東京高等裁判所 昭和36年(う)1810号 判決
被告人 松本常之
〔抄 録〕
所論は、公然事実を摘示し、人の名誉を毀損した場合であつても、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的がもつぱら公益を図るためであつたと認められる場合において、その事実が真実であることの証明があつたときは、これを罰することができず、また、その行為が公務員に関する事実に係るときは、その事実が真実であることの証明があつたときにはこれを罰することができないことは、刑法第二百三十条ノ二第一項及び第三項の各規定に徴し明らかである、そして、原審は、被告人の行為が(一)野中秋蔵の名誉に関しては、同条ノ二第一項にいわゆる事公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図るに出たものであること、(二)中村悦蔵の名誉に関しては、同条ノ二第三項にいわゆる公務員たる浦和市議会議員で同議会議長の職にあつた同人に関する事実に係ることを、それぞれ認定しながら、弁護人の、かりに原判示文書記載の事実の真実性が充分に証明されなくても、被告人は、本件隣地越境の紛争を聞知してから数ケ月にわたり、新聞人としてなし得る限りの調査をした結果、原判示文書記載の各事実の真実性を証明あるいは推測できる数々の資料乃至状況を知ることができたばかりでなく、中村悦蔵が本件以外にも本件同様の不正な測量をして物議を醸している事実を探知したので、これらの各資料等に基き、本件は中村悦蔵と野中秋蔵とが組んで不正測量により星野栄吉の所有地約六坪をごまかして野中方屋敷中に測り込んだと断じたものであり、従つて、被告人が本件摘発事実を真実と信じたことは、いわゆる通常人の健全な常識に照らし相当であると認められる結論であるから、犯意を阻却し、本件は罪とならないものであるとの主張に対し、弁護人の挙示する資料によつては被告人が摘示事実を真実であると信ずるについて過失がなかつたものということはできないと断じて右主張を排斥した、しかしながら、次の各事実、即ち、
(一) 野中秋蔵は、横田友右衛門から同人所有の土地を借り受け、その地上に公衆浴場を新築したこと
(二) 野中秋蔵は、右借地とその隣地たる星野栄吉所有の土地との境界線を無視し、星野所有の土地約六坪を右公衆浴場の敷地として使用していること
(三) 星野栄吉は、右不法占有の事実を発見したため、昭和三十三年八月、中村悦蔵に対し、星野所有の土地とこれに隣接する右野中の借地を含む横田友右衛門所有の土地との境界についての測量を依頼し、中村は、右依頼によつてその測量をしたこと
(四) 中村悦蔵は、右測量に基いて測量図を作成したにかかわらず、爾後約二年を経過してもこれを星野栄吉に交付しなかつたことは、いずれも記録に現われている各証拠によつて認められるし、野中秋蔵が中村悦蔵に依頼して不正の境界線を作らせて星野栄吉の所有土地六坪を不法に占有していることは、原審における証人星野栄吉、同横田友右衛門、同高城雄及び同中村悦蔵の各供述並びに針ケ谷耕地整理組合において作成した確定図面や昭和三十二年四月二十五日浦和市役所に提出、受理された公衆浴場建築申請書に附属図面として右確定図面を基本として作成された敷地内建物配置図及びこれらの各資料によつて認められる諸般の状況を総合すれば、健全な常識に照らし合理的に首肯することができるのであるから、以上各事実を総合してみると、原判示文書記載の事実は、すべてその真実であることが明らかである、しかのみならず、被告人は、中村悦蔵が本件以外にも同様の不正な測量をして物議をかもしている事実を探知したので、公益保護のため原判示の記事を編集し、これを原判示の方法によつて公表したのであるから、被告人の右行為は、憲法第二十一条第一項の保障する適法な行為であるというべく、かりに右記載の事実が真実でなかつたとしても、被告人がこれを真実と信じたことについてはなんらの過失がなかつたものであつて、ひつきよう、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈、適用の誤があるというのである。
