東京高等裁判所 昭和36年(う)2021号 判決
被告人 渡辺平八
〔抄 録〕
所論の要旨は、通貨及証券模造取締法第一条には、「貨幣、政府発行紙幣、銀行紙幣、兌換銀行券、国債証券及地方債証券ニ紛ハシキ外観ヲ有スルモノヲ製造シ又ハ販売スルコトヲ得ス」とあつて、その法意は、これらのものをその用法に従つて用いるため製造並びに販売する場合にのみ同条に違反するものと解すべきところ、本件において被告人が販売した原判示横綱銀行券なるものは、その一面には、横綱銀行券なる文字が印刷されていて、日本銀行券でないことは一見して明瞭であり、しかも、その色彩においても、紙質においても日本銀行券とは異なるのみならず、その重点は、その他面に男女交接等の姿態が印刷されている部分に存するのであるから、右は、春画の裏に横綱銀行券の文字が印刷されている紙片であるともいえるものであつて、同条に「紛ハキシ外観ヲ有スルモノ」とは、かかる春画のつけたりに過ぎないものをいうのではなく、更に一段階進んだもので、しかも偽造の程度に至らないものではあるが、真正なものとして使用される危険のあるものをいうのである、それ故、大人の玩具であることが一見明瞭である右横綱銀行券の如きは、同条にいわゆる「紛ハシキ外観ヲ有スルモノ」ということはできないにかかわらず、これを販売した本件被告人の所為を同条及び同法第二条に問擬した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び法令適用の誤がある、というのである。
しかし、通貨及証券模造取締法第一条にいわゆる「紛ハシキ外観ヲ有スルモノ」とは、犯人の製造又は販売した物件が、その色彩、形状等において同条掲記のものに模擬されているをもつて足り、必ずしも普通の智識を有する者がその鑑別を誤る如きものたることを要しないことは、大審院判例(大正十五年六月五日同院第四刑事部判決、大審院刑事判例集第五巻二四一頁以下参照)の示すところであつて、当裁判所の見解もこれと同一である。従つて、犯人が同条掲記のものに紛わしいものを製造又は販売することによつて直ちに同条違反の罪が成立するのであるから、犯人において、同条掲記のものの本来の用法に従つて用いられるために製造又は販売する場合にのみ、同条違反の罪が成立するものと解すべきではないのである。
ところで、原判示横綱銀行券は、その裏面に金千円の日本銀行券の裏面の図形とは全然異なる絵画及び文字が印刷されていることは、所論のとおりであるが、その大きさは、縦横とも右日本銀行券と同一であつて、表面の図形も右銀行券の表面の図形と酷似しており、ただ、明らかに異なる点は、右銀行券にあつては、そのやや中央の千円の左横書きの文字の上に、左横書きで「日本銀行券」と、千円の文字の下にも、左横書きで「日本銀行」と、各印刷されているに反し、原判示横綱銀行券には、そのやや中央の千円の左横書きの文字の上に、左横書きで「横綱銀行券」と、千円の文字の下にも、左横書きで「横綱銀行」と、各印刷されていて、その各字体及び大きさは、右日本銀行券の当該位置の各印刷文字に酷似していること、右日本銀行券の用紙には、やや黄味を帯びた強じんな和紙風のものが使用されているに反し、原判示横綱銀行券の用紙には、やや厚味のある白色の洋紙が使用されており、従つて、印刷の関係で、表面の色彩も、右日本銀行券のそれに比し、幾分青味を帯びていることが、それぞれ認められるに過ぎないのであるから、右横綱銀行券は、これを折り畳み、特にその模造部分のみを外面に現わすときは、これを瞥見する世人を惑わすに足りるものと考えられるのであつて、右第一条にいわゆる「兌換銀行券ニ紛ハシキ外観ヲ有スルモノ」に該当するものといわなければならない。それ故、原審が原判示第一及び第二の各事実中、被告人が原判示横綱銀行券を販売した各事実を認定した上、これを通貨及証券模造取締法第一条及び第二条に問擬したことは、まことに相当であつて、原判決には、なんら各所論の違法はない。所論は、いずれも原審と異なる観点に立脚して原審が適法になした事実の認定及び法令の適用を、故なく論難、攻撃するものであるから、採ることができない。論旨は、いずれも理由がない。
(下村 高野 堀義)