第二九六〇〇〇号「サロン」および登録商標第四三九三一三号「サロンパス」の連合商標であるため一応類似関係を生ずるに至つたもので、字体の特異性により類似商標となつたものではない。しかも、引用登録商標丁の出願は本件登録商標の出願より後願のものであるから、後願の商標をもつて先願の商標を非難するのは失当である。
第四証拠関係<省略>
理由
一、原告が、昭和三三年五月二一日に特許庁に対し、旧商標法第一五条第一項により本件登録商標の登録の取消審判を請求したが(昭和三三年審判第二三六号事件)、同三五年七月三〇日右審判請求は成り立たない旨の審決がなされたこと、ならびに、右審決理由が原告の主張のとおりであることは、当事者間に争がない。
二、被告が別紙第一記載のように「Roman Pas」と記載した下部に「ロマンパス」と左横書に併記して構成され、旧第一類軟膏、膏薬、絆創膏およびパス剤(散薬、紛末薬、錠薬、顆粒剤、注射薬)を指定商品とする登録商標第四五一四〇九号の商標権者であることは、当事者間に争なく、成立に争のない甲第一、第一一号証によれば、右本件登録商標は、昭和二八年一月一〇日出願人山口重信が登録出願し同二九年九月一四日登録されたものであるが、被告は同三二年一月一五日同人から右商標権を譲り受け同三二年一一月二八日譲渡による取得登録を経たことが認められる。
三、しかるところ、当事者間に争のない事実と真正に成立した公文書と認められる甲第一二号証、証人森秀雄の証言により成立を認めることができる甲第一四号証の一三、一七、一八と同証言および被告において包装箱の実物であることを認める検甲第一、第三号証ならびに弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和三二年九月一〇日に医薬品の製造販売等を業とする株式会社山口晴昌堂(商号変更により株式会社ロマンパス本舖となる)の代表取締役に就任したものであるが、右本件登録商標を実際に使用するにあたり、別紙第一記載の商標見本に掲げたそのままのものではなく、右会社をして昭和三二年一二月頃より別紙第二記載のような態様を示す本件包装箱を外用鎮痛剤の包装に使用させた事実を肯認することができ、原告は右が旧商標法第一五条第一項に該当するとして特許庁に対し本件登録商標の登録の取消審判を請求したものである。
株式会社山口晴昌堂が使用した本件包装箱は、別紙第二記載のとおりであり、おおよそ左のような態様を示している。すなわち、包装箱の展開面において、その表面相当部分には、横長矩形の淡緑色地内にその中央よりやや上方には左右一文字に短側面部分にまで及ぶ青色帯状地を設け、右青色帯状地内に図案化した字体で「ロマンパス」の白抜文字を左横書に表わし、右青色帯状地の上方には青色で(以下特に記載しない限り文字はすべて青色)「滲透性外用鎮痛剤」の文字を左横書にし、右青色帯状地の下方やや左寄りに「ROMANPAS」の赤字を横書にし、右寄りには「肩のこり」「痛みに」の文字を二段に横書にし、さらに、青色の波形点線を介して下部には英文で四行に効能書的記載をなし、最下部には「YAMAGUCHI SEISHODO」および住所をいずれも赤字をもつて表記し、右下隅に白抜で「TRADE MARK」と標記した図形を配し、裏面相当部分には、赤色二重線輪廓をもつて囲んだ淡緑色地内に、その内部一面に日本文で適応症、有効成分、用法等の効能書的記載をなし、(「適応症」、「有効成分」、「用法」の文字は赤色一重線輪廓をもつて囲んだ白色地内に赤色をもつて書いている。)下部には「株式会社山口晴昌堂」その他住所等を記載し、右輪廓上辺中央に赤色二重線輪廓に収めて「ROMANPAS」の赤字を横書にし、左辺輪廓上には前記青色帯状地内に表わした「ロマンパス」と同様に図案化した字体で「ロマンパス」の文字を一字ずつ方形赤色地に白抜に表示して縦列に配し、二個の長側面相当部分には、右と同じ字体で「ロマンパス」の赤字をそれぞれ左横書にし、右「ロマンパス」の文字を介して「こりと」「痛みに」の文字を左右に割書にし、短側面相当部分中左側面には右と同じ字体で「ロマンパス」の赤字を、右側面には「ROMANPAS」の赤字を各記載し、前記のように青色帯状地が短側面にわたる部分には「肩のこり痛みに」の文字を白抜にて表わしている。
