東京高等裁判所 昭和36年(う)2026号 判決
被告人 佐海有道
〔抄 録〕
よつて記録を調査して、右恐喝と同未遂との間の事実関係を見るに、事案の経過は、原審相被告人新井栄一郎は、同人の前の勤務先株式会社小川商店の店員高木美智子が同商店の得意先の左向邦章のため旅館に連れ込まれたことを聞いて来て、これを被告人に語つたところから、被告人と右新井との間に右事実を種に前記高木から金円を出させようとの共謀が成立し、先ず右新井において、昭和三十五年十二月二十七、八日頃右高木に対し「自分の友人のいる探偵社に行つたら君と左向とが旅館に入つたことが書類に書いてあり、旅館に入る後姿の写真も貼つてあつた。それを取消して貰うには三万円位かかると言うが、自分が何とかして二万円位で取消して貰つてやるから、その金を出してくれ」と虚構の事実を申向けて右金員を出すように求めたが、同女から金員の調達不能を理由に拒絶されたところから、被告人が翌三十六年一月九日頃、東京興信所の藤井と詐称して、右新井と共に喫茶店「えくら」において右高木と会い、同女に対し「新井に頼まれて君が左向と旅館に入つたことを書類から消したが、今更金ができないと言うのでは困る。必ず責任をとつてくれ」と要求し、同女をして一万五千円を同月十一日に支払うことを承諾させたが、同女が右支払の約束を果さなかつたため、被告人は更に同月十四日頃前記喫茶店「えくら」において右高木に会い、同女に対し「君は僕が書類を消してしまつた弱身につけこんでいるのか。うちの会社では愚連隊みたいな者を使つているからそれを連れて君の会社に乗り込み、社長に談判しても金を貰つて来る。女だと思つておとなしく出ているが、一万円できなければ僕だつて何するか判らない」等申し向けて脅迫し、同女をして若し被告人の右要求に応じなければ、被告人からその言うが如き行動を執られて名誉を毀損し会社を退職せざるを得ない破目に陥られるであろうと畏怖せしめて、右金員を同月十六日に支払うことを承諾させ、次いで一月十六日喫茶店「娯路」において同女から一万円を受取り、同時に残金五千円は後日受取ることにしたが、その後右高木は右一万円の支払で事態が一段落したものと考え、勤務先会社の上司にも右恐喝被害の事実を打明けて、被告人に対する残金支払の意思を失つていたところ、被告人においては、前記約旨の実行として残金五千円の支払を得ようと考え、同月三十一日頃電話を通じて、前記高木に対し残金五千円を都合して二月二日夕方喫茶店「えくら」に持参するよう求め、二月二日玉木勝を使者として右五千円を右高木から受取るため「えくら」に遣わしたが、張込中の警官により右玉木が逮捕されたため、右高木から右残金五千円の支払を受け得ずに終つた、と云う関係であることが認められる。されば本件恐喝未遂は皮相的に見れば、前記一月十四日の「えくら」における脅迫に端を発し前記一万円の恐喝と一体をなすものの如くに見えないではないが、これを仔細に検討するときは、残金五千円に関する判示恐喝未遂は前の一万円の恐喝より約半月后になされたことであり、そのときは被害者高木においては既に残金を支払う意思を失つていたのに被告人としては右残金支払についての前記約束の履行を求めようとして、電話を通して、右高木に対し残金五千円の支払方を要求したものに外ならないのである。この残金支払要求それ自体は、直ちに恐喝の手段たる行為とは目し難いにしても、前記一万円の恐喝の際の脅迫と相俟つて残金五千円の喝取を遂げ得るに充分であるばかりでなく、この支払要求が前記脅迫との間に半月の間隔を有すること、被害者高木が既にその支払の意思を失つていたこと等を考え合せて見るときは、右残金の支払要求を、単に前記脅迫に基く約旨の実行を促す行為とのみ見ることなく、これを別個独立の脅迫行為と認めるを相当とするのであつて、これと同趣旨に出でた原判決の事実認定は正当であり所論の如き事実誤認は存しないと言うべきである。所論は理由がない。
(兼平 斎藤 関谷)
註 本件は量刑不当で破棄