東京高等裁判所 昭和36年(う)1900号 判決 1962年2月20日
被告人 赤荻清三
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年六月に処する。
原審における未決勾留日数中六十日を右本刑に算入する。
本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
押収にかかる石油空罐一個(昭和三六年押第七六三号の一)ビニールホース一本(同号の二)懐中電灯一個(同号の三)麻袋一枚(同号の四)はこれを没収する。
原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
所論は要するに、本件において被告人が窃盗未遂行為ののち、福島栄三に加えた暴行乃至傷害行為は、右福島が被告人を現行犯人として逮捕しようとして加えた必要限度を超えた実力の行使、すなわち急迫不正の侵害に対する正当防衛行為であり、また逮捕を免れるためにしたものでないから原判決は法の適用を誤り、また判決に影響を及ぼす事実の誤認があるというにある、おもうに、現行犯人を逮捕するためにある程度の実力を行使することは当然許さるべく、その限度は、逮捕者の身分、犯人の挙動その他その際における具体的情況に応じ社会通念に照らしてこれを定めなくてはならない。
本件において被害者福島栄三の被告人に対する行為が果して「急迫不正」の侵害にあたるかどうかについて考えるに、原判決挙示の証拠並びに当審における事実取調の結果によれば、(1)福島は深夜他より帰宅した際庭先納屋内に人の気配あるを認め、しばし様子を窺つていたところ、一旦納屋の蔭に身をひそめた被告人が突然飛び出したので、矢庭に手にした竹の棒で二、三回その頭部を殴り、(2)附近にあつた一升入りの空瓶を投げつけて逃走する被告人を別の棒を持つて約二百六十米追跡した末、たまたま何かに躓いて俯伏せに倒れた被告人を上から押えて手で殴つたり、指に咬みついたりしたことが認められる。そこで先ず(1)の点について考えると、そのような状況の下において犯人が逮捕を免れるため暴力を用いることは通常あり得ることであつて時として発見者に対し危害を加えることも予想できるところであるから、福島がその機先を制するために右の行動に出たとしても、これを社会通念上不当視することはできず、被告人に対する不正の侵害とするは当らない。つぎに(2)の点については、被告人が逃走する際空の一升瓶を顔面に目がけて投げつけたりしたことを考えれば棒を持つて追いかけたりすることも防衛上やむを得ないところと認むべく、またすでに俯伏せに倒れた犯人を殴打したことは、犯人が素直に逮捕に応ずることが通常期待できない以上、その気勢を殺ぎ機先を制する意味で犯人を殴打し、またその後における犯人の反抗に対抗してかような行動に出でたものと認められ、更に犯人の指を咬んだのは犯人が反抗の際犯人の指がたまたま口中に突き入れられたためにこれを咬んだにすぎないと認められ、これを咎めることはできない更に本件における逮捕者が一般人であることを考えれば、逮捕に際し、検察官、検察事務官、司法警察職員等逮捕の職責を有する者に要求される節度の期待できないことは当然である。然らば本件において福島が被告人に対して加えた実力行使は社会通念上非難し得ない程度のものというべく、被告人に対する「不正」の侵害とすることはできず、従つてそれが「急迫不正」の侵害であることを前提とし、被告人の本件行為を正当防衛であるとする論旨は理由がない。
注(本件は事実誤認で破棄自判)
(裁判官 加納駿平 河本文夫 太田夏生)