よつて、按ずるに、公然事実を摘示し、人の名誉を毀損した場合であつても、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的がもつぱら公益を図るためであつたと認められる場合において、その事実が真実であることの証明があつたときは、これを罰することができず、また、その行為が公務員に関する事実に係るとき、その事実が真実であることの証明であつたときにはこれを罰することができないことは、所論のとおり刑法第二百三十条ノ二第一項、第三項、第二百三十条第一項の各規定に徴し明らかである。そして、被告人が(一)原判示期間、原判示新聞の編集発行人としてその業務に従事して来たこと、(二)昭和三十五年四月二十六日頃、右新聞の特別情報として原判示記事を執筆し、これを記載した文書約二千枚を浦和市内の電柱等に貼付し、もつて、右事実を一般に公表したことは、原判決挙示の各証拠を総合してこれを認めることができ、右文書の内容が野中秋蔵及び中村悦蔵の各名誉を毀損するものであることは、押収にかかる政経情報と題する文書二十六枚(原審押収番号昭和三五年押第一四三号ノ一)の記載内容に照らして明らかである。それ故、右文書に記載されている事実のうち、右両名が共謀して星野栄吉所有の土地約六坪を入手したという事実が真実であるということが証明され、かつ、被告人の右(二)の行為が、原判示野中秋蔵の名誉に関しては、刑法第二百三十条ノ二第一項にいわゆる事公共の利害に関する事実に係り、その目的がもつぱら公益を図るに出でたものであること、原判示中村悦蔵の名誉に関しては、右(二)の行為があつた当時、中村悦蔵が同条ノ二第三項にいわゆる公務員であつたことが、それぞれ明らかである場合においては、被告人は、右(二)の行為についての刑責を負うものでないことは所論のとおりである。そして、右(二)の行為が、右野中の名誉に関しては、事公共の利害に関する事実に係り、その目的がもつぱら公益を図るに出でたものであること、右中村の名誉に関しては、右(二)の行為があつた当時、同人が浦和市議会議員で同議会議長の職にあつたことは、いずれも、右文書の記載内容並びに原審第八回公判調書中被告人の供述記載及び松本常之の司法警察員に対する昭和三十五年五月十八日付供述調書中同人の供述記載を総合してこれを認めることができる。そこで、更に進んで、野中秋蔵、中村悦蔵の両名が共謀の上、原判示文書記載のような方法で星野栄吉所有の土地約六坪を入手した事実があるかどうかについて考えてみると、この点に関する原審第八回公判調書中被告人の供述記載、松本常之の検察官に対する昭和三十五年九月十六日付供述調書及び同人の司法警察員に対する同年五月十八日付供述調書中同人の各供述記載その他記録に現われているすべての証拠を総合しても、これを確認することができないのみならず、却つて、証人星野栄吉の当公廷における供述、原審第四回公判調書中証人星野栄吉の供述記載、星野栄吉の検察官に対する昭和三十五年十月十八日付供述調書中同人の供述記載、同人の司法警察員に対する同年五月十日付、同月十六日付、同月二十一日付各供述調書中同人の各供述記載、当審第二回公判調書及び原審第六回公判調書中証人野中秋蔵の各供述記載、原審第五回公判調書中証人中村悦蔵の供述記載、原審第四回公判調書中証人横田友右衛門の供述記載、建築主事桑子勇作成名義の野中たよの申請にかかる公衆浴場建築に関する昭和二十七年九月二十日付確認通知書(建築物)の写、中村悦蔵作成名義の昭和三十三年八月二十七日実測と記載された針ケ谷町一丁目八六―八七、八八―八九番地実測平面図(縮尺二百分ノ一)の各記載を総合すると、野中秋蔵は、昭和二十七年中、横田友右衛門からその所有にかかる埼玉県浦和市針ケ谷町一丁目八十七番地所在の土地百五十六坪をその地上に公衆浴場を建築する目的で借り受けることの内諾を得たので、建築