四、一方、原告が別紙第三記載のような構成を有し、旧第一類化学品、薬剤および医療補助品を指定商品とする登録商標第四七〇四三七号の商標権者であることは、当事者間に争なく、成立に争のない甲第三号証の二、真正に成立した公文書と認められる甲第一七号証によれば、右引用登録商標甲は、原告が昭和三〇年一月二四日登録出願し同三〇年九月一二日登録を受けたものであつて、おおよそ次のような着色を限定した構成のものであることが認められる。すなわち、包装箱の展開面と認められる表面相当部分には、横長矩形の淡緑色地内にその中央よりやや上方には左右一文字に短側面相当部分にまで及び青色帯状地を設け、右青色帯状地内に図案化した字体で「サロンパス」の白抜文字を左横書に表わし、その下方やや左寄りに「SALONPAS」およびその下やや右にずらして「PERMEANT PLASTER」の赤字を横書にし、右寄りには青色で(以下特に記載しない限り文字はすべて青色)「撒隆巴斯」の文字を横書にし、さらに青色の波形点線を介して下部には英文で四行に効能書的記載をなし、最下部には「HISAMITSU BROS. &CO., INC.」および住所を赤字をもつて表記し、右下隅に白抜で二基のピラミツドとらくだに乗つた人物の図形を配し、裏面相当部分には、赤色二重線輪廓をもつて囲んだ淡緑色地内に一面に日本文と英文で有効成分、適応症、用法等の効能書的記載をなし、(「有効成分」、「適応症」、「用法」の文字は赤色一重線輪廓をもつて囲んだ白色地内に赤色をもつて書いている。)下部には「久光兄弟株式会社」その他住所等を記載し、右輪廓上辺中央に赤色二重線輪廓に収めて「SALONPAS」の赤字を横書にし、左辺輪廓上には前記青色帯状地内に表わした「サロンパス」と同じ字体で「サロンパス」の文字を一字ずつ方形赤色地に白抜に表わして縦列に配し、二個の長側面相当部分には、右と同じ字体で「サロンパス」の赤字をそれぞれ左横書にし、短側面相当部分中左側面には右と同じ字体で「サロンパス」の赤字を、右側面には「SALONPAS」の赤字を横書にして表わしている。
そして、成立に争のない甲第四号証、真正に成立した公文書と認められる甲第二一ないし第二三号証、証人平川等の証言により成立を認められる甲第二六号証、第二七号証の一、二、第二八号証と検甲第四、第五号証および証人木沢謙三、同森秀雄、同平川等の各証言によれば、久光兄弟合名会社は昭和一一年頃から「サロンパス」と称する外用鎮痛貼付剤の製造販売を始め、その包装箱は当初から細部は別として一見引用登録商標甲に似たものを用いていたが、右営業を引き継いだ原告は、昭和二七年一一月に引用登録商標甲の表面相当部分とおおむぬ同一構成の全形商標について旧第一類膏薬等を指定商品として登録を出願し同二九年一月に登録第四三九三一三号をもつて登録を受け、ついで前記認定のように同三〇年一月に引用登録商標甲の登録を出願し同年九月その登録を受けたのであるが、その間包装箱の体裁はほとんど変らず、昭和三二年当時までには引用登録商標甲を附した「サロンパス」と称する外用鎮痛貼付剤の販売高は巨額に達し、引用登録商標甲は商品外用鎮痛貼付剤の商標として取引業界や消費者層に周知著名のものとなつていた事実を認めることができる。
五、原告は、被告が本件登録商標に前記三において詳細に認定したような附記変更を加えたものを使用することは、旧商標法第一五条第一項に該当するものであると主張するので、先ずこれと引用登録商標甲とを対比して考察するに、
(1) 青色帯状地の箇所に表示された「ロマンパス」の文字をみるに、これは、本件登録商標のうち「Roman Pas」のローマ字を省いて「ロマンパス」の片仮名文字のみとし、この「ロマンパス」の文字を引用登録商標甲に顕出されている「サロンパス」の字体と全く同一の方式で図案化した字体で表示している。
(2) 引用登録商標甲を一見するに、青色帯状地は同商標中最も顕著に認識される部分であるが、前記「ロマンパス」の文字を前示のように青色帯状地内に白抜にて表わされるように本件登録商標に青色帯状地を附記したため、引用登録商標甲の当該部分と同一の態様を示し、外観上極めて近似のものとなつている。
(3) 本件包装箱に表示されたその他の文字、図形、施色を観察するに、表面相当部分は淡緑色地とした点、本件登録商標のうち「ロマンパス」の片仮名文字を省いてローマ字のみとした上引用登録商標甲に顕出されている「SALONPAS」と同一の図案化した字体で赤色で「ROMANPAS」と表示して本件登録商標に変更を加え、これを青色帯状地の下方左寄りの箇所に表示し、その下に波形点線を配した点、表面相当部分には輪廓を描いていないが、裏面相当部分には赤色で二重線輪廓を附し淡緑色の地色を施した点、裏面相当部分の輪廓上辺に赤色で長方形の二重線輪廓を設け、その中に前示と同じように本件登録商標に変更を加えた「ROMANPAS」の文字を赤色で記載した点、裏面相当部分の左辺輪廓上に方形の赤色地を設け、その中に前示と同じように本件登録商標に変更を加えた「ロマンパス」の文字を一字ずつ白抜で表現させた点、および、長側面相当部分、短側面相当部分にそれぞれ本件登録商標に変更を加えた「ロマンパス」「ROMANPAS」の文字を赤色で表示した点は、いずれも引用登録商標甲の当該部分の表示と外観上近似のものとなつている。
右のように、本件包装箱に表示されたものは、本件登録商標に変更を加えられたものを数個配し、それに色色の附記がなされたものであるが、右附記変更の結果、文字の配列ならびに字体、図形の構成および着色の状態において、引用登録商標甲と甚だ相似たものとなつている。そして、これらの諸点は引用登録商標甲の要部をなすものであるが、本件登録商標に附記変更を加えられたものは、その表面相当部分中の英文の効能書的表示ならびに裏面相当部分中の日本文の効能書的記載と製造者の住所氏名の表示を除外して考えても、右のように引用登録商標甲の要部とほとんど同一の態様を備え、ただ、「サロンパス」「SALONPAS」に対し「ロマンパス」「ROMANPAS」の文字の綴りに差異を示し、その他附記的文字に相異をみるにすぎないから、両者は外観上酷似するものといわねばならない。
六、被告は、本件包装箱に表示された効能、用途、成分、使用方法、製造者の住所氏名の文字は、薬事法ならびに同法施行規則に定められた事項を表示したものであり、また、旧商標法第八条第一項の規定よりしても、右事項の表示には商標権の効力は及ばないものであるから、附記変更をした場合に当らない旨主張するが、右事項の表示を除外して考察しても外観上酷似のものとなつていることは、前項に説示のとおりである。なお、被告は、本件包装箱に表示の「ロマンパス」「ROMANPAS」の各文字は、その字体ならびに配置において本件登録商標と多少差異あるものとしてもこの程度のものは本件登録商標と類似の商標であり旧商標法第一五条第一項の附記変更に当らない旨主張する。よつて、この点について検討するに、本件包装箱に表示された「ロマンパス」「ROMANPAS」の各文字はいずれも本件登録商標に変更を加えたものと認められることは前示のとおりであるが、これらをそれぞれ独立に抽出して本件登録商標と対比すれば称呼はもちろん外観の点においても類似のものと認めて差支えないであろう。