代理士中村悦蔵に対し、妻野中たよ名義でその建築許可申請や公衆浴場営業許可の申請を所轄各公務所になすべきことを委任し、右中村の代願によつて同年中に建築許可があり、ついで、右横田から右土地を賃借したが、その後、建物の設計について不適当な個所があることを理由として、昭和三十二年一月中所轄公務所から建築許可願の再提出を命ぜられてこれを提出した結果、その頃再度の建築許可があつたこと、野中は、右許可があつたのち間もなく右浴場の建築に着手し、かつ、右借地と、その東南部にあつて、これと境を接する星野栄吉の所有にかかる同町一丁目八十九番地所在の土地との境界線と、右借地と、その西南部にあつてこれと境を接する右横田の所有にかかる同町一丁目八十六番地の一所在の土地との境界線とが交叉する地点(以下交叉地点と略称する)並びに交叉地点から野中の借地の東南面に添つて東北に延び東南から西北に通ずる市道に達する地点及び交叉地点から右借地の東北面に添つて西北に延び右市道と交叉する西南から東北に通ずる市道に達する地点に、当時より二十余年前に施行された耕地整理の際埋設されたと思われる合計三本のコンクリートの境界石があるので、この三本を西北部を頭部とするL字形に結ぶ二つの境界線上に厚さ約一寸のコンクリート製のいわゆる万年塀を築造することとし、あらかじめ、右各隣地の所有者たる横田友右衛門、星野栄吉らに対し、その築造場所を指示して右築造方の了解を得たので、まず、右借地とその東南部に接する星野栄吉所有の土地との境界線上の万年塀の築造に着手してこれを完成し、ついで、右借地とその西南部に接する横田友右衛門所有の土地との境界線上の万年塀を築造したが、中村悦蔵は、右各万年塀の築造には関与しなかつたこと、翌昭和三十三年に至り、星野栄吉において自己所有の土地と野中秋蔵が借地している部分を含む横田友右衛門所有の土地との境界線の位置について不審を懐いて調査したところ、もともと右各土地は、いずれもその西南部が中仙道に、その東北部が東南から西北に通じている前記市道に、それぞれ接しており、前記耕地整理の際には、中仙道に面する右各土地の境界点と、その反対側にある右市道に面する右各土地の境界点には、いずれもコンクリート製の境界石各一個(以下両端の境界石と略称する)が埋設され、かつ、両端の境界石の各中心点を結ぶ直線と右横田所有の土地中同人が使用する部分と野中が賃借する部分との境界線とが交叉する前記交叉地点にも前記のように境界石が埋設されていたにかかわらず、両端の境界石は存置していたが、交叉地点の境界石の位置が横田所有の土地のうち同人が使用する部分と野中に賃貸した部分との境界線を、その東南部にある星野所有の土地内に五尺程延長した地点に移動していたこと、従つて、この地点(以下新地点と略称する)の境界石の中心点と両端の境界石の各中心点とを結びつけてみると、もと一直線であつた境界線が新地点を頂点として星野所有の土地へくの字形に食い込んでおり、同人所有の土地のうち、横田所有の土地(野中に賃貸している部分を含む)に面する平たい三角形の部分が横田の所有地として取り込まれたような格好になつていることを発見したので、星野は、同年八月二十六日頃、もと野中の依頼で同人の借地を測量した者であると信じていた中村悦蔵に対し、電話をもつて右星野所有の土地全部に対する測量を依頼したこと、中村は、同月二十七日右土地や浦和市役所及び浦和地方法務局の各公図を見分した結果、両端の境界石の各中心点を結ぶ直線が星野の所有地と横田の所有地(野中に賃貸している部分を含む)との正確な境界線であると推定し、これを基本として右各土地の坪数等を測量した結果、前記交叉地点の境界石の位置が前記新地点の位置に移動しているため、中村が正確なものと推定した境界線の全長を底辺とし、新地点の境界石の中心点を頂点とし、これと底辺の両端の境界石の各中心点とを、それぞれ結んだ直線を各斜辺とする低い三角形の面積に相当する星野所有の土地が横田所有の土地として取り込まれているものと考え、同日、右測量の終了後星野に対し、座談的に、「お宅の土地がいくらか坪数が少ない。横田さんの土地が多くなつている」とか、「全部で十五坪から二十坪違う」などと説明したこと、これより先、中村は、野中から前記各申請を所轄各公務所になすべきことを委任された際は、使用人をして前記借地周辺に埋設してある各境界石をその所在について現認させた結果、右野中の借地とその各隣接地との境界線の位置に誤りがないものと信じていたため、右借地について現実に測量をせず、前記各申請の際各申請書に添付した図面は、浦和市役所及び浦和地方法務局の各公図を縮尺して作成したものを各添附したこと、一方横田においても、その所有にかかる同町一丁目八十六番地ノ一所在の土地の東北部に隣接する野中に賃貸した同町一丁目八十七番地所在の前記百五十六坪の土地を二十余年前に小宮某から買い受けたが、その後これらの各土地を含むその附近一帯の土地に対する前記耕地整理が行われた際、以前から横田が使用していた前記八十六番地ノ一所在の土地とのちに同人が野中に賃貸した八十七番地の土地との境界線の両端の各地点、右八十七番地の土地の東北隅の両側に近接して存在する二地点、右八十七番地の土地とその東南部に接する星野所有の土地との境界線の東北端で東南から西北に通ずる前記市道に接する地点及び前記交叉地点等にも、それぞれコンクリート製の境界石が埋設された結果、横田において野中に対し、右八十七番地の土地百五十六坪を賃貸する場合には、右各境界石を、それぞれその所在において指示し、かつ、右土地の坪数を告げただけでその土地の実測をしなかつたが、その際、交叉地点上にあつた境界石が、その東南部の星野所有の土地内にある前記新地点に移動されていたかどうかは、横田や野中も全く知らなかつたこと、その後右両名において擅に前記交叉地点上にあつた境界石を右新地点に移動したりしたことなどはなかつたことが、それぞれ認められるのである。それ故、以上を総合すると、野中及び中村は、いずれも交叉地点上の境界石が新地点に移動した事実については、全然関知しなかつたものと考えるのが相当である(この点に関する原審第八回公判調書中被告人の供述記載、松本常之の司法警察員に対する昭和三十五年五月十八日付供述調書中同人の供述記載、原審第四回公判調書中証人星野栄吉の供述記載及び同証人の当公廷における供述によつては、右各認定を覆すことはできず、他にこれを覆すに足りる確証はない)。従つて、前記文書記載の事実中、野中秋蔵及び中村悦蔵の両名が共謀の上、同文書記載のような方法で星野栄吉所有の土地約六坪を不正に入手したとの事実は、その証明がなされなかつたものというべく、また、右各認定の事実と、松本常之の前記検察官に対する供述調書中同人の供述として、自分は、原判示文書記載の事実のうち、野中と中村とが共謀して右記載のような不正手段によつて星野所有の土地約六坪を入手したことを直接自分に告げた人はないが、星野や同人方附近の居住者三名位から聞知したいろいろの事実によつて推論した結果、どうしてもそのようになると思い、原判示文章を編集した旨の記載とを総合して考えてみると、被告人が野中秋蔵及び中村悦蔵に右のような不正行為があつたことが真実であると信じた結果、原判示文章を記載した原判示各文書を原判示のように貼附して一般に公表したとしても、そのように信じたことは、社会人の健全な常識に照らして考えてみると甚だ軽卒な行為であつて、被告人がそのように信じたことが相当であると認められるに足りる客観的な状況があつたものとは到底認めることができないのである。されば、かかる状況がないにもかかわらず、被告人が原判示文書を原判示のように浦和市内の各所に貼附して一般大衆に公表したことが刑法上の犯罪を構成することは、刑法第二百三十条第一項、第二百三十条ノ二の各項の規定に照らして明らかであり、しかも、これら各規定は、憲法第二十一条第一項に違反するものということはできないから、被告人の原判示行為をもつて、右憲法の規定が保障する表現の自由の範囲内に属する適法なものということはできない。
(下村 高野 上野)