しかし、商標権者といえども登録商標と類似の商標を権利として使用しうるわけではなく、他の制限に反しない限り事実上使用が可能であるというにとどまるのであつて、それが登録商標に類似するものでも旧商標法第一五条第一項の規定に該当するとして制限を被る場合もないわけではないから、被告の右主張は直ちに採用できないばかりでなく、すでに説示したように、本件においては本件包装箱の表示中「ロマンパス」「ROMANPAS」の各文字を部分的にとりあげるのではなくて、それらと他との結合を全体として観察し、これと引用登録商標甲とを比較することを要し、その結果上記のように外観上酷似のものであることを認めうるのである。
七、すでに認定したように、昭和三二年当時には引用登録商標甲は「サロンパス」と称する商品外用鎮痛貼付剤の商標として取引者、需要者間に著しく著名のものであつたから、本件登録商標に附記変更を加えた結果これと酷似のものが表出させている本件包装箱を同一商品に使用するならば、原告の製造販売にかかる引用登録商標甲を附した商品と出所の混同を生ぜしめるおそれのあることは容易に推認することができる。
被告は、薬剤の取引は方名を重視するものであるから誤認混同のおそれはない旨主張するので、この点について附言するに、昭和三五年法律第一四五号による改正前の薬事法、同法施行規則の規定によつても、公定書に収められた医薬品にあつては公定書で定める名称を、公定書に収められていない医薬品で一般的名称があるものにあつてはその一般的名称を容器または被包に記載する旨定められている点よりみても、一般には被告の指摘するように医薬品の販売に際し生ずべき過誤を避けるため購入者も相応の注意をなすべきことが期待されているといつてよいであろうが、しかし、本件は、事は、外用鎮痛貼付剤いわば貼り薬の場合の取引で、商品名として「サロンパス」「ロマンパス」等各種あるその一を売買するに際して誤認混同を生ずるかどうかということである。しかるところ、証人平川等の証言により認められるように、右外用鎮痛貼付剤(はつかごむ膏)は薬局はもちろん雑貨店、たばこ店が片手間に販売する場合もあるが、これらの店舖においてこれを購入する消費者層は老若男女を問わない大衆であることを考えれば、「サロンパス」「ロマンパス」等の商品名が附されていても、商品の外観を見て直ちに指示して購入する場合も十分予想されるところであるから、誤認混同の危険を否定することはできない。被告の主張は採用できない。
八、しかるところ、本件包装箱表示ものとの引用登録商標甲とが酷似のものである事実となお株式会社山口晴昌堂が医薬品の製造販売を業とする会社である事実に徴すれば、同会社は引用登録商標甲の存在を知りながらこれに模して本件登録商標に附記変更を加えて使用したものであり、かつ、かかる附記変更を加えて使用すれば商品の誤認混同のおそれのあることを認識していたことは、十分これを推認できるから、右行為は同会社の代表取締役である被告が故意になしたものといわねばならない。されば、本件登録商標の登録は旧商標法第一五条第一項に基き取り消すべきものである。
九、以上の理由により、本件登録商標の登録の取消を求める原告の審判請求を排斥した審決は違法のものであり、右審決の取消を求める本訴請求は正当である。そこで、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原増司 多田貞治 吉井参也)
(別紙)
第一 本件登録商標、登録第四五一四〇九号<省略>
第二 株式会社山口晴昌堂が使用した本件包装箱(色彩は省略した)<省略>
第三 引用登録商標甲、登録第四七〇四三七号(色彩は省略した)<省略>